非人間讃歌の類似点
今までのあらすじ
作品テーマ 非人間讃歌
14冊300万文字が無料!!!!!
さて、これからは有料記事云々に関しては、固定記事の方でも読めばいい。
非人間讃歌に関しては、今まで説明した通りだ───、一言で言えば
非人間故に、人間の弱点は無い

というのが結論だろう。
実際、私自身「客観的に見てもかなりアレな環境だったんじゃ無いのか」と今更ながら思わなくもないが、しかし考えるのは
生き延びる

勝つまで戦う

世界全てに否定されようが、「自分」を「信じ」る


と、いったところで「被害者ぶる」暇すらなかったぞ!!
例え、ここの読者に見る目が無さすぎて金にならなかろうが、それも
一度二度起きた
訳では無いのだ。嬉しくはないが、文字通り「勝つまで」私は続けるだろう。
裏切りも失望も、数え出したらキリが無い!!
であれば、やるしか無いなら、やるだけだ───つまり、
結果的にやることが同じ

というだけで、心情は異なるが手段は「同じ」という訳だ。
進まなければならない「道」があれば、
どれだけ困難だろうと運命に挑む


───実際、無理だとか無駄だとか、そんなセリフは聞き飽きたしな!!!
出来るはずも無い事を、30年も費やしていれば
嫌でも出来ると証明
した訳だ───実際、私には「執筆の才能」は無かったし、まず盗作から始めるような輩が「業界の改革案」まで書くなど、一体誰が想像する?
私自身、意味不明だ!! だが、書いて読んで書いて読んで何十年も繰り返し続けていれば、以前の記事の通り
嫌でも出来るようになるというものだ!! まして、改革案の一つ二つ「思いついて当然」と言える。
言えてしまう。嬉しくない話だ!! 誰か優秀な「仲間」とやらがいれば、それこそそちらに任せたいところだが───連中と違って徒手空拳。文字通り
才能
仲間
環境
人間讃歌の掲げる、便利な小道具が使えん訳だ───ちなみに、その影響なのか非人間の特色かは知らんが、以前も書いた通り


人間の共感する機能
だけは無いので、理解は出来てもそこ止まりだ。
平たく言えばこのサイトもそうだが、
SNSで人と人との繋がりを持つ
ような、能力だけは体得出来なかった───当たり前だ!! ただでさえ人間感情の理解に手間をかけているというのに、そんなもんに共感させられる訳が無いだろう!!!!!
忌々しい限りだ!!! しかし、それこそ
例の「人間讃歌の規範」に沿えば、むしろ「読者自身がどうするか」の問題であって、私には関係の無い話ではある••••••大体がほぼ「無料」ではないか!!!
一般読者向けの無料記事の最後にも書いたが、これ以上無償で広めるつもり(といっても14冊も作品だけである上、記事だけでも二百は書いたが)は無いのだから、それこそ「読者の勝手」としか言いようがない。
それで金にならないなら、メモ帳程度に使うだけだ••••••やれやれだ。
だが、逆に言えば非人間讃歌は
人間の悩みが一切無い

のが、大きな「強み」と言えるだろう。
言わば「感情そのもの」が「人間の真似事」なので
感情をそれはそれ
と言いながら、無限に行動出来る訳だ───そんな話もあったな。
そういう意味では、私は
金が欲しい
から、集金しようとしている訳ではない。
確かに、忌々しい人間社会にこれ以上振り回されるのは御免だが、逆に言えば人間の下らん社会形態に付き合わなくて済むなら「最低限の金」だけで構わない。
考えてみろ!! 実際に30年やったんだぞ!!?

「頑張りましたが、成果は出ませんでした」で、「納得」する奴がいると思うか!!?
そういう話だ───むしろ、ここまで遠回りして「個人の利益」を得ないままくるというのも、ある種の「奇跡」としか言いようがない!!!
普通、どこかで勝っているぞ!!!
やれやれだ───お陰で業界改革案を企画書仕様書まで書き上げたが、それらが役立つかも「読者次第」になるだろう。
その点、人間はそういった事が「出来ない」からな••••••出来たら人間とは呼ばないだろうし、エイリアンか何かと思われる。
だが、執筆においてはとりあえずやった••••••私は学者では無いので詳しくは知らんが、恐らく
努力で到達出来る限界点

