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アメリカで、過去の苦しみから解放された方法

約10年ほど前、私は一度、うつの一歩手前まで
追い詰められたことがありました。

そのとき私を救ってくれたのが、
当時サポートしてくれていたコーチでした。



母の容体悪化と、帰れない私


母の手術が成功し、体調が落ち着いたタイミングで私は渡米しました。
ところがその後、母の状態は悪化していきました。

当時の私は、夢だったアメリカ本社で働き始め、
正式なビザの承認を待つ身で、
アメリカ国外に出ることができませんでした。

家族もその事情を知っていたので、
病状は、私にはあえて伝えずにいたようです。

母と話せない日々が続いていって、
「きっと良くないんだろうな」と感じながら、
それでも良くなることだけを願っていました。

そして突然届いた訃報。

帰国するにはビザを諦める=仕事を辞める
しか方法がなく、
私は葬儀に参列することすらできませんでした。




自分を責め続け、
世界から色が消えていった


病気の母を日本に残してきてしまった
アメリカでキャリアを選んだひどい娘だ

そんな罪悪感が止まらず、
毎日自分を責め続けました。

1ヶ月ほど経った頃、世界からだんだん色が消えていくような感覚があり、
何をしても楽しくない。
味がしない。
人と会っても笑えない——。

自分が“壊れ始めている”ことに、
ようやく気づきました。





コーチがくれた、たった一つの問い


普段は仕事の相談ばかりでしたが、
私は耐えられず、コーチに打ち明けました。

母の死、自分を責め続けていること…。

静かに聞いたあと、コーチは優しく
一つの問いを投げかけてくれました。

「あなたのお母さんは、
今のあなたにどんな言葉をかけると思う?」


私はずっと「私はなんてひどい娘だ
という意味づけの枠から抜け出せずにいました。

母が亡くなった事実、
母の葬儀に出られなかった過去は変わらないので、反省してやり直すこともできず、
自分の感情の行き場がなくなっていたからです。

でもふと、母が今まで残してくれた言葉を
思い出しました。

「アメリカでの挑戦を邪魔したくない」
「あなたの新しい人生を応援している」


そして、亡くなる前のビデオメッセージには、
こう残してくれてました。

あなたは、私が見られなかった世界を見せてくれた。出来なかったことを、実現してくれた。


その瞬間、ハッとしました。


私は母を見捨てたのではなく、
母が応援してくれた道を歩き、
母の夢も一緒に背負ってアメリカで叶えていたんじゃないか、と。






世界に色が戻った日


意味づけが変わった瞬間、視界がスッと開け、
世界に色が戻りました。

母を置いてきた娘」ではなく、
母の夢を叶えた娘」として、自分を誇らしく
受け止められるようになったのです。

翌日から自然と笑顔が戻っていき、
また前に向かって生きられるようになりました。




“意味づけ”は人生を変える力を持っている


この経験を通して確信したのは、
出来事そのものは変えられなくても、
その出来事に与える“意味”は
自分で選べるということ。

悲しみや罪悪感を消すことはできないけれど、
どう向き合うか、どんな意味を与えるかで、
世界の見え方はまったく変わる。

そして、ひとりではその変換が難しいとき、
コーチやカウンセラーの存在は大きな力になる。

私は“意味づけが人生を変える”瞬間を、自分自身で経験しました。

その体験が、
いま私がコーチングに強く惹かれる理由の
ひとつなのだと思います。



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