邪道作家2巻 主人公をブチ殺せ 分割版その2
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「まもなく着陸します」
そんなアナウンスが聞こえるほどに、我々二人の乗っている宇宙船は惑星へと接近していた。
にもかかわらず、私たちは二人とも、景色を眺めることすらできなかった。
「な・・・・・・なんだ、この「生物」?は」
突然の出来事だった。
大気圏を突破したあたりで宇宙船に生物らしき影が張り付き、蛇みたいに長いそのベロで、フカユキの腹を貫通させた。
タコのような吸盤のついた手。
蜘蛛の出来損ないのような顔と口。
腹には、人間の顔面らしきものが埋め込まれていて、うなり声を上げていた。
「BUUUUUUUSILYURURURU!」
うなり声と言うよりも、鳴き声か。
フカユキは何故自分が攻撃されたのか、それが疑問らしく、「なんで、なんで、私ちゃんとやったよ」と、うわごとの用につぶやいている。
どうでもいい。
この女初めからハメやがったとか、だから女は信用ならないとか、そういったことよりも、まずやるべきことがある。
「ど、どうやって殺せばいいのだ・・・・・・?」
先ほど、幽霊の日本刀で斬ってみようとしたが弾かれてしまった。生物ならば、いや非生物にだって「魂」はあるはずだ。
なのに斬れない。
「こ、こいつには魂が無いのか? いや、そもそもが、魂の存在しない化け物なんて、そんな奴が何故私を殺そうとしている?」
間違いないことは、私を殺すことを目的としていて、かつ殺す方法が分からないことだ。柔らかそうな顔面を叩き斬ろうとしたが、やはり堅くて弾かれてしまう。
「ぬおっ」
転がって後ろに下がった。そこで外を見ると、どうやらこの宇宙船は「蜘蛛の糸のようなもの」に絡め取られているらしく、墜落は時間の問題のようだ。
とはいえ、私は邪魔者を生かしておくつもりはさらさらない。
「何者か知らないが、邪道作家を舐めるなよ!」 斬れない、というなら斬る必要はあるまい。
私は化け物の周囲を機体ごと叩き斬って、思い切り蹴りを入れた。
「ギィイイイイイイイイイイ!」
物理の法則に従って、かどうかは知らないが、こんな高速の機体から放り出されて平気な奴は居まい。
「ふん、じゃあな。自己紹介する暇もなかったがとりあえず地面に熱烈なキスでもしてな」
雄叫びをあげながら墜ちていく化け物を見るの持つかの間、当然ながら恐ろしいまでの吸引力で空気が外に吸い出される。
「まずいぞ・・・・・・何とかしなければ」
このままではあの怪物と同じ末路をたどってしまう。まず間違いなく死ぬ。
「考えるのだ。「もし自分が主人公なら?」どうするのか。そこに正しい答えがあるはずだ」
ふと、フカユキの姿が目に入る。見捨ててしまおうかと思わなくもなかったが、ここは直感に従おう。少なくとも、ここで見捨ないのが主人公の思考のはずだ。
「な、なんで」
何でも何もほかならぬ私が生き残るために「必要そう」という、根も葉もない理由なのだが、それを話しても恩は売れそうにないので、「死に賭の女を見捨てるのも、寝覚めが悪いからな」と、心にもないことを言った。
しかし重い。
実際、身動きのとれない人間とは重く感じるものなのだ。選択を誤ったか?
