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邪道作家第六巻 貧者の牙を食い千切れ 分割版その4

新規用一巻横書き記事

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)


   5

 開拓されていない場所で、紛争が起こるのはなぜだろうか?
 答は簡単だ・・・・・・分不相応な資源の山。それこそが人間を争いに駆り立てる。ただでさえ奪い合い殺し合うのだが、それに加えて「飢えている子供達の未来のために」などという下らない理由で「道徳みたいなもの」を満足させるために、燃料を投下するのだから、争いは終わるまい。
 飢えた子供達の為。
 誰かに頼まれたのか?
 頼まれもしていないのに、図々しくも偉そうに「人を助けてやる」「見ていられない」「こんな子供達を見捨てるのか」などと、良く言えたものだ・・・・・・自分達の国の子供を、救ってから言えば良さそうなものだが。
 実際、そんなものは善意ですらない。
 ただ「こんな道徳的なことをしている自分は凄い」と思いたいだけだ。問題なのは「持つ側」というのは、そんな子供のだだを実現させる力があるという点だ。
 全く持って忌々しい。
 善意の押し売りなど、子供かお前等は。
 私にこんな事を言われる時点で、もう人類の先は無いのではないのかと思わざるを得ない。事実ここに来ている人間達は、皆「良い事」をしているつもりで来ているらしかった。
 物事の裏面を見ようとしない。
 善意で世界が救えると信じている猿だ・・・・・・・・・・・・誰かが笑うために誰かが泣くという「事実」は、彼らにとって存在しないのだろう。
 だから惨殺することに罪悪感など無かった。
 私に罪悪感など無いが、そうでなくてもこんな連中、生かしておいて良いことはない。無自覚に善意で人を殺せる存在など、存在そのものが害悪でしかない。
 良いか悪いかは当人の勝手な都合でしかない。 例えそれが神でも、神の都合で導き出した都合の良い答えでしかないのだ。
 絶対的な正しさなど、ただの妄想だ。
 そんなことは、ベッドの上でやれ。
 
 
 「正しさ」は都合だと私は普段から嘯いているが、実際その通りなのだ。誰かが、あるいはメディアで「哀れみ」を促しているからと言って、実際それに値する人間である保証はない。変えようとしていないから変えられない。少なくとも何百年も歴史がある国、政府が紛争を許しているのはそれが「事実」だ。
 ま、どうでもいいがな・・・・・・人生を楽しむのに金は必要ないが、ストレスを避け、人生を楽しむ邪魔を排することが出来るのも、また金だ。
 金になれば関係ない噺だ。
 どういう理由で、誰が殺そうがな。
 私はその後、対立する部族を消滅させることにした。「サムライ」としての戦力があるからこそ出来る離れ業だが、実際には出来る国家がやらないだけだ。
 危険な地域に自分達の国民、兵士をあまり置きたくないのは当然だ。だから現地の人間を安く雇い入れて、危ない橋を渡らせ、国としての利益だけを得る。上手いやり方だ。
 紛争地域に対する政策の、定石と言える。
 しかしいつだって結末は分からないものだ・・・・・・私も散々、あれこれ手を尽くして先を予想する方の人間だが、それでも予想通りに物事が進む、という事態は殆ど無い。
 それが国にもなれば尚更だ。どんな手を尽くそうが必ず問題は起こる。問題なのはそれに柔軟に対処できるかどうかだが、しかし「先の見えない未来」という存在に対して、我々人間が打てる策は殆ど無いだろう。
 先が見えないから面白いこともあり、しかし現実に見えなければたまったものではない事柄も多くあるわけだが、それが国家間の利益が絡むと、不思議なことに解決策はたったの一つになる。
 誰かに責任を押しつける。
 そして無かったことにするのだ。
 実際、そういった紛争地域での問題は解決する必要性がどこにもない。民衆が忘れるまで放置していればそれで事足りるからだ。責任を消化するとでも言えばいいのか、とにかく、この惑星も例外ではなく「放置した責任の結果」という実に醜悪で人間らしい結末こそが、形としてあった。
 どうなのだろう。私は因果応報という言葉には反対(それなら私の作品は売れて然るべきだ)なのだが、なにかしら達成した事柄というのは良かれ悪しかれ、残るものなのだろうか?

 少なくとも私はそうしてきた・・・・・・誰かの為ではなく、己でやり遂げ、己の形にした。

 それが生きると言うことだと、今でも信じている。だが、それも「結果」形にならなければ、何も成し得ていないも同然ではないのか?
 「結果」こそが「全て」ではないのか?
 それは、こういった所謂「悪行」でさえ、形として出なければ、それで済んでしまうのではないかと、私は思うのだ。
 理想論としては成し遂げた「意志」が「力」になることが理想だろうが、生憎私はそんな意味不明な力で金を稼いでいない。
 意志というならそれは嘘だ。私は誰よりも狂っているかもしれないが、その分誰よりも強固な意志で、「作家」を志し、常にそう在った。
 だが、今のところは、だが、金にならない。
 それとも、案外あっさり意志の力が認められたりするのか? それはそれで、それならもっと早くすればいいのにと思わざるを得ないが。
 因果応報。
 いや、むしろ今まで積み重ねてきたモノが道を造り、それを我々は歩んでいると考えるべきなのか・・・・・・いずれにせよ「この世界にある指針」が分かれば生きやすくはなる。そういう意味でも私はこの紛争に興味があった。
 人間の欲望の、その結末に。
 欲望というのは便利なもので、一人の人間から「旨味」のようなエキスを産むのだ。そしてそれは「個性」になり「生き甲斐」になり「生き様」へと昇華されていく。
 最近はそういう人間も少ないが、しかし人間が人間に興味を持つのは、本来そうあるべきではないか? その人間の「形」が面白いから、興味引かれる。
 肩書き、とか。
 資格、とか。
 収入、とか。
 容姿、とか。
 あるいは、有名かどうか、とかな。
 確かにそれらは大切ではあるが、それだけで人間を判断するのは考え物だ。どれだけ表面上が豪奢に飾られていても、そのシールみたいな個性もどきを私が剥がす度に、何も残っていない残り滓を見る羽目になるのだからな。
 ハッキリ言ってつまらない。
 肩書きも資格も「己の形」を示すもので在るべきではないか。私なら「作家」だ。社会的に有利になる特権はないが、しかし試験で取れる資格や肩書きなどに、意味なんて在るのか?
 時間をかければ誰でも取れる。
 何もないところから生み出すことが「高み」へ挑む行為ならば、それはロープウェイに乗るようなものだ。同じ道、同じ景色。
 その人間が別人でも構わないということだ。
 代わりの効く個性だ。
 量産品の、ネジのようなものだ。
 それを生きると呼べるのか?
 自身で選んだならともかく、何となく「世間がみんなそう言っているから」という流されただけの生き方が、面白いのか?
 しかもそのくせ、「俺の人生は退屈だ」と文句を言い出すのだ。それなら最初から、己にしかできない何かを、成し遂げれば良いと言うのに。
 私は誰かに認められたいわけではない。
 そんなことはどうでもいい。
 ただ、私の選んだ生き方で、笑って生きて人生を楽しみたいだけだ。
 口に出すとこうも簡単な言葉なのだが、人間、口に出すだけでなく実際やるとなると、こうも手間のかかるものか。口先と現実は、やはり違う。 口で言うだけなら猿でも出来る。
 問題は、実現できるかどうか、だ。
 そしてそれを金に換えられるかどうか、だな。 この惑星に住む連中は、「自分で道を選ぶ」ことをしなかったのだろう。だからこうなった。それらしい「思想みたいなもの」を掲げる連中は多いのだが、やっているのはただのテロだ。
 安易で安直な方法を選ぶ。
 世間に流されているからだ。
 そしてあっさりと死ぬ・・・・・・そのくせこの世に対する未練は大きいというのだから、よく分からない話だ。あるいは「信仰」があるから死んでも平気、という狂信者かのどちらかだろう。
 私は死ぬのは嫌だが、それは保証がないからであって、それほど執着があるわけでもない。強いて言えばやはり、作品のデータを持っていけないのはとても困る。無論、作品で得た金も。
 あの世が無いならば心配したところで無駄だ。あの世があるとして、豊かで平穏な生活を送れるならば、豊かな現世で生きていることと、何一つ変わらない。
 実利が在ればそれでいい。
 どちらにしても同じだ。
 だが、こういう紛争地域で生きる人間達は、何故か「立派にやったという過程」を重んずる。やり遂げることよりも賞賛されることの方が名誉なのだ。
 何か法則があるのだろうか?
