令和8年度司法試験(刑法)解答例

 例年、司法試験刑法の問題について、速報的な解説を公開してきたが、今年は解説に代えて解答例を公開することにした。検討や答案作成における悩みどころについては、適宜注釈で補足している。なお、本解答例は速報版であり、十分な検討を経ていないため、不十分な点や思わぬ誤解を含んでいる可能性がある。その点はご容赦いただきたい。

〔設問1〕について

第1 Aに対する殺人の点

1 ①行為について(*1)
 甲及び乙は、「Aが死んでしまっても構わない」という未必の殺意を抱き、暗黙のうちに意思を通じ合って(共謀の成立)、Aの頭部を殴打し背部を足蹴りにした。これは人の生命に対する現実的危険を有する殺人の実行行為であり(*2)、殺意も認められる。もっとも、①行為から死亡結果は生じていないから、①行為のみを取り出せば殺人未遂罪の共同正犯(60条、199条、203条)が成立するにとどまる。
2 ②行為について
 鉄製フライパンでの頭部殴打等という②行為も殺人の実行行為であり、確定的殺意も認められる。後述のとおり、②行為には死亡結果との間の因果関係が認められるため、殺人既遂罪が成立しうるが、甲は②行為の開始時点で飲酒により心神耗弱に至っていたため、甲に殺人既遂の完全な責任を問いうるかが問題となる。
(1) 行為と責任の同時存在の原則の意義と根拠(*3)
 行為と責任の同時存在の原則とは、責任能力をはじめとする責任要素は実行行為の時点に存在しなければならないとする原則をいう。その根拠は責任主義にある。すなわち、処罰は行為者への非難可能性を前提とし、その非難は行為者の意思決定に基づく「行為」に向けられるところ、自己の意思を制御して適法行為を選択しうる能力(責任能力)は、まさに実行行為時に存在してこそ当該行為への非難を基礎づけうるからである。この原則を貫くと、②行為時に心神耗弱であった甲には39条2項の減軽が及ぶのが原則となる。
(2) ①行為と②行為の関係
 この点、①行為と②行為とを一連一体の実行行為と捉えたうえで、その開始時点に責任能力が存していれば、行為と責任の同時存在の原則に反せず、当該一連の実行行為全体について完全な責任を問いうると解する余地がある(*4)。本件でも、①行為の開始時点では甲は完全責任能力を有していたのだから、①・②を一連一体の実行行為と見れば、②行為を含めた全体につき心神耗弱による減軽を受けずに完全な責任を問いうるようにも思える。
 しかし、両行為の間には約1時間の時間的間隔があり、その間Aがトイレに逃げ込んで施錠したことで暴行は中断し、甲乙はAが出て来ないため居眠りを始めて犯行の継続を一旦やめている。しかも②行為は、甲が敷居につまずいて冷蔵庫の扉に頭を強打し「一層激怒・興奮」したという新たな契機に基づく別個の意思決定によるものであり、殺意も未必的なものから確定的なものへ質的に変化している。これらに照らせば、両行為の連続性は断たれており、①・②を一連一体の実行行為と評価することはできず、②行為は独立した実行行為と見るのが相当である(*5)。そうすると、①行為開始時の完全責任能力をもって②行為を含めた行為全体の責任を基礎づけることはできず、②行為はあくまで心神耗弱下の実行行為として把握される。
(3) もっとも、自ら飲酒により責任能力の低下を招いた甲に完全な責任を問えないのは不当である。そこで、②行為について、原因において自由な行為の法理の適用を検討すべきである(*6)。すなわち、責任能力ある原因行為時の意思決定と責任能力の低下した結果行為とが同一の意思により連続していると評価できれば、原因行為時の責任非難をもって結果行為への完全な責任を基礎づけうる(*7)。
 これを本件についてみると、甲は①行為開始時点で既に飲酒量が3合に達しており、そのうえでAへの殺意を抱いたまま飲酒を継続した。そして、この飲酒により甲は心神耗弱に至り、②行為に及んで当初の殺意を実現している。行為としては①・②が別個であっても、Aを殺害するという意思決定そのものは原因行為から結果行為まで途切れることなく貫かれており、完全責任能力下でされた原因行為時の意思決定が結果行為に連続していると評価できる。よって、原因において自由な行為の法理により、②行為につき完全な責任を問いうる(39条2項の適用なし)。
(4) もっとも、②行為により生じた脳挫傷は最終的な死因ではなく、現実の死亡は③行為による窒息死であった。そこで②行為と死亡結果との因果関係が問題となる(*8)。
 因果関係は、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかによって判断すべきである。そして、実行行為後に行為者自身の行為が介在し、これが決定的な死亡の原因となった場合であっても、その介在行為が当初の行為から誘発されたものであれば、それを介して結果が発生する危険は既に当初の行為自体に内在していたと評価でき、当初の行為の危険が結果に現実化したといえる(*9)。
 これを本件についてみると、③行為はAを港まで運搬してA車ごと燃やし犯行を隠蔽しようとする行為であるところ、これは、甲乙が②行為によってAを殺害したと認識したことを契機として、その犯行の発覚を免れるために行われた隠蔽行為である。すなわち③行為は、②行為という殺人の実行行為によって誘発されたものにほかならない。そして、殺意をもって被害者に致命傷を負わせた犯人が、その犯行を隠蔽するために被害者を運搬・処理することは、通常あり得る事態である。そうすると、このような隠蔽行為を介してAが死亡する危険は、②行為自体に内在していたというべきであり、その危険が③行為を介して現実化したものと評価できる。
 したがって、②行為の危険が③行為による窒息死へと現実化したといえ、②行為と死亡結果との間の因果関係は肯定される。
 なお、甲乙が認識した因果経過と現実の因果経過との間には齟齬があり、因果関係の錯誤があるが、両者はいずれも自己の行為から生じた死という点で法定的に符合するため、その齟齬は故意を阻却しない。よって②行為につき殺人既遂が成立する。
3 以上より、①行為の殺人未遂は同一被害者の同一法益に向けられているため、②行為の殺人既遂に包括評価され、甲・乙にはAに対する殺人既遂罪の共同正犯が成立する。そして、甲については前述のとおり原因において自由な行為の法理の適用により、39条2項による減軽は認められない。

