北野にちいさな占いマルシェを開いてもうすぐ1年-3章
お盆が、早いもので昨日で終わりました。
……と言っても、私の中では今日、8月16日までがお盆です。
夕方になったら送り火を焚いて、この数日間、我が家へ帰って来てくださっていた仏様たちをお見送りします。
「また来年ね」
そんな気持ちで炎を見つめながら、お送りします。
私にとってのお盆
お盆の期間中、我が家では朝夕にお膳をお供えします。
もちろん、すべて精進料理です。
そして、お膳と一緒に朝夕必ず取り替えるのが「水の子」。
茄子🍆と胡瓜🥒を細かく刻み、生米とともにお水に浸したものです。
この水の子は、ご先祖様のためのお供えとは少し意味が違います。
帰って来られた仏様たちに付いて来たであろう餓鬼や、誰からも供養されることのない無縁仏にも施しが届くように、とお供えするもの。
ですから我が家では、お盆の祭壇の横に置いています。
うちは高野山真言宗です。
宗派や地域によって、お盆の期間も、お迎えの仕方も、お供えの作法も少しずつ違うと思います。
我が家では12日には盆棚を完成させ、13日には、
「いつ帰って来られても大丈夫ですよ」
という状態にしてお迎えします。
色とりどりの盆提灯
そして盆提灯。
我が家では、仏様一霊につき一対を灯します。
お仏壇には四霊いらっしゃるので、盆提灯は全部で八個。
八つの提灯に灯りが入ると、それはそれは色とりどりで、本当に綺麗です。
私はこの光景が大好きです。
今では、お迎え火や送り火をするご家庭も少なくなったと聞きます。
けれど私は、必ずします。
それは「しなければならないから」ではありません。
私にとってお盆は、とても大切な期間だからです。
亡くなった人を思い出すだけの期間ではなく、
「皆が帰って来てくれる」
そう思える期間なのです。
「お盆の本当の意味」
今年は「北野のちいさな占いマルシェ」でも、
『お盆の本当の意味』
という小さなセミナーを開きました。
思っていた以上にたくさんの方が集まってくださり、皆さん、本当に熱心にお住職のお話に耳を傾けていらっしゃいました。
数人の方は、お住職に経木塔婆を納めていただき、手元供養もされました。
初めて供養を経験される方も多く、
「これはどこに置けばいいんですか?」
「どうやって手を合わせればいいんですか?」
「これで合っていますか?」
たくさんの質問を受けました。
私は、その一つひとつの質問が、とても嬉しかった。
なぜなら、
「供養したい」
そう思ってくださった、その気持ち自体が尊いと思うからです。
作法を間違えてしまったっていい。
仏具が全部揃っていなくてもいい。
お線香の立て方が少しくらい違っていたって、私はいいと思っています。
もちろん、宗派にはそれぞれ大切に受け継がれてきた作法があります。
けれど、それよりもまず、
手を合わせること。
思い出すこと。
「ありがとう」と伝えること。
そして、祈ること。
その心こそが、何よりも仏様が喜んでくださることなのではないでしょうか。
目には見えないけれど
目に見えない人たち。
声も聞こえない。
姿も見えない。
日常の中では、その存在を忘れてしまうことさえあります。
けれど私は、
私たちは「守られている」
そう感じています。
根拠なんてありません。
「証明してください」と言われても、できません(笑)
でも、それでいいと思っています。
感じるものだから。
私は神社⛩️へお詣りすることも習慣にしています。
けれど、神様に何かをお願いしに行くというより、
「今日も元気にここまで来ることができました。ありがとうございます」
そうお伝えするために行くよう心がけています。
そして神聖な空気の中に身を置き、自分自身を浄化し、祓っていただく。
お願いする場所というより、私にとっては自分を整える場所なのかもしれません。
毎朝、毎夕、お経を読む理由
私は毎朝、毎夕、読経をします。
肉体を持たなくなった魂の代わりに、お経を読む事を読経と言います。だから故人の代わりにお経を読む。
そんな気持ちで唱えています。
そして読経の最後には「回向(えこう)」をします。
今日唱えたこのお経が、
私の大切な人だけではなく、
縁のある魂にも、
縁のない魂にも、
誰からも思い出されなくなってしまった魂にも、
どうか届きますように。
そんな気持ちで手を合わせます。
……で。
ここまで読んでくださった方は、そろそろ思っているかもしれません。
「ところで、何の話を書いてるの?」
(笑)
そうなんです。
