はじめて働かなかった5か月と、その時間が教えてくれたこと
勤めていたクリニックが突然の閉院。
思いがけず訪れた「働かない5か月」は、戸惑いと葛藤の時間でもありました。
それでもその日々が、わたしに教えてくれたのは——
焦らなくていい、自分のペースで働いてもいい、ということでした。
思いがけず訪れた「働かない時間」
数年前のある日、勤務していたクリニックの院長が急逝しました。
その出来事とともに、クリニックは閉院。
わたしは、思いがけない形で解雇されることになりました。
院長ご家族とのやりとりにはトラブルもあり、心身ともに疲れ果てた日々。
急な出来事に気持ちが追いつかないまま、失業手当を受けながら、これからの働き方をゆっくり考えることになりました。
面談であふれた、自分のしんどさ
ハローワークでの面談中のこと。
担当の方が「大変でしたね」とねぎらってくれました。
その方はわたしが「今後、派遣であちこち勤務するのもいいかも」と話すと、こう言ってくれました。
「職場が頻繁に変わるのも大変ですし、今は組織に属することに疲れているのかもしれませんね。少し立ち止まって考えてみてもいいかもしれません」
その言葉にふれた瞬間、思わず涙があふれました。
気づかないうちに、自分が悲しみやしんどさを抱えていたことに、はじめて気づいた瞬間でした。
その後の面談で
「小さなクリニックでの外来勤務は好き。でも、院長家族との距離が近すぎて、トラブルが起きやすいことは不安」
「大きな病院では、希望していない病棟勤務を命じられるかもしれない」
など、これまで自分の中にあった葛藤や希望を言葉にできたことも、気持ちを整理する大きなきっかけになりました。
表向きは“普通”でも、心の奥では
失業していた5か月間、わたしは県内各地で行われていた就業支援の無料セミナーに参加したり、スポーツジムでスタジオレッスンに通ったりしていました。
「外に出る予定がないと、引きこもってしまう。それは精神的に絶対良くない」と思ったからです。
セミナーは、女性や中高年向けの支援が手厚く、大好きな“学びの時間”を楽しみながら、いろんな人の話を聞ける場でもありました。
スポーツジムにも定期的に通っていたので、表面的には「ラッキーに過ごしている人」に見えていたかもしれません。
でもあの面談で泣いてしまったことで、自分の中の不安や悲しみに気づきました。
だから、周りからどう見れてもいい、自分が少しでも気持ちを安定させられるようにしよう、そう思いました。
「正社員じゃない働き方」を考える
実は院長が逝去する少し前から、夫と話し合い、正社員からパート勤務への変更を希望していました。
子育てや介護といった理由はないけれど、「週5日働かない働き方をしてみよう」と決めたのです。
でも、いざ完全に仕事がなくなると、
「みんな毎日働いているのに…」
「理由もないのに週5日働かないなんて甘えているのかも」
——そんなふうに、自分を責めるような気持ちもわいてきました。
でも、その気持ちを無理に消さずに向き合ったことで、
「どんな働き方を、わたしは望んでいるんだろう」
と、改めて自分と向き合えるようになっていきました。
外に出る理由としての「仕事」
家で過ごすのは好きです。
でも、わたしには「外に出る理由」があった方が、気持ちが整うことに気づきました。
もちろん、習い事や趣味などでもいいのかもしれません。
でもそこには、お金がかかったり、続けるためのモチベーションが必要だったりします。
それなら、嫌ではない仕事を少しずつ続ける方が、お金もいただけて、人と関わる機会もあって、わたしにはちょうどよい。
そんなふうに考えられるようになったのも、あの5か月があったからだと思います。
おわりに|やさしいリハビリ期間
あの5ヶ月の経験を経て、わたしは今、自分のペースで働くことを選んでいます。
そんな現在の働き方については、こちらの記事にも書きました。
突然訪れた「働かない5か月間」は、望んだわけでも、計画していたわけでもない時間でした。
でも今思えば、あれは自分を見つめ直すための、静かなリハビリのような時間だったのかもしれません。
誰かと比べることなく、自分のペースで、無理のない働き方を選んでいく。
外で働くことは、「しんどいこと」ばかりではない。
そう思えるようになりました。
あの時間があったからこそ、今のわたしは、以前よりも働くことを前向きに、楽しめるようになったと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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