大人より「Teaming」が上手いこどもたち。私たちが置き忘れてきたもの。
先週、「CAMP」のワークショップに参加してきました。
この活動の面白いところは、「工作×プログラミング」を掲げながらも、スキルの習得を主目的としていない点です。クリエイティブな活動を「媒体」にして、こども同士が関わり合い、自己表現をする。そんな「場」の力に重きを置いたワークショップです。(詳しくは、リンク先をご覧ください。)
今回、私が参加したのは「クリケットワークショップ」。 会場に足を踏み入れると、多種多様な材料が並び、大人でもワクワクしてしまう空間が広がっています。
そこで私は、驚きを通り越して「危機感」に近い、ある発見をしました。
大人が忘れてしまった「協創」の天才たち
「クリケットワークショップ」では、初対面同士、ペアになったこどもたちが、決められたテーマに沿ってアイデアを出し合い、一つの作品を作り上げます。
「これ、どうすればいい?」「こうしてみたら面白いかも!」
こどもたちの間には、見えないパス回しのようなコミュニケーションが絶え間なく流れています。彼らの発想力と、人と関わる力。それは時に、経験を積んだ私たち大人よりもずっとしなやかで、力強いものでした。
誰かが突拍子もないアイデアを出せば、否定する前に「のっかる」。
誰かが困っていれば、言葉を介さずとも自然に手が伸びる。
その姿を見ているうちに、ふとある仮説が湧いてきました。
「私たちは大人になる過程で、この素晴らしい力をどこかに置き忘れてきてしまったのではないか?」
そう確信した一つに、ある男の子の姿があります。
彼はもともと、集団での活動に不安があるらしく、当日は「見学」の予定でした。しかし、当日の受付で急遽参加することになったのです。まず、「その場」に来たことで、気持ちの面に大きな変化があったのかもしれません。
スタッフたちの中で「よく見ててあげよう」と心配するなか、いざ始まってみるとどうでしょう。
くじ引きで決まった初対面のペアの子と、驚くほど楽しそうに言葉を交わし始めたのです。それだけではなく、アイスの棒をグルーガンで一生懸命にくっつける「一人の没頭」の時間。相方の子と作品のイメージをすり合わせる「二人の対話」の時間。その両方を、彼は自由に行き来していました。
驚いたのは、その柔軟性です。
最初はグルーガンで接着することにこだわっていましたが、途中で「これだと時間がかかる」と察したのか、自ら両面テープに切り替え、効率を優先する判断を見せたのです。
大人に「早くしなさい」と言われたわけではありません。
「二人で一つのものを作り上げる」というワクワクする目的のために、彼は自分自身のこだわりを鮮やかに「調整」してみせたのです。
「Team(名詞)」ではなく「Teaming(動詞)」を生きる
なぜ、彼らはこれほどまでに即興で協力し合えるのか。 そのヒントは、ハーバード大のエドモンドソン教授が提唱した「Team(チーム)」と「Teaming(チーミング)」の違いにありました。
私たちは大人になると、つい「固定された役割」や「完成された組織図」としての「Team(名詞)」を求めがちです。役割を決め、責任の所在をはっきりさせ、効率よく正解にたどり着こうとします。
一方で、こどもたちが見せてくれたのは、動的な「Teaming(チーミング)」の姿でした。
彼らは役割で動くのではなく、目の前の「ワクワク」や「課題」に対して、今自分に何ができるかを考え、混ざり合います。 失敗すれば笑い飛ばし、すぐに次の手を打つ。そのプロセス自体を、柔軟に楽しんでいるのです。
大人が「効率」を優先して「答え合わせ」を急ぎ、状況を決めつけてしまうとき。この動的なチーミングの力は失われていくのかもしれません。
「身につける教育」から「取り戻す教育」へ
これまで、教育や研修の現場では「どう教えるか」という足し算の思考が主流でした。 しかし、本当に必要なのは、「本来持っている力を阻害しているものを取り除く」という引き算の思考ではないでしょうか。

失敗を恐れるようになったのは、いつからだろう。隣の人に「助けて」と言うのをためらうようになったのは、いつからだろう。
私たちは成長の過程で、本来の力を縛り付ける「何か」を余計に身につけてしまったのかもしれません。
目の前の問題を、大人の経験則で解決してあげるのは簡単です。 でも、本当に大切なのは、その人が未来で自走できるよう、仲間や環境に働きかけて乗り越えられる「余地」を、その人に残してあげること。
主体性を持ってほしい。 創造性を発揮してほしい。 協調性を身につけてほしい。
今、あなたが相手に望んでいるものは、もしかしたら「相手の中にすでにあるもの」なのかもしれません。
こどもたちのキラキラした瞳の先に、私たちが取り戻すべき未来のヒントが、確かにありました。