「そこの、奥に」
小さな声で、右手で場所を示しながら」
「私が使うつもりだった、パラシュートが入っているから、それを」
成る程、そのパラシュートで自分は脱出、私はあの怪物の餌になる予定だったらしいが、それを言っても仕方がない。
とりあえずは、生き残ることが先決だ。
パラシュートを使い、私は外へ出た。
爆風を散らしながら墜ちていく宇宙船をよそにギリギリ、生き残ることができた。しばらくして地面に着地し、血塗れのフカユキを見て考える。
このまま見捨てても良いが、しかしそれでは状況がつかめない。何に襲われているのかもよく分からないままになってしまう。まぁ、始末するかどうかは、保留するしかないだろう。
やれやれ、参ったぞ。
何にせよ、この女を治療するなら現地の人間に聞くしかないだろう。私はあちこち走り回って、近くにあった大きな町の中、それも人目につきにくそうな通りで、医者は何処か訪ねた。
しかし、どうやらここにはそんなモノはいないらしく(なら、病気になったとき、どうしているのだろう)唯一可能性のありそうな、近くの廃病院へと向かうことにした
止血はすでに済ませておいたのですぐ死ぬ、と言うことはないだろうが、このままではこの女、フカユキが失血死してしまう。いろいろと探し回ったものの、献血用の血液など、そうそうあるものではない。
ベッドはあったので、そこにフカユキを寝そべらせた。腹からは少し、血が漏れている。
どうしたものか。
「誰だ、お前」
と、考えている最中、後ろから銃を向けられていることに気付いた。ゆっくり後ろを見ると、無精ひげを生やし、黒縁の眼鏡をかけた白衣の男が、こちらを見ながらなれない手つきで銃を向けている。
「見ての通り、急患だが」
「そりゃあ、見れば分かる。あんた、あのギャングどもと、何か関係があるのか?」
「ギャング?」
初耳だ。
いや、例の依頼主のことだろうか。
「そんな奴らと一緒にするな。それより、手が合いているなら、手伝ったらどうだ」
「そりゃあいい。お前さんにできることは、きっと俺の手伝いくらいだろうがな。消毒液がそこの奥の棚にある。持ってきてくれ」
「・・・・・・」
罠である可能性も十分あったので、警戒を怠らずに消毒液を取り出し、後ろから見ていることにした。
「見るな、気が散る」
「手術ミスがあっても迷惑だからな」
「言ってくれるぜ」
そんなヘマするかよ、といっててきぱきと作業に取りかかっていった。男は名をヘンリーと言って、どうやらここで闇医者をしているらしい。
なれた手つきだ。
人間を捌くことになれている。
「終わった、あとは、そうだな。お前さん、血液型は?」
私は血液型を伝えた。
「なら、たぶん大丈夫だろう」
「多分って、違ったら死ぬぞ、そいつ」
「このまま放っておいても死ぬさ。腕をだしな」 言われるがままに献血をし、そしてその血液を提供してから数時間後、どうやら落ち着いたらしく、フカユキはすやすやと眠っていた。
血液代は後で請求させて貰うとしよう。
「大した腕だな」
「うるせえ、何にせよ治って良かった」
「で、貴様は何者だ?」
いきなりそれかい、と肩をすくめて、
「おたくらのほうが、よほど得体が知れない。一体何やらかした?」
「奇妙な怪物に襲われてな」
「怪物、だって?」
心当たりがあるらしい。詳しく詳細を話して確認したが、間違いないらしい。
「なんだ、知っているのか」
腰を椅子の上におろして、ヘンリーは言った。「知ってるも何も、あれを作った一人だからな」「作った・・・・・・?」
あんな生物が作れるものなのか? それも、こんなくたびれた医者に。
人見た目によらないとは言うが・・・・・・。
「まぁ、厳密にはよくわからんモノの手術をしただけだがな。何でも、 人間に幽霊物質を埋め込むとか何とか、確か、魂の移植だのなんだのと、言っていた気がするな」
