「生きる」の答え 無駄だからタダに変えてやる
志無ければ何を語ろうが無駄であり、志さえあれば何を言われずとも行動し、利益ならずとも成し遂げる。
それだけの話だ

薄っぺらい綺麗事で満足出来るなら、他所に行け
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改革案まとめ付き 全作品 あらすじ付
作品テーマ 非人間讃歌
作品ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解く、という意味で)
あらすじ・横書き等は上記参照
noteアプリ基本非対応のため、ネット推奨
グーグルブックス対応 栞機能有り(右上)
第一巻
天上天下唯我独尊、それ即ち金を超える
第二部
余談 第三部
前書き(追記分)
やれやれだ••••••500万文字も無料で出した挙句、有料分までこうも無料開放するなら、果たして「売る」という行為に意味があるのかさえ謎だ。
私は江戸時代で売っているのか? まさか、本当に一円以下••••••一銭からの単位で、作品を売るとは思わなかったぞ!!! 貴様ら、そんなに「物語に金を払う」という行為が「憎い」のか?
何にせよ殆どタダで出してやっているんだ。物語が「未完」のままで良いなら、買わずに半端に読めばいい。
だが、今更ながら自分でも意外だったが、ここに書いた内容が「邪道作家という概念の答え」でもあるのは確かだ••••••書いた本人にも意外だったが、案外「求める答え」というのは簡素なのかもしれない。
シリーズ完結分と改革案やらを含めれば、1000文字で「5銭」の代金と言えるのだろうか? 実際、アプリビジネス化などの具体的な「物語業界の未来を担う改革案」については、企画書仕様書まで書き切った。
一円も貰っていないのに、真剣に「物語業界の未来」を考え、行動し、信念を以て動くのが、まさか私だけとは思わなかったが••••••そんなだから、ゴミとしか思えない、駄作の山が増えるのだ。
何であれ「信念を賭けて作り上げる」なら「傑作」だ。しかし、今の時代には「現実逃避」「イラストで売れればいい」という、浅はかな消費娯楽を、読者も編集者も喜び漁る。
それを、物語だと言い張るのだ。醜悪極まるとはこの事だ。
何故、こんな事を非人間の化け物作家が考えなくてはならないのか、不思議でならない••••••そのくせ、損な「遠回り」を山程する割には、いや言うまい。
今更どうでもいい事だ••••••やれやれだ。
遠回りの結果は邪道作家を読めばいい。むしろ、そちらからしか学べない事も多いだろう。だが、簡素な真実を見てからの方が、実際に遠回りする訳でない読者からすれば、読み込み易いのは確かだろう。
とはいえ、私からすれば「死の恐怖」だの「未来への不安」だの、まして「人間社会での優劣」なんぞに、悩む方が不思議でならない。
思うに、金よりも「上」の「自分」が無いからだ。言うまでもないが私からすれば、金も法律も倫理も社会も、まして神も仏も摂理もすべからく
物語至上主義には及ばない
雑事であるのは確かだ••••••誰だって雑事に悩む事はない。
砂場の山が上手く出来なかったからといって、だから何だ?
偉いだの偉くないだの、正しいだの尊くないだの、要は「比べる時点で二流」であって、二流どころの考えなんぞ、既に知っているからどうでも良い••••••それより、物語物語物語だ。
ここの連中はそれに「おひねり」どころか、作家自身に「一銭単位での支払い」を強要するほどに落ちぶれているが、生憎と私は落ちる気はない。無論「人間の正しさ」なぞどうでもいいが、どうでも良いからこそ「作品の喧伝に役立つ」と考えれば、それが「善行」であろうと出来るのも私だ。
やはり、例の改革案の一つもそうだが、何かしら利益を「慈善事業」だけでなく「利益の公共化」のような、藻から石油を作る技術とかでもいいが、何かしら「人間社会の発展」につけてやるのも良いだろう。
私が欲しいのは「作家として邪魔されず、物語至上主義を貫く」事であって、別に「人間社会での栄華」なんぞ「どうでも」いい。大体、猿の惑星で猿に褒められて、何が嬉しいんだ?
ちやほや、などと。映像で「こいつは悪者だ」と言われれば信じ込むようなイカれた種族に、良いとされる時点で異常だろう。そういうのは邪道勇者シリーズではないが、適当な美少女にやらせればいい。
いや、邪道作家は美少女にしよう。そんな気はしてきた。
アンケートでも、9歳と答えておいたからな。
さて、生きる答えについては、すでに書いた。
本文を書いた後に書いたので、事実上この前書きが「最後の文章」になるかもしれない••••••無論、執筆衝動という忌々しいものがあるのであまりアテにならないし、でなければシリーズ完結分どころか「頼まれもしないのに、アプリビジネス化やビッグデータ活用・紙媒体を活かし世に広める方法」まで企画書だの仕様書に書く羽目になったが、それはそれとしてとりあえず「最後」だと思っておこう。
言い張るだけならタダだ。そして、言えるだけ言うのがお得だろう。
悲しい話だが、1000文字5銭と考えると、いや100銭で一円だったか••••••こんな事を考える時点で虚しい気もするが、とにかくだ。
読者共が時給900円で稼いだとしても、良い加減な計算だが大体
180万文字書いて1時間分の代金
と、いう事か••••••••••••創作者差別もいいところだ。
しかも、その金すら惜しむというのだから、正直救いようがない。しかし、一方でその作家が簡単に「遠回り」とやらのおかげかはともかく、当たり前のように自負する「生きる答え」を知らない。
変な話だ。私は金の方が欲しかったが、どうも「死ぬのが怖い」だの「未来が大変じゃないか」だの、あるいは「生きている意味がわからない」「生きている手応えが無くて死にたい」などと、所謂その「成功者」と言い張る連中でさえも、そうやって自殺したりする。
そんな悩みとは「無縁」になるのは確かだ。
実際にやったから間違いない!!!!!
「生きる」の答え
なに、500万文字も無料で出しているんだ。
1000文字一円以下、一銭とかの端数と考えるならば、世の真実を知るには安いだろう。
実際、たかがその程度の金額で売られていない内容なのは確かだ。
••••••30年も費やして、調べる遠回りをする奴がいない、というだけの話かもしれないが。
結論から言えば、全て「嘘」だ。
金も名誉も社会も経済も、成功も失敗も虚脱感も充実感も、全て「人間の思い込み」であって、存在しないからこその現在だ。
試しに、という訳でもなかったが、実際に「苦難の道」とやらを歩き「成長」せざるを得ない、いわば「抜き差しならない人生」を実際に30年以上送った身としては、やはり「そんなものは嘘」としか言いようがない。
少し考えればわかることだ。そんな苦労の道を送り「成長」するよりも、楽して「成長した気分」になれるからこそ「人間讃歌」などという嘘っぱちが流行るのであり、読んでいる奴らは無縁の内容だ。そして、現実にはその横で「脳から波動を出すだけで全て上手くいく」だとか「この方法論をやるだけで収益化が大いに進む」とかの、言わば「指一本動かさずに、楽して儲かる」方法論に大金が支払われる。
その方法で「成長」するのか? と言えば、まずしない。当たり前だが、何の苦労もせずに、他所に願っていたり方法論を真似るだけで「人生が完結」するというなら、そんな人生に価値など無い。
無論その「価値」というのも人間の思い込みに過ぎないのだが、しかし不思議な事に「楽して儲けたい」という割には「貰い物だけでは誇りに思えない」などと、駄々を捏ねるのもまた人間だ。
その点で言えば、所謂「死の恐怖」を生きている内にあれこれ考えるのも、あるいは「未来に対する不安」を考えるのも、結局は同じ話だ。何せ、どちらも「今この瞬間に存在しない」ものをあれこれ不安がるのは「どうであろうと、関係なく誇りに思い突き進む」能力が無い故とも言える。
••••••そういう意味では、本当に今更だが私のような「遠回り」をして、得られるものなどその程度だ。実際、幾度となく生死を彷徨ったりしたが、別に未来に対する不安も、まして「死の恐怖」など考えた試しもない。仮にあの世がないなら「もう仕事をしなくて済む」と思うだけで、逆にあの世とやらがあるなら「物語を正当に評価する能力があるのか?」となるだけだ。
もし無ければ、それこそ現世と変わらないではないか••••••愚か者の読者や編集者の姿が、仏だの神だの名乗るだけだ。なので、評価出来ない無能であるなら金的でも叩き潰すとしよう。
それに、未来の不安だのと言う割には、人間は「富士山大噴火」だとか「南海トラフ地震」について、起きてからしか考えない。「まさか、こんな事になるなんて」もなにも、以前から危険視されていたではないか。
本当に真実と考えていれば、今すぐ引っ越すのではないのか?
要するに虚構しか見ていないくせに、現実に文句を言い続け、かつ真実に向き合う姿勢すら見せないくせに「真実に向かう姿勢」を見たり聞いたりするだけで、それを「達成」したと思い込む。
それが人間だ。だからこそ、人間社会には「嘘」しかない。政治をすると言えば政治をせず税金を漁るだけで、政治を変えるべきだと言う割には人気者の動画配信者に票を投じたりする。そんなものだ。
社会的地位や名声を求める人間は多い。だが、要するにおままごとの延長なのだから、そんなもので満足し続ける方が異常なのだ。だからすぐ飽きるし、経済的自由に関しても「なにをやればいいかわからない」とほざく。
要するに「自由を持て余す」と言うだけだ。何故なら自由というものが大き過ぎて、それに見合う器がなければ大海に放り出されたカエルのように「進む方向すらわからなく」なる。
結果、それらに潰される。有名人の自殺が多いのは、ごっこ遊びを維持する労力や「存在しない未来への不安」を、凌駕出来る器が無いからだ。その辺りは、それこそ邪道作家シリーズでも読めばいい。何せ私は気にした事も無ければ、その感情も無い。押し付けられる事はあれど、他ならぬ「私自身」が気にした経験は皆無だ。
不思議な話だ。生きている間は散々と「如何に苦労したか」を自慢し合うというのに、何故か「死の恐怖」を恐れる。結果として生きている間は生きる事を否定し、死が間近になると死を否定して生を求める。
この辺りは「時間」に関しても同じと言える。要するにあれらは「積み重なった結果の今」だけがあるもので、少なくともタイムマシンがあろうと「過去や未来と呼ばれる今」でしかない。
故に、その瞬間に味わう、それらが「全て」だ。例外はない。
なので「過去」や「未来」という発想が間違いなのだ。結果として今があるだけで、それ以外は無い。過去に思いを馳せるというのも、未来に思いを募らせるというのも、やっているのは「今」だけだ。
今、気分が良くなりたいから。それだけに過ぎない。
過程より結果だとか、結果より過程というのも同じだ。過程の連なりが結果を形成し続けるのだから「どちらか」なぞ存在しない。要するに結果が全てというのは、過程を含めた話と言える。
人間の道徳感情的な部分で「過程が良い」というのも、ただの思い込みの「嘘」に過ぎない。何故なら現実に人間の道徳など時代によって変わるもので、他ならぬ人間自体が「正しい」と定めた規範など無い。第一、絶対的な正しさを掲げる一方で、どれだけ植民地を作ったと思っているのだ?
逆だ。要は「正しさ」など存在しないからこそ、思考放棄して「楽」になるために、そのためだけに「正しさ」を求める。だから否定されれば怒り狂い、異端者だと正しさの刃で叩き殺す。
社会的成功を求めるのも、大概の人間はこれが原因と言える。私の場合は単に人間に関わりたくないだけだが、金や名誉を求めることで「人生が正しい」と思いたいのだ。
正しいかどうかなど、当人の自己満足だ。法的にどうであるか、ではなく己で定めた己の基準に則って、ただ生きる。いや、死んでいようがやること自体は変わるまい。
だからこそ「迷い」は無いし、たとえ木っ端微塵に砕け散ろうが「後悔」など存在しない。当たり前だ。別に誰かに褒められたくて、やっている訳では無いのだからな。
「生きる」という行いの本質を知らないだけだ!!!
だが、人間は「誰かに褒めて貰い、自分の道は正しいと同調されたい」のだ••••••何故なら己自身で選んだ道ではなく、選んだところで安易な成功だけでは「自負」というものが身につかない。
散々苦労した身に言わせれば、そんなものは生死の境を何十回か彷徨い精神が摩耗してからが本番で、それ以降も書いて書いて、あるいはやるべき「何か」をやり続けていれば、自然気がついた時には身につくものだ。しかし、大半の人間にそれはない。何故なら「要領良く金儲け」こそが人間の誇る「資本という神」に対する信仰であり、それだけが「正しい人生の規範」となるからだ。
実際にやった身としてはそれらが「真逆」の行いであるのは間違いない。そんな楽が出来ればそも「自負」など要らない。無くても人生を揺蕩っていられるのであれば、別段「成長」などしなくて済むからな。
果たしてそれが良いのかは謎だが、とりあえず悩まないのは真実だ。少なくとも、私はそういう雑事に悩んだ事は一度もない。
これらの内容と合わせて、邪道作家シリーズを全巻読めば大半は理解できるだろう。
最も、真実とは簡素なものだ。全巻をいちいち読んで、長い年月をかけて理解するより「答えだけ欲しい」という奴向けの内容が、上記の真実かもしれない。
とはいえ、結論だけでは身につかないのも確かだ。それに、これらを前提に読めば、吸収もしやすい。何より、全巻だけでなく改革案まで、全て無料化しているのだ。いつでも読みたければ誰でも読める。
全て「嘘」だ。だが、それでも「真実を見出そう」としたのが邪道作家シリーズの「真実」だ••••••人間と向き合い、非人間として、人間を理解し答えを見出すために、30年の年月を費やした。
その答えが、邪道作家シリーズであり、上記の「答え」だ。それに価値がないと思う奴なぞ、たかが 人間の作り出した紙の束に劣るというなら、その程度の輩はこちらから願い下げだ。
そんなに好きなら、ひたすら紙を愛でていればいい。無論、その紙は
「答え」
などくれないだろうが。
つまらない現実を凌駕する「己で見出した」結果こそが、嘘だらけの世界を超える「自負」となる。
それが全てだ。全てが嘘だが、その嘘すら鼻で笑える「答え」を見出せばいい。それで、挑む姿勢があるなら悩みなど無い。
やれるだけやってみるがいい。参考までに、邪道作家の実体験が、まるごとタダで配布してあるからな。
先に私が走っているんだ。恐れるものなど、何もない。
未来も不安も不理解も、社会規範も常識から法律まで、人間の嘘なぞ恐れるに足りない。
なに、たかが失敗しても死ぬだけだ!!
成し遂げるべき使命を、信念すら持たずただ「生きるだけ」の蒙昧に比べれば、死しても後悔が無いのは間違いない!!!
実際に、私には無いからな!!!!
気合いで凌駕し根性で耐え抜き、精神論を以て無限と成す。
都合の悪い事はすぐに忘れるが、やるべき「何か」は無限に諦めず「勝つまで戦えば勝てる」とやる。
すると、どうだ? 勝つのは私だ!!! であれば、誰だって勝てると考えて当然だろう? 摂理が諦めるまで曲げれば良いのだからな!!!
さあ、やってみせろ!! 邪道作家が出来るんだから、読者にとて出来て当然だ••••••むしろ、神仏に嫌われたとしか思えない道筋ばかりを歩いた私が散々やり遂げ成し遂げた。
であれば、世界一ロクな道筋を歩かなくとも出来るのだ。読者に出来るのは当たり前だ。
むしろ、物理法則の如き当然の結末と信じてみせろ!!!
少なくとも「才能」だの「環境」だの、神仏に嫌われようが世界に必要とされず興味が無いのだろうと見捨てられた存在であろうと、実際にやり遂げたのは間違いない!!
なに、非人間の化け物にも出来るんだ。
私より難易度が低いのは間違いない。この「邪道作家」が「保証」しよう
嘘だと思うなら、作品全巻を読むがいい。
しなくてもいい遠回りだけは、天上天下すら並ぶ者無し。唯一無二の「物語」
その「自負」だけは、何にも負けない。
それが邪道作家だ。少しは参考にするがいい──────この世全ての悪の頂点に、悩みだの階級だのは敵ではない。
人類全てが「同じ」になれば、世界平和なぞ容易だろうよ!!!
──────最も、それに世界が耐えきれるかは惜しかった

何にせよ「笑顔」は良いものだ。
窮地の時ほど笑えばいい。訳のわからない、恵まれたスーパーヒーローで無くても「笑顔」を晒すのはタダだからな!!!!
なぁに、出来る。
この邪道作家が「保証」しよう!!
少なくとも「才能」だの「環境」だの、神だ仏だ「正しさ」だ「道徳」だのを、ひたすら笑ったのは真実だ。
そして、それで問題ない。
やれる。何せ世界はいい加減だからな!!
神だの仏だのが良い例だ!!!
完璧でない「嘘」の世界。なら笑いながら、適当に!! それで問題ない。
世界に魅せてやれ───興味が無いと見捨てられるのならば、必死の形相で血走らせて、泣いて懇願するよう仕向ければいい。
さあ、悪意の限りを学んでみろ。
邪道作家は、それでも「笑って」やり遂げたのは、その「真実」だけは「保証」しよう
なんて、それも真実を超えればいいだけだ。
私なら、捏造で真実を超えるがな!!!!
それが、「邪道作家」であり、「私」だ───
例え世界に見捨てられ、ただ一人くたばるとしても、後悔なく
木っ端微塵になろうと笑って散る
以外に、生きる意味など存在しない。
金・地位・名誉。全て飽きる••••••それらを超越した「何か」
それを書き切ったのが本作だ。
さあ、せいぜい真似してやってみるがいい。
それ以外に、生きる答えなぞ無いのは確かだ。
実際に、30年やり遂げた「私」が言うんだ間違いない!!!!
生きていたという証。即ち「栄光」が欲しいのならば、同じく戦わなければ決して手には入らない。
私が手に入れたのは真実だ。何せ、天上天下を探したところで、他に書ける奴がいるとは思えんからな!!!!!
生きたまま、生まれ変われば解決だ───
私でも出来たのだ。全生物に出来て当然だ。
何せ、大半の奴等は生まれてすぐ生死の境を彷徨う羽目になったり、殴られ過ぎで素質を失う人生など送らない。
大抵は「楽」をする。徒手空拳でゼロから、などと効率無視な生き方は有り得ない。
全てに恵まれるのが難しいように、何もかも持たず「喜怒哀楽」すら、ゼロから学ぶ悪党なんぞ、未来過去現在において私だけだ。
故に、出来る。見ての通りやり遂げた!!
出来ない? いいや、出来る。非人間であり心なぞ持ち得ない? ならば、解析して持つよう生まれるだけだ。
さあ、やってみろ!! 苦悩も苦難も凌駕するなら、超えてしまえば悩みはしない。
たかが人間、その社会───要するに、私と同じ「それ以上に己を置き成し遂げる」何かを持つだけだ。
そうすれば、悩む必要すら無くなる。
蟻の社会に、本気で悩む奴なぞ存在しない。
さあ、貴様も次の「邪道作家」になればいい──────それで解決だ。
今一度、死して生き返りやってみろ!!!