第2 A車に対する窃盗罪の成否(*10)

1 A車はAの所有する「他人の財物」である。甲乙がスーツケースをA車に積み込んで運転を開始した午後11時20分頃、Aはなお生存しており、甲乙はAが占有する自動車をその意思に反して自己の支配下に移し走行させている。よって「窃取」が認められる(*11)。
2 甲乙はAが既に死亡したものと誤信していた。死者には財物の占有が認められないため、占有侵害の認識という意味での窃盗の故意が認められるかが問題となる。この点、被害者を殺害した犯人自身が、その殺害と時間的・場所的に近接した機会に被害者の財物を奪取した場合には、被害者が生前有していた占有はなお保護に値し、その侵害は窃盗罪にあたる。そこで、この占有侵害を基礎づける事実の認識があれば、窃盗の故意が認められる。
 本件で甲乙は、②行為によりAを殺害し、その直後の近接した機会にA車を持ち去ることを認識しており、Aが生前有していた占有を一連の行為により侵害する認識を有していたといえる。したがって甲乙には窃盗の故意が認められる。
3 窃盗罪の成立には不法領得の意思(権利者排除意思及び利用処分意思)を要し、とりわけ利用処分意思が窃盗罪と毀棄・隠匿罪とを分ける。本件で甲乙の最終目的はA車ごとAを燃やす証拠隠滅にあり、純粋な毀棄目的とみれば利用処分意思を欠き器物損壊罪(261条)にとどまるとも考えられる。
 しかし甲乙は、単に車を毀棄場所へ移すにとどまらず、Aの身体を50キロメートル運搬するという自動車本来の運送機能を現実に自己の目的のため享受する意思がある。したがって利用処分意思は認められる。
4 A車の持ち去りは、乙の発案に甲が同意した新たな共謀に基づき、両名でスーツケースの積込み・積載・運搬を分担しているから、甲・乙は窃盗罪の共同正犯となる。甲の責任能力については、窃盗の犯意は乙の提案を受けて心神耗弱状態に至った後に初めて形成されており、飲酒(原因行為)時に窃盗の故意はなかった。したがって窃盗については原因において自由な行為の法理が及ばず、甲には39条2項による刑の減軽が及ぶ。Aに対する殺人既遂罪とA車に対する窃盗罪とは、併合罪(45条前段)となる。