雑な記憶力だ、まぁ、現実はそんなものだろうとも、思えたが。RPGの村人じゃないのだからあまり多くを期待しても仕方がない。
だから知っていることを聞き出すことにした。
「魂の移植? それはタコとか、蜘蛛とかか」「何で知ってるんだ?」
私は事情を説明した。ヘンリーは考え込むようにして、「それは災難だったな」と、言って、
「サムライやニンジャが、幽霊、あの世の物質を使って戦うらしいって噂は知っているか?」
「ああ」
知っているも何も、持っている。
幽霊の日本刀、などという非科学的なモノを。「それを兵器化することに成功したらしいんだ。最も、ほかの生物の魂、なんてあるんだかも分からないモノを移植した結果、正気を失う奴も大勢いたらしいが」
成る程。
それがあの化け物のルーツというわけか。
「人間に蜘蛛やタコを移植して、何の意味が?」「たまたまさ。それは、移植が可能かどうかを実験するために、このあたりで数の多い生き物を使っただけだ。奴らのボスは霊媒師らしくてな。移植した後に降霊術を使って、まるで生き物みたいに動かすことができるんだとか」
眉唾だがな、とヘンリーは言った。
だから、死んでいるから私には斬れなかったのだろうか? 私の幽霊の日本刀は「魂」に「傷」を入れることができる代物だ。しかしすでに死んでいて、しかも魂が幾つも入っているのだとすれば、何でも斬れるはずのサムライの刀が弾かれるなんて現象にも、納得は行く。
だが疑問も残った。
そのボスとやらは、私の今回の依頼主は一体、何者だ? そしてなによりも、どうして私を攻撃したのだろうか。
「このあたりにサムライが入ったって情報を入手したんだが、何か知らないか」
ここは第三者の立ち位置を取って、関係ないフリをすることで、情報を集める。
と、思っていたのだが、
「いや、知らないな」
との答えが返ってきたので、空振り感に近いモノを覚えた。
だが、
「そういやぁ、その、未知のテクノロジーの元となるモノが欲しいとか何とか言っていた気がするが」
「元だって?」
「ああ、つまりどれだけ手を加えようが、結局のところはその未知のテクノロジーを扱う「サムライ」だとか、「ニンジャ」だとかの技術を流用しているだけだろう? だから、オリジナルのサムライだとかニンジャだとかを捕獲して研究するって話が持ち上がっているらしい」
成る程。
つまり今回の依頼は端っから私を捕獲して実験材料にするためだけに行われたわけだ。あの女、フカユキは私をハメて、恐らくはあの飛行機にくっついてきた化け物あたりに捕獲させて、自分だけは助かり、その上報酬も得るつもりだったのだろう。その結果、依頼主に始末されかけたというのだから、自業自得としか言いようがないが。
「あんたは、何故私たちを助けたんだ?」
話を聞く限り、そんな物騒な状況下で、余所者にはかかわり合いになりたくないはずだ。
「確かに、関わりたくはなかったさ」
「なら、どうして」
「俺は、医者として生きてきた。どんな状況だろうと変わらず続けてきた。例え胡散臭い余所者だろうが、見捨てることは俺自身の信念を裏切ることになっちまう。だから」
助けた、とそう言った。
このヘンリーという男は偏屈だが、キチッとした「芯のようなもの」が心にあるらしい。
そういう人間は好感が持てる。
扱いやすそうだしな。
しかし気になることもあった。私には信念に準ずる人間が、何故見返りだとか、自分にとって得になるものを放棄できるのか、全く理解できないからだ。
だから聞いてみることにした。
「なあ・・・・・・その、所謂「信念」ってモノが、私には理解できないんだが、信念のために貧乏になって、苦痛や痛み、嫌なものやことを良しとできるのか?」
純粋な疑問だった。