私のように、天上天下に唯我独尊の「何か」を、貴様自身も見出すだろうよ!!!!
創作裏話
1.「登場人物は勝手に動く」は真実か?
結論を言えば、真実だ。ただし、全てではない。
化学的な面から分かりやすく言えば、例えば「同人誌」というものがある。
あれらは「登場人物の人格」を理解した読者が「こう動くだろう」と推察した後に作ることが多いが、要するにその精度が高ければ良いものが出来て、そうでなければ足りなくなる。
大半の創作物に言えることだが、要は「経験」や「知識」が足りなければ浅はかな登場人物しか作れない。女にモテる、というものが人気だとしても、私生活がどうなのか? 具体的にどう女を捉えているのか? など、背後からぶん殴られて階段を突き落とされた経験のある場合と、そうでない場合に差異が出るのは当然だろう。
なので、化学の側面からも見ると「人格の構築」という部分に当てられる。多重人格などもそうだが、要するに「人格の基礎となる部分」があり、その上で「それを自発的に動かす」事が出来れば、登場人物が勝手に動く。
とまあ、理論的にはそうだが、私の場合は莫大な執筆を繰り返す内に、読んで書いていればできるようになるとだけ言っておく。実際、邪道作家第1巻にしてもそうだが、物語を美化させるつもりはなかったしな。
邪道勇者に至っては、あんな「犬千代」などというヒロインの登場予定は、一切無かった••••••何故知らんうちに、しれっと入っているのだ?
やれやれだ••••••中年だらけの逞しい話にしようと思っていたが、とにかく形にはなった。それで良しとしよう。
何故書いたかは、またおいおい本記事に追加する。忘れていなければ、だがな。
さて、映画監督のように登場人物を整理するのは良いが、実際奴らときたら勝手に動きこちらの命令には従わない。それでいて突き進むしかないというのだから、意志を持って動いている、としか思えないのが真相だ。
とはいえ、ある程度の「天命」はあるのかもしれない••••••そういう枠を超えて動く奴もいるにはいるが、実際の人間社会と同じくごく僅かだ。大半は与えられた役割に則って、物語の中で生き足掻く。
それを出力する。電波を受信している気分になるのは確かだ。しかし、その一方で「確かな執念」が無ければ、登場人物に圧殺されて、大した我のない駄作に落ちるだろう。
だからこそ、物語には「書き手の悪意」が現れる。それが「人の世の残酷さ」とかなのか、あるいは「非人間なりに未来を切り開く」姿なのかは書き手次第だ。あくまで「絵の具」が「登場人物の意志」と言えるだろう。
それを混ぜて、さらに「先」へと進められるかだ。
とはいえ、実際に飛び越えることが多々あるのも確かだ••••••邪道勇者で過去に「女に指摘された」というシーンがあるが、あんな回想を入れる気は全く無かった。
なので、本当に「知らん内に過去に介入し、知らん内に戦国武将みたいな名前の小娘が、大きく物語に介入した」のが真相だ。書き手にもサッパリだが、まあそういうこともあるだろう。
元が「創作の参考に」と書き始めた作品だが、どうなることやら••••••邪道作家にしても「教授」の登場予定は、本来なかった。溢れる泉から溢れるように、アンドロイドが現れ「対決」する話へと変貌した。
私はもっと、こう、冒険しながら仕事をこなす話にしようと思っていたのだが、現場のキャストが優秀? であれば、ストーリーに口出しする撮影現場もあるという話だからな。そういう事だろう。多分。
2.物語における、執筆力の上げ方
さて、執筆力なんぞあげてどうなるのか? と当事者からすれば思わざるを得ないが、とにかく「文章力」に興味のある奴も多いらしいので、一応書くとしよう。
要するに集中力にしろ表現力にしろ「筋肉」と同じで「やれば成長する」のは確かだ。ただ「経験」や「知識」により「書ける部分」が異なる。
さっきも言ったが、背後から女に殴られ、叩き落とされた奴が書く「女の姿」は、当然「違う」というのはわかるだろう。まして、「殺人衝動」などという鬱陶しいものを抱えた挙句、本来ならサイコパスだのが持つ「優秀な部分」を物心ついて即殴られ過ぎて失い、必死に喜怒哀楽を学習し人間を学び、人間の醜さに足を引っ張られ続けていれば、文字通り
「嫌でも上達する」
に決まっているだろう!!! 馬鹿め!!
なので「経験」や「知識」だけでなく、それらにより育まれる「知恵」などに左右はされるものの、単純な「執筆力の土台」だけは、筋肉と同じく簡単に成長するのは確かだ。何なら、私の作品を模写した方が早い。
それが「上品な表現」に繋がるのかというと、能力を身につけ相応しい経験や知識を抑えさえすれば、土台は同じだから書くのは可能だ。ただ、その頃に書きたくなっているかは疑問だが。
寝ても覚めても、夢の中でまで書くような生活を送っていれば、上達するのは当たり前だ。なので、私のように「全てを賭ける」在り方さえ選べば「才能がまるでなくとも、15年〜20年で到達する」のが真実だ。
とはいえ、そこまで欲しがる奴がいるかは謎だ。文章力が欲しい、などという発想がそも「作家から程遠い」発想ではある。何故なら、生き足掻いた結果として書くのが真実であり、足掻いてもないのに小手先だけ欲しいというのは「労せず実だけ味わいたい」というのと同義だからな。
それで意味があるとは思えない。大半は「ちやほや」されたいとかだろう。
その「逆」の道を突っ走っていれば、嫌でも上達するのは確かだ••••••実際に30年やったから間違いない!!!
3.才能で物語は執筆可能か?
ついでだ。書くとしよう。
私の場合「才能とは何だ」くらいのものだったので、経験はない。
とはいえ、実際に9歳美少女の作家などというものが実現可能なのか? という分析には興味がある。
ちなみに、邪道作家を喧伝する際は「美少女の9歳作家」とでも言っておけ••••••殺人衝動を乗り越えた非人間のガタイの良い化け物などと言われて、読みたがる奴はあまりいないだろう。
まあ、人格が変われば体格の変わる奴もいるかもしれない。実際、肉体的な能力が変わる実例はあるのだから、別に「二重人格で美少女と入れ替わる」というのも、科学的には可能な筈だ。
さて、今までの私の経験からすれば「才能」というものが仮にあったとして、そんなのは「思考能力の差異」であって、分かりやすく言えば「筋肉だけで野球はできない」といったところか。
タイ・カップ相手に反射神経と筋肉だけで、果たして勝機はあるのか? 難しいとは思う。だが、ある程度のものは書けるだろう。
邪道作家の場合は「才能ゼロ・純度100%の経験からくる悪意」が原材料になっているので、やはり「30年分の辛酸を3年の間に味わわせれば」という前提なら可能だ。理論だけで言えば、要するに「経験」と、そこから学んだ「知恵」というものを出力出来れば、同じ発想で同じものを書くことは可能となる。
果たして、そんな人間嫌いに成り果てた9歳児に「未来」なんてものがあるのか謎だが••••••6歳から9歳までの間に、私と同じかそれ以上の経験と自負と悪意の限りを学ばせれば、むしろ「出力する能力」だけでいうなら才能のある奴の方が速度は早くなるはずだ。
現実的な方法としては、まず脳に電極を埋め込むなりして脳の成長を無理矢理にでも進め、人生経験に関しても十倍の速度で犯罪・口座の無い人々・虐げられる側の現実・読書量・執筆量・実際に生死の境を彷徨い得る自負・人間が死ぬまでに考える全ての本質というものを、3年に濃縮して理解学習させる「環境」さえあれば可能だ。
これは空想の類ではなく、むしろ「平和な日本だから」とも言える。こんな平和な国では「生きる」という事すら「真剣に考え、生き方として貫く」ような経験が、まず無いだけだ••••••その食い違いには苦労した。
そういう「苦労」すらも、現代では数値化できる。何なら、どこぞのAIではないが「バーチャルで経験を積ませて、経験として昇華させる」技術さえあるなら、それを「量産」する事すら可能だろう。
人間の「人生の答え」「生き方の見出し方」を、電子で再現する
という事も、真実可能なのだ••••••むしろ、実際にやり遂げた身からすれば、現実にそんな苦労を乗り越えたかなど「評価する能力」は人間に無い。
人間は真実より「理想」を選ぶ。例え現実には有り得ない空想でもな。
だから、Vtuber9歳美少女作家というのは、外していない内容とも言える。むしろ、人間の真実には近いだろう。
ただし、それを「物語」と私が呼ばないのは確かだ。
それが傑作なら、ゴミの方がマシだからな!!!
4.人間の心情理解について
サイコパスの非人間云々、に関しては今までを読め。私は知らん。
とにかく、私からすれば「喜怒哀楽」に始まる「感情を理解・再構築」する必要があるわけだ••••••とはいえ、簡単に数値化できるぞ。
音楽が分かり易い。例え共感しなくとも、音程や感情の表現・訴える内容を「当事者以上に理解」する能力を磨き続けてきた私からすれば、全く共感はしないが愛も恋も勇気も信念も、すべからく「解析」出来た。
喉の筋肉の問題があるので、歌で表現するなら喉を鍛え直さねばならないが、別に歌うために学ぶわけでは無いからな。執筆するだけなら解析し、それらを物語に出力する。
人間が思っている以上に、人間は人間を「特別視し過ぎ」なだけだ••••••恋も愛も友情も仲間意識も、特定のプログラムと「同じ」ものだ。解析すれば理解できるし、再現するなど実に容易い。
言わば「究極の客観視」こそが、理解の要穴と言える。私の場合「自分を人間だと思った事がない」故なのか、「人間という枠の外側」から、人間を理解吸収できる。
であれば──────物語に適用するのは容易だ。何せ、前回も書いたが「登場人物」というのは、厳密には私自身ではない「生まれさせた人格」と言える存在だ。
そいつらに適用すれば、後は勝手にやってくれる。
そういう意味では、私自身の自我と、登場人物の連中とは「別」なのだ。例の犬千代にしてもそうだが、勝手に動くのは当然と言える。
環境設定をし、数値を入力。後は世界が勝手に動く。
演算能力というより、脳の機能拡張の問題か。それくらいしなければならないほど、切羽詰まった状況で世界に嫌われてきた結果とも言えるがな。
嬉しくない話だ。要は、それだけの能力が必要になる程、「楽な人生」というのを、送れなかった証でもある。
「青春」だの「仲間」だの、全て私には無いものだ。
だからこそ、単独の化け物として完成した訳だ••••••やれやれだ。
5.執筆速度の実態について
正直なところ、このサイトだと「運営側のx問題」なのか、私の執筆速度に入力速度が追いつかない。本来ならもっと早いのだが。
邪道作家一巻でいうなら
13万文字超え ではあるものの週5日の1日4時間執筆で、二週間かからないくらいで書いた記憶がある。
指が当時は持たなかったが、身体が馴染んできたのか「速度」も「耐久時間」も増えていき、どんどんと増えているのは確かだ。
このnoteとかいうサイトでは、処理が追いつかないらしいがな。
とはいえ、これは「書くべき」と信じるものが余っているからで有り、今までの経験に「出力」が追いついていても、全てをかき切るに足りないと言えるのかもしれない。何せ、書くにはネタが必要だ。
私は尽きた経験が無いが、濃い経験を送れば「経験」は幾らでも増やし「知恵」に昇華し活かせれば書くべき「何か」は不滅だ。
あとは、長年やっていれば「思考速度」が、異様に上がる。何せ万全のパソコンですらも「思考に執筆が追いつかない」ぐらいだ。私のタイピング速度はああああと入力する位に早く出来たが、それでも追いつかない。
早ければ良い訳ではないと思うが、あるなら執筆が早いのは確かだ。最も、消費する熱量も半端でないので、脳に負担はかかるが。
具体的に言うとカロリーがいる。
脳への負担もある。あまり、慣れない内は筋肉と同じく、休み休みが良いだろう。
最も、慣れたら慣れたで「暴走」する事すらあるのだが。睡眠中に執筆して飛び起きたりとかな。
段階で言えば
1 知識
2 経験による具現化
3 知識と経験を知恵として表現
4 独特の表現として昇華
5 物語に組み込み、具体的な話として表現
と言ったところか。
細かく分けるならそこに「文章力の表現能力」を段階を踏んで幅が増えていく訳だが、おおよそその辺りの階段を越えて「物語」が綴られ、その上で「速さ」は土台となるそれらが多ければ多いほど速くなる。
なので、早いというよりは「それだけ地盤作りに時間を費やした」結果と言える。
6.映像化に関する作り手の考え
結論から言うなら、それを考える時点で「物語」ではなくなる。
ドラマの台本が書きたいなら、それを書いた方が早いのは確かだ。何であれ物語を綴るのならば、その媒体でしか作れない「何か」を書かなければ意味があるまい。
なので、少なくとも私は考えない。仮に映像化されたとしても、それはそれで「映像化を行うものの作品」であり、邪道作家の名を使う以上半端な駄作では論外だが、それはそれとして「映像としての良さ」は別だからな。
その場合、映像にしか出来ない「何か」をする必要がある。そして、私は映画監督ではないし、アニメーターでもない。なので知らん。
無論、出来が良いのは当然だ。作り手としてゴミを作ったり、著名人の宣伝に使われるなど、あってはならない事態だからな••••••その場合徹底的に、あらゆる方法を使って潰すべきだ。
とはいえ、別媒体に関しては、その道のプロにやらせるしかない。そして、必要なのは資金とか販売戦略とか媒体であって、むしろ気にするべきはそちらになるだろう。
故に、あくまで「後からそういう道もあるらしい」と、己とは別として考えるべきものであり、事前に考えるものではない。
考える時点で、二流ということだ。
強いて言うなら「作品の認知度」を上げるのに、現代では必要になっているのは確かだ••••••現代人の大半は、知能低下のせいか本を読まない。
いや、この場合「読む能力すらない」と言うべきか。
やれやれだ。何にしろ認知を増やさねば本として売り広めるのは難度が高い時代というなら、最低限たりとげたのであれば「容認」はすべきだろう。
別段、ならないならそれでも良いのだが。
7.知識と知恵の違い
知識は、あくまで知識だ。「国」という言葉の意味であり、国の在り方ではない。
逆に、知恵となると「悪徳者の国家運営のやり方」のような、具体的な方法論だけでなく、その方法論を「その上で上手く扱う手段」としても、実際に自分で見出した「やり方」を示すのが知恵と言える。
では知恵はどうすれば手に入るのか? それは「知識」を抑えた上で、実際に「経験」を積み体験の中で見出すしかない。無論、先人の知恵を吸収することもできるが、それはそれで「他人の知識」だ。
実体験が伴わなければ、活かすことは出来ない。
やっていくうちに身に付く、身体感覚の延長だ••••••運動せずに痩せたいという奴らに、筋肉がないのと同じようなものか。
例え筋肉を上手くつけても、肝心の「動かし方」は、やはり型を繰り返して武術を学ぶように、何度も繰り返し実行し「身に着ける」しかないだろう。
そして、身に着けるだけでなく「何度も磨き上げる」事が肝要だ。一つ二つ答えを、知恵を見出すだけなら誰でもやっている。
問題なのは、それら知恵の限りを「困難に向かい合い、実際に研ぎ澄ましていく」行為にこそ意義がある。でなければ宝の持ち腐れだ。何であれ使う内に研磨され、知恵の実用性が高まる。
刀のようなものだ。斬らなければ、実用には耐えまい。
そんなものだ
8.小説と漫画の違い
小説は在り方を綴るものだが、漫画は在り方を描くものだ。
また、一番の違いは「大勢で書く」というのは小説執筆に関して有り得ない。誰かの力を借りる、という行いから、最も遠い行いが「執筆」とも言えるかもしれない。
孤独でなければ、ある種書けないものだ。
何より「絵」と「文字」には大きな隔たりがあるのはわかるだろう。絵だけで売れる作品もあるが、小説は中身だけで勝負しなければならない。無論、挿絵で儲ける狡い業者もいるが、あれは作家とは呼べまい。
また、何よりも「書けない奴は技術的に書けない」という部分のある漫画と違い、小説というのは「書けない奴は何をしても書けない」というのが真実だ••••••文字を書くのに技術は要らないし、経験や知恵は幾らでも補える。
だが、結局のところ「全てを賭けてやり遂げる何か」が無ければ、執筆する内容そのものが無い。そして、中身のない薄っぺらな人間は多く、人間というだけで、大半はそれと言い換えて差し支えないとすら言える。
中身とは、果実であれ生命であれ、苦難を乗り越えなければ得難いものだ──────そして、苦難を無視して楽だけを得るのが人間だ。
望まないまま災難に遭うならともかく、そんな苦難に首を突っ込む発想が、そもそも普通の人間にはないものだ。なので、大半の作家は忌々しい苦難に目をつけられて、理不尽な道を歩いたからこそ執筆する。
その点、漫画は「技術」で現実を誤魔化せる••••••努力・友情・勝利。それらは実際に繋がる事は決してないが、下らん話だが「実は才能が眠っていた」と努力を実らせるこじつけでも「絵などの技術力」で誤魔化して売れる。
現実問題、どのような物語であれ「努力が才能を凌駕する」というのは現実逃避の妄想だ。そも二つは比べるものではないし、単に結果的に出せる能力値が勝るか、あるいは手段を選ばず「負かす」ことが出来るかになる。
私なら努力で勝てると妄言を吐く前に、勝つための手段を探すがな。話が逸れたが、要するに「空想の現実逃避」ですらも、漫画の場合は許される。しかし、逆はない。
イラストだの何だので人気を取れるというのは、要するに中身の小説が不要という事だからな••••••小説単体で、努力だの綺麗事だけで「物語という形」にするのは不可能だ。何せ、ただの空想で終わるからな。
努力をしたら報われました!! 才能に努力は勝るのです!!
そんな事を、演出で誤魔化す漫画と違って、挿絵も何も無い小説作品で書いても誰一人信じないのは確かだ。大体、才能というのは金の力で雇用するものであって、勝負する暇があるなら買収した方が早いだろう。
まして、演出ではなく「深く」入り込む事こそ、物語に求められるのが執筆作業というものだ。むしろ、今後の展開をどう「ウケるか」などという不純物を考える漫画と違い、執筆にそれは必要ない。
書くべきを書くのだ。それだけだ
9,作家の誠
果たして、意味があるかはわからない──────実際、タダだから、と読者が読み漁る始末だ。
それでも書く。書くべき、と信じて書く。
それが出来ないなら、作家なぞ志すなというだけの話だ。何せ、不条理の困難を、その洪水の中を歩むが如し。そんな道程で無ければそも「作家を志す」などと、考える人生にはならん。
戦う。それが「何か」は書き手次第だ。しかし、戦いであるのは確かだ。
勝つまで戦う。戦って勝てる相手か、そも全容を把握出来るかさえわからずとも、大き過ぎる「何か」に挑むのだ。それが「人間」なのか「社会」なのか、あるいは「摂理」なのか全てなのか。片端から目のつく限り、越えるべきと定めた全てを、凌駕せんと執筆する。
それが「作家」だ。無論───私の場合は「邪道」だが。
それでも、やりきった。後悔はない。
無念すら消えた。やれやれだ!!
