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さびしくならないサラダを探して<第四話>

<グリーン・サム>には昼休みになると若い店員からベテランの人までがやってきてにぎわっていることがたまにある。
 彼らはもろもろの相談事を持ちかけてきたりして、四葉さんは花のこと以外でも大忙しなんだよなって、デパ地下の漬物屋さんの<若泉>の加藤のおじさんに聞いたことがある。
 
 四葉さんはね。ふしぎな力を秘めているところがあってさ。婦人服売り場の馬場さんなんて、彼女があてずっぽうに言った番号を、なにげなくナンバーズ3に記入したらほんとうに当たっちまったことがあったんだよ。それ以来、四葉さんなんか当たるんだよ!っていう噂を聞いた売り場の彼女たちが訪れるようになっててさ。

 それはそれで語り草になっていた。
 わたしの就職だってそれに近い。

 でも当の四葉さんはそのことは苦々しく思っていて、いまはそれらしい頼みだとわかると、ちょっと冷たくあしらったりしていた。

 もうみんな人頼みでさ、やになっちゃう、やなのよってちょっと激しく嘆いていた。宝くじが悪いんじゃないのよ。わたしも時々買うしね。なんでじぶんで試さないのかって言ってんの。その方が断然面白いのに。人を信用してさ。あたしは冝保愛子じゃないのよ。そうまくしたてると、しおちゃん知らないよね? 冝保愛子。知ってるの? 冝保愛子って。と畳みかけた。

 そのままフリーズしたみたいな表情を四葉さんがするから、ドラマのね「不適切にもほどがある」で死ぬほど笑った。冝保愛子知ってる、会ってみたかったっておまけみたいにわたしは答えたんだった。

 しおちゃんお願いだから、死ぬほどとか言うのやめなさいってたしなめられた。

 両親に死なれた私たち双子は、意地悪な親戚のもとをたらいまわしにされていた。

 意地悪な親戚の家々はほんとうにたらいのようだった。お金だけはある家庭の金のたらいだった。傷みなんて知らないふりをして、厄介者がやってきたという表情でしかふたりは受けいられなかった。酷い時は数週間でその家を追い出されていた。

 帰りたくない時も遊び場はこのデパートだったのでその度に、四葉さんに懐いていた。 

 だからあの時悲しみの底の底にいたわたしを抱きしめながら、しおちゃんここで働いてみない?って言ってくれたのはある意味、お告げに近かったのだ。

今でもわたしはそう思ってる。あの1日がなければどうやってその後の人生を過ごしただろうという日がどんな人にもあるような気がする。

それはわたしにとってはあの小さなおにぎりを口にツッコまれたまま四葉さんの植物愛を聞いた日だ。まぎれもなくそうだと言える。あの時四葉さんの言葉にしか心が動かなかったことを思うと、それはおおいなる奇跡だと今でも思ってる。

<天神屋デパート>を知り尽くしている彼女がいる場所をわたしはバ先にしたことは、地獄で仏だったのだ。

ある種それは言い換えればセイフティーネットでもあった。まだまだ外が怖かった。このあたりで育ったわたしは、この街を出たくなかったし、知っている人たちのまわりで暮らしていたかった。それは傷つきたくなかったともいえるかもしれない。

 面接の前にはデリカショップ<ベジルド>の黒木チーフの性格などをこっそり教えてくれた。聞いたところによると、ほどほど嫌味な人だった。会ってみるとそれなりに癖も強かった。

 面接を終えると店先にわたしを連れてきた。フロアを見渡しながら語り出す。
 渋谷さんぼくもね、20年近くここに立ってるとね、その人の暮らしぶりみたいなものはなんとなくわかるものなのよと言う。お客さんが今何を買おうとしているかみたいな勘は、あたるっちゃあたる。黒木チーフはその時わたしのそばまで接近すると小さな声で囁いた。ほらあそこで迷ってる紫色の傘持ったご婦人ね。今左手にシャケのパックもってるでしょ、でもねあの切り身を捨ててギンダラの味噌漬けを選ぶと思うよ、たぶん。
 信じてはいなかったけどなんとなくそっちに視線を放った。
<魚ます>さんの店の前で確かに視線も迷っている風情のそのご婦人は、ものの数秒でシャケの切り身を捨ててギンダラの味噌漬けを選んだ。

 これ仕込みじゃないのと思ったけど、癖のあるこの人ですら毎日遅刻せずにずっと働いていることを思うと、なんもいえねーという感じになって、働かなかった期間がそれなりにあったわたしにはどこかでこの人を肯定しているじぶんにも気づいていた。

 そして黒木チーフは今まであった癖をものの見事に取り除きながら言った。
 
 渋谷さんここに勤めてる正社員もバイトさんも関係なくみなさんに言ってるのだけどね。お客さんを幸せにできるような接客をしてほしいのね。それはほんとうにむづかしいんだけど。ミッションはそれだけ。お客さん第一だから。食べることが幸せだとよく聞くよね。でもその食を売っているぼくたちが料理を繋いでるつなぎ手なのよ。そういうことをね、ぼくも考えるし。あなたたちも考えてほしいの。それだけはいっておくね。後は明るくやって。それだけでいいから。笑えたら笑ってて。

それはなかなか重たいミッションであったけど。わたしはいつの日かそのことを感じられるような働き手になりたいと思っていた。
  
 そんなことをつらつら思っていたら地下のフロアに着いた。
 
 その時間帯はデパ地下は雑踏と化していなくて、まだ家族の匂いはしていなかった。
 家族の匂いが苦手だった。
 家族ってよくわからない。血がつながるも実感できない。唯一血がつながっていると感じるのは弟の七生だったけど。今は海の向こう、どこか遠くで暮らしている。

 家族じゃないのに四葉さんのことは家族に思えることがある。うまくいえないけど、わたしたちをハグしてくれた最初のひとだったからかもしれない。

 幼かった頃弟の七生と屋上のミニメリーゴーランドに乗ろうと思っていたら、天気予報になかった突然の雨が降り出して来たことがあった。
 
 七生はちぇって言いながらそれでも「乗ろうぜ」って言ってわたしのちいさな手を引っ張った。同い年なのに、お兄ちゃんみたいだった。

 その時、雨合羽を着た係員の人に、「ごめんね、ボクたち。雨降ってきちゃったからね。晴れたらまたおいで」って止められたことがあった。
 この一回に賭けるというような七生の性格。次があるじゃないかとは絶対に思わない。彼の願望が崩れ落ちるのを、七生が真剣に悔しがっているのを知って、わたしはふたごなのになんでこんなに違うのだということをまざまざとみせつけられた。

 そしてそれは少し誇りでもあった。

 七生は、濡れたメリーゴーランドを見ていた。
 馬が泣いてる。
 からだぜんぶで泣いてるって呟いたと思ったら、七生の眼からも、大粒の涙が頬を伝っていた。

 そしてそのちいさな七生の身体をすっぽりうずめるようにして抱きしめてくれたのもまだ若い頃の四葉さんだった。

 七生は彼女のお腹辺りに顔をうずめてゆっくりと視線を上げてそこに四葉さんがいることを知って、また泣いた。


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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