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誉津別命と鵠 (垂仁天皇と吉備国)

1  はじめに
 誉津別命(ほむつわけのみこと)は垂仁天皇の第一皇子です。逸話が『先代旧事本紀』 『日本書紀』、『古事記』『尾張国風土記』逸文に記録されています。しかし、誉津別命が白鳥 と遊ぶことにより、言葉を発するようになった場所については記録されていません。地名学 により、その場所を推定します。

2  誉津別命と鵠

『日本書紀』巻六 垂仁天皇
『日本書紀』巻六 垂仁天皇


 誉津別命は垂仁天皇に大変寵愛されていました。長じてひげが胸先に達しても言葉を発すること がなく、赤子のように泣いてばかりでした。誉津別命はある日、鵠(くぐい)が渡るさ まを見て「是何物ぞ」と初めて言葉を発しました。垂仁天皇は喜び、その鵠を捕まえることを 命じました。天湯河板挙(あめのゆかはたな)(鳥取造(ととりのみやつこ)の祖)が捕まえて献 上し、鵠を遊び相手にすると、誉津別命は言葉を発するようになりました。それで鳥取部(とと りべ)・鳥飼部(とりかいべ)・誉津部(ほむつべ)を設けました。
『古事記』、『釈日本紀』、『尾張国風土記』逸文では創作が追記されています。

3  鵠とは白鳥
 くぐい【鵠】〔上代は「くくい」〕 白鳥の古名。
 こう【鵠】白鳥の異名。
 くくひ。こひ。 〔和名抄〕 

3.1  クグイ地名
 「くぐい」は「鵠・久々井」と表記されています。
「久々井」は岡山県に4か所、
「鵠」は徳島県に2か所あり、鵠川があります。
「くくい」と「くぐい」があります。

岡山県の久々井
倉敷市玉島久々井(くぐい)
岡山市犬島久々井(くぐい)
岡山市西大寺久々井(くくい)
備前市片上久々井(くくい)

徳島県の鵠
阿南市馬場鵠(くぐい)
阿南市橘鵠(くぐい)

4  誉津別命と吉備(前)国
 誉津別命が白鳥と遊ぶことにより言葉を発するようになった場所については、記録され ていません。岡山市東区久々井と備前市に久々井湾があります。岡山市東区久々井の地名の由来 は、『岡山市の地名』は、「村名の由来は分からない」とし、『角川日本地名大辞典 33 岡山県』では、「古くは鵠浦・沖鵠浦と見え、鵠、すなわち白鳥が生息している浦を意 味するものと思われ」と明確に説明しています。岡山市久々井村は『備陽記巻第十六』に「豊 原ノ庄の内」とあり、犬島を含んでいます。

5  まとめ
 「イリ」の名前の付く歴代天皇は、第十代崇神天皇と、第十一代垂仁天皇のみです。 崇神天皇は事実上の初代天皇であり、吉備国に居られました。  垂仁天皇については、誉津別命と鵠 の逸話を吉備(前)国での記録として報告します。崇神天皇、垂仁天皇の吉備(前)国の記 録は、『日本書紀』から抹消されたのではなく、日常生活であり記録されていません。

崇神天皇 騎馬民族征服王調説
「黄鐘(コウショウ)」の「大王(おおきみ)



6  参考文献
1) 『新訂増補 国史大系 7 先代旧事本紀』昭和 41 年 吉川廣文館
2) 日本古典文学大系 67『日本書紀 上』坂本太郎他 昭和 42 年 岩波書店
3) 日本古典文学大系 1『古事記 祝詞』倉野憲司他 昭和 33 年 岩波書店
4) 新訂増補 国史大系第七巻『先代旧事本紀』昭和 41 年 吉川弘文館
5) 『岡山市の地名』岡山市地名研究会 平成元年 岡山市
6) 『角川日本地名大辞典 33 岡山県』1989 年 角川書店
7) 『新日本地名検索-1』1994 年 アボック社出版局
8) 「崇神天皇 吉備国説」『百枝八幡宮より見える吉備国の古代史』丸谷憲二
平成 28 年 4 月 30 日
9) 『クグイ・クグ地名分布とその特色』 http://kugenuma.sakura.ne.jp/k094b02.html

平成 28 年 7 月 1 日 寄稿

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