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【感想戦】 「世界99とエブエブ」(なぜこうなっているか分からない?から全力で逃げる為の想像力)

 こちらは「世界99とエブエブ」回の感想戦(86分)になります。1番下に再生ボタンがありますのでポチッとな!してください(ダウンロード可にしてあるのですが、ダウンロードして聴いてる人とかもいるんでしょうか?)

 世界99回の感想戦に相応しく、今までで最も(Xのスペースよろしく)放談かもしれません。SNSについて既に耳がタコができるほど言われている問題ではありますが、おすすめ欄の導入により更に加速した、自分と相入れない意見が自分の意志とは関係なく混入する仕組みは、家に害虫が出るかのようです。しかし、意見は害虫ではない、そしてその先に人間がいる(あまりにもbotのようであっても、そしてbotである可能性もまたあります)という当たり前の事実がその遥か前提に存在します。“仕組みにそうさせられている”というメタ的な視点を常に持つ、それは自分が不快なものを理解する為にこそ最も使われるべき能力でしょう。2人で放談をしながらも、その人がそのような思想を獲得した背景を理解すること、靡くわけでも取り込まれるわけでも拒否するわけでもなく受け入れる(なぜそうなるのかを構造的に理解する)こと。中毒を避けることの重要性、そしてそれは自分で常に反復している行動をこそ再考し直し、「チョイス」(投票行動)をし続けることで維持することができるのだ、ということ。今回、『世界99』と『エブエブ』を掛け合わせて言いたかったことは、ヒューマニズム(家族大切!)を更に越えた形で、自分の生(実存)に理由を与える方法論の提起でした。母娘関係がなぜ重大な問題として立ち上がってくるのか?格差の広がりはほとんどの人を被支配者にしてしまいました。その中で父-息子の支配者と被支配者の関係よりも、被支配者同士の関係、そこで起こる軋轢の方が問題として大きくなってきているからではないでしょうか?単純に女性性としての問題以上に構造として被支配者と捉え直すことで見えてくるものがあるはずです。だからこそ、『母が娘を殺すには?』『庭の話』の次の著書が『ラーメンと瞑想』であることに必然性を見ることができるでしょう。この僕の解釈、そのはじまりの話を、一応はしているつもりです。

今日は何を食べようか?と悩むこと、その“チョイス”とその“チョイス”を自分の腹に入れること、その繰り返しによって、私は生命を維持し、その生の意味を付与するのだということ。そして、それは行動が全て投票であることとは微妙に異なる、もっと社会以前の個人の問題として深く捉えられるべきだと、僕は思います。

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