手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第13話 襲撃者)
綿引は、天を見上げた。星空を突き破り、人間の手が、それも巨大な人間の手が、彼に襲いかかろうとしてしていたのだ。
この若い警部補は咄嗟に元来た非常階段へとダッシュで駆け出す。
間一髪、通常の人間よりも10倍はでかい大きな右手が獲物をつかみ損ねてしまい、宙を握った。
冷や汗て全身をびっしょりとさせながら、全速力で綿引は非常階段を駆け降りる。そして最初に入ってきた板の破れ目から外に出る。
そこへ1台の自動車が現れた。不安になって、一旦板の中に戻る。車は板の外で停車した。誰かが降りる。
拳銃を構えたいところだが持ってない。降りた人物の姿が見えた。涼香である。
「驚かすなよ」
綿引はホッとした。
「動画は撮れた?」
「当然でしょ!」
涼香はギャルピースで答える。彼女が自分のスマホを出した。
夜空から突き出た通常の10倍はある巨大な手が、廃ビルの屋上にいた綿引を襲おうとした一部始終を録画した動画がスマホに映しだされる。
「とりあえず、ここを離れよう」
「どこに行きます?」
「どこでもいい。人が大勢いて、空から巨大な手が出たら、誰もが気づくであろう場所だ。どこでもいいから繁華街まで運転してくれ」
警視庁のオフィスにいる夜船警部のデスクのスマホが鳴った。液晶画面に綿引暖と表示される。夜船警部は、電話に出る。
「綿引今、どこにいる?」
「逆探知すればわかりますが、週刊スプリング社にいます」
「何をしてる? すぐ戻れ」
「同期の氏家と廃ビルの屋上で待ち合わせしてました。ところがそこへ行くと突然、普通の人の10倍はあるでかい手が上空から襲ってきました」
「冗談言うな。夢でも見たんだろ」
夜船は笑い飛ばしたつもりだが、自分でも口調が硬いのがわかる。
「動画も撮影しました。証拠があります」
「何が狙いだ」
「真相を知りたいです。きちんとした返答がなければ、この動画を配信で東京中に流します」
「自分が何をやってるのかわかってるのか?」
「自分は、事実が知りたいです。この世界のからくりを知りたい。そしてそれは、1300万人の東京都民全員が知るべきです」
「少し、時間をくれ。また電話する」
スマホを切った。手が汗でびっしょりだ。どうしたらいいものか? 夜船は文字通り頭を抱えた。
綿引は元々付和雷同で動くタイプではなかったが、まさかここまでとは。有能だが、危険な男だ。
この男を放置するのは、東京の安寧を揺るがすものに思えてきた。
「電話を、切られた」
綿引は、そばにいた涼香に説明する。
「どう出てくるかな?」
彼女は、緊張した面持ちだ。
「わかんねーよ。課長の出方を待つしかない」
「上手くいけば、大スクープだ」
やはり近くにいた八奈見編集長が話す。
「だけど、下手すりゃ権力に潰される」
なかなか電話は来なかった。また電話すると夜船は口にしたが、本当にそうするかはわからない。
連絡がなかなか来なければ、動画を配信で流すつもりだ。ようやく深夜零時近くになってスマホが鳴った。相手は課長だ。
「待たせたな。話がついた。明朝10時に週刊スプリングの本社に都知事が行くと話が決まった」
「本当ですか!?」
綿引は、思わず大声をあげた。都知事と言えば、この世界のトップに立つ男だ。本山(もとやま)都知事。彼は元々人気俳優だった。
長年政民(せいみん)党が与党として牛耳ってきた都政に対し、新たに刷新(さっしん)党を立ち上げ、都知事になった男である。
意外に感じた反面、本山ならそんな挙に出ても、不思議じゃない気がしたのである。