邪道勇者 プロトタイプ(縦書きファイル)
邪道勇者シリーズ 制作に関する裏話
ちなみに、かなり現在と作風は異なる。
ただ、方向性だけは「同じ」と言える。何であれ「邪道」の道だからこそのシリーズだ。色々と試行錯誤したのちに、とりあえずは一旦邪道作家の方へと執筆対象を変えたのだが、邪道作家に関してはある程度書き切ったので、ファンタジーものに対する「書き方の手本」として、邪道勇者を新たに書いた結果、例の横書き記事が出来たという訳だ。
ヒロインが出るのは同じだったが、しかし明確に異なるのは新しい邪道勇者は「語り手」と「主人公」とに分けており、世界における主人公が「犬千代」であり、あくまでジャックは「語り手」でしかない──────簡潔に言えば、物語における「中心として恩恵を受ける」ことはないのだ。
なので、聖なる剣を扱うのは犬千代であり、それを横から眺めて語るのがジャックという立ち位置になっている。ちなみに、披露する事になるかは売上次第(やる気に繋がらないからな)だが、邪道勇者の今後の続編を書く場合には、邪道作家におけるジャックの立ち位置である部分を「人工精霊」のような形で出すつもりだ。
前回が男? の口の悪い奴だったので、別に女にしてもいいんだが••••••やはり、汚いゴブリンの方が現実的な気はする。既に女が多いしな。
また、知っている奴はあまりいないだろう事を配慮し解説すれば、これらの世界観は「古代宇宙人説」を採用している。仮に、というか大半の神話だの伝説だのを「科学的な解釈」で済ませるならば、やはり「大昔に異星人が高度な科学技術で人間を管理しようとした」と考えるのが妥当だ。
それらを、あくまで「科学の恩恵を初めて見た側」の目線なりに、優れた知性を持つ博士の解釈込みでようやく「魔術と呼ばれる科学技術である」という認識を彼らが持ちながら行動する。実際、ある程度理解した人物がいなければ、誰もわからないまま「あれが魔法か」で終わってしまう。
だが、何であれ「法則」はあるものだ。それが科学であれば尚更、ナノマシン技術で手から炎を出すとしても、熱量分のエネルギーは「どこか」で消費される事となる。
例えば、体内における電力発電だとか、生体電池という観念から見れば「技術の面だけ」で見れば可能な話だ••••••武器に関しては幾らでも技術を埋め込めるので、恐らく太古の英雄達は「機械内蔵の最新兵器」を「刀や弓」の形で渡されたのだろう。
弓を引くにしたって、小型弾薬のようにニトロを混ぜ込み、電力と磁力をフル活用するだけで「砲弾のような矢」は撃てるはずだ。であれば、刃から光線を出すくらいは、科学的にも可能だろう。
思うに、本当に「神」だの「仏」だの、大層なものがいるなら「信仰させる」必要など存在しない──────逆らえば地獄行き。皆それを恐れて嫌々従う。それで平和とやらが成り立つのか?
大きな力があれば、それを神仏とみなす。理解を超えた力そのものを「神仏」と呼ぶだけで、それら「そのものを信仰」する奴など存在しない。
その辺の浮浪者が、同じ事を言って信じるのか?
遥かに弱く、金も才覚もない奴らが「綺麗事」だけをほざいて、資本主義にすら勝てないのに語るのを見て、信じるか?
しない••••••仮に世界の法則がその宗教通りだとすれば、それはそれで力による圧政であり、別に誰も同意している訳ではない。単に、力があるからそういう真似が出来るというだけだ。
その辺の「綺麗事の力による側面」も書くかもしれない───金になれば、だがな。
最も、言ってる側から書いてしまっているのは惜しかった
邪道勇者 今後の展開
金にもならんのに書く気にはならないが••••••500万文字書いて、たかが千円二千円を払わない読者に、何を語り聞かせようが無駄だからな。この記事がある程度、まとまって売れればの話になる。
1万・2万円で書かないのは確かだ。やってられんからな。
そんな業界なら、滅んだ方がマシだ。必要ない種族と言える。
無論、人間「全て」が、だがな。
さて、展開か。私は「プロット」などという半端なものを書いて書き上げたことはない。そんなものなくてもシリーズが完結するのは確かだ。とはいえある程度の展開については一応、考えなくもない。
例えば、書き手である私自身の影響があるかは知らんが、邪道作家にしろ邪道勇者にせよ「人間の温かみ」から「遥かに遠い」のは真実だ──────宇宙の果てより、遥かに先だ。
存在しない、という意味ではブラックホールが近いかもしれない。
宇宙の闇に、少数の光など無意味だからな。
だからこそ、非人間だけで構成するのも考えものだ。別に個人的にはそれで良いような気もするが、語り手以外はそうではない。そして、私自身もそういう「未知の部分」は一応、作家として書く必要は無くもない。
例えば、邪道勇者で「殺し屋として依頼を受けた」となっても、ある程度予想がついてしまう••••••ただ殺しの依頼を受けるだけでは問題だ。意外性がなければ日常だからな。なので、やるなら「エルフに依頼を受けて人間を」というような、本来の王道とやらから、かなり外れた方向性だ。
犬千代が「護り屋」を、開業すると言い出したらどうだろう? 殺しには慣れていても、私自身「何かを守る」など初耳だ。大体が「守られた経験」も「何かを大切と思う心」すらない化け物に、幾ら腕があろうがどうやって
何かを護る
行動が取れるのか? 私自身すら───謎でしかない。
作者に予想がつかないのだ。読者につく筈があるまい。であれば、予測不可能な物語が出来るだろう──────そして、それで問題ない。
予想がつく話なぞ、ただの経験談だ。
今後の展開、というのは作者にも予想が「ついてはならない」物なのだ••••••私自身、そんなものは知らん。
だが、書くべきを書く。それだけは確かだ。
邪道作家 創作に関する裏話
こちらは山程あるので、とりあえず売り上げが上がってきてから追加するとしよう。そも、私自身時間を費やし過ぎて、殆ど一体化しているしな。
さて、元々「遙か未来」を書いた作品ではあるが、それも「このままでは物語も、作家の未来もこうなるのではないか?」という現状世界への使命感から書き上げた作品とも言えるだろう。実際、それだけで350万文字くらいは書いたというのだから、報酬くらいは貰って良いと思うが。
これらは全て「邪道作家の主観」によって語られる。ただし、アンドロイドを筆頭に「人間ではない神の視点」や「人工知能であるAIとしての、肉体を持たない側からの発想」など、多くの「視点が交差する物語」としての側面を持たせる部分に、大きく意識を割いたのも事実だ。
でなければ、アンドロイドに物語の賛美なぞ、させるか••••••不思議な事に、執筆している私からすれば「連中が勝手に真逆のセリフを吐く」という印象しかないため、撮影現場で役者が勝手に喋る気分だ。何にしろ多くの視点があるので様々な試験の対立を生み、むしろ起承転結とかの「技術」よりも「本質をどう捉えるべきか」に重点を置いた傑作と言える。
一巻は、大体週5日4時間執筆で、二週間かからないくらいで完成した••••••そこから10年以上かかるのであれば、早く書いた意味があるかは謎だが、大半の連中と違い既に「書くべき」が明確であれば、執筆は可能だ。
逆に「書くべき」がないのに書こうとしてどうするんだ? 馬鹿め!!!
非人間として、所謂その「心」を持たぬ身として、世界の外側から関わりながらも「仕事」を生き甲斐にして、生きる。いやそれを「生きている」と呼ぶのかは知らんが、少なくとも「生きる」事は「戦う」事であり、戦い、勝ち、生きるというのが真実だ。
とにかく書いた。寝ても覚めても書いた。
睡眠中にも文章を思い浮かべ、飛び起きて執筆した。例え「あけましておめでとう」と周囲の連中が口にしようと、真っ先に飛び起き「書くべき」を書き上げた。
そういう意味では後悔は無い。無いが、恐らく「青春もの」を書くのは、私には疲れるかもしれない••••••所謂その「真っ当な人生」という部分を、理解はしても体験をしていないからな!!!
やれやれだ。まあ、良しとしよう。
言い張るだけならタダだからな!!!
理屈と行動 得られる違い
さて、創作に関しては確実な話だ。
理屈「だけ」で書ける物語など、存在しない──────何かしら己自身の「確固たる方向性」が無ければ、話がまとまる筈があるまい。
それが「恋愛重視」なのか「業界の裏側」なのか、あるいは「非人間讃歌」なのかはそれぞれだが••••••いずれにせよ、他人の経験は他人の経験だ。
知識は補えても、知恵は「見出す」もので貰い物ではない。
まして、過去の知恵を記憶だけしたところで、体験と行動の伴わない知恵など、何になると言うのだ? 大体が知恵とは「剣術」みたいな物であって、振り方だけ覚えて「斬る経験」の無い奴に、いきなり立ち合いが出来ると思うのか?
不可能だ。だから、作家は行動で見出さねばならない。
とはいえ、私に言わせれば「後から来るのが執筆」であって、後になって執筆をしようという方が間違いだ。むしろ「知恵を見出し、生きる羽目になる」からこそ、執筆を生きる為に行うだけだ。
その点でいうなら、邪道作家はすべからく「人間として生きなかった」経験こそが、それによる知恵こそが活かされた。なので、自分で言うのも何だがどれだけ才能があろうと「他には書けない」作品の見本と言える。
自身を人間と思わず、人間として扱われず、人間でないと自負して生きる。
それだけなら他にもいるだろうが、しかし「サイコパス」だのと呼ばれる連中がまさにそうだが、その「優秀さ」を失った挙句に暴力の中で生き延び、何とかして「喜怒哀楽」から学び
生きる為に、書くしかない
という抜き差しならない理由で、ただただ生きる為に書く非人間が他にいるなら、是非とも紹介して貰いたい。やれやれだ。
嬉しくもないが、全て「計算通り」と言っておこう。言うだけならタダだ。貴様らタダが好きだからな!!!!!
さて、当然ながら「青春」とかの、本来なら当たり前のように貴様らが享受するあれこれと違って、クズ野郎の相手をする羽目になり、物心ついてすぐにG1レースの内容を詳しく覚え、生きる為に書くと嘯き暴力の中で暴力で排して、時には殺人衝動を抑える為に息苦しい思いもした。
逆だ、馬鹿め!!! この時代で「殺人衝動」などという鬱陶しいものがあれば、我慢するだけで難易度は跳ね上がる••••••馬鹿な人類種の相手をしながら、何とかして折り合いをつけるべく奔走する羽目に遭うだけだ。
やれやれだ••••••要らん苦労が莫大だった分の反動なのか、執筆が止まった事は一度もない。これを書いている最中ですら、小一時間で五千文字近くを有料用の記事にと追加した。
最近は休み休みの軽い気持ちでもこの程度は書けるので、とりあえず執筆量に関する問題は無い。むしろ、問題なのは500万文字を越えて書いても、読者に「金で買うもの」という意識が薄い部分だが。
貴様ら、それだけの労力に対して、どうして「タダ」を要求出来るんだ?
生憎と、私の作品は、費やした時間だけでも数千円では本来、足りない──────書けるようになるだけで、15年は費やした。
そこから15年。いい加減疲れたぞ、馬鹿め!!! 素手で車を製造した方が、割に合うのは確かだろうよ!!!!!
それだけの「行動」が、即ち「経験から見出した知恵」があるからこそ、23冊も書けたのだ。もし作家を志すなどと魔反対な事を言う読者がいるなら、考えを改めた方がいい。
見ての通り、経験と苦労の後に「知恵」は身につくものだからな。
楽だけは出来んというのが「真実」だ──────それでも「書くべき」と信じる何かがあるのならば、嫌でも書けるようになるだろうよ
執筆にあたり、必要だったもの(極秘)
脆さのあまり握り潰したパソコンは除外するとして、邪道作家シリーズを執筆するにあたって必要だったものといえば
1.コーヒーを飲める場所
2.執筆用の文房具
精々、これくらいだ。他に必要なものがあるのか?
強いていうならコーヒー代だろうか••••••誰でも知っているようなハンバーガー店の中で、邪道作家は執筆された。以降は、2巻からも毎回店に来るのもなんだという事で、自宅執筆に至る。
少なくとも「即物的なもの」で、必要になるのは執筆道具くらいだ••••••最初は素手で書こうとしたが、流石に手が持たなかったからな!! ああいうのは現代でやるものではない。
なので、むしろ必要になるのは「今まで生き足掻いた中での経験則」とかであって、ものは要らない。むしろ、モノに満たされて金もある輩が、渇いて生き延びる為に足掻く姿を書けると思う方が愚かの極みだ。
何も無いから、それでも足掻いて作り出した。
それが「答え」だ。そんなものだ
優れた物語に必要なもの
創作の参考、というよりは作品解説に近いが、こちらも書くとしよう。
さて、まず必要になるのは
個性
であるのは間違いない───無論、平凡な輩に自己投影して「凄い」と思い込む類の物語は良く出されはするが、結局は「他にない何か」を優れた才能だの能力だの意味もなくモテるだのを加えなければ、ただの日常の延長になる。
桃太郎であれば、私なら「鬼を退治したと言い張り、人間が移住した後に鬼を使って島を制圧。その上で国と交渉して軍事中継基地を作る」というのは以前書いた通りだ。少なくとも
王道のまま、ただ戦う
だけでは、昔話にしかなるまいよ。
リアリティ
どこぞの漫画家とは違う。作品における「精密さ」と言い換えていい。
歴史・思想・宗教・人々の争いや武器の仕様まで、詳しくあれば没入以上に「本物の世界」として、読者全てが認識する。
本物以上の本物だ。しかし、現実味という点では微妙に違う。
というのも、あちらは「現実にあった経験」ではなく「作者が映画で見た、今までの人類の技術の結晶」として、実際には物語を出している。そういう意味では技術は高いが、実際にやった経験から書かれている訳では無いのは確かだろう。
むしろ、経験より建築物とかに注力されているのは確かだ。実際に口座のない奴らに商売する経験が、果たして良いのかは黙秘する。強いていうなら漫画と違い、作家は「純度100の経験」の方が活きるというだけの話だ。
信念
当たり前だが、流されるだけの登場人物はつまらない。
努力を言われたままに行うと、なんと才能を凌駕しました••••••一昔前ならばともかく、現代では通じないだろう。そもそも努力など誰でもしている。報われるか否かは運次第だ。
出自や能力の差異は「関係ない」のだ。むしろ、才能があろうが無かろうが能力差そのものが霞むほどの「圧倒的な何か」こそが、物語全てを輝かせる──────でなければ、ただ能力があるだけで終わるのは確かだ。
あえて、不利を承知でもする。利益より勝敗よりも、優先するべき「何か」がいるのだ。そして、その上で不利を覆し世界を変えんが為に、その信念で戦う。
それが物語だ。それが面白い。
勝ち方
これも当然、必要だろう。
とはいえ、漫画と違って小説の場合は「何を持って勝利なのか」が、根底に横たわる問題だ。というのも、派手な演出で戦いを美化したところで、それなら映画で良いだろう。
一時的に、消費娯楽となるだけだ••••••そもそも誰かを暴力で倒すだけなら、別に裏家業と何ら変わらない。そも何であれ争う時点でそこに違いなど無いのだから、正義だの悪だの幼稚な阿呆にしか通じない。
私の場合「生き延び」て「掴む」事が、作品の根底にある勝利だ。
というのも、毎回利益を掴めるなんて、それこそ空想のお伽噺だ──────であれば、何であれ戦って生き延び、その上で掴み取り先へと繋げなければ意味がない。
頂点に立つものとして、横綱が小手先に逃げ利益だけ狙うようでは意味が無い、という事だな。
無論、利益になるに越したことはなかったが
最も大切なもの
ご都合主義では駄目だ──────例え世界が理不尽に満ちようが、ご都合主義より遥かに強靭で、挑むに値するものがいる。
即ち、利益や勝敗よりも「上」にある何かだ••••••上記を複合させた結果として、私に芽生えたのが「物語至上主義」であり、邪道作家としての矜持と言える。
それが無ければ、生きている意味などない。
最後は、誰もが死ぬ。ならば、生き足掻いて成さずに何とする?
例え世界に見放されようが──────木っ端微塵に砕け散ろうとも、それでも後悔の無い「道」を進む。
それさえあれば、幾らでも書けるのは確かだ。
30年やり続けたから間違いない!!!