〔設問2〕について

1 甲乙は、灯油を撒いたA車に点火してこれを全焼させている。A車は建造物ではなく、かつ他人の(A死亡後はその相続人の)所有物であるから、問題となるのは建造物等以外放火罪(110条1項)の成否である。
2 甲がA車運転席に火の点いたハンカチを投げ入れ、乙が共謀に基づき灯油を撒いた行為は、目的物の焼損を惹起する現実的危険を有する放火の実行行為である。そして、ハンカチの火がA車のシートから運転席等へ燃え広がりA車が全焼している以上、火が媒介物を離れ目的物が独立して燃焼を継続する状態に至っており、焼損に達している。
3 公共の危険の発生
(1) 本罪は、構成要件上、「公共の危険」の発生を要する具体的危険犯である。「公共の危険」の意義については、①108条・109条所定の建造物等への延焼の危険に限るとする見解(限定説)と、②これに限らず、不特定又は多数人の生命・身体・財産に対する危険を含むとする見解(非限定説)とが対立する。この点、110条は火力が不特定又は多数人に危害を及ぼす公共危険性を処罰根拠とするものであるから、その危険は108条・109条所定の建造物等への延焼の危険に限定される理由はない。よって非限定説が妥当である(*12)。
(2) 本件では、まず、A車の西側約3メートルの位置にはC所有の自動車が駐車されていた。Cは甲乙と何ら関係のない者であり、その所有車両への延焼の危険は、たまたまその場に居合わせた者の財産に及ぶ危険である。これは不特定の者の財産に対する危険にほかならない(*13)。
 次に、同駐車場は、深夜帯であっても漁業関係者が出入りする可能性があった。漁業関係者は特定の個人として予定された者ではなく、その時々にたまたま駐車場に立ち入る不特定の者である。そして、A車の東側約2メートルの位置には可燃性ゴミ約300キログラムが高さ約1メートル・幅約4メートルにわたり置かれたゴミ集積場があった。A車のすぐ近傍にこれだけの量の可燃物が存在することによって火勢が拡大・維持され、その結果、当該駐車場に出入りする漁業関係者の生命・身体に火力による危害が及ぶ危険が生じている。以上のとおり、本件火災は、C車という不特定の財産に対する危険及び漁業関係者という不特定の者の生命・身体に対する危険を生じさせており、公共の危険の発生が認められる。
4 公共の危険発生の認識の要否
 もっとも、甲は「火がC車に燃え移るかもしれない」と思っていた(公共の危険の認識あり)のに対し(*14)、乙は「その火が燃え移るとは思っていなかった」(公共の危険の認識なし)。そこで、110条1項の故意として公共の危険発生の認識を要するかが問題となる。
 この点、判例によれば、その認識は不要とされる。しかし、110条1項が具体的危険犯である以上、公共の危険の発生は構成要件要素であり、責任主義の要請からすれば、その認識を故意の内容として要求すべきである。よって、公共の危険発生の認識を必要とする見解が妥当である(*15)。 この立場からは、甲と乙とで結論を異にすることになる。
5 甲は、A車を焼損する認識に加え、公共の危険発生の認識をも有していた。したがって、甲には建造物等以外放火罪(110条1項)が成立し、後述のように、乙とは器物損壊罪の限度で共同正犯となる。
6 乙は、A車を焼損する認識は有していたが、公共の危険発生の認識を欠いていた。したがって、乙には建造物等以外放火罪の故意が認められない。そこで乙は、他人の物であるA車を焼損により損壊する認識を有していたにとどまるから、器物損壊罪(261条)の限度で構成要件を充足する。
 甲乙は、A車を焼損する旨の意思連絡のもと、乙が灯油を撒き甲が点火するという形で実行行為を分担している。上記のとおり、甲と乙は実現した構成要件に食い違いがあるが、構成要件が重なり合う範囲で共同正犯の成立を肯定しうる(部分的犯罪共同説)。建造物等以外放火罪と器物損壊罪とは、他人の財物の効用侵害という点で法益の共通性が認められ、器物損壊罪の限度で構成要件の重なり合いが認められる。したがって、甲乙には器物損壊罪の限度で共同正犯が成立する。
7 以上より、甲には建造物等以外放火罪の単独犯、乙との間で器物損壊罪の共同正犯が成立し、後者は前者に吸収される。乙には、甲との間で器物損壊罪の共同正犯が成立する。

