ミスティー・ナイツ(第15話 思わぬ危機)
「誓って本当さ。嘘じゃねえが、信じたくなきゃあ信じなくても構わんさ。ま、嘘つきは泥棒の始まりっていうぐらいだからな」
美山はそう笑いとばした。
「盗んだ金の一部を寄付するなんてやり方が、偽善だとは思わんのかね」「そうかもしれねえ。そもそも何が正しくて、何が悪いかってのは、人によっても考え方が違うしな。戦争で大勢人を殺した人間を英雄扱いする者も、この世の中には存在するし、外国人や老人や女性を差別する発言をした政治家に投票する人間が、世間には大勢いるぐらいだ」
「話を変えよう。怪人二十面相みたく予告状を出して、マスコミで大々的に報道されてる次の盗みも、勝算あるのか」
「もちろんよ。実は、今度のお勤めをもって引退するつもりなんだ。金もそれなりにたまったし、後は左うちわで隠居を楽しもうと思ってる」
「ほほう。それが本当なら、警察があんたらを逮捕する最後のチャンスになるかもな。全国警察が君達を狙っているが、捕まらない自信はあるのか」「当然捕まりっこねえよ。今までもおれ達は、国内外のポリ公の捜査の網をすりぬけてきた。今度も盗る物ちょうだいして、後は楽しいリタイヤ生活を謳歌するって寸法さ」
美山は大口を叩いた。
「しかしこんなインタビューを雑誌に載せて、あんた警察にこってりしぼられるんじゃねえの」
「それも当然織りこみずみだよ。警察を恐れてちゃあ、こんな稼業はできやしない」
「そりゃ、そうだろうな。そういう意味じゃ、おれもあんたも似たもの同士だ」
その時である。突然美山は急速に接近する殺気を感じた。次の瞬間、テーブルの向かいに座った乙成に飛びかかり、そのまま彼が仰向けになるよう床に押し倒す。次の瞬間、乙成の背後にあった窓ガラスが派手な音を立てながら砕けちる。
美山の背中に激痛が走った。どうやら銃弾が当たったようだ。マシンガンの射撃音が響き渡り、テーブルにあったコップが一瞬にして破片と化した。それまで座っていたソファーに次々と無数の弾痕が開き、中のクッションが露出して四散する。
スプリングが飛びだしたさまは、まるで人骨の飛びでた遺体のようだ。下手したら美山の方がソファーのような亡骸になっていたかもしれない。そう思うと、心の底からぞっとした。
全身の血液が冷えていくような気がする。やがて銃声は出しぬけに収まって、静かになる。すぐにでも、再び弾丸が撃ちこまれるかと思ったが、しばらくたっても聞こえてこない。時間にして数分ぐらいだが、まるで永遠と同じぐらいの長さに思えた。
「ありがとうと言うべきだろうな。君のおかげで命びろいした。まさか悪党に、命を救われるとは思わなかった」
乙成は、あおむけに横たわったまま感謝を述べた。「それにしても、信じられん。こんな東京のど真ん中で」
「敵さんの方が1枚も2枚も3枚も、いや10枚以上は上手だったっつーこったな」
「相手はどっちを狙ったんだろ。心当たりはあるか」
「ありすぎて、わからねえよ」
美山は思わず爆笑した。
「両手の指じゃ数えきれねえぐれえだぜ。そういうあんたこそ、どうなのよ」
「同じくさ。両手の指にプラスして、両足の指を足しても数えきれないくらいだ。ブログはしょっちゅう炎上してるし、編集部にはカオスの新刊が出るたびに、脅迫電話がかかってくる。カミソリ入りの郵便物もわんさか来るし。おかげでうちのスタッフは、カミソリの刃は買った試しがない。在庫がたくさんあるからな」
その時美山のスマホが鳴った。相手は海夢だ。
「いい話と、悪い話がある」
ミスティー・ナイツきっての美男子は、ハリウッド映画みたいな台詞をほざいた。
「いい話ってのは」
「さっきマシンガンを撃ってきた奴を、銃で撃った」
「悪い話は」
「腕に当たったが、逃げられた。が、マシンガンを捨ててったから、もう撃たれない。これからおれが、後を追う」
「深追いするな。仲間が待ちぶせてるかもしれん。おかげでおれも乙成も、どっちも無事だ」
「そいつはよかったです。ここで美山さんに死なれたら、得意の毒舌を聴けなくて、寂しくなってたところですから」
それだけ話すと電話が切れた。
「よく、撃たれる前に気づいたな」
身を起こしながら、乙成が感心した口調で話した。
「一般人よりちっとばかり、勘が鋭くなってんのかもしれねえな。多分。泥棒稼業が長えから。この稼業をはじめてから、熟睡した夜なんて一度もないんだ。まるで野生の動物みてえに、年中ピリピリしてる。でも何だか、そんな緊張感が快く感じられたりもするわけさ。ともかく、とりあえずは大丈夫だ。刺客は、おれの仲間が追ってる。今の幸運を喜ぼうじゃねえか」
「あんたに関わると、命が一ダースあっても足りなさそうだな」
乙成は、何もなかったような笑顔で話した。とてもじゃないが、さっき殺されそうになった男のスマイルじゃない。よほど肝がすわってるようだ。こいつも決して只者ではない。
普通の男ならもっとびびっているだろう。ジャーナリストにしとくのは、惜しいぐらいだと美山は思った。いや、彼こそは真のジャーナリストと言うべきか。
「そんなふうに考えるなら、おれに近づくのは、やめちゃあどうだい」
美山は、自分の口元に笑みが生まれたのに気がついた。
「もっとも刺客が狙ったのが、おれの方とは限らんけどな」
「そりゃ、そうだ。命を狙われてるのは、おれも一緒だからな。心当たりがたくさんあって、殺し屋が誰か検討もつかん。人間とかいう、2本足のけだものってのは確かだろうが」
誰かが通報したのだろう。その後パトカーやら救急車やら消防車やらが騒々しいサイレンを鳴らしながら、たくさんホテルにかけつけた。美山はそんなこうるさいノイズを背後に聞き流しながら、いち早くその場を離れた。
乙成は現場に残り、現れた従業員や警察関係者に状況を説明する事になった。2人で相談のうえ、乙成が1人でいる時に襲われたと、警察には説明する手はずになったのだ。その後美山は別の場所で、戻ってきた海夢と合流した。
「大丈夫ですか」
美山の背中から出た血液が、服を汚しているのに気づいた海夢が声をかける。その表情が、心配そうに曇っている。
「なあに。ほんのかすり傷さ」
激痛をこらえながら、美山が言った。
「それよりも、襲撃してきた刺客の方はどうなった」
ミスティー・ナイツ(第16話 雲村博士と、その助手と)|空川億里@ミステリ、SF、ショートショート (note.com)