 現実逃避なのか・・・・・・虐げられているから、ではなく「信仰」を軸にしていると、「結果」よりも「在り方」を重視することが多い。それは立派に祈っていれば良いだとか、普段の行いだとか、あるいはそういう「努力している」から、それでいいのだと思いこもうとする。
 戦争も同じだ。
 国のためだから。
 家族のためだから。
 無駄死にを許容する。
 空気に流された末路などそんなものだ・・・・・・現実に世界を変えようとする人間は、決して、過程を重んじたりはしない。それが逃げであり言い訳だと、知っているからだ。
 勝利を求めるというのは、そういうことだ。
 言ってしまえば敗戦国の紛争地域など、負け犬の集まりとも言える。実際戦いではなく憂さ晴らしのテロリズム、華々しく散ることで、「自分達はあの高慢な連中に痛い目を見せてやった」と自己満足したいだけ。実に幼稚だ。
 それで世界が変わるはずもない。
 だから環境も変わらない。
 無駄な争いを何年も何年も続けている時点で、この紛争地域には救いの目がない。というのも彼らには救われたいと思っている奴はいないし、また現実に自分達が豊かになろうとも、思っている奴がいないからだ。
 仮設トイレの水を流すことを学習しようともしない連中が、幾ら支援を頂いたところで変われるはずもない。意志だけで世界は変えられないが、しかし同時に力だけでも変えられはしない。
 それに気づかないまま生きている。
 それを生きていると呼ぶのか、疑問ではあるが・・・・・・そんな連中が仮に「空気」を私が斬り、自分達で考えさせたところでどうにかなるはずもない。だから助けるつもりは更々ない。
 私は、無駄なことは嫌いだ。
 無駄な人間に、与える手など無い。
 いずれにせよ「悲観に暮れる人間」が「追いつめられて出す執念の力」は「最高のネタ」になるからな・・・・・・フフフ、「私の作品の糧」にしてやるぞ、亡者共。
 私は作家だからな。人を救ったりはしない。ただどんな条件下であろうとも「面白味」を奪い取り、「作品の糧」にしてみせるぞ。
 その為にこんな辺境まで来たわけだしな。
 ここに来て分かったことだが、やはり世界を平和にすること自体は簡単なことだ。
 いらない人間を淘汰すればいい。
 つまり殺し合いで生き残った方が、ということではなく、「殺し合い」を行うような人間を排除し続け消し続けることで世の中は「平和」になるのだ。これは珍しいことではない。現に刑務所だのは「邪魔な人間」を「合法的に」社会的に消し去るシステムであって、本気で改心を望んでいるわけではないのだ。それならもう少しマシな生活を送らせるだろう。
 紛争地域は「人間の掃き溜め」だ。邪魔な人間を処分し続けるための「必要悪」などと言ってしまうとちまい表現になってしまうが、しかしそれはただの「事実」だ。
 だから上から目線で言えるのだろう。「可哀想な人たち」「あの悲惨な人たちに支援を」「人道的に見過ごせない」すべて自分より下の存在を助けることで「優越感」を得たいが為に言い触らしている言葉だ。
 無論、当人はそれを認めない。
 人が人を助けるのは当たり前、そう自分で自分に言い聞かせるのだ。あるいは、これは人の為ではなく自分のためにやっているのだ、とかな。
 それなら私のように金だけ送ればいい。
 わざわざ現地に口出ししたり、支援活動に参加して「充足感」を得る必要はない。どう言い繕っても「自己満足」でしかない。本当に救いたいならば金だけ山のように送ればいい。助けられただけの人間が生き延びられるか、疑問ではあるが。 彼らが欲しいのは「欲望の向かう先」だ。だが私には彼らのような「欲望」を持つことが、本質的には出来ない。
 欲しいモノは何も無い。
 だからこそ、ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活、だ。何も手に入らぬと言うのならば、何も無くとも自己満足するしかない。自己満足に邪魔が入らないように、平穏なる生活を豊かに遅れるように、私は金が欲しいのだ。
 幸せは金で買える。
 買ってみせる。
 概念として自身の中に無かろうとも、だ。
 そうでなくては、面白くない。
 面白い方が、いい。
 何事も、そういうものだ。
 だからこそ私には分からない話だ。人間という奴は形のない「名誉」だとか「権威」だとか、あるいはこの惑星のように「信仰」の為に、自身の歩くべき道を台無しにする。
 空気に流されて、どうでも良いモノを選ぶ。
 私には選べないモノを選べるくせに、だ。
 私からすれば、忌々しい噺だ。
 誰かのため何かのため信仰のため・・・・・・馬鹿かお前等。
 私は、この「私」が納得し幸福に満ち自己満足でも何でも「私」が満足する為に、「私」が勝利し幸福になるために、ここまで来た。
 そこに他人の挟む余地など無い。
 「自分でない何か」を言い訳にしているが、それで楽しいのか? 他のことなどどうでもいい。他の全てをなぎ払ってでも、己の幸福のために、生きる。それが人間ではないのか?