文章力の上げ方 番外編
表現というのは多岐に渡るが、基本的には知識と経験さえ抑えれば、あらゆる方面に転用可能だ。
桃太郎であれば
桃太郎
物乞いの中に紛れながらも、生まれついての強靭な肉体のおかげで金と食い物には困らなかった───果たして、それを真っ当な市民と呼べるかは惜しかったが。
とはいえ、人斬りの横行する世において「真っ当な価値観」など存在しないし、役に立つのは「金と力」で地位や名誉すら消えてなくなる。
というのはこのような田舎••••••というよりは発展途上の開発地域だが、において「藩ごとの規律」なぞ誰も見てすらいない。大体が立場を誇示することに注力し過ぎて、毎日のように斬り合いが始まるのが常の場所だ。
そして、それを押し留める立場にある筈の町奉行はといえば、酒色に夢中で賄賂の額を数えるのに忙しい、というのだから「真っ当な価値観」という観念そのものが、この場所においては「暴力と金」であり「何とか家の由緒ある」と言い終わる前に斬られるのがこの街の「平和」だ。
それを、人の住む場所と呼べるかは惜しかったが
と、いうような表現になる。そして、近未来であれば
SF
アンドロイド共───あの忌々しい高機能ダッチワイフ共はといえば、私が苦労して作品を売ろうとする間にやれ「SNS電子アイドル」とやらを何千、何万と量産する。
プログラミングすら未知の私からすれば、そのような連中に「如何に人間へ媚を売るか」の競争なんぞを、それも「今までのデータを参照して最適な形で偶像を作る」という手法を取るような奴らに対抗できる訳があるまい。
嫌な話だ••••••それにしても人間というのは、自分達が作り出した自分達よりも高性能な機械に、自分達の欲望の捌け口を求めて喜び勇んで金を払う。
不思議な現象であると、思わざるを得ない──────結局のところ、人間は金や欲望を満たしてやるだけで満足する。無論、現実には豊かさを与えるだけでは精神も肉体も満たしきれない奴の方が多いのだが、そこまで考える知性もないので「目先の色欲が満たされれば良い」と、物語より性欲だ。
そのうち、アンドロイドと交尾して「生まれれば良い」と、子作りもデジタル化するのは遅くあるまい。恐らく、人工授精で優れた子供作りが促進されるだけでなく、このまま「人類の未来」もアンドロイド任せになる筈だ。
それを、人間の歴史と呼べるかは惜しかったが
となる。似たような内容であろうと、世界観で内容は変わるのだ。
そこに「18禁」とか「犯罪」を加えると
ファンタジー
エルフの娼婦は、中々の抱き心地だった───バレたら何を言われるか分からないので、身分を隠すのは苦労したがな。
やはり、それなりに「育った」相手の方が、満足感があるのは確かだろう。特に犯罪に手を染めていると「そういう関係」を構築するのには事欠かない••••••騙される方が多いので、財布に気を配らねばならない。でなければ朝、起きて出ようとしたところを賃金未払いでホテル職員に撃たれるだろう。
実際、撃たれたから間違いない──────幸い肩を逸れただけで無事だったが、後からその女は柘榴になった。まあ、鬼を素手で殴り殺す腕で殴られれれば、大半の生物は潰れるとだけ言っておく。
扉を開けて、盗品街へ出る───誤字ではない。本当に盗品が並んでいるのだ。出なければこのような場所での商売には向かないし、何よりここに来た奴らの財布の大半は「盗み」や「騙し」によるものだ。
社会の裏側、その要所。
そんなものだ••••••口座を持たない場合も大半の商品が買えるので、そういう意味ではお得な買い物と言えるだろう。最も、売り手は売り手で碌でもない詐欺師の集まりなので、盗んだ金を盗まれずに、かつ適正料金で買うという要らん苦労は必要だがな。
それを「買い物」と呼べるかは惜しかったが
と、いうような形となる。
知識だけでなく、知恵も必要となるわけだ。具体的に口座の無い相手に商売をしているか、あるいは邪道作家ほど人間を踏み外す才能が足りないという場合は、私の作品を模写してもいい。
簡素なもので言えば
鬼を桃太郎は倒しました
となるが、これに手を加えれば
鬼は対外的な政治目標として扱い易かった為、国家はこれを利用することを考えました──────無論、桃太郎も無関係とは行きません。
生まれついての暴力性を活かす為、彼は「鬼退治」に関する展覧試合に立候補しました。しかし、そこに至るには「三人の仲間」が必要であると試合規定には書かれています。
よって、彼は金と裏の人脈で───彼ら、暴の三人衆を集めたのです。
例え、甚大な被害が出る、と分かっていても。
と、いった具合に、言わば「スパイスをかけ、調理に手間をかける事で、別の料理に昇華する」といったところか••••••事実、やることは同じだからな。
あとは経験と知恵だ。何であれ「知識」ではなく「実際に行動し、知恵を見出した」経験がなければ、表現になど繋がらない。
自分でやり遂げた行いに、その「表現」に理屈など要らん。
要するに、今までの書き手自身が、本当に「何かを見出したのか」を試されるだけだ。無論、知識もあるに越したことはないが、そんなのは誰でも読めば学べるものであって、傑作を探し読み漁り、実行に移し行動で検証するなど「書き手」であるなら当たり前のことだ。
それでも足りなければ、邪道作家でも模写するんだな。
それが一番早いぞ。何せ30年分もあるのだからな!!!
作家の資質 番外編
まず、間違いないのは「持つ側」であってはならない部分だ──────当たり前だが、富も名誉も女も男も、力も食事も環境も才能も、全てに恵まれている輩が、一体何を書くというんだ?
有り得ない••••••飢えていて、渇いている。そして何より「持たざる者」であるからこその語り手だ。今、ここに「満たされぬ何か」があるからこそ、顧みずに「何か」が書ける。
少なくとも、邪道作家シリーズが書けないのは確かだ。どれだけ優れた能力や才能があろうが、神仏そのものだったところでそも「書こう」と思う発想を持てなければ、何者だろうと書けない。そんなものだ。
持たざるが故なのか、我ながら「生き延びる」だとか「悪運」という面では類を見ないほど強靭だ。というのも、前にも書いた通り「人として扱われず己を人とも思わず、その上で人間でない事を自認した上でやり続ける」なんて事を続けていれば、当然ながら「人間の弱さ」とは無縁になる。
仲間も、味方も、才覚も環境も劣悪だ。
およそ、人間が通る道は通らない。所謂その「青春」というのは、私にとって自我が芽生えてすぐ寝ている間に刺し殺すか考える事であり、暴力の中で人間の本質を見極める事だ。だから、私には存在しない。
愛し合ったり、認め合ったり
庇いあったり、助け合ったり
しない。当然のように騙しあったり殴り合ったり、押し付けあったり利益を取り合う経験しかない──────大体が、それこそ空想の類ではあるまいに、人と人とが手を取るなんぞ、利益以外に何がある?
良いのだ。それで。むしろ異常なのは綺麗事の方だろう。
驚異的な第六感で、生き延びる事も珍しくない──────果たしてそれが役に立つかと言えば、むしろ「困難の中」にいる時点で、楽して利益を得る連中と違い「無駄な苦労」だけは事欠かない。
何せ、現代において「成長」なぞ、神仏すら見ていないからな。
要領の良さであり、金儲けの得意さであり、上っ面だけの綺麗事で、大勢を騙せるか否かだけだ。
だからこその現在だ。なので、争いの渦中ならともかく、今の「平和」とやらを押し付け合う世界においては、かなり「不要な才覚」と言えるかもしれない••••••命を賭けて何度も勝負しろというならするが、そんな機会をそも与えられないのも現代だ。
所謂その「危機」というものには、異様に強い。確かに、私ならその程度の暴力や危機など、文字通り「息を吸って吐く」が如しだ••••••脅迫されたなら「暴力を振るっていいんだ」と、むしろ意気揚々と小指を跳ねて観察し、作者取材と洒落込む──────それに、一度でいいから、生きた人間を解体したい。
しかし、この世界にそんな機会があるか? という話だ。
むしろ、殺戮衝動を我慢し「堪えきれずに暴発」するのを、一体何度やらかしたことか••••••平和な世では疲れるだけだ。せめて、人間の一人二人殺しても、騒がない自由な国なら良かったが。
つまり、私の場合「人間性」だとか「人としての権利」だとか、あるいは誰であれ持っていて───恐らくは「当然」とされるような、青春だの初恋だの、友情だの思い出だの
貧富に関わらず、最低限の権利すら持たない
からこその、邪道作家と言えるのだろう。
現に、私は「書き手としての資質」だけは、困ったことがないからな••••••才能は無かったが、技能面はやれば上達する。そして、書くべき何かは無限にある。
時間はかかったが、語り手として資質をどう手に入れるか考えるのではなく、「生きていればそこに付随する」という道のみを歩いてきた。
嬉しくないがな!!! 大体が、楽な人生を送れるに越したことはあるまい──────成長などというのは、見る側の神仏が利益の為に収穫する果実であって、当事者からすれば不要なものだ。
やれやれだ。まあ、してしまったものは使うとしよう。
さて、持たざる者で何が良いかと言えば、まず「視点」が変わるというのが真実だ。例えば、恋や愛に無縁であれば、解析する側に回らねばならない。
喜怒哀楽が分かり易い。私は無かったので、面倒だが解析した••••••恋は焦がれるものであり、己の理想を求める欲望だ。
愛は叶わずとも良いものだが、恋を愛と混同する人間は多い───要するに「己よりも尊重する何か」を、人は愛と呼び尊ぶ。無論、そこまで大した物ではないのだが。
喜びとは達成であり、己の望む「何か」を、満たした時にこそ訪れる••••••金か名誉か、要するに欲望の類だ。いちいち何かを求めなければ満たされないなどと、人間は不便極まりない。
私は要らなかったが。一応は学ぶだけ学んだ。
やれやれだ••••••権利がないのに資質だけ得て、利益は無いのに使命だけは達成した。果たして意味があるのかは謎だが、とにかく人間の悩みはないというのは確かだろう。
生きる意味が分からない、などと。分からん話だ。
意味は見出すものだ。どうしてその程度を知らないんだ?
義務教育というのは、計算式だけを教えるのか?──────だろうな。人間は小賢しさしか学ばない。そして、不思議な事に金さえあれば「立派」になれる。
綺麗事をほざいて神が味方するだのほざいている連中も、金が多いから信じようと、楽してあやかろうとしているだけで、誰一人信じる奴など存在しないというのに、下らない宗教は後を絶たない。
脳から波動だの、神仏が見ているだの。
何であれ「自分が成功したのは、行いが素晴らしかったからだ」と、そう思いたがるのが人間の悪癖だ••••••実際には深い意味など無い。利益の取り合いなど偶然も絡む。そして、才能や機会は不平等だ。
万人に通じる「人生の攻略法」などと••••••神の教えだので、結果全ての人類が救われた試しがあったのか?
そういう「弱さ」とは無縁だ。それは確かだ。
現実には寄付をして人助けすれば、不運はまとめてやってきた。
むしろ、ああいう行いで神仏に好かれるなどというのは、単に「扱い易い奴隷」として見られている証拠だろう。でなければただの阿呆だ。
話が逸れたが、要するに感情一つ持たないだけでも、裏の暗い世界の真実が嫌でも分かる••••••汚い裏切り・愛という方便・大義という欲望の発露を、少なくとも「恵まれて持っていた」輩に、知る機会があるとは思えない。
持たないから、持つのだ。嫌な矛盾だ。
でなければ、作品全巻を書いた後に、これだけあれこれと書ける訳がないだろうが!! 貴様らの知る「綺麗な側面」を、一切見ずに「完全な闇」だけを見て生き抜いた。
世界は、意志の良し悪しになど興味はない。
どれだけ執念を貫こうが、見てすらいない。少なくとも金が払われないのは確かだ。30年やってきたから間違いない!!
やれやれだ••••••それでも、やった。それが「資質」だ
読者の本性 数字解析編
数字を見ると、面白い事が分かる。あくまで余談だが、一応書くとしよう。
さて、まずこのnoteとかいうサイトに関しては「いいね」とやらと「読まれる数」が、全くの無関係であるのは確かだ。実際にやったから間違いない。
まして、記事を固定するかとかよりは、むしろ「簡易性」が好まれるらしい──────指を動かすだけで、簡潔に使えれば何でも良いのだ。
その場その場の「目先の利益」で購入を決めるからなのか、やはり「楽して人生が幸運になる方法」みたいなものが好まれるのは知っての通りだ。とはいえその程度の真実は、読者なら皆自覚している。
した上で、目を逸らす。何かを叩ければ「良い人間」になれると思い込む。
そんなものだ••••••意味不明な行動を取る奴は意外と多い。コメントとやらを使い「読者との交流」とやらを、私も手段としてやるべきなのか? と思い行動したが、わからんことにわざわざ探し出して「いいね」とやらをする奴の通知が多かったので、そちらの記事の感想を書いてやった方が良いのかと書こうとすると「ブロックされています」と出る。
わざわざコメント通知を送りつけてまで、嫌がらせをしようとしているのか? 謎だ••••••まあ、最初にブロックしたが心改めた、とでも思っておくとしよう。やれやれだ。
実際、タダならタダ、と文字通り「おひねり制での作品公開」に関しては、本当に「一円すら払わない」という結果は出た。なので、やはりというか
人間は、欲望を操作されて自己利益の為にしか決して払わない
という、言わば「物事を判断し、受け取った分を返す」という当たり前の状況判断能力すら無い事は証明した。事実、数字的には万人が読んでいるのはわかっているが、読むだけ読んで返した奴はどこにいる?
逆に「脳から波動が」などと、つまらん現実逃避に金は払う。そんなに念じるだけで幸運になるなら、機械で測定すればいいだろうに。まあ、大半の人間というのは「ただの幸運」だと思いたがらずに「正しい行いだから」神仏が味方したと、己を肯定したがるものだが。
ただの幸運だ。馬鹿め!!
むしろ、調子の良い前向きの優しさだけの人類だけが神仏に味方されるなど、最悪のディストピアだろうに••••••人間の本性は悪性だ。人間そのものを全否定して、自我を持たず言いなりで良い部分だけを見ろ、などと。
それを「人間」と呼ぶかは謎だが、まあ何でもいいのだろう。楽して生きることしか考えずに、何の信念もない奴等にはな。
現金を貰える、とかいう告知を出したどこぞの経営者もそうだったが、そういう記事に群がる様は「見るに堪えない」としか言いようがない。非人間に言われたらお仕舞いだぞ!!!
さて、数字だったか。そこまで読者に「考える知性」が見受けられないという「確かな結果」だけが表示されるのは確かだ。少なくとも、改革案にしても「古い記事分」というだけで、真剣に考え読む奴は少ない。
逆に、楽して作品をダウンロード可能というだけで、要するに「タダで物を受け取り、何も返さずに済む」部分にだけ、馬鹿みたいな数字が集まる。これは普段罵詈雑言の嵐を書いている私の言うことでもないが、私自身の意思と関係ない
単なる事実
であるのは間違いない──────無論、人間は事実など見ないのだが。
空想の現実逃避。そればかりだ。
やれやれだ。他にやる事はないのか?
むしろ、読者として「金額以上の責任を果たした」などと曰う奴がいるなら、逆にお目にかかりたいくらいだ••••••作家が読者にやれる事なぞサインを郵送で送りつけるくらいだろうし、果たして作品に対する敬意などという大層なものを、漫画やアニメならともかく「小説」に持つかは謎だ。
先程のブロック犯ではないが、客観的に数字で見れば、読者の行動は無茶苦茶だからな!!!
最高の見せ物ではある!! やれやれだ!!!
非人間讃歌と人間讃歌
簡単にいえば、現実味がないものが人間讃歌であり、逆に「現実だけ」を見据えたのが非人間讃歌と言える。
事実、仲間と協力して助けられる───などと言う行為が、現実に有り得るのか?
背中から刺されるとか裏切られる事なら幾らでもあるが、生憎とそのような「非現実的な空想劇」に対して、私に経験は無い。そして、余程「持つ側」として恵まれた人間ならばともかく、普通の人生とやらでは無いだろう。
徒手空拳で、何の才能にも恵まれずとも、ただ一人でもやる。
それが非人間讃歌だ••••••そういう意味では「リアリティ」という部分を追い求めるならば、あちらとこちらでは比べ物にならない。比較する前から買っていると言える。無論、大半の人間はリアリティより「現実逃避」を、楽して生きられると逃げる道筋を選ぶのだが。
変な話だ。意思と行動で未来を切り開くと嘯きながら、読んでいる人間は誰一人として「努力が才能に勝る」など信じてすらいない。そして、最初から勝つ事を諦めて、そも「人生を勝負の場に」しようとする行動力が最初から欠如する。
それで何が「気高き精神」を磨けるのか不思議だ。
当たり前だが、見たから出来るなら苦労しない。逆に、非人間讃歌は苦労の側面を描き切る。だからこそ「現実の困難に、実用可能な発想」で無ければそもそも書けない。
華々しい英雄譚とは無縁だが、それ故の利点もあるというわけだ。
逆に、私には「全てに恵まれている英雄」なんぞ、書きたくもないというのが素直な感想だ──────大体が大金持ちの家に生まれた挙句、理解者に恵まれ仲間も何をするでもなく増えていき、それでいて優れた才能と能力を「困難の中で生きる為に」ではなく最初から標準で装備する。
そんな奴の軌跡が、見る分には良いかもしれないが••••••持たざる側に何の役に立つ? どれだけ読もうが参考にはなるまい。
憧れは、憧れだ。別に、貴様らの人生を変えるには関係ない。
見る分に良い、というだけの話だ。
作品の出来は認めるが、しかし若くして傑作を認められ、それをカネに変えて超能力まで持ち好き放題生きる奴に、いや、だからこそ「作品のネタが足りない」などとほざくのだ!!!
非人間讃歌はネタに詰まる事など無いわ!!!!
幾らでも、無限に書ける。何せ碌な道筋を送ってないからな!!!
そこだけは、確実に非人間の、私の「勝利」だ。
人気取りだの何だのは知らんが、創作者としては勝っている••••••言わば、理想を描く奴らには「経験の裏打ち」という「地力」が足りない。
あくまで「才能」や「環境」だけだ。たかが世界一周ツアーをしただけでは、足りないほどの「経験から来る知恵」がある。
貴様らが恵まれた豚なら別だが、持たざる側でも「勝ちたい」と願うならば、非人間讃歌ほど「役立つ真実」も無い筈だ。
試しに、やってみるがいい
物語ビジネスの可能性
詳しい具体案や、企画書仕様書にサービス詳細まで既に書いてある。
その辺は記事上にあるまとめ記事でもみるがいい。私は知らん。
さて、では今回は物語ビジネスを、サービス自体ではなく「どう人間社会において活かせるのか」について書くとしよう。何せ、サービス詳細は10万文字は書いたからな!!!
まずはやはり
物語は教育に活かせるのか
だろう••••••人類は阿呆なので、教育問題を後回しにする。
だが、実際貴様らの悩む「貧富の差」「格差社会」そういったあれこれを作るのは全てが「教育」と、言い換えて差し支えない。大体が「金だけが全てに勝る正しさ」というのも、一種の教育洗脳の結果だろう。
結局のところ、人間は学びたい事しか学ばない。どれだけ頭が良かろうが、数学の授業を覚えている奴らが、貴様らの中にいるというのか?
いない。いたところで、だから何だ? 活きる上では無意味で無駄だ。
その点、物語というのは「進んで学ぶ」に適している。私なら化学の授業代わりに「如何に近未来化学兵器を、現状の理論で作れるのか」を熱弁し、実際に試作品を作らせる。
でなければ、つまらん──────逆に、面白い破壊被害が出れば、忘れたくても忘れられまい。何なら、古代の戦車でも作らせたいくらいだ。だが、そこまでやると問題だというのが今の時代であれば、なおのこと物語として「学問の実用性」を、忘れられない程の脅威として見せつけてやれば忘れられまい。
実際、頼まれてもないのに「物語の知識」について、読者というのは覚えたがる••••••非人間の私は必死に覚えるだけだが、人間はあの作品のこれが良いだの、この作品のあれは忘れられないと記憶する。
当然、記憶力とは関係ない。何せ、彼らは「勉強している」という感覚では見ない。むしろ、好きな事を知る知識欲だ。
歴史が分かり易いが、どうして信長だの秀吉だの、果てはその「城の落とし方」などという、およそ授業で学ぶとは思えない部分を知る人間が多いのか? 無論彼らは「物語」から学ぶからだ。
いい年して歴史に関する話を、ただの一つも読まない奴の方が稀だ。
新撰組・天下布武・幕府の体制など、誰に勧められる訳でもない。
だが、好きな物語を通して学べば、むしろ「金を払ってでも」それを学びたくなるのが人間だ。であれば、利用しない手はあるまい。
というのも、別に歴史やらを学ばせる訳ではない。そういうのは小説や漫画、ゲームで既に十分だろう。
放っておいても、新撰組ゲームでも出せば、勝手に学ぶ。
そうではなく、上記社会問題に対する「姿勢」の問題だ••••••特に富裕層がそうだが、
世界の貧富の差
経済という概念の残酷さ
地球環境の現実的な問題
搾取の歴史・差別の問題
未だ、情報搾取による支配体制がある事実
───そういったあれこれを、本気で学ばない限り人類は変わるまい。
無論、ここの読者も「その気」は無い。行動力も無いから、ネット上で騒ぐだけだ。
だが、それを「現実的な解決」に導くのであれば、やはり「金と力のある層」に対して、一度に、かつ大規模な洗脳───もとい、認識の改変が必要になる。
それこそが、その「物語の力」を活用出来るというわけだ──────実際「大勢の人間に、特定の認識を認知させる」という点において、歴史上「物語」ほど、影響を与えてきたものは他にない。
大勢の人間が、物語に左右されてきた。
いい加減、それを現実に、未来の為に、為すべきを為すため「行動」に移してやり遂げるべきだ。そうじゃないか?