昔から私が考え続けている難題の一つでもあるのだが、しかし、信念とやらを持った人間ならば案外あっさり、答えられるかもしれないと感じたのだ。
しかし予想を裏切って、
「できないさ。それでも、まぁ結局は助けちまうわけだから、良しとしてるのかもしれないな」
とヘンリーは答えた。不思議だ、信念のために苦しむことを、良しとしているらしい。人間は自ら苦しみだとか痛みだとか、つまり「嫌なもの」を求めるようには出来ていないはずだと考えていて、だから信念と呼ばれるモノを持っている連中とて、例外ではないのではないかと考えていたのだが、どうやら当てが外れてしまった。
しかしそれなら疑問が残る。
だから聞いてみた。
「ならどうしてだ? どうして痛みや苦しみをあえて受け入れられるのか、疑問でならない。今回だって、私たちを見捨てれば早かったんじゃないのか? そうすれば、金は手に入り、厄介事には関わらずに済む」
「そうかもしれない。だが信念に準ずる以上、そこに後悔は残る。それは悪だ。紛れもない悪だ」「悪だったらいけないのか? 自分の損になることをして、それが善行だから受け入れて、痛がって苦しめとでも?」
「確かに、そうだ。だが信念とは損得じゃない。もしそうだったとしても、器用に生きられないから「信念」なんて大仰なモノをかがげて生きているんだろうな。まぁ、とどのつまり、賢い生き方が出来なかっただけだ」
私はそうはなりたくない。
小綺麗な理屈よりも、そんな善人ぶって誤魔化すことよりも、誤魔化さずに幸福を手に入れたいのだ。それは悪いとは思わないし、そのために私は金を求め、作品を書いてきた。
しかし、実際本物の幸福があったとしても、やはり私には実感として感じられないわけだから・・・・・・この男の言い分が正しいとするのならば、私も賢くは生きられていないのだろう。
私は作家だが、別に作家業は私が幸せや豊かさを手に入れるための手段に過ぎない。作家業に陶酔して、この男のように自分を犠牲にするつもりなど最初から無い。
私は私の幸福のために行動する。私の立場からすれば、ヘンリーの言葉は全く私の胸には刺さらなかった。当然だ。自信の生き方に陶酔して、ほかでもない己自信を犠牲にするなど馬鹿げていると、結論づけざるを得ないのだ。
しかし、人間の「意志」だとか「信念」に力が宿るのだとすれば、軽視も出来ない。本当にあるのだろうか・・・・・・信念に従えばこの医者のように目の前の不審人物を助け、そのために痛みを伴うことになったとしても、それを容認する。
私にはまだ解らなかった。
とはいえ、信念の在り方が「賢くないから」で片づけられても納得がいかない。ここはもう少し掘り下げて聞いてみた方がよいと思い、私は話の方向を変えてみた。
「そんな風に信念に従って生きるというのは、どうやって決めたんだ?」
「? どうやって、とは?」
聞き方が回りくどかったか。
「つまり、過去に、何かそう言う生き方を選ぶ原因のような、大きな出来事でもあったのか? という意味だ」
「過去か・・・・・・」
医療用簡易ベットですやすやと眠るフカユキを一瞥した後、椅子に深く座り直して「いいだろう、お嬢ちゃんも安静にしていれば問題なさそうだしな」と言って、改めて私と向かい合う形でお互いに椅子に座った。
「15年前のことだ。俺は軍にいた」
「軍人だったのか?」
「いや、軍医だった。雇われだったが、給料は良かった。そこで日がな一日死体なのかそうでないのか区別の付かない肉を扱っていた」
私は黙って、続きに聞き入った。
これは作品のネタになりそうだ。
不謹慎かもしれないが、作家というのは皆このようなものだ。
「ヘンリーってのは偽名でな。昔の戦友の名前なんだ。従軍後、二年くらいの付き合いがあって、テトリスでよく遊んでいた」
「テトリス?」
意味が分からない。
戦場でゲームなんかやっているのだろうか?