 空気とか、雰囲気とか。
 そんな形のないモノに振り回されて満足か? 私は御免だ。私は、「この私」は「私」の為だけに存在する。
 断じて、貴様等のように誰かを言い訳にはしないし、するつもりもない。
 それで満足だ。
 物語の「善し悪し」というのも実際これで決まるしな・・・・・・「自分を誤魔化しているか」こそが「魅力在る人物かどうか」に関わる。
 その方が面白いと言うことだ。
 正しいかどうかは知らん。正しくなくてもやはり知らん。だが、そうでなくては面白くない。
 善悪など知らん。
 面白ければそれでいい。
 その点、面白味が少ない奴が増えた、ということなのだろう。
 全くな。
 デジタルなネットワークが広がるのはいいが、如何せん繋がりすぎだ。たまには一人で考えろ。 そうすれば、少しは面白くなるに違いない。
 作家は大体そうだ。保証する。
 やりすぎると「作家」に成ってしまうがな。
 後の人生のために、それは辞めておけ。色々見えるようになる代わりに、ロクな事が無い。
 いや本当に。
 さて・・・・・・どうもこの惑星は見えない支配者に支配されているようだ。有り得ない金額の量的緩和による増税、によるインフレで、この国の紙幣には殆ど価値が無く、言わば「見えない税金」を馬鹿みたいな金額で取り立てられているのだ。
 その流れに中心にいるのは思想を持つ幾つかのグループだ。まぁただのテロリストなのだが、彼ら自身は「聖戦」とか言って自分達を「故国を守る戦士」と思いこんでいるようなので、思想を持つ軍団、軍閥とでも呼べばいいだろう。
 援助された資材、資本、食料を武力で奪い、テロリズムに流用し、実質的に銀行を牛耳ることで天文学的な「軍事資金」をも手にしている。
 部族間の抗争のために。
 麻薬や天然資源、武器兵器、食料の流れを辿れば、それくらいは簡単に分かる。つまりわかる奴は分かっていながら「現地への支援」を行ってると言っていい。
 世の中そんなものだ。
 綺麗事ほど、蓋を開ければ腐臭がする。
 支援は根こそぎ奪い取り、物価の向上で分からないように天文学的金額を税として徴収し、それでいて「国のためだ」と、言い訳をする。誰に言い訳していたいのやら・・・・・・いずれにしても国なんてどこもそういうものだし、別にこの惑星だけが異常というわけでもない。戦時下ならどこでもやることだ。
 民衆の負担は、国の負担では無いからな。
 私でもそうする。
 どうせ、何も言い返す力など無いのだから。
 奪っても、さえずるだけなのだから。
 幾らでも奪える。
 何人でも踏み台に出来る。
 この惑星も同じだ。実態を知らない環境保護の邪悪さとはおぞましいもので、「自然より飢え」だと現地の人間達が訴えたところで、彼らの意見が聞き届けられることはない。
 僕たちは「良いこと」をしている。
 そう信じ込んでいるからだ。
 実際には何をしたところで、裏側では当たり前のことだ。「善意」を向けたからと言って、それが「感謝されて当然」などと思いこんでいる人間は「本当の邪悪」だ。救いようのない「邪悪」。 自然は人類の宝だ、だがそれは自分達の土地を使い潰した人間達が、他の国にその尻拭いを押しつけようとしているだけに過ぎない。綺麗事という存在はかくも「邪悪」な存在なのだ。
 それに気づかない。
 気づかないから、繰り返す。
 いつまでも、同じ事を。
 「道徳的」だから「行動」するというのは、ただ単に空気に流されていることへの言い訳だ。実際には誰かも分からない「皆」の言っている言葉に合わせているに過ぎない。
 そしてそのために人殺しだって人間は平気で行うのだ。「国のため家族のため」という免罪符が在れば、人間は人間を殺しても「良い人」でいられるからだ。
 誰も彼もが何かを言い訳にしている。
 だから進歩しないのだ。
 他でもない「己の基準」は無いのだろうか?  私の基準は「私」だ、他の誰でもない・・・・・・しかし不思議なことにそういう人間は少ない。
 私のようにその他大勢を敵に回したく無い。
 そういうことらしい。
 「世の中の空気」というモノはどうも、「頑張っていること」を賞賛したがる傾向がある。しかし「頑張っているか」など、どうでもいい。
 頑張って良い作品が書けたら苦労しない。
 そんなことで「傑作」は書けない。
 頑張っているかどうかなど知らん。強いて言えば「頑張っているかどうか」を気にしている時点で三流ではないのか? 頑張っているかどうか、それらしく見えているかどうかなど、どうでもいいではないか・・・・・・重要なのは「結果」だ。
 信念とか意志とかどう見えるかだとか、そんな下らないことは評論家気取りの凡俗共に任せておけばいいのだ。知ったことではない。
 己でやり遂げて満足すること。
 そして、それを金に換えること。
 この二つが出来ていれば、それで一流だ。
 その他大勢の意見など、デジタル世界で散らばる宇宙ゴミでしかない。そんなものに意味はないし、ゴミを眺めたところで、汚いモノを見た不快感が募るだけだ。
 その他大勢に気を取られている時点で、その先へは行けないものだ。全く居に介さない私のような人間が、行きすぎて突き詰めすぎた作品を書き続けているのだ、間違いない。
 「皆のため」「人類のため」「誰かのため」に動いている奴にロクな人間はいない。先ほどの環境保護もそうだが、肝心の現地に住む人間は、彼らの言う「皆」の枠内には行っていない。
 誰かのために何かをする、ということは、自分達にとって「都合の良い仲間」のみを救おうとしているだけだ。
 それに気づかない。
 大層なお題目が在れば「正しさ」を信じられるからだ。例え自身の内から出た気持ちで、無かったとしてもな。
 介入しておいて「救う」などと仰々しい。そもそも当人達にその文明レベルが維持できないならば、元々そのレベルの国だったという事だ。人道的に見過ごせないと、大国が介入する結果は決まって「いらないお節介」になるのだ。
 私はNPO法人の惨殺現場から離れ、現地取材の記者か何かだと思ったのか、救い、というか食べ物を強請る乞食達を押しのけながら考える。
 救いを求める人々を無視しつつ、考える・・・・・・・・・・・・救いを求める「だけ」に成ったら、人間は末期だと言って良い。ここで何を貰ったところで、こいつらに未来など無いだろう。
 そうでなくても何もやらないが。
 何故私が食べ物をやらねばならないのだ。
 哀れそうだから? 貧困に喘いでいるから? だが、先進国でも、どこでも同じだ。考えて未来を切り開いてきたか、そうでないかの違いでしかないのだ。
 助ける理由など無いし、そんな偽善、価値もあるまい。
 下らない自己満足だ。
 暇つぶしでやるにはいいが、今はそんな気分でもない。
 汚そうだったので押しのける、と言ってもその辺にあった棒で叩きつけてのけたので、「何故自分達のような哀れな人間に、こんなひどいことが出来るのだ」みたいな目で見られたが、知るか。 哀れまれたいなら強請るな。
 強請りたいなら卑下するな。
 どちらかにしろ。
 それすら出来ない半端者が、何故ただで何かを貰えることが当たり前だと思っているのか、不思議でならない。いや、単純に福祉団体が甘やかしてきたツケなのだろう。
 助けられるだけでは成長しない。
 そんな当たり前のことを「善意」や「道徳」で隠してきた結果がこれか。全く助けがないのもかなりの考え物だが、助けられるだけでも人間は、その環境に慣れてしまうようだ。 
 私も気をつけよう。もっとも、私を助けてくれる存在など、今のところお目にかかったことはないのだが、まぁ気をつけるだけなら金はかからないしな。
 私は人道支援の連中や、思想派のテロリスト共を皆殺しにしつつ、移動を続けた。
 暴力でカタがつく噺はいい。
 「幽霊の日本刀」がある以上、行間程度の手間暇で済むからな。 
 その程度で、始末できる。
 政治的背景としては、元々この辺りでは現地の宗教が信仰されていたのだが、それによる対立すらも、始まりは小さな争いだった。
 長く因縁こそ続いているものの、始まりはその程度大国が資源目当てで介入し、そして支援の名目で資源を送り込むことで限られた資源を巡って争いが激化した。 
 元々争いはあった。
 下らない理由で、あるいはそれは権力争いだったかもしれない。いずれにせよ「争いごと」そのものはどこにでもあるものだ。問題は、そう、大国が絡むことで「軍事力」の流入と、そして「争いに打ち勝つことで得られる利益」が「大きく成りすぎた」ことと言える。
 火種を爆発させてしまったわけだ。それでいて世論の為に「支援」を送り込み、「資源」を巡ってまた争いが起こり、人質が死ぬことで「世論」が更に過激になり、「金と軍事力」が更に多くなだれ込む。