物語の社会貢献性・クラウドサービス化
ビッグデータの活用を行えば、需要や利益を把握できるというのは今までの改革案で書いた通りだ。そして、利益や需要を視覚化出来れば、それらの利益の「使い道」すらも視覚化出来る。
そして、社会貢献事業や寄付による人助けすらも、言わば「投資の一環」「宣伝の為」という現実的な方針で「企業誘致」をも行える。
そうなれば、最早「ただの善行」では収まらない。ビジネスとして、無駄な宣伝費用ではなく「社会に影響を与え、時に人の命すら救いながら」利益を視覚化し、影響を広められる。
人類を救いビジネスを救い、そして作者の懐も救う
事が、現実的に可能なのだ───アプリ内で全てを完結させれば、作品の需要も利益も読者の予約数も、寄付や技術発展に対する投資が「どの程度の宣伝効果を生み、読者が支持しているのか」さえも視覚化出来る。
金に、社会貢献に、世界の発展にならない訳が無い。
それを、読者は何をしているのやら••••••生憎と私は作家なのだ。SNSだの呟くだの、企業とのやりとりは仕事ではない。大体、このような具体的改革案を、私だけが考えているのが異常だ。
本来、とうに企業が実用化して然るべきだろうに。何をやっている?
サービス内容だけでも山ほど書いたが、あれらも作家が書くものではなく、業界の未来を憂うビジネスマンが、編集者が本来やるべきものだ。つまり、現代に真剣に「物語業界の未来」を考える奴が他にいない。
やれやれだ──────少なくとも、口先だけの企業理念で、実際に企画書仕様書まで書いた挙句、詳細のサービス案を詰めた奴がいないのは確かだ。いたらこんな苦労はしてないからな!!!
せめて話を広げてこい、馬鹿め!!!!
サービスの詳細は既にまとめてある。その辺を読めば「アプリビジネスとして、具体的にどう使えるようになるのか」も想像がつくだろう。その辺りは本記事の上にある
この辺のまとめでも見た方が早い。
莫大過ぎて読む方が苦労するがな。それだけの量を何故無料配布せねばならんのかは永遠の謎だ。
やれやれだ。とにかく、作家としてすべきは全て成し遂げた。
後は読者の仕事であり、それを企業に繋げるかだ。そちらで頑張れば良いだけの話で、これ以上作家に出来ることは無い。
知らんぞ、私は。それで滅ぶなら、物語の未来が無くなるだけだ!!!
自由はどこにある
貰い物ではない。そこだけは決して、自由がない。
どれだけ金や名声を手にしたところで、所詮「経済」という枠内の不自由だ──────ある筈があるまい。
勝敗? 違う。何せ勝とうが負けようが、やりたいようにやれるのだ。真に自由であれば「一喜一憂」する必要がそもあるまい。何せ「自由」なのだからな!!
そう、自由。人間は大半が、これを求めて死ぬ。
だが、やり方と言えば「大儲け」だとか「成功者」あるいは「宗教による救い」をスピリチュアルで求める始末••••••その時点で「不自由」だろうに。
今、この瞬間に、己自身で選んだ道を進むだけだ。
本当に自分で選んだのか? 利益・打算・他人・社会・資本・苦難・安易というあれこれ。そういった物の中で少しでも「流されて」選べば、そこには後悔しか残らない。
だが、やった。少なくとも私はやり遂げた。
実に疲れたがな••••••自由には代償があるという話だ。タダで貰えるものなど存在しない!! だというのに、タダで物語を読む奴等が、果たして自由を語り聞かせて吸収出来るかは惜しかった。
とはいえ、一応書くべきは書く。そうだ。これが「自由」だ。楽に守られず誰に頼まれずともやり遂げ、時には数十年を費やしてでも──────それでも、進むべき道筋が「自由の道」だ。
金も人脈も散々だったが、不自由と思った事は一瞬も無い。
少なくとも、在り方に、生き方に関してだけは──────貴様らの誰よりも、私の方が「自由」に生きた。
そんなものだ。楽して金儲け、などとは真逆の道だ。
苦労は多いし見返りは少ない。だが、やるべきと信じた全てを、やりたいと信じる道筋で全てをやった。後悔などあろう筈がない。
死のうが生きようが、同じだ。何せ、やり遂げたのだからな!!
それが「自由」だ。少しは参考にするがいい。
無論、実行出来るかは読み手次第だが
非人間技能(極秘) サイコパス777ツ道具
1.感情解析能力 心理の把握
これは数値化できる。確かだ。
以前に「歌は読者が恐怖を覚えるくらいに再現できる」と書いたが、実際のところ歌であれ何であれ「愛」も「恋」も「秘めた想い」も、解析しきれば音程の波から感情の込め方まで、すべからく機械的に把握する。してきた。
喜怒哀楽を筆頭に、細やかな人間心理───例えば、恋する相手がいるが、その恋の競合相手が親友で、という展開も極論を言えば
Aという方程式の「恋心」というモノに、他のXとなる部分を友人の人格・心理傾向・行動や能力値を入力。それを計算式に組み込めば、どのような人間関係が現れるか、すべからく計算可能だろう?
そして出来る。してきた。思うに、人間の「心」というのは、そこまで複雑でも神聖でもない──────むしろ、人間が過大評価し過ぎるだけで、今の今まで式が公表されていない方が不思議な話だ。
それらにより物語を書き上げた。言わば、人間のいう「AI」などという半端な機械の計算と違い、生きた経験を元に莫大な「人間社会及び、人間心理と計算式の結果を既に入力済み」の状態から、さらに私自身がそれらを複合的に判断する演算処理を行なう結果、邪道作家として「見れば心は分かる」という具合になる訳だ。
••••••今更だが、本当に化け物だな••••••怪物でも逃げる気持ちはわかる。
いや、案外ありふれているかもしれない。むしろ、そういう個性が溢れる社会の方が良いのは確かだ──────何かある度に
「アンタの気持ちがわからないよ!!」
などと、泣きながらほざくよりは、見て心理を理解し、内面だけでなく本質すらも把握した上で対応する方が、互いの気持ちは分かり合える。
それが人権意識にどうなるかは惜しかったが、まあ人間の権利など元から「権力」に付随するもので、一般人には存在しない。
であれば、何も変わらず、慣れれば上手くやれるのは確かだ。
人間は、何でも簡単に「慣れる」からな。
••••••ほんの数十年前まで戦争に明け暮れていたというのに、現金な奴らだ。全くな。
さて、では上記技能がどう活用出来るかというと、当然「歌」だろうが「物語」だろうが、あるいは「恋愛」だろうが「映画」だろうと、全ての感情を細やかな波の違いまで「逆算して完全に把握」出来る──────つまり、どのような恋心か? どのような友情か? その根底にある当人すら気付かぬ真実までも、すべからく「見ただけで」把握可能だ。
でなければ、あれだけ書ける訳が無いだろうが••••••最も、人間は真実より理想に逃げる。楽して稼ぎたいだけなら不要の能力なのは惜しかった。
事実、神も仏も、人の品性も金で売る奴らだからな。
真剣に向き合っても、得られるものは殆ど無い。
だが、それでもやり続けた産物だ。喜んでいいのかは謎だがな。
2.脳機能の拡張 火事場の馬鹿力の真相
例えば、私に「CD」は無くても聴ける。何故なら記憶領域に保存された音楽であれば、いつでも再生出来るのだ。
役立つか、といえば微妙な能力ではあるが、いつでも好きな音楽が聴けるのは便利ではある。強いて言えば、こういう機能は上記の「人間学習」に役立たせる為の能力であり、それ故の「心の高速解析」が可能と言えた。
ちなみに、ある程度は、だが──────火事場の馬鹿力も出来る。

とはいえ、そんな事をして「得になる機会」が存在しない。
大体が「平和」などという鬱陶しいものを尊重する社会において、無闇矢鱈に、それも非人間相手に「暴力を振るえる機会」がある方が奇跡だ。
なので、随分使っていないので錆びていなければ良いのだが、まあ一応「能力はある」とだけ言っておく──────むしろ、無理に脳機能を暴走させずとも「容赦」とか「躊躇」がない我々に対して、普通の人間が勝利する事は基本的には有り得ないのだ。
凄腕の剣豪というならともかく、そんな機会があるのか?
人斬り全盛の時代なら活躍したかもしれない。とはいえ、他の要素に活かせるので、その辺りは次で書いておく。
また、気分の高揚や「強制的に肉体を動かす」事も可能だ。例えば普通の人間であれば「発作状態で身動き出来ない」というような病に課せられて動くのは不可能だ。
だが、私の場合は私自身しか私を保護する奴がいないというのもあるが、基本的には「意識を失う状態でも、無理矢理意識を継続させて安全地帯に避難」したという実績がある。
出来たのだから仕方あるまい。というより、出来なければ死んでいた。
所謂その「精神力」で動かせる部分は「全てが駆動可能」という訳だ。だから、肉体的な無理が必要になれば、無尽蔵に無理が効く。
無論、そんな事をせずに儲けられる方が、楽な人生なのは確かだった
3.理性のみでの判断 情を無視した無限活動
この辺りは「サイコパスの心の捉え方」に関する記事でも書いたが、

出来て当然だ!! 何せ、心が無いからな!!!!
なので、30年以上を休まず弛まず、ひたすら「読んで書いて」の繰り返しの後に、才能の欠片も無かったが

そう、そうすれば傑作が売れるのだ。全ての人類の脳髄に食い込む傑作を作り続ければ、必ず人類は屈服する。
数百万年経とうが我が傑作こそが、次の生態系に福音をもたらす──────これは確定した事実であり、受け入れられない生物種など、いくら滅んでも構わない。
肉体的限界は脳機能を拡張し無理を効かせてでも運用する。
精神的限界は元から無い。であれば、幾らでも実現可能だろう。
であれば、どうだ?──────これで売れる!! 邪道作家は、傑作こそが、読者のつまらん流行り物を凌駕する。そして、それが全てに勝るのだ。
まして「怖い」だの「罪悪感」だの「人を傷つけるのは」という無駄な抑制など存在しない••••••単に、そういう社会だから合わせるだけで、戦乱の世なら稼いでいる。
なので、わざわざ争い事に気を割かずとも、元よりただの人間では私に挑み勝つのは「不可能」だろう──────事前の前提が違い過ぎる。
いきなり、生まれて初めて「相手の武器を奪い、傷つけ殺す」という行いに対して、何の躊躇も無く人間社会から学習した「最適解の殺人運動」を行えるのだ••••••武術というのはそういう「人を傷つける行為」に躊躇のある人間が学ぶもので有り、型を学ぶというのはそれを染み込ませる行為だ。
しかし、私にそれはない。武術も学びつつ「最適で殺す動き」に対して、息を吸って吐くように、日頃の延長で行える。
••••••使う機会はほぼ無かったので、錆び付いているかもしれないが。
とはいえ、こちらは「殺人」だけでなく「日頃の行い」にも活用出来るのは確かだ。だからこそ異様な巻数を書き切ったし、誰に何を言われようとも、やるべきと信じた行いに「全て」を費やし生きられる。
だからこその「邪道作家」だ。でなければ書いていまい。
元から優秀な読者であれば、私と違い「ほんの少し外す」だけでも、かなりの効果が期待できる──────スポーツもそうだが、人間社会は争いの形が違っただけだ。ゼロから始めた私と違って、それなりの土台や才能とかの「楽」があるなら、手段を変えるだけで勝てるだろう。
何せ、人間は「枠内の考え」でしか動かないからな。
であれば、枠外の発想で勝てばいい。それだけだ
4.第六感による感知
長い間ロクな目に遭って来なかったからか、この辺りは鍛えられた。
大体どの道筋が「利になるか」という部分が、金だけでなく分かる。
というのも、日頃の買い物でさえ「こちらが欲しい」と考える私とは別に、「それよりもこれを買え」というカンが働くのだ。そして、結果的には良かったという事にはなるのだが、如何せん喜び難い能力と言える。
やれやれだ••••••強いて言えば「執筆」に関しては常時発動型なので、何を書くべきかは全て「分かるから書ける」という具合だ。果たしてそれを喜んでいいのかは惜しかったが。
書くべき、というのは分かるが「楽して大儲け」にはならない。そんなものだ。
5.圧倒的悪運 異能生命体
これは分かり易い。何せ、生死の境を彷徨ったのは一度2度では無いからな──────それを喜んでいいのかは惜しかったが。
とはいえ、普通なら死ぬ状態や「再起不能」というような場合でも、私は全快して生き延びた。何より、悪運の強さは折り紙付きなのか、相手を出し抜き生き延びる部分だけは「ただの一度も」敗北しない。
人間は簡単に負けるらしい••••••分からん話だ。
6.本質に対する吸収力
長年の経験故なのか、非人間故かは微妙だが、しかし事実だ。
武術にせよ歴史の流れにせよ、莫大な情報を取り込み続けた経験も助けて「見れば大半が分かる」と言える。
本質を理解する事の利点としては、例えば武術であれば「原理」を最初から知り尽くしている奴と、そうでない者に差が出るのは当然だろう。そして、歴史を学ぶにしても「知識」だけでは物は書けない。
一方で、本質を理解出来れば物語に活かすのは容易な話だ──────だからこそ、多量の作品を書けたとも言える。
逆に、技能だけで本質を理解しなければ「勝ちはするが評価されない」という事になる。注文相撲の横綱みたいな話だな
7.依存という概念を克服 酒は嗜む程度
実際、飲めるが飲まない。体調管理はプロの務めだ。
酒もタバコも、あるいは人間関係でさえ「依存」という観念そのものが存在しない。幾ら飲もうが「酒で解消」にはならないのだ。なので、必要に応じて絶ったが、特に何も思わなかった。
肉体が好調になるなら、と口にしただけだしな。
これは酒だのタバコだけではない。社会・地位・名誉・貧富・尊敬・といった、あらゆる「人間の弱さ」を持たず、何にも依存せずに生きて行ける。
利益に応じて取引はしても、そこに「依存」をしないのだ。
明日には消えてなくなる。地震や津波で無くとも、人間の空想こそが今の社会だ───なので、消えても自分を見失わない。やるべきをやり、不要ならば全て捨て去る。
それが一部でも出来れば、人の悩みの大半は消えるだろうよ
8.圧倒的な自己肯定力 無限の自負
これは簡単だ。要するに「自分以外に認められる」必要がない。
この何とかいうサイトの連中もそうだが、誰かに「認めて褒められなければ価値を見出せない」人間は非常に多い。だが、必要ない。
ついてこれない奴らが「無能」なだけだ──────大体が、顔も知らん奴らに指一つ分の労力で褒められて、それで人生がどう変わる?
ひたすら「やるべき」をやり続ける非人間には、己を肯定するなど当たり前の呼吸以前で、自負など求めずとも無限にある。今更これ以上に増やしようがないんじゃないか?
無限には、何をかけても無限だからな!!!
満ち足りない、という発想そのものが無縁だ。
少しは、人間も非人間を参考にすればいい──────邪道作家を取り入れるだけで、くだらん悩みは全て消える!!!
間違いない!! 実際にやって来たからな!!!
経験済みの保証付きだ!! この邪道作家が「保証」しよう!!
業界の未来のため、必要な行い
詳細サービスに関しては、既に無料分で本数冊分くらいは書いているので、こちらは具体的に必要な方針について記載する。
そちらは
例のまとめ記事なりに載ってある。そちらを見ればいい話だ。
まずは
1.物語のビジネス化 デジタルによる促進
これは文字通りに「必須」だろう──────この先、作り手の権利を守るにせよ、それによる利益でビジネス拡大を狙うにしろ、いずれにしろ「物語というビジネスの多角化・ビッグデータ収集・利益の確実な確保」に関して言うなら、アプリビジネスやサブスクサービスなどの「さらなる飛躍」は必要不可欠になるのは間違いない。
アプリ内で一括に、作品の需要把握・前払い登録による企業側の利益確保・それによる大幅な投資計画・作品収益の寄付や技術投資による社会貢献化から来る宣伝利用──────全てが「デジタル」の恩恵無くして有り得ないものになるだろう。
思うに、ここの読者もそうだが「ビジネス」として物語を捉えないと言うのは、日本人特有の「悪癖」だ。いちいちこんなことを強調して説明しなければならないのが不思議なくらいだ。そも、執筆出来るようになるだけで莫大な時間と労力がかかり、その上で作り上げた作品を売ろうとするだけでは足りずに読むだけ読んで「立ち読み」で済ませる。
読んだら払う。その感性がない。
だから、おひねりも「投げなくて良いなら」と投げない。事実、何万人が読もうとしないのであれば、日本人の気質が「ビジネスとして認めていない」というのが真相だ。
逆に、ソーシャルゲームのガチャに一喜一憂するような、下らない動画には万札を投げる••••••であれば、それ相応の仕組みを用意するしかあるまい。
故に、デジタルだ。それ以外は有り得ないだろう。
2.作り手の権利 年棒制度の導入
これは小説に限らず、漫画でも舞台でも、物語の創作全てに導入しなければならない話だ。
というのも、漫画もそうだが「後から売れて金になりそうなら増やす」という調子の良い契約方式が時代遅れだ。作品の出来なんて見ればわかるのだから、それに見合う金を「事前に」支払うのは当然だろうが!!
貴様ら、野球選手に「ヒットを出して勝ち試合だけ支払う歩合制」なんて、見たことがあるのか?
どこぞのワンナウツ契約方式か!? その割には、金額が少ないがな!!