「やってるさ、何せ娯楽が少ないからな。最前線での生き残りよりも、ゲームがうまい奴の方がもてはやされたくらいだ」
「奇妙な戦場もあったものだな」
「そうでもない。娯楽は少ないし、何時死ぬか解らない人間の集まりだ。楽しかったよ。当時はドローンの無い戦場もあったから、俺たちみたいな人間の兵隊、イレギュラーに対応できる兵士は貴重だったんだ」
最も、程なくして軍用アンドロイドが本格採用されて、お払い箱になったがねと、やや自嘲気味に呟いた。
戦場なんてほとんど機械がやっているものだと思っていたが、まさかそこに混じっている人間もいるとは。
「何故、人間なんか必要になったんだ? 高性能な機械どもに任せていれば」
良いんじゃないのか、と、そう思ったのだが、「そうでもない。現行のアンドロイドもそうだがロボットは優秀であるが故に、弱点もはっきりしているのさ。有能すぎるそのオツムを支えるのは最新テクノロジーの塊だ。レーダーにはどうしても反応してしまう」
「それは、人間も同じなんじゃないのか?」
「いや、全身を泥で塗りたくってサーモグラフィー(熱探知)を回避し、原始的なトラップや武器で挑んで、武装したアンドロイドを壊滅させる解放団体は多い」
「解放団体?」
初耳だ。
このご時世に何から何を解放するというのだろうか。
「機械の支配から解き放たれ、旧き良き時代を取り戻そうとする連中だ。最も、ほとんどは麻薬の売買ルートに使っている地元を荒らされたくないギャングまがいの連中だが」
戦争の相手は時代によって変わる。
しかし、まさか今の国家がそんな原始人みたいな奴らと、最新のテクノロジーで争って負けていたとは、何だか愉快な話だった。そして所謂自由とかそういった聞こえの良い正義を掲げる輩が、テロリズムにズブズブと沈んでいることに気付かないところも、昔の戦争と変わらない。
「だから、軍医なんて古くさいモノがいたのか」「そうさ。そして、そこで死ぬことも仕事だ。死んでしまえば、雇用にかかる経費も、払わなくて済むからな」
ジョークかと思ったが、そうでもないらしく、暗く、虚ろな目で彼は語り始めた。
戦場という地獄を。
「雇用には金がかかる。だから安上がりな俺たちですら、死地に追いやって敵と心中してくれればありがたいってのが上の考えだった。だから死んで死んで死んでいった。それこそ何の意味もなく経費節約のために死んだ」
まぁ、上は無駄な兵力を使わずに済んで喜んでいただろうがね、と皮肉混じりに彼は言う。
「兄貴肌のボブは、箸を使いたがっていた。日本が好きで、好物は寿司。よく笑う奴だった、一度女を取り合って馬鹿な決闘をしたこともある。音楽はシューベルトが好きで、意外に繊細な」
「死んだんだな」
話が長くなりそうだったので、私は先を促すことにした。くだらない後悔、罪悪感よりも、リァリティのある体験談が聞きたいのだ。
「・・・・・・そうだ」
若干不機嫌になりながらも、ヘンリーは続きを話し始めた。
「HENREYというのは、親しかった仲間たちのイニシャルから取って付けたものだ」
と、そこまで聞いたあたりで、私の興味は完全に削がれていた。
なんだ、ただの罪悪感からくるものだったのかと、落胆を表情に出したかもしれない。
しかし、
「と、まぁ色々あったが、後悔はしていない」
と言ったのだ。
しかし、なら何だというのだ。
助けられなかったから助けたいとか、仲間が耳元でささやく気がするとか、そういった後悔でなければ、この男の信念は、どこから来ている?
何のために助けているんだ?