 終わるはずがない。
 終わらせるつもりのない争いなど、終わらせることが出来るはずがあるまい。
 戦争は金になる。
 だから戦争は無くならない。
 無くなったら、困るからだ。
 主に金持ちがな。
 それらすらも、この「邪道作家」にかかれば、「作品のネタ」でしかないが。思うに、「傑作」というものは考えて書くものではない。衝動に任せて、「書くべきだ」という使命感をもって望むべきモノだ。
 そしてこういう経験はその衝動の元になる。
 だから私からすればどうでもよかった。貧困も飢えも戦争も人殺しも、良く知らない惑星で起きている事柄でしかない。私は主人公ではない。
 まして人助けなど、するわけがない。
 あくまで、作品のためだ。
 私は作家だからな。
 それ以外はどうでもいい。
 物語の出来と、売上以外は。
 人間危機に陥れば陥るほど、「意志の力」だとか「信念」や「執念」で解決できると思いこむ。ここへ来てそれが分かっただけでも収穫だった。 現実には無駄なモノは無駄だ。
 何をしようとも。
 どんな信念があろうとも。
 無駄。
 努力や信念が実を結ぶことなど、無い。貧困に喘いでいる人間が、意志の力で成り上がることは無いのだ。同様に、「持つ側」が敗北することもまた、あり得ない。
 運命に流されるまま、我々は生きている。偶然による幸運な流れを、「己の力」だと思いこむだけ、ただのそれだけだ。
 人間の意志は何も変えられない。
 完全なる無力、だ。
 物語も同じだ。
 現実はそうは行かない。ただ単に運良く持っているか持っていないか、美味しい運命が流れてくるか来ないか、ただそれだけで決まる。
 幸福になれるかどうかさえも。
 当人の意志とは関係なく、決まるのだ。
 だからこそ「金」だ。運命がどうであれ、とりあえず平穏な暮らしは出来る。「幸福」に決して成れないのだというならば、いっそのこと諦めて妥協して平穏を取りたいモノだ。
 実際、あれこれ手を尽くしてきたが、実を結ぶ気配はない。「平穏」という「ささやかな幸福」すらも、私には手に出来た試しがない。
 手にするのは決まって「持つ側」だ。
 持たざる者に、席はない。
 こんな風に寿命を延ばし続け、人間の因果から外れ、「始末」し続けて長く生き、「理の外側」の暴力を振るいながら「傑作」を書き続け、こうしてここまで歩いてきた。
 自己満足以外に、得られるモノなど無かった。 本物の幸福、などただのまやかしだった。
 ささやかな幸福すらも、邪魔が入った。
 これで何を信じろと言うのやら。
 実際、「幸福になれる」ということを、私でなくても信じている人間などいるのだろうか?・・・・・・それを信じられるのはいつだって「裕福」な側に座っている人間だけだ。
 信じる必要もなく確信できる人間だけ。
 幸せになれている。
 馬鹿馬鹿しいことに、世界はクズに寛容だ。
 どんなクズでも、「持っていれば」許される。 殺しても、犯しても、奪っても。
 何をしても許される。
 妥協、なんて言うと私が諦めて現在のスタンスを貫いているみたいに思えるが、そうではない。単純にそれが一番現実的だっただけだ。自己満足こそが幸福の実態であるならば、まさにそれだ。 「幸福の基準」なんて人によってコロコロ変わるものだ。先述のクズならば「自己顕示」だったりするのだろうし、私の場合「ささやかなストレスすら感じない平穏なる生活」が、私にとって、都合の良い基準だっただけだ。
 本当の愛だの友情だの、そんなモノは世間にもてはやされているだけで、私個人としては欲しくもない。そんなモノはいらない。
 欲しいのは金だ。
 金、金、金。
 綺麗事はいらない。
 役に立たない上、押しつけがましいだけだ。
 押しつけがましい幸福など、まっぴら御免だ。 何にせよ作家業に関して言えば妥協も何もない・・・・・・妥協しなかったからこそ、ここまで来たとも言えるだろう。
 つまり「作家業」と「金」の両立こそが、私の「幸福の条件」なのだ。
 今更だがな。
 それを考えると、ここにいる奴らは何を条件としているのか疑問が残る。革命が成功すれば幸福だと、そう思っているのだろうか?
 豊かな暮らしが出来れば。
 暴君の治世が終われば。
 終わったところで、あるいは始まったところでどうせ、「自分の道」を見つけていない奴というのは、何に怒ればいいのかも分からず、行き場のない怒りで暴れ出し、結果満足できないものだが・・・・・・それが「紛争」という形で出ている。
 「何かがどうにか成れば」全ての問題が解決する、ということは幻想なのだろう。無論、金で解決できないことはないのだが、しかし扱う人間が未熟であれば、金を扱いきれずに争いを産むだけだ。
 現に貧困地域ではその傾向がよく見られる。
 自分で自分を救おうともしない奴には、チャンスなどあっても無駄だという事か。常にそのことばかり考えている私からすれば、分からない話ではあるが。
 己で己の道を良くしようという行いは、余裕がないからこそするもの、ということだろう。実際能力にも金にも権力にも自身がある人間が、未来を切り開こうとはすまい。
 切り開くまでもなく与えられている人間には、発想からしてないだろう。あるはずがない。わかりやすい形で「未来の保証」が金という形で合る人間が、未来に「不安」なんて抱くはずもない。 普通なら、だが・・・・・・大金を持っていてもそれを失う事に対する「恐怖」で夜も眠れない人間もいるにはいるが、大抵の人間は「安心」して何の不安もなく人生を送るはずだ。
 安心して生きる。
 私の求めるものだ。
 けれど、大金を持っていたところで精神的に弱ければ「恐怖」を抱きながらありもしない不安を抱えて生きるというのだから、わからない噺だ。 私にはそんな感性はないからな。
 だから、文字通り金と平穏を手に入れれば、私は「幸福」になれるだろう。そしてその上で、傑作を書くことを「生き甲斐」にし、充実して生きればいい。
 目的を一つ果たせば終わり、ではなくあくまでも私の目的は「充実して安心し続けること」なのだから、むしろそこからが本番だと言えるが。
 私は主な宗教家、人道支援団体、戦争屋を虐殺し、残された民衆が指導者を失ってうろうろしている様を見届けてから、依頼人の元へと足を運ぶのだった。

   5

「どういうことだ」
 マリアはそう言って、私に凄むのだった。まぁ凄んだところで「外交官を殺して見せしめ」なんて幼稚な真似をしている小娘の視線など、痒くすらないが。
 私はホテルに戻り、主な指導者達を惨殺したという事実だけを伝えるのだった。そして被害者ぶって助けて貰えて当然だと思いこんでいる哀れなガキには、当然ながら刺激の強いニュースだったようだ。
「どうもこうも、私の依頼は「空気を斬ること」なんでな。この惑星に充満する「争いを由とする空気」を切り捨てるには、この方法が手っ取り早かっただけだ」
「俺の依頼はどうなる?」
「貴様は私に金を払ったのか? もしかして自分は哀れで可哀想な奴だから「助けて貰って当然」だとか思っていたのか? 馬鹿馬鹿しい。哀れだから救わなければならない理由など、無い。おまえ達が幾ら被害者であろうが、大した金も払えない小娘の言葉など、どれだけ悲劇的で助けるべき弱者だったとしても、私には関係ない」
「ふざけるな! おまえ達大国がやってきたからこんな目にあってんだぞ」
「おまえ達、か。憎悪を向ける対象すら曖昧だな・・・・・・単に行き場のない怒りを向ける先が、欲しかっただけだろう?」
「違う」
「違わない。ただのそれだけだ。貧困だとか弾圧だとか飢餓だとか、そんなことは何の理由にも成らないし、「メディアに取り上げられやすい」からおまえ達の国が哀れまれているだけだというのに、「自分たちは不当な扱いを受けている」と、前進で被害者を気取ってアピールする。下らない・・・・・・それらは全てどの国でもどんな場所でも、誰にでもある悲劇でしかない。解決を求めるなら自分たちの政府にするべき問題だ。そしておまえ達が認め続けた政府が幾ら腐っていようが軍事力で弾圧されていようが他の人間には関係あるまい・・・・・・それこそ民衆が適当だったから起きた事件でしかない。誰かに都合の良い助けを求めるなど醜悪すぎる。自分達は誰一人救わないけれど、被害者だから助けてくれて当然、などと、馬鹿馬鹿しいにもほどがある」
「だったら・・・・・・どうすりゃいいんだよ」
「決まっている。平和は金で買える」
 言って、私は意図的に現地の求心力をマリア、この小娘に集中させるように情報を流したこと、そしてこの貧乏惑星を「税金のかからない奴隷工場」として買いたがっている国が、幾つかあることをマリアに伝えた。