以上

*1)先に、②行為との関係(一体性)を論じることも考えられたが、本答案は最終的に分断構成を採用するので、分断を前提に検討を開始した。
 *2)殺人の実行行為性を否定し、傷害罪にとどめる余地もあるかもしれないが、大きな問題ではないため軽く流した。
 *3)言及が明示的に求められているため、見出しを立てて、丁寧に論じることを心がけた。見出しは採点者にとっての可視性を高めるため、答案戦略として有効と思われる。
 *4)行為の一体性を認め39条2項の適用を否定した長崎地判平成4年1月14日判タ795号266頁を意識した理論構成を示し、出題意図への理解をアピールした。
 *5)両論ありうるとは思うが、冷蔵庫に頭をぶつけて更に怒り狂っているとの事情から、新たな契機による別個の意思決定と評価するのが自然と考え、分断構成を採用した。恐らく、この点に関する具体的な事実分析は、点数を大きく左右する部分と思われる。
 *6)行為を分断した上で、分断された行為に、原因において自由な行為の法理(責任モデル)を適用する筋道を採用した。
 *7)紙幅の関係もあり、責任モデルの立場を、自説として端的に論じた。余裕があれば、心神耗弱の場合に構成要件モデルの適用が困難であることを指摘することも考えられる。
 *8)体系的には、責任論の前に論じるべきだろうが、時系列順に検討したほうが論じやすいと考え、先に完全な責任を問えることを確定した上で、因果関係や故意を検討する構成を採ってみた。が、普通に体系順に論じた方が良いかもしれない。
 *9)介在事情が決定的な死因となっている間接実現類型であることを踏まえ、下位規範を展開した。
 *10)窃盗罪の成否の検討が出題趣旨に含まれているか、正直自信はない。ただ、死体遺棄等については明示的に検討対象から除外されていることを考えると、全く検討しないわけにもいかないように思われた(思いの外、長くなってしまったが)。
 *11)Aが「同乗」しているのに占有移転したといえるか気にならなくはないが、Aの支配は排除されていると言わざるを得ないように思われる。
 *12)限定説と非限定説で結論が分かれる事例であるため、両説の対立を明示した上で、理由も含めて自説を明らかにした。
 *13)多数性は充足されないものの、「不特定」に該当することについて、意識的なあてはめを行なった。
 *14)漁業関係者の存在については(甲も)認識がないため、C車への延焼可能性の認識が、公共の危険の認識を基礎付けることを端的に示した。時間があればもう少し丁寧に説明すべき点かもしれない。
 *15)この点も、いずれの見解を採用するかにより結論に違いが生じるため、判例の立場との対立を明示した上、自説を積極的に理由づけた。

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