書くことと、わたしの日々
書くことが好きで、何かしら毎日書いています。
でも、なぜ書いているのか?と聞かれると、うまく答えられない気がして。
改めて、「書くことって、わたしにとってなんだろう?」と考えてみました。
出会いのきっかけから、日々の習慣になった今の思いまで綴ります。
参加しているマガジン「自分棚卸し&自分発見:共同運営マガジン【アラフィフからのnote部】」には、オマケ企画があります。
「自分発見・棚卸し」という視点から、毎月2つのテーマが提案され、書くかどうかは自由というゆるやかな企画です。
9月のテーマ2は「あなたにとって『書くこと』とは?」。
「書くことについて」とテーマを見たとき、少し戸惑いながらも、静かに向き合ってみたくなりました。
これまでにも何度か考えてきたテーマだからこそ、簡単には言い表せない、積み重ねた時間があります。
それでも、あらためて言葉にしたくなったのは、この問いがきっと、「わたしはどう生きてきたのか」にもつながっているから。
今回はそんな思いを込めて、「書くこと」について、今の気持ちで綴ってみようと思います。
出会いと最初の一歩
「書くこと」に対する憧れは、ずっと昔からありました。
何度か書いているように、小学生の時にミチコ・ロンドンのシステム手帳に一目ぼれした頃から、憧れていたのだと思います。
まだ自分の言葉を「記録」として書き残す習慣はなかった頃。
手帳術の本や、文房具の特集などを眺めながら、「こんなふうに、毎日何かを書き続けられたらいいな」と、ぼんやりと思っていました。
ただ、当時のわたしにとってそれは、ちょっと特別な人にだけできることのような気がしていて。
憧れのままで、なかなか手が動かない日々が続いていたように思います。
それでも、あるときから少しずつ、毎日の手帳が習慣になっていって。
「あ、今日は書けたな」「最近、続いてるな」と思えたとき、ようやく「これは、わたしの記録だ」と感じられるようになりました。
書くことは、最初からスムーズだったわけじゃない。
でも、少しずつ自分のものになっていった感覚があります。
書き続けて、見えてきたもの
書くようになって気づいたのは、感情や思考がどんどん言葉になることで、もやもやしていたものに輪郭が生まれるということ。
たとえば、旅行にあまり気持ちが乗らないこと。
それは「出不精だから」というよりも、「わたしにとって、日常生活がすごく大切だから」なんだと、書いてみて初めてわかりました。
また、幼少期の記憶についてnoteで書いたときも、環境の変化の中で自分が感じていたストレスや不安に、改めて気づけたように思います。
誰かに相談しても、解決できないことってありますよね。
でも、書いてみると、頭の中が少しずつ整理されていく。
書いていくうちに「こう思っていたのかも」と、答えが自分の中から出てくる。
書くことは、自分を感情の渦から一歩引き離して、俯瞰する手助けにもなってくれました。
発信すること・noteだからこそ
noteに書くようになって、世界が少し変わりました。
他のSNSのように反応のスピードを気にしすぎることなく、でも、静かにつながっていられる感じ。
読んでくれる人がいて、コメントでやさしいやり取りができる場所。
この「ほどよい距離感」が、わたしにとってはちょうどよくて。
だからこそ、続けているのかもしれません。
読んだ人が「わたしもそう思った」と言ってくれたり、「真似してみました」と伝えてくれたりすることもありました。
そんな反応に触れるたびに、「あぁ、書いてよかったな」と思います。
誰かの気持ちに、そっと寄り添えたような気がして。
わたし自身の肯定感も、少しずつ育っていきました。
「書かない日」がなかったからこそ
わたしは、今、ほぼ毎日何かしらを書いています。
とはいえ、「今日もたくさん書けた!」という日ばかりではありません。
忙しかったり、体調がいまひとつだったりする日は、「今日あったこと」を最低限メモするだけ、ということもあります。
でも、それでも「少しでも書いておこう」と思うようになったのは、過去に何度も「思い出せない日」があったから。
たとえば、数日前の週末に夫と出かけたはずなのに、「どこに行ったんだっけ?」と思い出せない。
仕事はしたけど、「あの日、どんなことがあったっけ?」と記憶が曖昧になっている。
そういう経験を何度もするうちに、「あぁ、人の記憶ってこんなにあっさり消えるんだ」と実感するようになりました。
だからこそ、ほんの一言でも書いておこうと思うようになったのです。
これからも書き続けたい理由
わたしにとって、書くことは頭と心を整理する時間。
悩んだり、迷ったりしているときほど、「書く」という行為が、わたしを少し落ち着かせてくれます。
書いていくうちに、「今の自分は、これでいいんだ」と思える。
誰かと比べて落ち込んでいたとしても、書いているうちに「それはわたしが本当に望んでいることなの?」と問い直せるようになる。
足るを知るというか、今あるものに気づける感覚。
それが、わたしの「わたしらしさ」を守ってくれているように感じます。
もし、何らかの理由で突然書けなくなったとしても、それはそれで受け止めると思います。
きっと、別の何かを探していく気がするから。
でも今は、やっぱりこうして言葉を残すことが、わたしにとっての習慣であり、日々をやさしく支えてくれるものなのだと思います。
おわりに
「書くことは、自分を整える時間だ」と、最近よく思うようになりました。
それはきっと、ただの記録以上のものになっているから。
noteに綴る文章も、手帳に残すひとことも、どれも日常のなかで見つけた、わたしなりの答えのようなもの。
この文章を読んでくれたあなたにも、書くことがそっと寄り添う時間になりますように。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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これからも、自分のペースでnoteを続けていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
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