「そんな、ことが」
「ああ。実際お前が首を縦に振らなければ、洗脳してでも現地の求心力を得たいようだ」
「洗脳って、そんな、非人道的なことが」
「おいおい、政府なんてそんなものだろう。権力があれば何をしても許されるしな、資本主義社会とはそう言うものだ。受け入れたのは自分たちだろうに、まったく。それに、洗脳なんて珍しい噺でもない。洗脳技術そのものは、人間が棒を振り回していた時代からあるものだ。人間を動物として考えれば、何も不可能な噺じゃない」
「それをして、どうなる?」
「まず求心力としてのお前を手に入れれば、後は簡単だ。宗教を作るんだよ。聖女様を利用すればちょろいことさ。希望を煽りつつ「この試練に耐えることこそが神の試練」とか、信者に信じ込ませて労働をさせ、洗脳した兵士を高値で売り、女子供は臓器と体を高値で売り、あまった分は労働力として死ぬまでこき使う」
「そんなことさせてたまるか!」
「もうされてるよ。どこの貧困地域でも奴隷を売り買いすることも、臓器をやりとりすることも、別に珍しくもない。臓器移植がこれだけ世の中に普及しているんだぞ? 都合良くそんなたくさんのドナーがあるはず無いだろう。普通に考えればわかることだ。誰かがそれで助かるために、比較的命の軽い誰かが死んでいるだけさ」
「でも、それじゃあ」
「なんだ、おまえ達の望んでいることだろう? 大国の支配から逃れ国家として自立する。だが現実にそうするとなれば、方法はそれくらいしかないな」
「そんなことはないだろ、皆で力を合わせて復興すれば」
 縋るような目だった。
 こうやって、理想に縋って現実を見ず、変えられたかもしれないのに理想を追いかけて実利を得ようとしなかったことを考えると、私のような人間からすれば「自業自得」としか思わないが。
「復興をしようとした奴は一人でもいたのか? 逃げ回って支援を有り難く頂いているだけじゃないか。正直な、あれこれ自身の幸福のために手を尽くして失敗し、それでも諦めずにここまで来た私からすれば・・・・・・吐き気がするよ。それらしく見えるだけで、悲劇を嘆くだけで何もせず、救われて当たり前。そんなクズ、何人死のうが、どうでもいい」
「お前・・・・・・それでも人間かよ」
「人間だよ。だからお前達の事なんて知らん。人間だからこそ、己の幸福第一だ。「道徳」なんて言う下らない空気に、私は流されたりしないものでね」
 容赦なく。切り捨てる。
 相手が他人なら、尚更な。
「そういうことだ。お前にもう用はない。洗脳の為の装置は頂いているから、後はそれを使うだけだ。面白そうだったから手伝うフリをしてみたが・・・・・・中身のない人間に期待するべきではなかったな」
 言って、私は小型の洗脳装置のスイッチをONにした。
 彼女の人生はそこで終わり、「空気を斬る」という厄介な労働をこなした私は、宇宙船の予約を取ってその惑星を離れた。
 哀れに見えるから救いの手を出すことが道義的だなんて、人生楽そうで羨ましいと、あるのかもわからない心の底から思うのだった。

   6

 「何か大きいもの」に「己の意志」をもたれさせることで得られる「平和」など偽物だ。今回の件で「恣意的な平和」は起こしたが、それも意味のないモノでしかない。もたれかかる相手にケチをつけられるようになれば、いずれ新しい文句をひっさげて争いを産むだろう。
 そんな自分の意志もないカス共から巻き上げた金で、ファーストクラスのソファに座りながら、私は考える。
 結局のところ「弱いこと」は悪ではない。だが「弱いことを言い訳に」しているのでは、何一つ成し遂げられないと、今回の件から得られた経験は、まぁそんなところか。
 とはいえ・・・・・・このところ本当に「無力感」を味わわされ続けている。こんなどうでもいい労働で幾ら稼ごうが、私の目的には関係がない。

 私は作家だ。

 物語で稼げなければ意味がないではないか・・・・・・だが、その試みは外れ続けているし、何より、私の作品の良さを理解し、共感し、そして広めて売ってくれる存在がいなければ、私個人がどれだけ頑張ろうが、何もしていないのと同じだ。
 協力者、か。迫害され続け世間の悪意をゴミ箱のように浴びせられてきた私に、必要なモノがまさかそんなモノだとは、お笑い草だ。
 それがいれば苦労しないではないか。
 実際、苦労しない。協力者が一人でもいれば、私の人生に苦労など何一つ無かっただろう。縁がないとでも言えばいいのか。見る目のある編集者には、今のところお目にかかれていない。それにやりたくもないことで幾ら稼いだところで、絶対に人間は「幸せ」を感じ取れない生き物だ。
 それでは意味がない。
 だが、どうすればいいのだ。
 もし、どう足掻いても作品が売れず、作家として私が在り方を固定できないならば、こんな回りくどい労力の全ては無駄そのものだ。さっさとくたばっていた方がまだマシ。今までの長い長い、遠回りな回り道は、無駄だった。
 そういう事になる。
 現状は、そうなるのだ。
 だとすれば、何だったのだろう。意志と根気で私は道を切り開いてきたつもりだが、しかしそんな小さな力は何の関係もなく、やはり「運不運」などという下らない理由で全てが決まるのか?
 そうかもしれない。
 少なくとも私は、意志の力が報われた試しが、生涯通して一度もない。
 世界など、信頼するに値しなかった。
 価値のない、偽物だったのだ。
 私は、「作家としての在り方」を、「努力」だと思ったことは一度もない。意外かもしれないがしかし、むしろ「生き方」と考えている以上、至極当然の話ではある。
 だが、その生き方が報われなければ。
 人格も存在も労力も「全てを否定」される、ということだ。
 我慢、ならない。
 だが、私の憤慨など関係なく、あるいはあっさり「どうでもいい薄っぺらな物語」が売れたりする以上、完全に世界は「運不運」なのかもしれない。だとすれば、私は雨乞いみたいに「神様に成功を祈る」ことが今出来る「最前の道」だとでも言うのだろうか?
 不愉快すぎて笑えない。
 吐き気すら、覚えない。
 世界は、こんなにもつまらなかったのか。
 それこそ「息を吸って吐く」位の感覚で、それが努力かどうかは知らないしどうでもいいが、しかしそこまで人生を費やして、得られる報酬が、それらを丸ごと否定されるだけ。
 全ての色が褪せていくようだ。
 実際、最初からそうだったのかもしれないが。運不運で全てが決まるならば、つまりそういうことになる。始める前から無駄であり、選ばれていない以上、成し遂げようが結果に関係がない。
 なんてつまらない結末だ。
 この程度か?
 世界の底がこの程度の浅はかなモノならば、私も存外無駄なモノに固執したものだ。最初から、この世界は私などより余程、空虚で何も光モノのない、ゴミ捨て場のような存在だったのか。
 「幸福」なんて、私でなくても最初から存在し得ないモノなのか、いやこの場合最初から誰が手に出来るか決まっている以上、「幸福の資格」がなければ人生を費やそうが何を成し遂げようが、当人の意志など関係なく「選ばれた人間」だけが幸福になれる世界。
 案外、世界はその程度なのかもしれない。
 だとすれば、本当に下らないゴミを追いかけてきたものだ。こんなことなら、最初から追いかけなければ、いや、光がある以上引き寄せられるのは当然か。「暗く持たざる側」に産まれた時点で輝かしいモノを傍観することしか出来ず、絶対に手に入らないそれを見て、無力感と空しさを味わうためだけに、私はここにいるのか。
 成し遂げなければよかった。
 前へ進むのではなかった。
 意志で未来を切り開こうなどと、無駄だった。 報われないのでは、その方がマシだろう。最初から何も考えず、「どうせ自分には出来ない」と匙を投げておいて、適当に生きて適当にやり、何も成し遂げず「奴隷の人生」を送った方が、意志の力で切り開いて前へ進み、「傑作」を書き上げるという「己の道」を進んだ上で「成し遂げた」という、その感覚すらも、あってもなくても、どちらにしても「結果には関係がない」ならば。
 してもしなくても、同じだ。
 そんな人生は、生きている分苦しいだけで、生きていてもいなくても、意味も価値も、無い。
 私は作家なのだ。
 その「作家の部分」が結果を出せないのでは、私という存在が否定されることと同義だ。
 まして、金にもならないなど。
 いや、そもそも私に「作家でない部分」なんてあるのか? だとしたらやはり、「私個人」その全存在が認められず金にならなければ、生きていても仕方がないのではないのか?
