人生における、脚本と演出の話
今期の朝ドラ『舞い上がれ!』が、とても素晴らしいのです。
わたしは基本、テレビを観ません。
昔は、朝起きた瞬間から寝るまで点けてるようなテレビっ子だったんですけどね。面白くなくてもテレビが点いてると、どうしても目と手を奪われてしまうのがイヤで、観なくなったんです。
それでも稀に気が向いて観ることはあります。勧められたり、感想を読んで興味を持ったりね。
で、たまたま観たドラマが大当たり。
朝の連続テレビ小説『舞い上がれ!』
始まってまだ2週目なんですが、わたしは初回から涙目になりました。涙腺弱いんです。
とても丁寧に作られていて、見ていて違和感がありません。高畑淳子さん演じる「ばんば(おばあちゃん)」を筆頭に、行間が読める演技をされてるんです。視線の行方や、間の一つ一つ、ちょっとした小物にも「ああ、あの登場人物が相手を想って作ったんだろうな」って思えるんですよ。
ド素人のわたしが考えますに、ドラマというのは脚本(骨組み)とキャスト(演技)、それと演出(味付け)でできていると思ってて。
何かが欠けると面白みも減るけど、バランスを工夫することで調整が取れるんじゃないかとも思ってるんですよね。
以前読んだ本のエピソードの一つなんですけど。
ある新人女優さんが、映画のヒロインとして出演が決まったけれど、映画自体がB級…むしろC級レベルの映画で。ヒロイン自体も、キャーキャー騒いでるだけのお荷物状態の役どころ。ガッカリしていた女優さんでしたが、ある人からアドバイスを受けるんです。
「脚本も役割も変えられないけど、話の流れに問題ないくらいの個性付けはできるんじゃないか」って。
物語が破綻しないように邪魔をしないように、丁寧に調整したアドバイスを実行したところ……映画の評価はさんざんでしたが、その女優さんは大きく評価され、将来的に素晴らしい大女優になる……という流れ。
もうね、大っ好きなんですよ、このエピソード。
本筋からしたら、オマケもオマケのちっこい末端の話なんですけどね。でもこれって、人生(大げさ?)にも言い換えられるんじゃないかって。
人生(脚本)は変えられなくても、考え方(演出)次第で、どうとでも味付けできるってことですからね。
で、人間なんて思い込みの動物なんで、どう思おうと自由なんですよ。都合いいように考えちゃえば、わりとそれで何とかなるんですよね。
そんなわけで、人生を彩るための演出ってとても大切だな、と思ったのでした。
今期のドラマは、『舞い上がれ!』と『silent(サイレント)』が双璧です。観て号泣しよ?