「・・・・・・解らないな。それなら別に、無理に助ける必要なんて無いじゃないか」
「そうでもない。後悔しないために、戦う。これは医者でも何でも同じことだ。俺は後悔したくないんだ。後から「助けておけば良かった」って思ったところで、死んだ奴は生き返らないからな」「ふん。なら、後悔しないためというただそれだけの理由なのか」
「いいや、もう一つあるぜ」
なんだろう、金だろうか? しかし、この男は大金を要求する態度は今のところ見せていない。 くっくっと人が悪そうに笑い、
「腕がなまっちまうからさ」
医者は健康に悪そうなたばこを吹かしながら、そう言うのだった。
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ギャングの圧政はろくでもないらしい。
フカユキが目覚めるまでの間、そんな話を延々とさせられた。まあ、国家というのは人民のためではなく官僚や富裕層のためにあるという事実はやはり、大昔から変わらないらしい。なんにせよフカユキが目覚めるまでの間、買い出しにでも出かけようと考えて私は外に出た。
しかしそれが災いしたと言うべきか・・・・・・外を歩いている最中に、チンピラらしき連中に絡まれてしまった。
その猫背のチンピラは粋がっているのか、
「おい兄ちゃん、ここには通行料がかかるんだぜぇーーー通行料がよぉ!」
と、ナイフをちらつかせながら頭の悪い台詞を私にぶつけるのだった。
どうしたものか・・・・・・「始末」するのは簡単だが、しかしそんな目立つする真似をするわけにも行かないので「そこの路地裏で話しませんか、他の人の迷惑になりますから」と、始末しやすいように誘導することにした。
路地裏なら派手にやっても問題ないと踏んだのか、若者は「いいぜ」と了承し、路地裏に入るチンピラに、続いて入ろうとしたその時だった。
「・・・・・・どこへ行った?」
先に路地裏へ向かったはずのチンピラの姿が、どこにもない。
いくら何でも急に、私を見逃すことを考えたにしたって、不自然すぎる。どういうことだ?
「おーい、いないのか? それならそれで」
帰らせて貰う、と言おうとしたその時だ。
何か、すする音が聞こえた。
それもスープを皿ごとの蒙として失敗したみたいな、下品な音だ。
「おい、一体どういう」
と、路地裏のさらに向こう側、飲食店の裏なのか、大きなゴミ捨て場のあるその場所で、
「食べられちゃってるよォォオオ、俺今日はタコパスタ食べたのに、その蜘蛛なのかタコなのかよく分からない化け物に食べられちまったんだよォオオオォオオオ!」
人間を補食する、先ほどの怪物の姿がそこにあった。蜘蛛のような顔面は容赦なく人間を食いちぎり、食べていた。気まぐれに血を吸っている。飲んでいるのだろうか? 人間の血を?
「まずいぞ・・・・・・」
まさかマッハで動く宇宙船からパラシュートなしで降下して、生きているとは・・・・・・いや、ヘンリーの話を聞く限りだと、生きてはいないのか。 始末できるだろうか?
幸い向こうはこちらに気付いていないらしく、人間をむさぼり食うことに夢中のようだ。あんな蜘蛛なのかタコなのかよく分からないちぐはぐな生き物が、人間を食べる姿は非常にシュールでしかなかったが。
「ぐるる」
と、鳴き声を出しながらこちらを見た。私は既に身を隠していたので、視認されているはずはないのだが・・・・・・しかし、あんな鼻が付いてるのかも解らない怪物相手に、油断は禁物だ。
どうしたものか・・・・・・日本刀の幽霊、サムライの持つ最強の武器は、こいつには通じない。この世のモノに対して無敵の力を持つわけであって、あんな怪物は想定していないのだ。
いや、まてよ。
そもそも、本当にあの生き物はあの世の物質のみで構成されているのか?
もしそうならこの世の留まれないはずだ・・・・・・つまり生身の、生きている部分がないとおかしいではないのか?
どういう原理かは知らないが、そのはずだ。
確か、そう、腹の部分に人間の顔みたいなモノが、埋め込まれていたような気がする。
見ると、やはり腹の部分に人間の顔みたいなモノがいくつか埋め込まれていた。不気味だ。しかしもし! その生身の部分がこの世に留まらせるのに必要なパーツならば、破壊することで消滅するかもしれない。
やるしか、ないか。
私は食うのに夢中になっている怪物の腹の下に滑り込み、幽霊の日本刀で思い切り叩き斬った。「GYLAAAAAAAA!」
悲鳴みたいなもの(鼓膜が破けるかと思った)をあげ、汚い汁をまき散らしながらも、私に迫ってきた。
「ぐ・・・・・・来るな」
壁に叩きつけられて身体が痺れた。
動けない。
幽霊の刀を振り回すが弾かれてしまい、蜘蛛のような顔面が私に迫る。
「UNGUAAAAAAAAA!」
「う、うおおおっ!」
食われる、と思ったが、どうやら力尽きたらしく、その場に倒れてしまった。
「驚かせやがって!」
私は戦闘が苦手なのだ。もう二度とこんな危険なことは、やりたくなかった。とりあえず思い切り怪物の死体を足蹴にし、ストレスを発散してから考える。
「まさかこんな奴がいるとは・・・・・・生物なのか? それとも人工的な怪物なのか? なんにせよ、くそ、あの女・・・・・・目が覚めたら聞きたいことが増えたな」
今更あの女を始末したところで、追撃は止まらないだろうしな。やはり、女の依頼は鬼門なのかもしれない。とりあえずはその場所を離れ、私は買い出しを済ませて廃病院へと戻ることにした。 階段を上り、部屋へと近づくと、声が聞こえてきた。
「大丈夫」
「計画通り」
断片的な話しか聞こえなかったが、どういう意味だろう?