 認められるかなどどうでもいいが、ある程度認められなくては金にもならない。
 金にならないモノに、達成感など無い。
 精々「傑作を書き上げた」達成感ぐらいだが、それも金にならなければ後で空しくなるだけだ。 私が言うんだ間違いない。
 実際、「生き方そのものを誰にも認められないこと」そのものはいい。その他大勢など勝手に審査していろということだ。
 問題は、「金にもならず、生き方を通せない」ことにある。金にならなければ、その生き方で、生きていけないということではないか。
 それでは、駄目だ。 
 それで満足するような奴がいれば、尚更駄目だろう。まぁ、私は全く満足していないから、こうも憤っているのだが。
 実際、私は「過程」はどうでもいいのだ。「努力して頑張った」から何なのだ? 結果が出なければ何もしていないのと同じだ。
 息を吸って吐くことに、いちいち努力したから酸素が供給できたとか言うのだろうか? 生き方と密着しすぎている私からすれば、よく分からない話ではある。
 極論、何かの間違いでも構わない。「結果」が出るのであれば、人間を殺した結果私の作品が売れるのでも、ただ単純に偶々運が良かったとかでもいい。
 実際、あるのだろうか。
 「本物」であるからこそ人から人へ物語が紡がれ、売れるなんて事が。
 私には信じられない。
 信じるつもりも、無い。
 「過程」をすっ飛ばしてでも「結果」が欲しい・・・・・・「物事の本質」から遠ざかる、などとそれこそ言い訳ではないか。
 それなら尚更、私の作品は売れるはずだ。
 だが、実際「それが本物であるかどうか」など売れ行きには何の関係もない。ただの醜い綺麗事でしかないのだ。
 芸術には確かに「真贋」がある。だが、モノの真贋に力はない。ただ、あるだけだ。
 本物だからどうなるわけでもない。
 私が言うんだ、間違いない。
 ソファに体重を預け、ミルクの入った紅茶を飲み干した。ぬるい。後で客室乗務員にケチをつけてやろうかと思ったが、やめた。
 どうも疲れているらしい。
 ある意味当然だが。
 ありもしない「未来への希望」を抱き、無理矢理ここまで来たが、やはり無い物は無い。あらかじめ決められていたかのように、私が尽くした手は全て、結果には結びつかなかった。
 それでも行動するには「未来に良い事がある」と信じるしかない。例え無理矢理にでも、未来に希望があると、成し遂げた結果に見合うモノが、この手に入るのだと信じることで、困難な道を歩く動機が出来る。
 それも無駄だったが。
 無駄なら信じたくもない。
 金にならなければ、噺にならない。
 好きなことをやっているんだと言いたいだけなら、趣味でやっていれば言い噺だ。それを「生き方」として選ぶならば、金にならなければ嘘だ。 生涯を通じて行うことが、成し遂げた結果が、小銭にすら成らないなど、馬鹿馬鹿しい。
 それなら家でやれ。
 内々で回し読みでもさせればいい。
 私は「生き甲斐」にしつつ「金と平穏」が欲しいのだ。そのために始めたと言ってもいい。無論生き方として選ぶ以上、細かいことはどうでも良いが、金にならなければ「仕事」とは呼べまい。 己の誇りに出来まい。
 何にも成らないだろう。
 相応しい報酬を貰ってこそ、やり遂げる甲斐があろうというものだ。
 成就した願い事ほど見ていてつまらないモノはないのだろうが、だからといって私の目的が叶わなくていい理由になるはずもない。大体が物語など、作家個人が満たされてしまえば内容がつまらなくなる、なんてあり得ない。
 満たされていようがいまいが、私なら「傑作」を書き続ける自信がある。事実書けるだろう。それなのに一体この扱いはどういうことか。
 とりあえずチョコレートを摘み、カフェオレを味わって、頭を冷やす・・・・・・物語というのはもとより「面白いから売れる」訳ではない。「本物」かどうかさえ、関係はない。
 皆が買っているから、買う。
 極論中身が白紙ですらいい。白紙以下の薄っぺらい内容でも構わない。「空気」がそうだと言っているから、売れる。
 しかし、「空気」を今回断ち切ることには成功したが、「空気を支配する」ことなんて、ただの一個人に出来るものなのか? 方法は幾つかあるにはあるが、やはり影響力の大きいメディアや有名人を起用でもしなければ難しいだろう。
 まさか出来るはずがない。
 それに、やったところでやはり無意味だ。あまり無理矢理に花火のような空気の押し売りをしたところで、すぐに冷めてしまう。それでは意味がない・・・・・・私は作品を恒久的に売りたいのだ。
 花火のように流行に乗って打ち上げることと、継続的に人気を獲得することは、真逆に位置する行為だ。両立するのは難しい。
 やはり、コアなファンを獲得するべきか。
 しかし、どうやって?
 デジタルなメディアを活用できれば早いのだが・・・・・・打ち上げ花火ばかり売りに出している場では、私の作品は売るに売れない。
 子供の遊び場に大人が入るようなものだ。
 根本から合わない。
 だから苦労しているのだが。
 「本物」かどうかは蓋を開いてみなければわからないものだ。だからどれだけ「成し遂げ」ようが、「結果」には関係がない。何かを成し遂げたならば、次のステージへと進まねばならない。
 物事を広める、というステージに。
 それも良いように広めなければ駄目だ。場合によっては悪評をわざと広めることで金になるケースもないではないが、殆ど無い。結局のところ、何かを成し遂げるためには「大多数の声」が必要不可欠なのだ。実に忌々しいことだが。
 今回の件も同じだろう。
 大多数が空気に流されて賛成すれば、殺人ですら「正しく」なる。正しさとは都合であり、大多数の都合が一致すればそれは「法」となる。
 それこそが絶対的に正しくなる。
 無論、そんな正しさは悲劇しか呼ばないが。
 資本主義社会に取り残された形の貧困地域を、無理矢理資本主義経済に関わらせたが、それで良くなるかどうかは五分五分だろう。そもそもが、アンドロイドやロボットによる「労働の完全機械化」に成功した現代では、人間の仕事などあってないようなものだ。いずれ全てをロボットに任せ「何も考えない民衆」として、彼ら彼女らも、思考を放棄して生きることになるだろう。
 これだけ豊かになっても、労働問題も資源問題も全て、科学の恩恵で解決されてすら、まだ満たされない欲望というモノがある。
 権力欲だ。
 自己顕示欲と言ってもいい。
 これだけは世界が豊かであろうが無かろうが、求めるモノらしい。肩が凝るだけで疲れるだけだと思うのだが、今回の件にしたって「極々一部の人間の支配欲」を満たすためだけのものだ。実際貧困地域を救いたいのなら、無理矢理にでもロボット産業を導入し、全てを自動化すればいい。
 権力を振るう快感に酔いたいのだ。
 だから、全員が豊かになっては困るのだろう・・・・・・上に立つ人間には、見下す対象が必要だ。
 だから貧困はなくならない。
 なくなっては、自己顕示欲が満たされない。
 そんなものだ。
 そんな下らない理由で、世界は社会的な問題を抱え続けている。今回の件から学んだことだが、やはりどれだけ技術が進もうが、問題を起こすのは「人間の心」即ち欲望だ。心がある以上、皮肉なことに人間社会での悲劇は無くならない。
 案外、心なんて求めるほどではないのか。
 構わないがね。
 別に欲しくもない。
「先生。予想通り、株価が順調に推移しているぜ・・・・・・政府主導の「聖女」を使った経済操作が、効果を出した」
「やはりそうか」
「投機筋も相当動いているぜ・・・・・・いままで散々放っておいた癖に、随分急だな」