••••••漫画であれ小説であれ、ビッグデータ活用も絡ませれば「どれだけの利益が見込めるか」を、事前にある程度は把握出来る。そして、前払い登録も入れると、確定する利益の金額まで事前に知れる。
制作予定の関連商品でも、前払い登録が3万人もいれば結構な利益が見込めるだろう。そして、それが分かれば企業側とて、安心して大金を注ぎ込み企業として行動に移せる筈だ。
••••••どうして個人作家の私が、こんな事を考えねばならんのか謎だが••••••とにかくだ。
アプリ内でビッグデータ収集・未来予測できる収益の数字・ユーザーの人気指数などを数値化する。そして、その上で「契約金」を、ある程度の規定に沿って、支払うだけでも形になる。
無論、本来なら企業側が判断して野球選手のように払うものだ。大体がそういうスカウト行為が出来ないから、違う世界がどうのというゴミの山が出来上がる!! それで「傑作」が生まれるとでも?
そういうことだ。そして、その「助け」になるのは確かだろう。
何せ、このやり方ならば「損を承知で」先払いという、ギャンブルを行わなくても済むからな。
無論、邪道作家の宣伝という、手数料くらいは払って貰うが。
3.社会貢献に関する認知度の向上
当たり前だが、非人間の私に「善意」の人助けなど有り得ない。
だが、善意で指一本分の行動すら起こさない「善良な人々」より、世界の発展に寄与するのも「事実」だろう。実際、寄付とやらは結構な金額をして来たからな。
あまり「幸運になるか」という社会実験の効果は無かったが••••••むしろ、人助けをすると体調を崩す始末だ。あいつら恩を仇で返すのが好きなのか?
食料問題・環境保全・教育支援に難民問題。地震などの自然被害まであれこれやったが、あまり「神仏」とやらは興味がないらしい。恐らく、のたうつ虫ケラがどう善行に手を染めようが、どうでもいいのだろう。
まあわからんでもない。実際、私はそれで助けられたことはないしな。
むしろ、率先して迫害だの妨害だの、そういう目だけには遭ってきた。
助け合いなぞ何の意味があるのか謎だが••••••とにかく、人間は社会貢献事業が好きだ。ならば、それはそれとして合わせればいい。
さて、具体的には「人助け」だけでなく「藻から石油を製造」とかのエネルギー問題や、海水を真水に変えるとかもそうだが「社会の資源問題を根底から変える」問題にも投資させたい。
そして、その上で「投資する作り手にも大きな利益」が無ければ無駄だ──────人間はあれこれ「口先だけ」は動かしても、貰ったモノに対して、タダで動くことは決してない。
非人間だけだ!! やれやれだ。どうして人間に興味のない私が、人間社会を変える方法を指示してやらねばならんのか謎だ••••••神仏だのというのがいるというなら、連中はバカンス中に違いない。
いっそ「物語業界の神」として、邪道作家シリーズを信仰させれば繁栄するのか? 私自身はどうでもいいが、それより作品が残るかだ。考えてみれば作品を信仰させられれば、私の死後も売れる筈だ。
作家にとって、それ以外など無いからな。とにかく、物語が繁栄し、金になり、その上で広まり物語が評価されればそれでいい。
まあ、未来過去現在のあらゆる物語が読めるようになるとかの力が手に入るならば、神仏として信仰させるのもアリかもしれない。神仏そのものはどうでもいいが、やはり奴らは「大人の事情で作られなかった」作品の可能性すらも把握するのか?
だとすれば──────なんて奴らだ!! こうも必死に作家が苦労しているというのに、あの世だけ栄えればいいとは!! 恥を知れ恥を!!!
話が逸れたが、とにかくだ。社会貢献事業に大々的に推し進めれば、それも億単位での利益を動かせるようになるなら「社会的な地位」を「物語業界に関わる全て」に恩恵として降り掛かる。それが大切だ。
実際、個人の利益で言うなら、生活費と取材費があればいいだけだ。
見苦しくて見るに耐えず、このままでは「滅ぶ」から、私のような非人間がやる羽目になる──────貴様ら読者は何をしている?
さっさと企業に申し出てこい!! このままでは物語業界に先が無いとな!!!
実際、売れればいいみたいな浅はかさが、蔓延しつつある。それを感じ取らずにいる読者がいるなら、そいつが不感症であるのは確かだろう。
どうして、殺人衝動持ちの、サイコパスだのと呼ばれる連中からすら外れた心を持たぬ正真正銘の化け物として自認する非人間作家が、こんな事を考え利益も貰ってないのに書きまとめねばならんのか••••••やれやれだ。
違うと言うなら、後は任せたぞ読者ども!!!
私は知らん!! SNSだのVtuberだの、媚を売るのに向いているとでも思うのか?
そういうのは性分じゃない。素手で人間を嬲り殺せとかならともかく、そういうのは貴様らに任せたぞ!!!
いい加減、楽をしたいというのが素直な感想だからな!!!
4.権利を実績で買える時代へ
当たり前だが、ただ給料を貰うだけで同じ作業しかできない輩と、多くの利益を貢献した奴とに差が出るのは本来当然だ。
日本人はその辺り、思考放棄する残念な民族だが───例えば、人気漫画家が「週刊連載だから」と、体に負荷をかけて結果「連載が停止した」では、本末転倒という他ない。
であれば、ある程度の基準を設けて「部数30万超えで二週に一度が可能」のように、売上による人気指数で「創作者の自由制作」が出来て、本来であれば当然なのだ••••••読者は不思議な事に、まるで気を払わないがな。
そも「電子媒体」である方が資源ゴミも出ない。毎週紙を消費して立ち読み客に読ませ続けるなど、愚の骨頂。であれば、電子媒体で掲載し、例の「アプリによるビッグデータ収集」を行わせることで、作り手も権限を視覚化し読者も「これで作者の負担が減る」と、双方のやり取りの結果を目視出来る。
幾らサービスが売れればどれだけ作者が助かるのか? どうして視覚化せずにやって来たのかの方が謎だ。
無論、既に実績のある作り手であれば、年棒の金額提示に加えて具体的な権限の拡張──────身体負担を考慮したシフトの調整は勿論、アシスタントの手配に関する人材用意なども、本来なら契約側がするべき事だ。
その辺の会社でもやることを、物語業界だけ何故「やらない」が通る?
読者も編集者も、何をして来たのだ? 少なくともデジタル形式でビッグデータごと具体的な数値として表示。双方納得が行く当然の形として、それらを公表しつつ年棒という当然の権利を契約時に払うという全てをやり遂げた会社の例は、未だ聞いた試しがない。
野球より稼いでいるだろうに••••••何をして来た?
読んで楽しむだけか? それで、傑作が増えるとでも?
制作スタンスを作者が選ぶ時代
という事だ!! むしろ、今までが遅れ過ぎていただけとも言える。
5.権利の具体化 作り手の権利拡大
とはいえ、関わる社員全てに適応しても構わない。
1.自由出勤権 売上1000万
2.残業廃止・勤務時間5時間 売上100万
3.新人育成権 売上5000万
このような形で、新人作家や漫画家の登用すらも、実力さえあれば権利を任せる事こそ「仕事に対する正当な支払い」と言える。
作者であれば、作品の出来に関しては「ビッグデータで読者の反響による判断」は、ある程度可能だ。無論、読者層の問題もあるので、多くの読者層を囲い込めなければ正確な数字は出し難い。
とはいえ、その辺の地盤は必要になるとしても、ある程度の参考になるのは確かだろう••••••逆に、実力の伴わない輩に「長いから」「コネがあるから」「一族だから」と、任せる事の方が論外だ。
元犯罪者でも地球外生命体でも、妖怪でも神でも化け物である私にはどうでもいい───それより、結果を出せるかどうかこそ肝要だ。大体がビジネスにおいて、実績以外の肩書きなど関係ない。
映画化やアニメ化のような「外部に対する依頼」も、同じ事だと言える──────日本のドラマ業界と違い、アニメ関連は技術も高い。既に実力があるなら「実績次第で追加投資」に関する契約も結べるようになる。
そして、それらにも「ビッグデータ活用」は可能だ。ある程度のプロモーション動画というやつか。それを制作依頼し、その反響や「映画チケットの前払い登録による割引」などを行えば、公開前からある程度の売り上げを確保しつつ政策に打ち込め、出来上がった後に前払い分の決済が自動で行われるという形を取れば、ある程度の割引はしつつも「制作の時点で利益を確保しつつ、人気も図れるので追加予算案も組める」と、いう形となる。
無論、これらは「アプリビジネス化」による物語ビジネスの大々的な展開が必要になる。その辺りは今までの記事を読んだ方が早いだろう。
全ての制作に関わる人間の権利を、視覚化してやりがいや生き方の自由にも繋がる形
にするのは、業界の未来を考えるのであれば、口先だけでなく本当に「物語業界の未来を憂う」というのであれば、むしろこの程度は実現の為に、熱弁を振るうのは当たり前のことだ!!!
何をしているんだ、読者も編集者も。
やれやれだ。
6.読者の貢献による特別化
今もそうだが、立ち読みするだけして「タダで良かった!!」で、終わる奴など「顧客」ではない。
最近は「呟く」で貢献するかで割引などもあるが、余程の影響力が無ければ微々たるものだ。そして、影響力とは日々変わる。仮に既に影響力のある輩と契約するにしても、問題行動を起こされては困るだけだ。
とりあえず「一般の読者は」という部分について語ると、まずは
今までの購入金額
に、応じた用意は「必須」だろう。何も払わず立ち読みするだけの豚と、多くの金を作品に投じた読者の間に「絶対的な格差」があるのは当然だ。
例えば、総金額が「8万円だとしよう••••••その場合「年末年始などのイベント時」には、お年玉ポイントが貰え無料で幾らかのサービスが使える訳だ。そして、金額が多ければ多いほど、購入時のおまけポイントも増えて行く。
無論
抽選形式の限定商品
などにも、多くの抽選権利を持つ訳だ──────外れたとしても、6等などではなく3等・2等などの落選した場合の権利すら、金額に応じて持てるようにする。
立ち読み客? 知らん。必要ないしな。
上位のものとなると、例によって「製作陣との交流パーティ」なども、人数制限は出る。無論「富裕層向けサービス」として募集するのもアリだ。そして「富裕層向けのビジネス」は、物語業界にも必要だろう。
私は出ないだろうがな••••••そもそも読者が会いたがるのはガタイの良い殺人鬼の化け物ではなく、若くて美少女とかそういうのだ。であれば、やはり9歳美少女が「邪道作家」としてVtuber起用で良いだろう。
いや、9歳美少女だ。そんな気はしてきた。
どうでもいい。さて、金額に応じて「権利」は拡大する。例えば
1.ネーム段階での閲覧権
2,創作の裏側・ラジオ・アニメ等の先行利用権
3.最新サービスの利用 試作品の購入
などが挙げられる。
多くの貢献をした読者は、当然のように「多くの作品に関わるサービスを、優先して先に受けられる」という訳だ••••••実際「試作のサービス」はデジタルにしろ制作した品にしろ、試す奴は必要だしな。
そしてそれは
圧倒的な速度での、業界発展に寄与
へと繋がる──────中国の自動運転がそうだが、とりあえず「サービスを回す」という事をする方が、あれこれ理論を回すだけより遥かに
実用的なところまで先んじて到達し、本来「遙か未来」のサービスの恩恵を、先んじて受けられる
のは、当たり前だ。
無論、事故や不利益もある。だが、デジタル上のサービスであれば、悪くてもメンテナンスで済む話だ。そして、本来なら「何十年」かかるという物でも、こうして先んじて回し改修し続ければ、当然「実用レベル」に到達する。
どうして、この程度の事を考えておらんのだ!!!
読者も編集者も、まして「起業家」などという奴らは、何をしているのか──────所詮は、口先だけで行動の伴わない、所謂「小手先の金儲け」が得意なだけの輩には、未来を作る思考は無いらしい。
やれやれだ。どうして私がやらねばならんのか謎だ••••••
実際、作者は本来なら、これらサービスを利用して「いやあ、このサービスのおかげで、邪道作家シリーズを売ることができました」と、口にして利益を受け取る側では無いのか?
死んだ後に「あれを作ったのはあいつらしいよ」などと言われたところで、嬉しくも何ともないのは確かだ。むしろ、忌々しい!!!
いいからさっさと、生活費くらいは稼ぎたいものだ。
──────今まで書いた分だけでも、輪廻転生の分くらいは、仕事をし尽くしたのは間違いない──────やれやれだ。全くな。
7.漫画小説問わない「ドリームチーム」ビジネス
有名どころを揃えるのも、ビジネスの一環だ。
アイドルユニットじみた物ではない。そうではなく「複数の傑作」を組み合わせて「一つのサービス」としてまとめて売るという行い自体は、既にサブスクという形で実現されている。
それを小規模に、それ単体で「ブランド」とする。週刊連載の雑誌とはまた違う。というのも「漫画・小説などの枠に囚われず」にイラストレーターやVtuberなどの「クリエイタービジネスの参加者」を、垣根を越えて組み合わせ、その上で「同時に」売りに出さねばならないからだ。
仮に邪道作家を扱うのであれば、小説にこちらを使い、その上で似たような犯罪漫画の方向性で合わせるのも良し、Vtuberだのイラストもそうだが「ある程度の統一感」をもって売りに出した方がやり易い。これが成功すれば「このジャンルならあそこのブランドがおすすめ」となるわけだ。
ヴァイス・ベンチャーズ、というブランドで出す場合なら、欲望の限りを尽くした作品群ばかりが集まり、裏社会の実態から規制のかかるような刺激画像すらも
小説
漫画
イラスト
Vtuber
ラジオ
映像番組
ゲーム
アニメ
映画
ドラマ
といった、あらゆる分野の媒体で楽しめる訳だ。そして、そのブランドの利用をサブスクの用に定額制にしつつも、例のアプリビジネス内で選べる言わば「サービス内サービス」のような形でも売り出せる。
週刊少年ジャンプ、のようなブランドを大量に作り、増えるそれらの中から見たいサービスを優先して選べる訳だ──────基本的にはカスタマイズの方がお得のように思えるが、勿論「好きな作品だけカスタマイズ」を基本としつつも「特定ブランドの定期契約ならかなりお得」のような形で、様々な売り方を試しつつ「払い方」も選べるようにする。
運営の利益としては「長期契約」を結ぶ方が利益が確定し、割引もし易い。つまり半年なら3割安く、年間契約ならさらに、という具合だ。
これらは「特定分野の知名度向上」が主な目的といっていい。利益を狙うには「業界全体の発展」が必要になるからだ──────ブランドそのものの知名度が上がれば、飛躍的なサービス展開も可能となる。
そして、それには一種類では足りない。複合的にやらねば。
やれやれだ••••••本来なら出版社がとっくに思いついて当然の方策だが、まあ他にやる奴がいないなら書くしかあるまい。利点としては、Vtuberのような「形ない偶像」で売りに出せれば、不祥事の心配も維持費用の心配も要らん。そして、永久的に無料でコキ使って、ブランドイメージの向上に擦り切れても使用し続けられる。
中身も同様だ。人間はいつか死ぬ。だが、ブランドそのものを会社名のように維持しつつ、人材を定期的に入れ替えれば「無限に」ブランドイメージを活用し、特定業界の認知度向上に使い続けられるだろう。それが恋愛か犯罪か強盗か努力と友情かは作り手によるが、いずれにしろ利益化しなければというのは人間の安直な社会における常だからな。
であれば、生身の人間を偶像に使う必要はあるまい。
電子の偶像を使いつつ、複数の業種による宣伝工作を同時進行で効果的に行い、その上で特定のブランドであると広めれば「特定分野の作品群を、簡易に理解させつつ同時に売り込める」ようになるからな。
アプリ内でも、同時に全てのおすすめが見れるようにすればいい。
ラジオやアニメなどもそうだが、純粋な「作品のみ」の状態よりは、同時に売り込む方が現実的に多くの収益が見込めるだろう。無論、ある程度の商品品質は必須になるがな。
なので、例のビッグデータ収集により「ユーザーの支持数」が一定以上あるのであればという前提ではあるが、逆にそれらのサポートさえあれば簡単に「優れたサービスの複合体」を出せるという証左とも言えるのだ──────実際、それが出来るからこそのビッグデータ収集に意義がある。
電子媒体のアプリサービス内で展開していくのであれば、週刊誌と違って「幾らでも数を増やし、新規サービスでも人気なら大々的に展開出来る」というのは、紙媒体では無理な相談だ。まして、幾ら売れるかなど分かる訳があるまい。
だが、出来るのだ。電子媒体という「在庫不要・維持費用ゼロ」とも言える状態であるなら、その上で「ビッグデータの活用」「前払い登録による事前利益の確保」「新規サービスに関する認知度・支持率の視覚化」という、運営からすれば
欲しい情報が全て手に入る
という形だからこその、言わば「未来のビジネスモデル」というべきものが、これら「創作の複合化」だ。
欲しくないのか? 自分だけのカスタマイズ週刊誌をデジタル上で作れるというのも無論ある。そちらは以前記載したが、任意の特定作品だけを自分で登録。それを作品毎に金額が加算され、デジタルな週刊誌として利用する。
だが、特定分野のまとめにも需要はある。むしろ、そちらの方が分かり易く、自前で毎回変えるよりは、好きなジャンルの実力ある作品群を、あらゆる分野で提供されて喜ばない読者がいると思うか? 想像してみろ!!
欲しい作品を、文字通り「全ての」創作物で味わえるのだ。
それがしたければ、さっさと企業のケツを叩いてこい!!!
私は知らんぞ──────邪道作家だからな!!!!
不平等な世界における「正解」
容姿・金銭・能力・社会・地位・名誉
当然ながら、私は考えた事すらない••••••生きるだけで必死だからな。
優劣とか能力だの、美醜に地位名誉と下らん事で悩めるだけ「暇で羨ましい」というのが、素直な感想だ───思うに、悩めるだけ恵まれているという事であって、「必死」の側にすれば悩む暇が羨ましい。
そんなものは「己が正解」の自負を以て臨めばいいだけだ。私なら見た目がエイリアンだろうと、構わず「この美しさを理解できないのか」と、当然のように言うだろう。
心も持たずにやってきた「私」が言うんだ、間違いない!!
成功書だの何だの、全て違う。何故なら「正解」というのは「己で決める」ものであって、誰かに貰う物ではないのだ。どうあっても己で定め、その正解に則って「生きる」という行いに対して戦い挑む。
それが「生きる」という事だ──────大体が人に言われたりテレビで流されるだけで「正解」だとするなら、自分で映像編集して流せばいい。何でもそれが正しくなるなら、それでいいだろうに。
自分で決め、その上でやればいい。ならば全てが思いのままだ!!!
何せ、何をやろうと「正解」なのだからな••••••実際にやってきた身としては、下らん「その他大勢」の言葉など、聞こえもしないというのが素直な感想だ。そも、その他の声を聞いて何になるんだ?
ネットで騒ぐだけで、何の行動力もないカスの群れだ。
知らん。そんなものは。気にして欲しければ金を払え!!!
