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【あと7日】私、もしかして、「書くことが好き」じゃなくね?

この記事が公開されてから、何回も繰り返し読んでいる。

私、ゆうあんさんの、静かなんだけど熱が確実に芯まで伝わってくる文章が好きなんです。読むと「ふう〜私も書こ〜!」って気持ちになれるので、特にちょっと沈みがちなとき、頼りにさせていただいております。


この連休は、ことごとく自分の「書く」に向き合っていて。

今まで家族優先で自分を動かしていたから、いざ、「書いて生きていきたい」と決めて、あまつさえ、「書く自分に戻っていい」って言われたら、こんなにも書けなくなっちゃうものかと。

書けはするんですよ。書くしかないので、考えていることをとにかく文字にはできる。でも、本当に書きたいのはその先の「何か」であって、いつまでもこの逡巡とか脳内問答ばっかり連ねたいわけではなくて。

なんでも書いていいって言われたら、
途端に何も書けないんだなあ

み◯を


結局、自分にあるものを書くしかないんだけど、

自分と向き合うのがこんなにも怖いとは。


なめてたなあ。

エッセイって、徒然なるままに、毎日PCに向かって、うつりゆくいいことも悪いこともそこはかとなく書きつくればあやしうこそものぐるおしけれなんでしょ? 書ける書ける! 

妖怪級にナメずりまわしてますね

こんな考えでいた自分にヘッドショットかましたい。


自分のことを書くのが、実は宇宙一難しい。

どうしても、取り繕ってしまう。

だから文章がおもしろくなくなっちゃうんだよな、と、わかってはいるんだ。

そこで思う。私、もしかして、

「書くことが好き」じゃなくね???


書くことが好き、には2種類あると私は思っている。

①書ければなんでもいい
②書きたいものだけ書きたい

私、②だったんじゃないかと。
だから、なんでもいいって投げ出されたらそりゃあ迷子になります。


書きたいものだけ書くことも許されているのもnoteの魅力なんだと思うんだが、これもまた難しくて、

「書きたいもののうち、読まれるものを書く」
  VS
「読まれなくても書ければいい」

このジレンマをどう乗り越えるか、っていうことでもあると思う。


しかし、こんなに承認欲求のカタマリで、恥ずかしいよ……
じゃあ書かなきゃいいじゃん、とはならないのが、書くしかない人間の悲しいサガなんだよ……迷いすらも字にしちゃうんだよ……気持ち悪いだろ……?


承認欲求があるってことは、
書くことで多くの人に存在価値を認められたいってことで、
そのためには読まれないといけないから、
読まれそうな書き方をしてみるんだけど、
書き方なのか内容なのか、世の中そういうもんなのか、
まあ読まれない。

読まれなくても書いちゃうのは、
ワンチャン読んでもらえるかもと思うから、
なのよね。なんて分析しちゃうと本当に自分が悲しい生き物すぎて。


ほんとになあ……
そんな悩みながら、なんで書くんだろうねえ……


そこに、ゆうあんさんの記事。
受賞された記事も拝読して、あーーーそりゃ敵わないわ、と思った。

なにかを創るってさ、すごくエネルギーをつかうよね。たかが文章じゃないんだよ。自分の人生とか感情とかを言葉にするって、すごくつかれる。公開する瞬間は、すごくこわい。

だけどやっぱり、どうしたって書くのが楽しいんだよね。自分の書いたnoteは、ぜんぶ大切な作品だと思ってる。わたしの歴史にもなるし、もしかしたらだれかにとっての特別になれるかもしれない。

ゆうあんさんの記事より

「つかれる」し「こわい」。めっちゃわかる。そうなの、それなのよ。そして私はこれらを乗り越えられてない。覚悟が足りてない。「だけどやっぱり、どうしたって書くのが楽しい」。この境地に、私も辿り着きたい。


私の今の迷いを言葉にすると、

  • 自分を曝け出すのは怖い

  • 身バレしたくないけど認知されたい

  • 書きたいものってもしかしてフィクションなのでは

  • エッセイ向いてないかも

  • でもそれを認めるのは悔しい

だけど今、これだけ書き出してみて、思ったのは、

もうとにかく片っ端から書いていって、いろいろ考えて迷うのはそれからじゃね?

ということだった。

あとさ、大人になって「なにかを目指す」っていうのが久しぶりすぎて、単純に楽しかったんだよね。部活みたいな感覚。仕事での目標を追うのとも違う。
書くことって基本的にひとりぼっちだけど、コンテストに応募するnoterさんはたくさんいるわけで。コンテストっていう形式上、ライバルにはなると思うんだけど。どっちかっていうと、同士みたいな感覚。
「いい文章だな〜」「この視点おもしろいな〜」って、感動したり刺激をもらったりしてきた。だからわたしもがんばってみたい!って思う。この感覚がたまらない。

ゆうあんさんの記事より

書くことは孤独。でも同士がいる。
私はこの感覚を、忘れがちなのかもしれない。
自分しか見えてない。自分の「今ここ」しか見ていない。
その先に、前後に、左右に、上下に、もっと広い世界があるのに。
せっかくnoteという無限のマルチバースにたどり着いたのに、私、もったいなさすぎる!!!

やっぱり読むとアガります、ゆうあんさん。
ゆうあんさんと、ゆうあんさんの記事に心から感謝して、これからまた何度目かの再読をしてしまいます。でへへ。

寝る前にストレッチ。

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