息苦しかった実家。逃げ場所を探していた私が「本当に欲しかったもの」
こんにちは、なのはなです。
私は18歳の時に付き合い始めた彼と、5年の交際を経て23歳で結婚しました。
今振り返ると、当時の私は「親との関係」に限界を感じて、ただひたすら自分の居場所を探して逃げ回っていたように思います。
今日は、高校卒業から結婚に至るまでの私の葛藤と、逃げることしかできなかった私が、どうやって家族と向き合うことになったのか。
その時のリアルな体験を書いてみたいと思います。
厳しいルールの中で、少しずつ苦しくなっていった
私の両親は、私を本当に大切に育ててくれました。
やりたいことも十分にやらせてもらいましたし、愛情をたくさん注いで育ててもらったことには、今でも感謝しています。
ただ、我が家にはとても厳しいルールがありました。
・ご飯は家族全員が揃わないと食べられない
・朝起きる時間も家族に合わせる
・門限が厳しい
彼氏ができても、自由に遊びに行くことは難しく、結果的に彼が家に来ることが増えていきました。
すると、親も彼との関係に入ってきます。
一緒にご飯を食べることも当たり前。
私と彼の間で何かあれば、親が彼の肩を持つこともありました。
「なんで私より彼の味方をするの?」
そんな気持ちになって、苦しくなることもありました。
父親が夜勤のある仕事だったため、父が寝ている時は足音にも気を遣いました。
言葉遣いや態度にも厳しく、親に対して少しでも馴れ馴れしい態度を取れば怒られる。
話をするときも、相手の気持ちを考えて話すことを求められる。
家の中なのに、常に周りを気にしているような感覚でした。
そして年齢を重ねるにつれて、両親の夫婦関係も悪くなっていきました。
家の中には、冷戦のような空気。
母親もいつもピリピリしていて、話しかけることすらためらってしまう。
私は少しずつ、
「家に帰りたくない」
と思うようになっていました。
私の居場所は、彼の家だった
高校を卒業すると、私はますます家に帰らなくなりました。
仕事が終わると、当時付き合っていた彼の家へ行く。
その彼が、後に私の最初の旦那さんになります。
彼はとても優しい人でした。
私が親との関係に悩んでいることを知ると、
「ここにいたらいいよ」
そう言って、私に居場所を作ってくれました。
当時、私は印刷会社で働いていました。
それでも家に帰りたくなくて、仕事が終わった後に居酒屋のアルバイトまで掛け持ちしていました。
とにかく家に帰らなくて済む理由が欲しかったんだと思います。
親は帰ってこない私を心配して、探し回っていたそうです。
そしてある日、父親から、
「居酒屋のバイトなんて水商売だ!許さない!」
と怒られ、叩かれました。
その出来事で、私の中にあったものが、また一つ切れたような気がしました。
「もう帰りたくない」
そう思い、私はますます仕事やバイトを理由にして、彼の家に入り浸るようになりました。
「このままではいけない」と言ってくれた人
でも、そんな生活がずっと続くわけではありませんでした。
ある時、アルバイト先の店長から、
「このままじゃいけないよ」
と、何度も何度も話をされました。
当時の私は、
「逃げて何が悪いの?」
くらいに思っていたと思います。
もう、心底関わりたくないと思ってましたから。
でも、店長は私を責めるのではなく、このまま逃げ続けた先に何があるのかを考えさせてくれました。
そして私は、彼とも改めてこれからのことを話し合いました。
すると、彼の両親やおじいちゃんも私たちのことを心配してくれて、
「ちゃんとご両親のところへ行って、付き合っていることを伝えなさい」
と背中を押してくれました。
私は、親と向き合うのが怖かった。
でも、彼は一緒に向き合うことを選んでくれました。
彼は私の両親のもとへ行き、
「結婚を前提にお付き合いさせてください」
と頭を下げてくれました。
一緒に向き合ってくれる人がいると、世界が変わる
最初、両親は感情のままに彼へ怒鳴りました。
私は、
「やっぱり来なければよかった」
と思いました。予想通りの展開だったのです。
でも、彼は逃げませんでした。
言い返すこともなく、静かに受け止め、何度も謝ってくれました。
その姿を見て、両親も少しずつ落ち着いていきました。
最後には、
「こんなバカ娘を連れてきてくれてありがとう」
と言って、ご飯をご馳走してくれました。
私はその言葉を聞いて、自分の両親がそんなことを言うなんて信じられませんでした。
そして、
「また来てくれ」
と言ってくれたんです。
あれだけ険悪だった空気が、ほんの少し変わりました。
その時、私は初めて、
「私を助けてくれる人がいた」
と思ったんです。
それと同時に、両親が彼を認めてくれた気がして嬉しかったのを覚えています。
逃げた私が、悪かったわけじゃない
今の私は、当時の自分を責めていません。
あの頃の私は、どう向き合えばいいのか分からなかった。
だから逃げるしかなかったんです。
逃げることが正解だったとは思いません。
でも、逃げてしまうほど苦しかった自分がいたことも、今なら分かります。
そして、この経験から私は大きなことを学びました。
一人では向き合えないこともある。
でも、みんなが応援してくれて、誰かが隣に立ってくれるだけで、
「やってみよう」
と思えることがある。
あの時の私に必要だったのは、「逃げるな」と責められることではなく、
「一緒に向き合うよ」
と言ってくれる人だったのかもしれません。
もちろん、この出来事をきっかけに親との関係がすべて元通りになったわけではありません。
むしろ、ここからも家族との間には、たくさんの出来事がありました。
そして今の私だからこそ分かることも、たくさんあります。
「逃げること」と「向き合うこと」。
「自分を守ること」と「誰かと一緒に乗り越えること」。
この違いについても、これから少しずつ書いていきたいと思います。
あの頃の私は、ただ自分の居場所を探していました。
そして今思うのは、
居場所って、逃げた先にあるわけじゃない。
自分の大切な人たちとともに一緒に作らなければならないものだと感じました。
ここから始まる「親との関係」の話
今回のお話は、私の人生の中ではまだ序章です。
親との関係は、ここで終わりませんでした。
その後も私は、親との関係の中でたくさん悩み、傷つき、そして自分自身について考えることになります。
「あの時、私はなぜあんなに苦しかったんだろう?」
「親はなぜ、あんな行動をしていたんだろう?」
「私はなぜ、いつも逃げることを選んでいたんだろう?」
大人になった今だからこそ見えてきたことがあります。
そして、その経験が今の私の「違和感」や「人間関係との向き合い方」、「自分を守ること」にもつながっています。
これからは少しの間、そんな親との関係の中で私が気づいたことを、一つずつ書いていきたいと思います。
当時はただ苦しいだけだった出来事を、今の私が振り返ると、そこにはどんな意味があったのか。
そんなお話を書いてみようと思います。
今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
