【別冊】「キングオブコントとエンタの神様」~Indie or Die:劇場か『ラヴィット!』か~
この【別冊】「キングオブコントとエンタの神様」(音声:98分)では、先週末に開催されたコント日本一を決める大会『キングオブコント2025』について語っています。最後の方で、一応『お笑いの日』全体についての話もしています、一応ね。
この音声内では、
・既にYoutubeのショート動画でバズっているネタを、この大一番でチョイスするしずる、それを決勝へと進ませる予選審査員と大衆との感覚のズレ。令和ロマン以降の世界で「ハレ」の舞台である賞レースを制するためには、最強の新作2本を用意する胆力と異常さが求められるという話。
・コント職人という言葉と、職人と言われて陶芸家をイメージすることについて。漫才はメインストリームに成り上がり、コントはオルタナに座し、インディーとなった。つまり、キングオブコントはPitchforkフェスであり、M-1はコーチェラ(!?)。ますますメインストリームなポップしか存在できなくなり、アンダーグラウンドが東京にすら存在しなくった世の中で、キングオブコントも例に漏れず出口を失いつつある。
・テレビサイズを強いていたネタ番組の存在こそ案外、賞レースへの正しい向き合い方を示していたのではないか?『エンタの神様』で芸人の尖りが破壊されることの功罪、エンタ芸人の芸能界での生存率の高さ(サンドイッチマン、アンジャッシュ、狩野英孝etc…)。令和の『エンタの神様』こと『千鳥のクセスゴ!』が終わってしまう現在のテレビ界におけるお笑い番組の立ち位置について。
・川島明と『ラヴィット!』。つまりは大文字の”カルチャー”に全てが収束している!もしも今年のM-1でラヴィット!ファミリーが優勝した時に起こること。
などが話されています。今回のKOCで明らかになったのは、コントという脚本と演じる主体が同一化する性質上かかりやすい劇場病(画面の先にいる一般大衆への眼差しの不足)と、ショーレースはあくまで大衆に向けた華やかなゴールデン番組だという事実(「テレビ番組やからな、アレ(M-1)」by 明石家さんま)との折衷の難しさです。
『ラヴィット!』のレギュラーを務め、かつて劇場病であったアルコ&ピースの背中を見て、矢田亜希子のタレント力(ぢから)を正面から喰らったロングコートダディが2025年のKOC優勝を手にするというのは必然だったのかもしれません。
キングオブコントかエンタの神様か?Indie or Die?劇場か『ラヴィット!』か?と問われた時、強者が常に出してきた答えはただ一つ。A. 両方です。
それではお聴きください。そして、キングオブコント2025の空気感とそこから得た視点をもとに、いざM-1へ!
【別冊】「キングオブコントとエンタの神様」(98分)
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