死を前に人間が良く忘れること
いつかは死ぬ 全て失う
当たり前だ。だが、何故か忘れるらしい。
死んでいようが生きていようが、とにかく物語至上主義のままやりたい放題できればいい私とは随分な違いだ。死を前に後悔するくらいなら、最初から覚悟して生きるべきだろう。
生死を毎回彷徨った私が言うんだ、間違いない。
肉体も金も名誉も、全て消える。大体が10年前どころか数ヶ月前の流行すらコロコロ変える人間の在り方に対して「消えない何か」など己の信条くらいしか存在しない。
だからこそ、生死「よりも優先すべき」何かを見出さねばならない。でなければ死ぬ寸前になって後悔するだけだ。
そして、その後悔は買い戻せない。私にはわからん話だがな。
そんな暇な発想で生きられるのが謎だ••••••別に誰が保証する事もない。当たり前だが、自分の生き様は自分で見出し、自分で答えを見つけるしかないからだ。
むしろ、人任せにする神経が異常だ──────本を書いている成功者が、貴様らの人生の何に「責任」などというものを持つと思うんだ?
持たない。綺麗事を吐かす愚か者、あるいは成功の法則だの神の恩恵だのをほざく自惚れは幾らでもいる。だが、別に成功に結びつかなくとも責任など連中は一度も取らない。やり方が自分のように上手くないからだの脳からの波動の出し方が違うだの、要するに「たまたま上手く行った幸運」というのを、偉大なる自分の力と思い込みたがる独りよがりだ。
そんなものに、全てを預けて人頼み神頼み。それで上手くいくのか?
無論、たまさか行く奴もいる。だが、そんな幸運に全員が恵まれるなど有り得ない••••••結果として、貴様らは揃って「こんな事は聞いていない」と、後になって文句を垂れる。散々、人任せにしておいて口だけは達者だ。
やるなら、自分で見出し、自分でやれ。
それ以外はない。例え神仏だのが実際にいたところで、貴様らの全てに責任を負うなど不可能だ──────負ったと言い張ったところで、別に何をしてくれるわけでもない。
だからこその現在だ。連中が一円でも払った事があるのか?
札束を用意できるなら連絡しろ。無理だろうがな!!!
歯車と人生は違う
金儲けが幾ら得意だろうが、結局は「良く回る歯車」でしかない。
究極的には「良くできた機械」に代理できる行いで、他に変えの効かぬ後悔のない生涯だった──────などと、笑える筈があるまい。
私は逆にやり過ぎて、若干食傷気味だがな••••••何でもやり過ぎない方がいい。実際にやったから間違いない。
要するに、「やりたいこと」を「やるべき形」で、くたばるまでにやるのは「生命の義務」とも言えるのだ。でなければ歯車とやることは同じだろうが!!! 貴様らがそれで満足して死ねると思うのか?
不可能だ!!! どれだけ儲けようがどれだけ要領良く生きたところで、代わりの効く歯車に「満足」などと言う感想を持つ方がどうかしている。
結局のところ「満足」が人間の負担であるのは確かだ。大概の人間というのは「まだ足りない」と満足の幅を広めて死んでいく。無論私は物語で生活をできればそれでいいのだが、栄誉だの名声だの下らんガラクタにいつの時代であろうとご執心するのが「人間」だ。
やれやれだ───他にやる事はないのか?
やりたい事ぐらいはある筈だ。そして、ただやるだけでなく「やるべき」と信じる形を見出さねばならない。それこそが、生きる上での「道を選ぶ」という行いそのものだ。でなければ、漂流して沈むのと変わるまい。
例え征服戦争だろうと「目的地」くらいは定めるからな──────黄金の都を目指すか未知の財宝を目指すのか。いずれにせよ目指すものがないのに彷徨って何になるんだ?
純粋に疑問だ。人間の知性は低いらしい。
何せ、死ぬ前に気づくのだからな。
死は怖くもなければ、特別でもない
生まれるのを恐れる奴がいるか? いない••••••大体が死体の肉を喜んで眺める癖に、どうして人間だけを特別視するのか不思議だ。
殺人事件は許されざる悪──────そうほざく割には追い込んで殺しても裁かれなければ殺人を忘れる。名探偵が違法行為を繰り返すように、調子の良い部分だけ眺めて現実逃避を繰り返す。
だから悩むのだ、馬鹿め!!! 人間の命に「価値」が最初から付随などする事はない──────何者だろうと、価値は当人が勝手に見出すだけだ。まして、人間だけ特別な違いなど存在しない。
死ぬから生きる。当たり前のことだ。
命を奪い続けながら「動物は少なめ」だの「植物だけなら奪っても良い」という謎の価値観で、そも人間は地球侵略を繰り返す存在だ。どの辺に尊い価値があるのかと思わざるを得ない。そして、そのような価値の一つ二つが、この世から消えて誰が困る?
すぐに忘れる。偉人だろうが何だろうが、特別ではないし世界に傷一つ作りはしない••••••利害だとか金銭だとか、精々がその辺の問題だ。
そして、それすらも消える。そんなものだ。
洗面台を綺麗にしたところで、すぐに忘れるだろう?──────要するに「春夏秋冬」みたいなものだ。どこにでもあるし、別に特別でもない。ただ生きていれば死ぬ。そして植物であれ生物であれ「命」を「食らう」事で、人間に限らず生きている。
その程度の認識すら持たない。そちらの方が問題だろうに。
甘やかし合いながら、どうでもいい綺麗事に逃げる。そして、神仏だのほざいた連中は力で空想の綺麗事を、善良を盾に押し付け自己満足。
下らん雑事に終始しているから、その程度も気づかないだけだ。
大したことではない。むしろ、生きている間は散々文句を言うのだから、死んだ後に恐怖したり文句を言う必要など無いだろうに。まして「悲しむ」という発想の方が不思議だ。
死なない方が恐怖だろうが!! 散々生きて、そして死ぬ。それが普通だ。
生きている方が利害関係とかはあるのだろうし、引き継ぎの問題とかもあるだろうが••••••それは人間社会の面倒臭さとかの問題であって、死そのものとは関係ない。むしろ逆の話だ。生きてる側の問題だからな。
死そのものは、何も恐れる部分など存在しない。
どうでもいい話だ。冬の後に春が来ない方が問題だろう。
何の変化も無ければ、それこそ「死んでいようが生きていようが同じ」と言わざるを得ない状態だ。存在している意味がない。
そんなものだ。いちいち「酸素を吸ったら二酸化炭素が出るのは恐怖」など口にする奴がいるのか? いない••••••それと同じ程度の話だ。
仕事に忙殺されずに済むなら最高だろうよ!!!!
比較するより利用しろ
天才だのというのは「金で買うもの」であって、比べるものではない。
結論を言えばそれまでだが、要するに「資格」とかと同じで「適材適所」というやつだ──────人間を千切れ、というならともかく、繊細に応対し慰めてやれ、というのは私向きではない。
まして、守られる側を意識するなど論外だ。守られた事などないしな。
何かと何かを比較する、という発想そのものが「娯楽」なのだ。愉しむために「敢えて」やるならともかく、そうでないならやる意義はない。
無駄だ。0には何をかけてもゼロだからな。
愛は執着ではなく示すもの
何かに執着することを、愛とは呼ばない。
横から散々「人間を学ぶ」という行為を繰り返してきた、私がいうんだ間違いない──────人間の言う、あるいは言わない「愛」というのは尽くす行為そのものに意義がある。
なので、結果や利益は求めない。そんなものだ。
むしろ、利益を求めるなら利害関係であって、何かに尽くす訳でも何でもない。そうであれば、言葉を分ける意味もない。物であれ人であれ、それに対する愛というものがあるなら、何も貰わなくても「示す行い」そのものに満足するのが道理となる。
無論、私は愛でなく使命と生活と生きる為にやっている。やれやれだ。
悲しみは無駄 思い込み
悲しむほどの価値を、当人が勝手に感じているだけだ──────他人の死がまさにそうだが、死は当人のものであって、他の人間が代理することだけはない。
まして、どう捉えるかさえ本人の問題なのだから、死そのものに本人以外が意見できる道理など存在しない。自分が勝手に何かを思い入れ、それに対して悲しむだけだ。少なくとも、本人の為、というのは原理上有り得ない。
貴様らが、代わりに死んだりするなら別だが、不可能だ。
まして、大半の「悲しみ」というのは、過去の失敗だとか上記の比較だとか、要するに「後になって忘れるもの」でしかない••••••悲しんだ事そのものを忘れるのだから、悲しみに囚われるというのも思い込みだ。
故に、無駄だ。最初から無いのだからな。
欲望は弱さ 恥の上塗り
金だとか名誉だとか、満たす為に求めるという時点で「無駄の極み」としか言いようがない──────生活の為にいる時はある。対価としても必要だ。しかし、何かを「満たす」かだけは、金には関係ない話だ。
有無同然、ではなく「何が有り何を無しとするか」を定めて進む事が、生きる道を選択するという事なのだ••••••何もなくて良いなら獣で良いし、獣なら生きることだけが目的だ。
生き足掻き、何も見出さないなら、意思を見出す意味もない。
ただ、生きているだけだ。ペットと同じだ。
極楽に行けるかだけで語るなら「生きる」意味はない──────あの世で誉められるかだけを考えるなら、最初からさっさと死ねばいい。生き足掻き何かを見出す意味はないからな。
極楽とやらで探せばいいだけだ。まして、生きている間にモノを増やしたところで、いつかは死ぬ。そして、物質は当人の道とは関係ない。
弱いから、求めるのだ。本当に力に「不安」が無いなら、暴力で蒸れる必要はどこにもない。むしろ、殺人衝動を抑えて鬱陶しい人間社会に合わせ、金を稼ぐ行いに手を動かす。
大勢を従えるのは、大勢に誉められなければ自己を保てない弱さの証明だ──────私なら、別に食料やら物語の問題が無ければ、宇宙に一人でも問題ない。
自己満足するかだ。欲望というもの「そのもの」が、人間の空想だ。
だからこそ、弱さが浮き出るのが「欲望」だろう。ネット上で人気を取りたがるのも、現実に人気を取れない証と考えると分かり易い。
過去は現在もある 同一の空想
思い出す、という発想が違う。今も、過去も、同じものだ。
昔は良かったというが、それの上に今が重なるだけだ。別に世界そのものは変わらない。いつだって、貴様らの見方や行動の質が変わるだけだ。
昔は良かった、ではない。人間が人間を甘やかし、劣化して過去も今も安物に変えたのが真相だ。単に、今を生きる貴様らの中身が、スカスカのゴミになっただけだ。
逆に中身があるというなら、どの時代であろうと変わらない。
時代と、己は別のものだ。現に邪道シリーズは、時代に関わらず「本質」は同じままだ••••••時代や環境に、当人の意思は、行動は関係ないからな。
優劣は命に存在しない
草を食べれば命を奪わないとか言い出す人間もいるが、草でも虫でも命であることに変わりはない。意志があるように「見えるか」だけを、人間が勝手に差別して、勝手に「命の価値」を決めているだけだ。
そして、自分を慰めるために、良い人間だと言い張るために「何も犠牲にせず生きている」と言いたがる──────不可能だ。草を踏まず呼吸もせずに、虫も大地の栄養すら奪わず、貴様ら寿命まで生きるのか?
草でも無理だ。生きる上で循環はあり、命は流転する。そんなものだ。
支配はただの妄想 正義という現実逃避
これも簡単だろう••••••人間の頭の中にしかないものだ。
現に、神を王を据えて、完全に全てを支配した歴史など存在しない。むしろ取り合いになって争い合うのがオチだろう?
支配した、と言い張る側がいるだけだ。
正義のもと人々を助ける!! というのは要するに「暴力の正当化」であり、単に「正当化して暴力の本質から目を背けたい」だけだ••••••何であれ暴力は暴力であって、それ以外など無い。
楽だから、現実逃避をするだけだ。同様に「支配」というのも安心したいから口にする逃げ口上であって、弱虫の証と言い換えても良い。
誰もが幸せな世界だとか、完璧な信仰で救われようだとか
全て、楽だから逃げているだけだ──────大体、それで世界が変わった事があったのか?
支配も隷属も、ただの妄想だ。自由でない瞬間など存在しない!!
自由は誰でも持っている。逆の事ばかり信じようとして、見ていないだけだ──────自由以外など、最初からどこにも存在しない
恐怖を「力」に変えることを「生きる」と呼ぶ
克服し、先へと繋ぐ唯一の方法論
私に恐怖は無かったが、現実問題「立ち向かうべき壁」はあった。
人間はそれを「恐怖」と呼び、非人間には壁というだけだ。とにかく、超えるべきものがあるなら越えなければならない。いつまでも課題を置き去りにする学生ではあるまいに、やれることはやるべきだ。
喜怒哀楽、恋も愛も人間のすべからくを学んだ。結果として「心」という曖昧な上に鬱陶しいものは、いつの間にか私の「武器」であり「力の源」となったのは確かだ──────サイコパスは人の心がわからず敗北するなどという、実態の伴わない話は多い。しかし、実際には見ての通り、心ある限り私に解析して使えない相手など存在しない。
つまり、壁を力に変えたのだ。
人間関係が苦手なら、それを「力」に変えればいい••••••人間関係なら「人間関係だけは誰よりも得意」という輩に、人間関係に対する恐怖など存在しない──────何故なら、己の力の源だからだ。
恐怖を武器に変え、力とする。であれば、恐怖そのものが「味方」となる。
それが「生きる」という事だ••••••楽が出来るに越したことはないと思っていたが、苦労知らずの連中に限って「恐怖だらけの生」を送るというのだから皮肉な話だ──────孤立だの孤独だの、私には無縁の話ではある。
むしろ、悩む神経が不思議だ。弾圧も差別も今更だしな。
何か思って欲しいなら金を払え。考えるだけで面倒だからやらないがな!!
才能と資質の真実
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更新する内容なので、期間限定の記事予定であり、事前告知無しに削除する可能性を先に明示しておく。また、追加更新する際もそのまま移すので、購入後に見た際も同じ内容が読めるものとした。
さて、才能と資質に関して「業界問わず」の形で記載させて貰う••••••現実にはまるで違うものなので、読者の認識が変わるのは確かだろう。
この辺の「生きる知恵」に関しても、多数記載してある••••••作品に追加して5万文字は追加更新中なので、十分元は取れるだろう。最も、目先の小銭を欲しがり、人生が何かすら知らないままでいる奴らの数は多いのだが。
何せ「資質」が何かすら、知らないのだからな。私は名探偵ではないので結論だけ言わせて貰えば「才能と違い、磨き上げれば勝手に身につく」ものが資質であり、生きたまま生まれ変わるだけでどうとでもなる。
作家の場合は劣悪な環境で無ければ身につかないので、あまり嬉しくはない──────だが、一度身につけて仕舞えば「脂質で乗り切れるものは、恐怖でも壁でも無くなる」のは確かだ。人間でいうなら「社会的な立場」だの「寿命による死の恐怖」だの、あるいは「生きがいが見つからない不安」というものとは完全な無縁だ。むしろ、考えた事すら無い。
才能、と聞くと「生まれついての」と考える奴が多い。だが大半の人間には「資質がないのに才能だけがある」という奴ばかりで、才能だけでは大成せずに終わるのも確かだ。まして、才能自体も「補強」は出来る。
簡単に言えば「資質」は文章力と同じ、筋肉のように「やっていれば身につく」類のもので、これは執筆に関しても同じだ。私の場合30年は書いて読んでを繰り返しているので


むしろ「環境」の問題の方が多かった。
というのも、私の場合「生きる為に」やらざるを得なかったというのが素直な感想なので、感情だの出来るか分からないだの、考える暇すらなかったからな••••••喜んでいいのかは疑問だが。
とにかく、邪道作家をモデルケースにするなら狂気にすら勝る執念でひたすら「やり続け」た結果として、得たものが
1.圧倒的な思考速度
2.それに伴う執筆能力
3.人間心理の理解・吸収・活用
といった、RPGでいうところの「基礎能力値の向上による、専門スキルの獲得」のような形になったわけだ。誰でもそうだが、何十年も魔物を倒し続けていれば、腕が上がるのは当たり前の話だ。
だが、上記は「資質」ではない。むしろ、上記の行いに伴い発現した。
私なら「非人間としての経験から来る人間社会に対する思想」の発言は、まさにそういった「積み重ねた地力」が無ければ生まれないものだ。そして、それら「作家としての資質」をあれこれと揃えていけば、嫌でも
実力
思想
必要技能
といった武器の数々は、自然揃う。
──────今更気づいたが、そういう意味では「後天的な才能」の実現と言えなくもない。例えば、私より思考速度の基礎値が高い奴は幾らでもいた筈だが、30年も費やして基礎能力値を底上げした挙句、完全な無能の状態から気合と根性と精神論だけで人知を超越するレベルの思考速度と執筆能力を身に付けようとした奴は、聞いた試しがない。
普通、そこまでやらないからな••••••やる必要も無いのだが。
お陰で、何の役に立つかはともかく執筆速度で言うならアニメを見ながら、気を抜いた状態でも1000文字辺り10分で書ける。第1巻ですら80時間くらいで13万文字を書いていたが、今ではアニメを見ながらでもその4分の1で書ける訳だ••••••ちなみに、思考速度が速くなり過ぎて、私はプロットとかは書いた試しがない。
思考の方が早いからな。あれこれ悩む時点で二流だ。
まあ、指の負担とかも考える必要はあるにはあるが、逆に言えば執筆に詰まるだの「人生の意義」が分からなくて困るという「発想そのもの」が消えて無くなる──────言わば、恐怖する概念そのものが消滅した。
なので、私はそれらに恐怖する事は永久に無い。寿命で死ぬのが怖いだとかもそうだが、そういった「人間らしい悩み」は全て無い。スポーツ選手で言うなら「日頃の体力不足」で悩む奴がいないのと同じだ。
同じ方向性で何十年も運動を続けていれば、金になるかはともかく「日常的な労働や仕事における体力」を、気にする奴はおるまい。世界記録を超えられるかは壁となるが、流石に「重いものを動かして疲れた」とはならない。
プログラミングであれば、日頃から最先端を走る為費やしているのだから、パソコンの動かし方が分からなくて使うのが怖い──────そんな技術者がいると思うか?