「むしろそれが元々の狙いだ。ここまで急激に介入されれば、政治方針にだって口を出せるようになるだろう。事実上、奴隷国家、惑星ごと食い物にすることが、可能になるわけだ」
「資本主義は怖いね」
「利便性の裏側には相応の「恐ろしさ」が付随するものだ・・・・・・今回の件にしたって、資本主義を取り入れておきながら、現地の人間は「国が豊かになりやすくなる」位にしか考えてなかった。株式市場を取り入れる以上、買い取られる可能性を考えなければならないものだが、人間、都合の悪い部分は深く考えないものだ」
「先生はどうなんだ?」
「私か? そうだな・・・・・・己にとって都合の悪い結末はいつも想定している。だが、想定したところで打てる手は殆ど無いな」
「彼らもきっと同じさ。「経済」という平気を取り入れはしたモノの、扱うには早すぎただけだ」「早すぎる、か。確かにな。人間も国家も成長する速度はそれぞれ違う。グローバリズムに従って世界は繋がったが、それは美しいだけで優しくはない。成長の遅い国家は取り残されるだけだろうな・・・・・・そうでなくても、急な成長は毒だ」
「利便性を受け入れられないのかい?」
「まぁな。少なくとも誰もがデジタル社会を望むわけではない。今回の貧困地域も、結局は急な成長を押し進めた社会が起こした問題だ。何事にも良い面があり、悪い面がある。だが、利益が絡み国家が絡むと、悪い部分は無かったことにしてしまう。見ようとしないから問題は野放しにされ、今回みたいにただのマッチポンプの癖に「道徳的に見過ごせない」だとか言って「図々しい救いの手」を差し伸べようとしてしまう」
「それが悲劇を生む」
「そういうことだ」
 携帯端末には言った人工知能の分際で、実に口の回る奴だ。私も人のことは言えないが。
 仮に貧困から脱したところで、今までの苦痛が「無かったこと」になるわけではない。それは私も同じだと言えるが、問題は私のように適当に人生を楽しめる人間性があるかどうか、だろう。
 実際、今回の件は様々な人間が「己にとっての幸福」を求めた結果、争いを産んだわけだが・・・・・・幸福なんて、真実どこにも存在しない。何か形としてある訳ではない。
 悪いジョークだ。
 存在しない「幸福」なんて概念は、特にな。
 問題は楽しめるかどうか、なのかもしれない・・・・・・まぁ己の幸福を基準とすることで、楽しむ基盤を作る、という考え方もある。結局のところ、やはり自己満足できるかだろう。
 どうやらこんな考えを抱いている時点で、やはり私はどう足掻いても「幸せ」を「感じ取る」ことは出来ないようだ。しかし、だとすればこんな風に「執筆を生き甲斐」にする意味があるのか? 幸福と充実は別物と言うことか?
 私はそうは思わない。
 なら、まさか「生き甲斐こそが幸福」だとするならば、私にとって幸福とは「執筆そのもの」ということになる。馬鹿馬鹿しい。生き様かもしれないが、しかし書いていて楽しい訳ではない。
 書くべきを書いた、「傑作」を書き上げたという達成感があるのは事実だが、だからといって、それで全てを満足するなど、無理にも程がある。いや、それも自己満足で解決すべきなのか。
 いずれにせよ「行動」と「目的」がズレるのはよくあることだ。今回の件もそうだが、あまり結果を急ぎすぎると何のために行動していたかよりも、目的を達成する為の「最適解」以外、目に入らなくなってしまうものだ。私も気をつけよう。「先生は結局、何で今回の依頼を受けたんだ?」「決まっているだろう。悲劇を言い訳にしている人間は見ていて面白いし、参考になる。悲惨と不遇の中から産まれた人格を取材したかったのだが・・・・・・アテが外れたのは事実だ」
「つまり、「聖女」の正体が気になっていた、それだけの理由であの惑星に介入したのか?」
「お前らしくもないな。大層な理由があれば、口を出して良い訳ではない。人助けであれ興味本位で人を破滅させる行動であれ、あるいは人助けのために動いているのだとしても、根本は私と同じ「自分自身の都合の為」に、動いているだけだ」「あの平和を愛する人道支援団体もか?」
「そうだ。別に誰に頼まれたわけでもないだろうし、頼まれていたところで自業自得だ。動機や目的が輝かしく美しいからと言って、当人を肯定する理由には、ならないというのにな」
「先生みたいに割り切れる方が稀だよ」
「そうなのか」
 私は全人類がこうあるべきだと思っているが、やはり少数派らしい。まぁ、それも私にとって都合が良いだけなので、無理に進める理由もないが・・・・・・自分の行いを自認できる人間は、随分と減ったな。
 これも「空気」の流れか。
 嫌な流れだ。
 個性の薄いカスなど、見ていて面白くもない。「崇高な行い、なんて無いんだよ。どれだけお題目を掲げようが、自分にとって都合のいい「ごっこ遊び」でしかない。民主化運動だろうが、貧困への支援であろうが、同じ事だ」
「なら、先生は何故今回の「ごっこ遊び」を妨害したんだ? 放っておけば良かったじゃないか」 そうすれば民主化運動も本格化して、成功したかもしれない。そんなことをジャックは言うのだった。
 だが。
「自分こそが正義だ、なんて思い上がっている人間を見ると気に食わないものでな。自覚的な悪人が私の好みだと言うだけだ。綺麗事を押しつけて自己満足を「相手にとっても良い事」だと思いこんでいる存在は、気味が悪い」
「だから排除したのか?」
「ああ、単に私の趣味趣向の問題だ」
「それで先生は後悔とか、罪悪感とか・・・・・・無いよな」
「聞く前からわかっているなら聞くな。そういう自分の中にしかない後悔など、私最も忌み嫌うものではないか。大体が、私が悩むのは私の事柄のみだ。関係ない人間がどれだけ死のうが知らん」「そういうところが、人間離れしているんだよな・・・・・・人間って生き物は、普通先生みたいな物質的な悩みではなく、むしろ精神的な悩み、先生の言うところの「内側の悩み」に生涯を費やすものなんだ。先生はその辺、精神的には悩みがない代わりに、物質的な悩みが多いよな」
「嬉しくないね」
「けど、精神的な悩みというのは絶対に解決できないものだからな。先生みたいに自分が幸福を感じられなくても自己満足でいいや、なんて開き直れず、生涯苦しみ続けたりするんだぜ? 人間が本来生涯を賭けて悩む問題を、先生は生まれつき解決しているんだ。物質的な悩みなんて、それに比べれば大したことない気もするが」
「確かに」
 色々悩んだところで私はすぐ忘れるし、生まれてこのかた精神的な面で悩んだことなど一度もない。金が儲からずに悩んで死んだ方がマシだみたいなことを考えることもあるにはあるが、どうせそれもすぐ忘れる。
 嫌なことは忘れることが出来る人間だ。
 だが。
「切実な悩みだがな。金に関しては、特に」
「本が売れないことが?」
「ああ、そうだ」
「本当はそんなに気にしていないんじゃないのかと、俺は思うがね・・・・・・実際、金にもほんの売上げにも困らず、全てに満たされたとき、先生はどうなるんだろうな?」
「いつも通りだ。自己満足のために作品を書き、美味いモノを食べて自己満足し、面白い本を読んで自己満足し、コーヒーとチョコレートで嗜好品の良さを味わいながら、適当に楽しむさ」
「それだけかい?」
「それだけで足りなければ、金の力と私の自己満足能力で、何か楽しめるモノを探し続けるさ。面白いモノを探し続けることは、そのまま作品に活かせるしな。何より、生涯現役で作家を続けることで「生き甲斐」としているのだから、私が物足りなくなって退屈することだけは、無いな」
 物語はどこでも書けるからな。
 豊かになっても、面白いモノが見つからなくても、面白いモノを求め続け書くべき事がある限りこの私のアイデアがつきることはない。