本当はもうすぐ1周年を迎える、
「北野のちいさな占いマルシェ」
について書こうと思っていたんです😂
はい、そうでございます
長々とお盆のお話をしてしまいました。
でも、書いているうちに気づきました。
これは前置きではなかったのかもしれません。
もうすぐ1周年
「北野のちいさな占いマルシェ」を開いて、もうすぐ一年になります。
振り返れば、反省点なんて山ほどあります。
広告宣伝に、それほど力を入れてこなかった。
物販販売も、まだきちんと確立できていない。
SNSも、もっと上手に活用できたはず。
世の中には、
「Instagram活用講座」
「AIを使った広告活用講座」
「SNSで集客する方法」
そんな講座がたくさんあります。
受けたほうがいいんだろうなあ……。
勉強したほうがいいんだろうなあ……。
そう思いながらも、
全く興味を感じない私がいます(笑)
困った経営者です😂
もちろん、お店を続けていく以上、経営は大切です。
家賃もかかります。
経費もかかります。
「想い」だけではお店を続けられないことも、この一年でよく分かりました。
だから、経営について考えないということではありません。
もっと上手に経営できるようになりたい。
もっとたくさんの方に、この小さなサロンを知っていただきたい。
そう思っています。
でも一方で、
続けられるだけ、続けてみよう。
今は、そんなふうにも思っています。
私がカードを読む前にすること
私はタロットをリーディングする前に、必ずオラクルカードを引きます。
「現在の〇〇さんのキーカード」
として、三枚。
オラクルカードとは、神様や天使など、大きな存在からのメッセージ――「神託=Oracle」を受け取るためのカードです。
この方法自体は、たくさんのカードリーダーが取り入れているものです。
私も例外ではありません。
でも、一年間たくさんの方をリーディングしてきて、
「やっぱり、この読み方が私は好きなんだ」
と思うようになりました。
私は「偶然」というものを、あまり信じていません。
何十枚もあるカードの中から、その人が座ったその瞬間に、その三枚が出てくる。
そこには、何か意味がある。
そう思っています。
だからオラクルカードは、私にとってリーディングの「導き手」です。
その三枚を眺めながら、
「今日は何を伝えようとしているんだろう」
と感じるところから、私のリーディングは始まります。
もしかしたら、全部つながっている
こうして書いてみると、
お盆の話と、
神社へお詣りする話と、
毎朝毎夕の読経と、
オラクルカードと、
北野のちいさな占いマルシェ。
一見、全部違う話のようでいて、
私の中では、全部つながっているのかもしれません。
それは、
「目には見えないものを、大切にする」
ということ。
そしてもう一つ。
「誰かを想うこと」
なのだと思います。
ご先祖様を想って手を合わせることも、
神様に感謝することも、
目の前に座ってくださったお客様のためにカードを切ることも、
根っこの部分は、私の中ではあまり変わらないのかもしれません。
占い師として何ができるのか。
この小さなお店に、何ができるのか。
経営者として考えれば、まだまだ課題だらけです。
だけどこの一年、
この小さな扉を開けて入って来てくださったたくさんの方と出会いました。
悩んでいる人。
泣いている人。
迷っている人。
答えを探している人。
そして最後に少し笑って、
「来てよかった」
と言って帰ってくださる人。
その姿を見るたびに、
この場所を作ってよかった。
そう思いました。
広告の方法も。
SNSの使い方も。
AIの活用も。
これから少しずつ勉強すればいい。
でも、どれだけ時代が変わっても、
私が一番大切にしたいものだけは、変えたくないと思っています。
カードを前にして、
目の前の一人の人と向き合うこと。
その人の話を聞くこと。
そして、その人に必要な言葉を探すこと。
お盆の送り火を焚く今日。
もうすぐ一周年を迎える「北野のちいさな占いマルシェ」のことを考えながら、そんなことを思いました。
帰って来てくれて、ありがとう。
守ってくれて、ありがとう。
そして、
この一年、北野の小さな扉を開けてくださった皆さま。
本当にありがとうございます。
もうすぐ、1周年です。
これからも私は、この小さな場所で、
カードを切り、
人の話を聞き、
そして祈りながら、
もう少し続けてみようと思います。
北野のちいさな占いマルシェ
Celestara