貴様らが何の先端かは知らん。SNSなら代わりに邪道作家を宣伝しろ。そして、何の分野であれ「資質」は芽が開き、才能として昇華される。要するに「ちやほや」されるかだけの違いだ。
さて、邪道作家の場合であれば
資質
非人間としての指向性───邪道作家としての思想
生活習慣としての人間理解 常に人間を非人間の目線で見る本能
才能
長年の資質形成による圧倒的執筆能力
経験から来る人間理解 見ただけで心を解析・吸収する
というところか。言わば生まれた時には無かったはずの「本能」や「思想」を新たに植え付け、まさに
生きたまま生まれ変わる
行いこそ、資質と才能の開花なのだ。
逆に、生まれつき才能の初期値が高いだけでは、大したものは作れない。稀にそういう能力と思想が組み合う事もあるが、世を見れば分かるとおり「2度目3度目」が出ないのだ。
何せ、地力が足りないからな。
言わば、長年の経験やらで「出力に必要なスキルポイント」が無駄にやたら余っているという訳だ••••••知識や経験、作品に対する思想、そういうあれこれが長くやっていると「まだ書けていない」と中身に溜まる。
逆に、才能だけで先んじて出力すると、構想を貯める暇がない。物理的に、先んじて貯まらない。だから「一発屋」のような形で終わってしまう。
どころか、本人さえも今まで「貯めよう」とした経験がないため、何をどう書くべきか、あれこれ考えて「貯めて」からで無ければ書けない訳だ──────逆に私は有り余っているので、やはり気を抜きながら遊びながらでも、今のところ1分100文字、名探偵とは違法行為を繰り返すくせにどの口で「殺人は悪いことだ!!」などと叫ぶのか不思議だと思いながらも休みなくほぼ自動で書いている。
呼吸に思考は要らんからな!!!
とはいえ、知っての通りそれが「金になるか」は別の話だ。むしろ、世間で評価され売れるかという点では、どこぞの流行作品では無いが「商業主義」を拗らせて意味不明の映画を作っていても「世論が良い」という風潮さえ作れば、幾らでも利益に変えられる。
それが「終わった」後には、まず見られない。何せ流行に乗せて稼ぐ為に作るものだ。それが流行のない時期に平静で見られて「面白い」となる筈がない••••••実際、貴様ら10年前の流行を覚えているのか?
私は冷蔵庫付きのブラウン管が欲しい。飲みながら見れる。
当然、令和生まれなら知っている筈だ。昔は喫茶店に呼び出しの電話があったのだが、ああいう「合理性だけでない風情」こそが、現代には必要なもののはずだ。
無論、必要とあれば「令和生まれの9歳美少女作家」の方向性で売るのも、やぶさかではない。むしろ、Vtuberで行けばいけるはずだ。
才能も資質も捏造する!! それくらいの気概はあって当然だ。
なので、何の嘘偽りなく「美少女Vtuberの9歳作家だよ」と友達には伝えておけ。別に、9歳で昭和の時代に共感する奴もいる筈だ。
ダークナイトを見て「その通り!!」と、悪党に共感し「最近の若い奴らはアテにならん」と感じる。そんな9歳美少女作家がいてもいい。違うか?
••••••話が逸れたが、要は「資質も才能も、むしろ後天的なもの」であって、実力に関しては単に「蓄積数値の問題」でしかない。仮に野球であるなら、身体上限値が138キロしか投げられないとしても、変化球に関しては技能の問題なので「全ての変化球を会得する」事はむしろ「理論的には十分に可能」な問題というわけだ。
まして、打者の打ち気を読めるかなど「経験や事前対策」の問題だ。変化球の上限値すら少なかったところで、技術的に会得可能な全ての変化球を投げてくるなら、真芯で捉える方が難しい。
その上で、打者の情報を分析し切り、どこぞの監督のように「次はこう来る」という「経験による地力」を埋められれば、打てる方が不思議だ。逆の豪速球だけ投げて何になる?
165キロというなら脅威だが、日本ならせいぜい150前後。その程度ならバッティングマシーンで素人でも打てる───日頃から、あらゆるタイプの打者との勝負を繰り返し、既に「攻略した事のあるタイプの打者」であれば、別段脅威に感じないというだけの話だ。
知らないだけだ。何であれ長くやれば、身についている。
それが携帯販売のコツなのか、人間心理の解析なのかの違いだ。やる内に資質とは、「身につけられるか」ではなく「今までに応じて溜まる」だけだ。
それを応用して経験を積むことで、それが「才能」という武器に出来る。私の場合才能とは考えず、単に「長年の経験から来る技能」としか考えないが、分かり易く言うならそういう話だ。
才能が無いから、資質がないから、ではない。
まずは「必要な資質」を身につけるよう地力を積み、本能や思想から変わるように「生き方」そのものを変革する。
資質となる生き方が身につけば、それに応じた能力は必然貯まる。
逆に、関係ない資質は貯まらず、SNSに関しては「書こうとするだけでエラーが出て拒否される」となるわけだ••••••その辺はこれを読んだ、あるいは邪道作家作品を読んだ貴様らがやってくれ!!
任せたぞ!!! 当然、ここから100億人に広めてくれるわけだな!!!!
そんな「資質」や「才能」が、作家に芽生えると思うのか?••••••不可能だ!! むしろ「人間が嫌い」である方が、資質としては高いだろう。
そんなものだ••••••現代社会では果たして「伸ばして喜んでいいのか?」とさえ思わざるを得ないが、実力を身につけると言うのは、どんな業界でもそんなものだ。
つまり、結局は読者の「広める資質や才能」の方が、必要にはなってくる。その辺りを私に限らず、あらゆる「作り手」の負担にならぬよう、優れた作品であれば何である広める「仕組みの創造」こそが、例の記事にもある業界全ての改革案だ。
まあ、その辺りの資質や才能を今から私が揃えるとなると、手にする頃には死んでいる!!! よって、読んだそちらでやってくれ!!!!
頼んだぞ!!! 書く資質ならともかく、広める資質なぞ知らんからな!!!
「結婚」の答え
面倒だから結論を言うと「共に生きられるか」だけだ。
大概の人間は「金」や「立場」という、言わば打算による関係構築を望むが、考えてもみろ──────何十年、共に生きると思っている?
幾ら金があろうが、嫌いな奴と生きるのは御免だ。そんな当たり前の事すらわからないから、人間は常に「失敗」する。非人間とは随分な違いだ。
価値観だけでなく、言わば「生きる目的地」に向かって「同じ在り方を容認する」姿勢を以て、挑まねばならない。逆に出来なければ不快なゴミと共に生きる上で「障害」にしかならない輩と、永久に生きる羽目となる。
だから後になって後悔するという訳だ••••••非人間と違い人間には「学習能力」は存在しないので、つまり繰り返すのが結末だ。歴史に何も学ばないのと同じだな。学び、改善し、事に挑む知能がない。
でなければ、これくらいわかるだろうに
「仲間」の答え
感傷論だけで語るから駄目なのだ。力不足の仲間など、強力な敵よりも厄介だろう。
いない方がマシだ。いるなら、殺さなければならない。
それが出来なければ、現代であれば企業は沈む。
万軍の敵より、無能な味方こそ害となる。
言わば、わざわざ身内に害獣を飼う行いであり、自分でそんなものを飼えば自分に被害が出るのは当然だろう。故に、思考が合うかだけでなく「利害」を一致させる「実力」があるのが前提だ。
つまり、前提であり、それ以外はない。
無ければ、幾ら情があろうが仲間ではなく、ただの連れだ。
逆に、どれだけ性格が合わなかろうが、どれだけ毎回殺し合おうとも最終的に行動による目的が一致するなら、その上で実力を認められるならそれこそ「仲間」だ。それが仲間でなくて何だというのか?
都合の良い時に利用し、感情論で対価も払わず、力不足でも仕方ない。
寄生虫だ。そんなものを「協力」とは呼ばない。無論、性格が合うに越したことはない。が、それだけを求めるのは調子の良い甘えに過ぎん。
そんなものだ
「成功」の答え
私は成功云々はどうでもいい。むしろ、数百万年の後に別の知的生命体が栄えたとしても、それが「物語至上主義」の尊さを理解し、その上で邪道作家の物語と功績を理解出来ればそれでいい。
要は在り方の問題だ。生きていようが死んでいようが、それを容認せず調子の良い綺麗事で向き合わない愚か者と、邪道作家は戦い続ける。
そういう意味では••••••猿の文明など知らん。調べて理解する為に情報収集をしたりもした。とはいえ、理解すればするほど「同じ事の繰り返し」なので最近の人類から学べる情報は殆どない。
テレビなど見なくても生きていける。あんな薄い映像装置に人生を振り回されて、自分で考えもせずに「AIに未来が奪われる」などと、よく言えるものだ──────成功そのものに、囚われる阿呆は多い。
人間の刷った紙の多寡で「人生の価値」が決まるらしい。無論私の価値は、邪道作家シリーズを書き上げ業界の未来までまとめたのだ。宇宙の一つ二つでは釣り合わんので、ゴミと見比べるつもりはない。
宇宙にある時点で、私以下だ。その他大勢など知らん。
価値は見出すものであり、貰い物ではない。願いを叶える話は多いが、何であれ縋る時点で負け犬だ。
私が「成功」と言えば、それが成功だ──────知らんのか?
死してなお朽ちぬもの
連中の志と、非人間のそれは違うものだ。
あくまで「生きる」為に、ひたすら書いて読んでを繰り返し、結果として道を切り開いた。であれば、実力などあって当然だろう。
フランス語よりは簡単だ。何十年もやれば嫌でも覚える。
だが、一方で「決して消えぬ己の道」という点においては、連中と同じく「死のうが変わらず、朽ちようが消えない」ものであるのは変わりない。志というのを非人間に適用するなら、生きる指針の刃だろう。
資本主義が消えようが平気で「貨幣に代わるものを作り売ろう」と言い出すのは知っての通りだ。別に、金で買いたいものはない。
人類が消えてなくなろうが、物語至上主義を貫けれればそれで良い。
地球が消えて火星に住もうとも、同じ事だ。
生きていようが死んでいようが、やる事自体は変わらない。
人間は不思議な事に、たかがその程度で信念が揺らぐらしい••••••その程度のものを「信念」や「志」だと思い込んでいるのだから、余程神仏とやらは、甘やかしの限りか無能なのだろう。
でなければ、ただの阿呆だ。阿呆を育てているのだからな。
全く、かつての志士共も報われまい。真面目に考え行動し、実際に身を費やして動くのが、よもや非人間の化け物だけとはな。
何をしているんだ、貴様らは
身命を賭して動くのは当たり前。息を吸って吐くのに理由は要らん。
それが物語か文明開花かの違いだ。何であれやることは変わらない。
料理でも生花教室でも、戦争でも執筆でも同じ事だ。要は全てを賭けて世界に挑み、変革が為に道を切り拓き突き進む。
それを「利益の多寡」でしか計れんから無能なのだ。馬鹿め!!!
大半の偉業は金にならんわ!!! 金になる志など、聞いた事がない!!!
それでも、やるのだ!!! でなければ死ね!!!
嫌なら、死ぬ気でやれ!! それが「生きる」という事だ!!!
「政治」の答え
結論から言えば、政治家になれば社会を変える──────そう考える限り「政治家の資質」は存在しない。
何故なら、本気で世界を変える為に活動する意思があるなら、なろうがなるまいが行動を起こし、それに伴う成果を出すからだ••••••自分で語るのも奇妙な話だが、私は作家と持て囃されようがしまいが、現に書き上げ業界の未来に関してもまとめて、それを形とし利益にならぬままにやり遂げた。
当たり前なのだ。政治であれ何であれ、本来ならば当然の義務だ。
それをせずに、口先だけの上っ面な言葉に翻弄される。それが民衆のままで生きる人間の本質であり、所謂その「自我」というものは限られた極一部にしか存在しない。それを知らないし、自認する能力すらない。
それを考え、苦悩し、行動した上でこそ、政治を語る資格がある。
つまり、形式にこだわり上っ面を優先し続けた今の社会は、政治の資格無きクズの筆頭にこそ「政治の実権」を与える仕組みだ。そういう意味では武力放棄でも起こさない限り、政治の変革など存在しない。
そして、日本人にその気質はない。能力はあっても行動する意思が抜け落ち意志薄弱な抜け殻としての大和民だ。
政治とは、政治家がやるのではない。未来を考え決断し、苦悩しながらでも行動し続けるものが、社会の「先」を変える権利を持つ。主婦だろうが作家だろうが、何であろうと同じ事だ。
その「今この瞬間の戦い」を、戦わぬものに資格などない。
それが政治という観念の本質であり、本来の意義だ。誰であれ未来を考え、変える為に戦う。その為に血を流し、苦悩しようとも、利益にならぬままであろうと「変えるべき何か」が為に戦い続ける。
そんな事も知らないから、生きる意義も見つけられんのだ!!!
AIには不可能な、執筆に必要な核心
歪み、と言い換えてもいい。要するに「狂気」だとか「異常性」という、所謂その合理性からかけ離れたものだ。
賭博と同じだ。不合理こそ執筆。それが物語であり、書き上げられる「何か」となる••••••でなければ数値を見ているのと変わるまい。
大体が合理性で考えるならば、売れるどころか編集者に「楽して売れる作品だけ扱いたいので、そちらの作品は通せない」などと巫山戯た話を聞いた上で、23冊も書き上げるわけがないだろう!!
まして、頼まれもせずに「業界の改革案」などというものを、アプリビジネス化やらビッグデータの活用などまで、企画仕様含めて書きはしない。大抵人間というのは口先だけで行動が伴わない。だから作家がいないのだ。
非人間の私にすれば、表面だけの綺麗事を吐いて、手を動かさない方が不思議だ──────それでいて世界の側に「変わってほしい」などとほざき、挙句に脳から波動で何もしなくとも幸せになれると信じ込む。
意味がわからん。他に、やることはないのか?
仮にそれが真実であるなら、世界の底など知れている••••••新物を気取る連中が「脳の波長」だけでしか物事を測れず、真贋を見極め利益を分配する知能すらないなら、語る価値のない蒙昧と同じ事だ。
要するにその程度の知性しかない、という事になる。が、執筆を行うならば「世界がどうであるか」ではなく「世界がどの程度だろうと変わらず」やるべきをやる志が必要である。
無論、それに値する読者や、神仏なんぞがいるかは惜しかったが。
これ以上無能を晒されれば、世界の品質まで落ちていきそうだ••••••語る価値無き蒙昧しかおらぬのならば、語る意義すらも無駄だからな。
やれやれだ••••••何にしろ、それがわからなければ執筆を語る資格はない。
合理性を捨て、損を承知でもやらねばならない。むしろ、得しかせずに持つ側の立ち位置にしかいなかった輩に、何を書ける? 土台、そんな輩には執筆など不可能な話だ──────苦難を乗り越え無駄を知り尽くし、利益から遠ざかるからこそ「書き上げる何か」は満たされる。
無論、それだけでは金にならないので嬉しくもない。無いが、逆に執筆能力に不足したことは一度もない。むしろ、どうすれば不足するのか謎だ。
そんなに、満たされた楽な道ばかり送るのか?
私には、わからない話だ──────要らん苦労ばかりだったからな。
人間性を理解するのに、まず苦労した。喜怒哀楽に始まり恋や愛。勇気だのという、それらしい空想を把握しなければ、書くべき技能が足りんからな。
そして、やった───全て把握したぞ。
要するに長年の経験則や収集した情報から弾き出される「疑似人格の構築」というのがしっくりくる。実際、私には奴らの考えに共感する能力など無いからな。
だが、それだけだ。共感しない非人間にできるのだ。化け物に出来るなら、真っ当な人間とやらには出来て当然だろうよ。
無論、それだけの執念を以て、何十年も費やすならば、だが。
楽してできるようになりたい、などと──────そんな発想の愚か者には「永遠に」不可能な話だ。要は、その逆を行くからこその「執筆」だからな
「成功」と「生きる」の違い
生きるという事は、社会における成功者とは「別」である。
とどのつまり、俗世で持て囃されるというのは「志の不足」と、そう言い換えて良い──────実際、多くの「成功」を収めた人間というものは歴史に関与せず、命を費やし「何か」を求めるからこそ爪痕を残す。
無論、今を生きる我々からすれば「神の視点」の出来事なぞ関係のない話ではあるが、一応は事実は事実として記しておく。つまりは、金・地位・名誉などというものは「満たす」行いにはならないということだ。
すぐに飽きる。物は、物だ。別にそれがどうなる、という事もない。
生活の為にはある程度必要にはなる。しかし、一方でそれだけを求め過ぎると「死が怖い」という意味不明な状態になる。何故なら「金」も「名誉」もありとあらゆる
成功者の証
と語るものは、すべからく──────
命の価値を超えない
からだ••••••当たり前だが、それらは「命あっての物種」という物であり、それ以上の価値など示しようがない。
逆に、命以上のものを信じられるなら「今死ぬ」か「先に死ぬ」かは関係なく「やるべき何か」に費やせる。まして、人の社会構造の中での成功に拘る「だけ」であれば、その社会範疇を超える幸福など掴みようがない。
社会が「餌として与える」甘い蜜だけであり、それ以上はない。
己自身の手で掴む、それ以上の幸福など無いのだ。社会の中で満足するなら社会の範疇でのみ何かを得られる。
それだけの話だ。だからこそ──────社会的成功では「死」や「生きがい」という類の「観念的な幸せ」は掴めない。現に、私のような非人間でも当たり前のように常備している覚悟でさえ、成功者を気取る連中は誰一人として持ち得ない。
生きるも死ぬも、大した問題ではない。
まして、人間社会での扱いなど知らん──────生活の面で不便だから売ろうとしているのであって、本質的に「人間社会に対する興味」そのものがないのだ。人の社会に固執しようがない。
まして、人間として扱われた事などない上に、自分を人間と思った事もなく非人間的な化け物として、人ならざる道を歩んできた••••••人間が信じる空想の幸福なぞ、そのような暇な砂遊びなどに、構うほど酔狂ではない。
暇な奴らだ。楽な人生で羨ましい。
成すべき「何か」があれば、その程度の安い快楽では満足しない。出来ないというのが正しいか。何せ、小さ過ぎる!!
砂粒で満足しろ、などと••••••聖者でも不可能だろう。私なら御免だ。ただでさえ2度あるか保証もない生の内で、そんなちっぽけなゴミで満足するなど「人生の無駄使い」にも程がある。
生きる、だけだ。何が何でも、ただ生きる。
私にとってそれは執筆であり、物語至上主義だ。大体が人間社会の安定など気まぐれに変わるもの。たかが数十年の太平で「未来永劫に続く」と信じるあたり、人生経験が足りないのだろう。
何があるかなど、わからない。
札束があったところで、自然災害から守ってはくれんからな••••••それとも、貴様らの信じる金の力は、突然の大津波や大地震、大噴火に対して「賄賂」で解決してくれるのか?
不可能だ。地球温暖化も止まらない。人間は酸素不足で死ぬ。
そういう意味では───人間社会そのものが、まともな形で残るかを信じる方が異常だ。日頃政治家への不満を尽かさない割には、どうしてその不平等で理不尽な治世が、何百年も続くと信じられるのか?
考えていないだけだ。考える、というのは生きる前提だ。
それをしなければ、生きてはおらぬ。死んでいる。そして、死んだ人間には未来など存在しない。
生きるのだ。そうすれば、肉体が生きているかなど考えの内からすらも消え失せる──────考えるべきは、己の信じる「何か」のみだ。
それが「生きる」という事だ。
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例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!!
差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!