には、到達しているという自負はある。
実際、執筆関連には以前話した通りだ。基本「幾らでも」書けるし、表現に困る事も私は無い──────30年もやってりゃ当たり前だが••••••。
やれやれ───とにかく、私には人間らしさが無い分、その辺りには強かった。
まず
指を指されて生きる経験
を、私ほどした奴もいないだろう••••••生まれてすぐそういった経験ばかりだったが、それ以上に「非人間の性」を抑えきれていなかった頃は苦労した。
危うく、殺しかけたしな───人間は実に面倒臭い。
相手を見て喧嘩を売れという割には、相手が殺人鬼でも気づかない。目玉が豆腐でできてるんじゃないのか?
なので、分かり易いのが以前書いた「いじめ問題」だが、例えば
周囲に追い込まれて死を選ぶような状況において

真っ先に「どう敵を殲滅するか」を考える
のも、非人間讃歌の「強み」だろう。
攻撃性能なら人間讃歌に負けはしない。実際、
「抜き差しならない状況」

ならば非人間讃歌の方が役立つだろう。
何でも綺麗なら良い訳じゃない
という訳だ───言わば「人間讃歌」が「表」であれば、非人間讃歌はその「裏」だ───人間の本質そのものと言える。
目先の利益を求めるのは、生物として当然だしな••••••実際、夢想ばかり見て
将来性があるから
と、付き合う連中は皆大成するか?
つまりは
人間讃歌は理想そのもの
であって、簡単に体現出来れば苦労は無い。
最初からそんなものが出来るのは、それこそ恵まれたボンボンだけだ••••••同じ手段で違う能力───追い付く訳が、無いだろう?
だが、それでも勝つなら非人間讃歌だ。
人間をやめれば

勝てない筈の相手にも戦え

生まれついての差を超えられる
ので、やってみる価値はあるだろう。
実際、人間讃歌が適用されるのが「持つ側」だけに限られる───そして、そこまで恵まれた奴等の悩みなぞどうでも良い。
邪道作家シリーズは、その参考になるだろう••••••少しでも取り入れられれば、人間の悩みなぞ「どうでも」良くなるに違いない!!!
何せ、私は悩まなかったからな。
考えてみれば「作家としての苦悩」だのは、当然ながら付随する。だが、一方で私は人間らしい悩みなど一度も無い。
大体が「将来の不安」なんてものを

今生き延びるのに必死な悪党
が、考えるとでも思うのか?
それだけではない。要は「人間の枠組み」に自分を置かなくなれば、当然「発想の枠」も人間を逸脱したものとなる。

こちらは完全に駄目な例だが───とにかく「人間の規範」では悩まない。
要は、バランスだな。何であれ過剰にすれば
人間讃歌とて毒にしかならない
のは確かな「事実」だ。
なので、結果的にではあるが、
人間讃歌と行動規範は同じ





なのかもしれない───実際、30年もやったからな••••••あちらと違ってすぐ達成したりはしなかったが、それでもやった。
小手先の狡いやり口は苦手だ。私の執筆への印象は
殴り合い殺し合い
であって、お上品さや要領の良さは無い。
書く気にもならんしな───非人間としての「人間性の本質」を抉り、目を背けられる闇の限りを描き出す。
まして「覚悟」など志した時点で出来ている───そも
しなければ死ぬ状況
ばかりだったので、半ば無理矢理だが。
何より
誇り高さを求める


こちらに関しては「長くやればそうなる」というのが、我ながら素直な感想だ。
実際には「ゲス野郎」の方が、このサイトにおいても成功してしまっているが───だが「長い目で見れば」と思っておこう。
非人間だろうと「楽して儲かればいい」などとほざく関係者は虫唾が走る!! 誇り高さの無い奴に「執筆」を志す資格は無い!!
いっそ、業界丸ごと洗浄したいくらいだ••••••今すぐ地獄にブチ込めないものか••••••
やれやれ。だが、何を言われようと
信じる何かを「最後まで」やり抜いた
部分は間違いない。
悪だろうが善と呼ばれようが、同じ事だ。
世界に胸張り限界を超えてやり切れ
出来ると信じて自負を信じろ
何があろうが、信じた道だけは
「決して」 譲るな!!!
さて、あとは読者次第だ。
やれるだけやってみろ!!!
骨は私が拾ってやろう!!!!!
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例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!!
差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!