まさかこいつら手を組んでいたのか?
「これで、あいつらも諦めるはずだ。俺たちにはもう、用はないはずだし・・・・・・」
「甘いわ。私を簡単に見捨てる連中よ。そんな約束、反故にするに決まってる」
「しかし、もう俺はさっきの男の居場所を、彼らに売ってしまったぞ」
ヘンリーはどうやら、私を先ほどの怪物に食わせるつもりだったらしいことと、二人が手を組み始めているらしい話が聞こえてきた。
裏切りは女の性と言うが、節操のない奴だ。
しかしどうしたものか、このまま話を聞いたところで、私が死んだ場合を想定して話が進むだけで、大した進展があるようには思えない。
そう思っていたのだが、
「私、彼を助けに行くわ」
と、フカユキは思いがけないことを言った。
今更遅いとも思ったが。
「ギャングか何か知らないけど、これ以上ビクビク暮らしてなんていられない! 私は戦う」
「よせ」
とヘンリーが押しとどめる。
「かなうわけ無いだろう。現実を見ろ」
「現実はあいつらに捨て駒にされただけよ」
ヒステリーな怒りで内に籠もられても困るので私は「コンコン」と開いているドアを叩いた。
「い、生きてた」
「人をハメておいて、随分な言いぐさだな」
「ごめんなさい・・・・・・ああするしかなかったの」 すまなさそうにすること。
どうやらそれは罪悪感を消してくれるらしく、私には彼ら彼女らが、実におぞましく見えた。
先ほどの怪物よりも、おぞましく。
極論、こう言った連中は殺人や保身を「しかたがないから」と言う理由で、あたかも良いことをやったかのように演出するのだ。
冗談じゃない。
こんなクズ共の為に利用されたのは腹が立ったが、まあ言っても仕方がない。
そもそも、依頼料金が前払いだったことから、この女はどこにでも逃げられた訳で、恐らくは人質でも取られているのだろう。
「人質でもいたか?」
ぎょっとして「どうして分かったの?」とフカユキは言った。
これでは利用されるわけだ。
「別に、ただのカンだ。なんにせよ、話して貰おうか? でなければ始末させて貰う」
「フカユキ、この男は」
「大丈夫」
茶番はいいから早くしろ、と言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は椅子に座って、彼らの話を聞くことにした。
人間は所謂「道徳的」であることにこだわるもので、それはこういう彼らの人間らしい葛藤であったり、あるいは即物的なところでは寄付をすることなどがそうだと言える。
私はよく寄付をする。と、いっても当然善意からではない。自分の悪意を、欲望を肯定しているからだ。だから私は「強運」の為に、多額の寄付をしてきた、まぁゲン担ぎみたいなものだ。理由はどうであれ、私の金で命が助かったのなら、その命を最大限活用して私の役に立って欲しいものだ。銀河の裏側がどうなろうと知ったことか。
何故こんな話を始めたのかというと、それが
私にとっての「人生のテーマ」だからだ。
幽霊の日本刀なんてモノがある以上、人間が死んだ後には「あの世」だとかと言ったモノがあるかもしれない。しかし、そこには大きな疑問が残るのだ。
一体、どうやって「天国」だとか「地獄」だとかに人間を仕分けするのだろうか? もし、そこに何かしらの法則があるならば、遵守する事によって私のような人間も「天国」に行けるかもしれない。とはいえ、その「天国」なんてモノがあったところで私は何も感じないかもしれないし、地球の女、あの女と取り引きして、寿命を延ばして延命している以上、老衰によって私が死ぬことはないだろう。
願い下げな場所かもしれない。
