11月の詩
秋の冷たい手が
木の葉を
どれほど早く金色に変えることか...…
ドイツの詩人ライナー・マリア・リルケが綴ったこの一文は、どちらの意味とも読み取れます。自然の壮麗さを前にした感嘆、あるいは忍び寄る暗い季節への悲嘆。
もしそれが悲しい嘆きの色を帯びているならば、同じくドイツ生まれの詩人エルゼ・ラスカー=シューラーの作品『秋の夜』の精神とも、響き合うかもしれません。
その詩は1901年に書かれ、当時のベルリンで芸術家たちの溜まり場となっていたカフェ〈ローマン〉で、作者本人により朗読されました。
彼女は裕福な銀行家の娘として何不自由なく育ちましたが、この頃は最初の夫と別れ、結核に感染し、貧困を耐え忍ぶという過酷な日々を送っていました。
それでも初の詩集を発行するなど旺盛に試作を続け、次第にドイツ表現主義における唯一無二の存在として、詩壇で頭角を表します。
後年、この詩について、ナチス政権の台頭など暗い時代の来訪を予言している、とエルゼ自身が語っています。
また、この詩は夜と喪失という、彼女の詩の生涯のテーマの出発点ともなりました。
葉が静かに落ちる
秋の夜に静かに
月が銀色に泣く
病んだ世界の上に
星星は消える
愛のように
私の魂は涙する
永遠の夜に
◇◇◇
ユダヤ人だったエルゼが祖国ドイツを追放されたのは1930年代のことでしたが、それ以前に、ヨーロッパは第一次世界大戦という、もう一つの巨大な悲劇を経験しました。
その戦場に立った一人がイタリアの詩人ジュゼッペ・ウンガレッティであり、フランス陣営最前線にて、死と隣り合わせの日々のうちに、詩人としての自分の方向性を掴んでいきます。
エジプトに生まれ、イタリア、フランス、ブラジル、そしてまたイタリアと生涯に渡り各国を転々としたウンガレッティは、親しい人々の相次ぐ死に苦悶しながら、"エルメティズモ"の第一人者、やがてはそれすら脱した現代詩の道を切り拓き、20世紀文学の巨人とも評されます。
この詩『兵士たち』では、過酷な戦場で生にしがみつく兵士たちの命の儚さを、俳句のような短詩で描いています。
我々は
秋の
木の枝の
葉のごとく
◇◇◇
どうやら、あまりに秋の寂しさ、暗さばかりが前面に出過ぎてしまったかもしれません。
このまま終わるのも憚られるため、秋の陶酔的な美しさの横溢する、ルイ・アラゴンの詩を最後にご紹介したいと思います。
ダダイズム、シュールレアリスムと目まぐるしく変わる20世紀フランス文学界の中心に居続け、稀代の天才たちとの交流、反ナチズムのレジスタンス闘士としての顔も有名なアラゴン。
同じくレジスタンス同志でもあった作家のエルザ・トリオレとは生涯固く結ばれ、彼女の名を冠した何冊もの詩集を発表しています。
1963年出版〈エルザへの愛〉に収録されたこの一遍の詩では、普段のアラゴンの作品に漂う難解さは影を潜め、穏やかさと深い充足感に安らぐ、幸福な二人の姿が見られます。
皆さまの秋の一刻が、薫り高く美しいものでありますように。
ある秋の夜だった
風の運ぶ匂いがそう告げる
僕たちは共にいた 共に
あれがいつ どこだったか
過去か未来か もはや意味をなさない
ただ君といることの甘美さ それ以外は
(全訳詩・ほたかえりな)
