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ふつつかな恋人たちの救世主。

その日、真夜中が消えた。
真夜中が消えたことをまだ知らないふたりは、接吻してた。
逢ってはならないあなたと。

イルミネーションがところどころ、
不具合を起しているちびた電球を見ながら。

あなたの接吻がどうのこうのよりも、あなたの背中の広さが、
広すぎることに、罪深さを思う。
背中をなぞるわたしの指は、背骨の果てに届かない。

まるでマリアナ海溝みたいだった。

胸の中で小声で囁いたったら、あなたは熱のある
吐息交じりの声。
何かが、ひたひたしてくる。このひたひたの在処が
所在なげにしているから、わたしはマリアナ海溝の
蟻が列を乱さずに、とどまることなく歩を進めて
いる図を接吻の間中、思い描いていた。

接吻ってずっとしていると、飽きるね。

耳の奥になにか吐息のようなものが響く度に、
夥しい一匹ずつの蟻が、ひとつの黒い塊になって、
わたしの空っぽだった場所にみしみしと突き進む
ところを想像してみた。

突き進んだと思ったら、踵を返したり。
急いでみたりのろかったり。
のろい時は、あたりがしんと静まり返って空以外の
場所が、大きすぎる空洞になったみたいになる。

蟻も溺れそうになってた。

わたしの名をよんだ。
語尾を上げた口調が、耳に途切れ途切れに響く。

あなたは知らないと思うけれど、隊列組んでた
一匹の蟻が今、足を滑らせて、
マリアナ海溝の中に落ちたところだった。

そしてその蟻の後ろの蟻も、また落ちてその次の
蟻も同じように、
シンクロしてた。

うまく描けた時のパラパラ漫画みたいな感じで。
すっきり溺死。
浮くのか、沈むのか。水の中は、融通きかない
場所だから。

そんな時、接吻も佳境に入ったその刹那。

ふたりの唇から、ふたりの唇や舌以外の、たぶん
毛糸のようなものが、絡みあっていた。
モヘアぐらいの薄く、デリケートな糸。
それに気づいたふたり。
接吻もそろそろ終わるのかっていう頃。
あなたが言った。

「この糸、きみのマフラーのだね」

たしかに、そうだった。
わたしが顎まで覆っていた薄青いモヘアの。
たしかに、そうにちがいないけれど。
いま、糸を所有している主を確かめたい気持ちって、
おしまいすぎる。

「そうだね、わたしのだと思う」

そう言ってわたしたちは、糸を唇から引っ張った。
余計なものは排除するがごとく
とにかくひたすらにやみくもに、引っ張った。
糸もなぜかしぶとくて、ぜんぜん、終わってくれない。
ふたりの唇から糸を引っ張ってみると、どんどん
伸びて行ってどんどんあなたとの距離が
離れてはなれて、でぃすたんす。
あなたが遠くなった。

遠いのだけれど、わたしたちは、辛うじてそのミクロンな
糸のみでつながっているのだと思っていたら、
なにかちがう種類のタイプの糸に触れた。

眼をこらしてみると、わたしたちとはちがう男の人や
女の人たちの唇からも、糸がでていて、絡まりながら
ふたりは離れていってるのがわかった。

あの人たちも逢ってはならない、男の人と女の人と男の人と
男の人だったりした。

そんなふたりたちは、誰も真夜中が消えたことを知らなくて。
ただただ、互いの闇のなかで生きるふたりとふたりだった。
誰がどこでどうしたのか。

輪郭がまるで夜。

そんなシザーハンズみたいな人が闇のなかから、
輪郭をもたげているのが、わかった。

わたしたちの救い主だった。そんな風情だった。

誰もがこのどうしようもない糸を切ってくれる人を
待っていた。

会えなかった人生を想う時もあるけれど
会わなければよかった人生もあると知った
彼らは、ちりぢりになっていった。

そこで離れ離れになっている人達は誰もが、
あのシザーハンズとなら仲良くなれる
そんな気がしていた。

ただ、そんな気がしていた。

恋に恋するひとたちはいつもつぎに恋する人を
探している人種なのだと、誰もが互いに
思っていた。



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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊

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