【反省会】てけしゅん過剰接続 トークイベント〜正気を取り戻すために、キムラはどこへ向かうのか?
キムラです。
6月1日に開催した「てけしゅん過剰接続 六月祭「正気を取り戻せ!」アルゴリズム地獄篇」無事終演しました!お越しくださった方、配信で見てくださった方、本当にありがとうございました。
配信アーカイブは6月15日まで販売中です。ぜひ。
普通、トークイベントをやるとなると、何ヶ月も前から会場を決めて準備していくわけですが、今回はなんと開催の2週間前に会場を押さえて、次の日に4人で打ち合わせ。あとは現場での手なりに任せていく形となりました。
さて、直前でトークイベントの開催を決めるメリットがあるとすれば、それは「話題の鮮度」が担保できることだと思います。
もちろん、イベントとは本来、もっと前もって準備するべきもの。会場を押さえ、告知をし、集客し、テーマを練る。その方が運営としても安全だし、正しい。直前開催は、どう考えてもリスキー。けれど、リスクを取る代わりに、利点もある。たとえば一ヶ月前に、そのときSNSで話題になっていたトピックを拾って「これについて話そう」と決めたとして、いざ開催日を迎える頃には、その話題がすでにタイムラインの奥へ流れてしまっている。みたいなことがよくある。当時の盛り上がりの勢いで書き上げた告知文も虚しく、あれだけ多くの人が語っていたはずなのに、一ヶ月後にはもう誰も覚えていない。あるいは、覚えていたとしても、熱が残っていない。もう誰も五月祭の話をしていない。ニュースもトピックも、あっという間に上書きされていく。これは、カルチャー語り系のトークイベントにおける、かなり切実な“あるある”だと思います。

かつて我々コンテンツ過剰接続の二人は、そういった即時性のあるトピックを、Xのスペース機能を通して、発信していました。その日起こった出来事について、深夜に集まって話す。あらかじめなにも決めず、そのときタイムラインに流れている話題について素朴に語り合う。聴きたい人だけ聴けばいい。つまらなかったら退出すればいい。とても無責任で、それゆえに自由になんでも話せる空間。
でも、ポッドキャストやトークイベントでそれをやるのはなかなか難しい。ポッドキャストは、大衆に届ける「作品」です。映画やレコードと同じです。ましてトークイベントは、人様からお金をいただいて喋る場所です。そこには当然、責任が伴う。即時性だけを言い訳にして、だらっとゆるく喋ればなんとかなる、というものではありません。とくに我々の場合、そういう御身分でもない。
ある意味、今回のイベントは、そういった「責任」への挑戦でもあったのだと思います。今回のトークイベントのテーマが「正気」、そして「アルゴリズム」に決まったのも、5月の狂騒をタイムラインから感じ取った上での必然でした。今まさにタイムラインをざわつかせているものを、熱が残っているうちに拾う。ただし、それをその場限りの雑談で終わらせるのではなく、一ヶ月後、一年後にも通用する大きなテーマへと接続していく。それをやってみよう。
……
結果として、細かなトピックを拾うというより、「正気」や「アルゴリズム」について、およそ3時間、じっくり考えるイベントとなりました。「俺は正気だ」「いや俺の方が正気だ」などと言い合っては、その理由を語り出し、かと思えば野次が飛んでくる。そんな学祭のような前半パートから一転、後半パートでは実に真面目な議論へ。事前の告知文に「どこよりもカオスなイベントになることは間違いない」と書きましたが、終演後に話しかけてくれたお客さんからは、他のイベントではあまり出てこないような独特な感想をいただいたり、あと異様に興奮していた人が多かった気がします。なによりも、会場から挙がった質問の精度が高くて驚いた。令和ロマンよろしく、「今日まじで全員で考えたくて」な場にできたのは、とても嬉しかったです。

というわけで、ある意味、「わかりやすさ」からはかけ離れたイベントだったかもしれません。けれど、この夜、この場に渦巻いていたような熱量が、人には必要なときがある。いのちのかがやき。それを「代官山・晴れたら空に豆まいて」という、とびっきり気の通る場所で実現できたこと。心より感謝いたします。
さて、今回の有料音声では、イベントの素朴な振り返りと反省をしつつ、「実は一番正気を失っているのはキムラでは?」という展開に。なぜそんなことになったのか、ぜひお聴きください。
【反省会】てけしゅん過剰接続 トークイベント〜正気を取り戻すために、キムラはどこへ向かうのか?(音声80分)
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