しかし、だからといってわざわざ「地獄」(そんなモノがあるのか?)に墜ちるかもしれない行動をすると言うのも、理にかなっていない話だ。 人間は死んでしまえばすべてを失い、無となるというのが真実なら、金だとか愛だとか、名声だとか能力の高さだとかで、人間を比べて天国に行くか行かないかを決めているとは思えない。
思わない。
そんなわけがない。金はこの世を生きる上で必要だが、しかしそれだけだ。あの世には持っていけないし、何より裕福さと人間性には因果関係はないものだ。
だとしたらやはり「徳」だとか「善行」だとかで人間の価値が計られて(良い迷惑だが)いるのだとすれば、ある程度良い人間のように振る舞うことは、とても重要な行動となる。
しかし・・・・・・目の前に神妙そうに座る女が、はたして幸運を運んでくれるだろうか? それだけはないと思う。
だとすればこの女を助けることは所謂「善行のような道徳的に正しいこと」だとしても、正直言って私に何の得もない以上、関わりたくもない。「お願いします、助けてくれませんか?」
などと、開口一番フカユキは言った。
低姿勢で頼めばよいと言うものでもない。それで人間性を持ち出してモラルに乗っ取って受けろなどというのは、ただの脅迫だ。
この女は必死さ、とでも言えばいいのか。誠意らしさ、救われるべき人間であるかのような振る舞いに、力を注いでいるようだった。
下らない。
誰が人質に取られただの、私たちを虐げるギャングは紛れもない悪だの、自分たちの正当性をまくし立てて話し続けられた。正直、途中からあまり聞いてはいなかったが、しかし同じような内容だろう、聞く必要はない。
「それで」
私は結論を聞き出すことにした。
「どうして欲しいんだ」
「助けて貰えませんか?」
などと言う姿に、寒気を覚えた。
私にしては珍しい。
要はこの女、何の謝礼も出せないけど、自分たちを助けてはくれませんか? あなたを罠にハメて殺そうとしたことは謝ります、改心しました。 だから私たちのために死んでください。
あわよくばギャングを壊滅させてください。
倫理観に従えばやらなければなりません。
当然YESと言ってくれますよね?
そう言うのだ。
人間の欲望というのは「善意」と混ざることで恐ろしく醜悪なモノに変わるらしい。こんな下らない、大した付き合いもない人間を助けるために命を懸けてたまるか。
私は作家だ。
戦うものでもなければ、救うものでもない。
そういうのは主人公の役割であって、私がやることではないだろう。物語があるとすれば、私はせいぜい語り手だ。
もし、彼らのような輩を助けなければ「天国」に行けないと言うのならば、あまりたいしたところでもないのだろう。 無理につきあう必要もない。
「断る、話はそれだけか? では失礼する」
「ま、待ってください」
このとき、私は違和感を覚えていた。それを活かせなかったのだからあまり言っても仕方がないが、このとき私はこの二人があまりにも、なんと言えばよいのか、そう「型にはまりすぎた」被害者面だと感じたのだ。
用心するべきだったかもしれない。
だが私は彼らを振りきり、早足でその場を去った。そして前金は貰っていたので、そういえばアンドロイドの幽霊がどうの、という依頼を受けてはいたが、似たような怪物を殺したわけだし、依頼主も納得するだろう。
そう思って泣きじゃくるフカユキを捨て置き、私はターミナルへと向かった。
いいなと思ったら応援しよう!
例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!!
差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!