 そしてこの世界には書くべき事がごまんとある・・・・・・幾らでも、「無限に」物語を書ける。書くことが無くなることなどあり得ない。
 仮に書くべき事が無くなったら、書くべき事が無くなった世界をテーマに、また物語を語り聞かせるだけだ。
 私が生き甲斐を失うことは、あり得ない。
 失えるようなモノでもない。
 それもまた、私の一部なのだから。
 だから後は金だけだ。物語の売上げで、現実的にも自己満足したいだけだ。
 ただの、それだけだ。
「この生き方で散々苦労してきたが、おかげさまで私が生きることに退屈することは無くなった。だから後は金だけだ。自己満足を通せるように、ならなければな」
「通せるようになったら、「サムライ」も辞めるのか?」
「まさか」
 取材ついでに金が貰え、寿命を延ばせるこの素晴らしい役得を、手放すわけがない。
「私にとってもこれは「都合が良い」からな。辞めるつもりはさらさらない」
「先生はブレないな」
「当然だ。そうでなくては面白くないからな」
 革命税、などと言って金を巻き上げておきながら、自分たちのやることを正当化しなければ行動できない輩とは、私は違う・・・・・・誰がなんと言おうが知ったことではない。
 私の基準は私が決める。
 ただの、それだけだ。
「革命税など、紛争地域では珍しくもない。表向きは小綺麗に飾っていたが、裏側は酷いものだ・・・・・・税金を払わない奴は報復し、その上でメディアに対しては美味く立ち回っているのだから、始末に負えない」
「正義感でも出したか、先生?」
「違うな。私が言いたいのは「物事には裏側が存在する」ということだ。そして忌々しいことに、その「裏側」を見ようともしない人間の数は、圧倒的に多いという事実。それが気に食わない」
「だから、あんなひねくれた物語ばかり書いているのかい?」
「まぁな。見ないで済ませようとしている読者共が、裏側を知ってしまい、読むことを止めたくても止められず、苦痛に身をよじらせながら読む様は、想像するだけで愉快なものだ」
 今回の件も、結局のところ紛争地帯をメディア越しに見た人間は多くても、麻薬売買や人身売買などの「国家規模の犯罪」が実に堂々と行われていることを知る人間は少ない。
 考えてみれば法律でだれも介入できない地帯で臓器売買や人身売買、麻薬の栽培から革命税の取り立て、虐殺による統治が行われるのは至極当たり前のことなのだが、誰も知ろうとはしない。
 知りたくもないらしい。
 聖女ともてはやされた聖女を、メディアで取り立てて「悲劇のヒロイン」を哀れむことに必死だったようだからな。誰も裏側など、知りたくもないし知りたい部分だけ知れればいいのだろう。
 それではつまらない。
 だから、私のような人間が綴るのだ。
 しかし、寒いなぁ。
 私は、暖かいモノを、求めただけだったのだが・・・・・・随分遠くまで、来たものだ。
 まぁ人間の自己満足など、自己満足できる環境があればいいモノだ。その自己満足が「正義」などという名前を持つと、たちまち厄介な怪物へと変わり果てるのだが。
「テロリズムの過激化が進む一方で、「テロリズムの抑止」だとかそういう建前があれば、世の中は何をしても良いという風潮がある。だが、それも結局は今回の聖女様と同じ、ただの自己満足でしない・・・・・・錦の美旗を掲げていれば、自分が正しいことをしていると思いがちだが、実際はただ本人がそう思いこんでいるだけだ。自分が正しいと思いこめれば、いや自分を騙せれば、何の後ろめたさもなく人を地獄にたたき落とせる」
「先生との違いは何かな」
「自覚した上で押し進めるか、自覚しようとしないで思想を「外注」するかどうかだな。結果としては変わらないはずだが、しかし自覚のない人間は醜いものだ。「正しい」という思いこみは、自分も他人も見えない人間を、作り出すからな」
 まぁそれも行きすぎると、私のように喜怒哀楽すら全く理解できない人間になるわけだが。
 実際、「嬉しい」という感覚が私には想像もつかないし、悲しみや哀れみは感じようともしない上、喜びも怒りもすぐ忘れる。
 それを人間と呼ぶのかははなはだ疑問だ。
 別に違っても構わないが。
 金と充実こそが重要だ。作家として実利を得て豊かな生活が送れるならば、なんでもいい。
 他はどうでもいいのだ。
 本当に。
 興味すらない。
「モノの真贋など、あろうがなかろうが同じだろうに、何故そんなモノを気にするのか」
「先生は気にしなさすぎだろう。自分の作品が真贋のどちらに属すのか、あるいは今回の被害者気取りのように「自分は正しいのか」気になったりしないのか?」
「しないな」
 即答した。
 即答、できた。
 私にはどうでもいいことだ。
「真贋などささいなことだ。問題は売れるかどうかだ・・・・・・中身が空なら堂々と虚飾すればいい。薄っぺらいならば表面のみで完全に騙しきればいい。問題はそれが金になるかだ」
「よく、そんなに気にしないでいられるもんだよな・・・・・・劣等感とか、まぁないとは思うが、しかし作品を書く以上、先生だって作品の出来は気になるはずだろう? それに自信が持てない出来なら心配になったりしないのか?」
「いつも言っているだろう。それは私が決めることだ。正しいか、正しくないか、傑作か否か、あるいは本物かどうかさえ、私が決める私の基準だ・・・・・・誰かが介入する余地などない」
「先生の自己肯定力だけは尊敬するぜ」
「本来、「自分を信じる」など当たり前のことだ・・・・・・誰かの評価を気にして、周りの意見を伺って、行動に影響させるからだ。私なら作品の出来は書く前から傑作だと決めている。傑作しか書けないのだと自負している。間違っていようが知ったことではない。間違いかどうか、は私が決めることだからだ。だから誰かの言う間違い、などどうでもいいことだ」
「開き直りとも言えるが」
「そうだ。自分で決めたことならば堂々と開きなって「自分はやり遂げた」と思うべきだ。それに相応しい評価があって然るべき、と思う。いや信じると言うべきか。何かを志すなら当たり前のことだ。何の根拠もなくてもな」
「根拠がなくてどうして信じられる?」
「下らん。己のやり遂げた事に対して根拠など必要ない。成果が上がって当然なのだ。やり遂げた事に対して金が巡ってこないならば、周囲が無能で足を引っ張っているだけだ」
「・・・・・・やっぱ凄えよ、先生は」
 何が凄いかは知らないが、まぁどうでもいいことだ。こいつが私をどう評価するのかさえも。
 己の評価こそ重要だ。
 他人など知らん。
 知って欲しくば金を払え。
 考えるだけ考えてやる。
 考えるだけだがな。
 凄いか凄くないか、あるいは強いか弱いかと言い換えても良いが・・・・・・私にとってはどうでもいいことだ。結果、金が手に入り、かつ私個人の自己満足か満たされるかどうか。
 それが全てだ。
 その他大勢の被害など、知らん。
 どうでもいいしな。
 何人死のうが知ったことか・・・・・・この世が所詮自己満足だというならば、人の生き死にに善悪を求める行為など、それこそ偽善ではないか。
 己に自信の持てない奴ほど、偽善を持つ。
 自信がないからだ。
 自信を持つのに、根拠も勇気も必要ないというのが、私個人の実感だが・・・・・・「持つ側」の人間というのはこんなどうでもいいことで、よくまぁ人生を賭けて悩めるものだ。
 暇そうで羨ましい。
 内側の悩みなど、あってもなくても同じだ。
 金とは違って。
「そろそろか」
 私は目的地の惑星を見据えながら、窓の外の景色を見た。人間がどう悩もうが関係なく、今日も宇宙の景色は変わらなかったが。



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