ひとりごと【シロクマ文芸部】 箱
ひとりごとが聞こえる。
誰のものとも知れない声が、ふとした拍子に紛れ込む。
私は、人には言えない能力を持っている。普段は何も聞こえない、だが意識を深く沈めるとー
微かにノイズが立ち上がり、やがて言葉となって、私の耳の内側に入り込んでくる。
私は、二時間近くかけて都心の職場に通っている。
23区を離れ東京を抜ける頃になると、車内は疲労と諦めの溜息で満ちてくる。
揺れる電車の中、私は乗客達の顔を一人ひとり追っていた。
スマホを眺めている、背広がまだ板についていない、いかにも新入社員といった風の若い男
「チェ、入る会社間違えちゃたよ、どうしようかな……、転職
考えようかな…、」
ーそっか、そう来るか、せめて石の上にも三年、頑張ってみようよ。
中年の哀愁をまとった男
「あぁー、腹減った、冷蔵庫にビール有ったっけ、なかったら最悪だなぁ」
このおじさん、帰ったら一人なのかな 魔法で缶ビールでも入れてあげたいけどー、さすがにそれは無理か
隣には、耳にピアスをいくつもつけたチャラそうな男
「今日の売り上げはまずまずだな、売れ筋発注しとかなきゃな」
ーなんだ、チャラ男と思い気や仕事に燃えてる人か、頑張って!
少し離れた席に、清楚で可愛らしい女学生。
こんな時間まで、何してたんだろう
ジ…、ジジジ…、ノイズが膨らんでいく
「━毒親、毒親、もう、うんざり、あんたの顔なんか見たくもない!」
『ねぇ、私の言ってること聞いてる?』あいつ…、
「いつも、いつもこの言葉!聞いてないよ!私の前から消えてしまえ!」
私はぎくりとした。
黒の革靴、三つ折りした白いソックス、折り目も美しいセーラー服の可憐な子からあんな言葉が吐き出されるなんてーー、」
━あっ!いきなり立った。
こっちに、歩いて来る。
その少女は、私の前のつり革に手を掛け、静かに私を見おろした
「ねぇ、私のひとりごと、聞いたでしょ」
「ー私も、あなたと同じ“聞こえる人”なの」
私は、下を向いたままでいた。
「ー聞いた訳でじゃない、聞こえて来たの…、ご免なさい」
顔を上げることもできず、うつむいたままでいた。
少女は、小さく息を吐いた。
「私ね、小さい頃から言われてきたの『あなたはいい子、愛らしい子、私が最高の道を示してあげる』って
一瞬、言葉が途切れた
「でも…、もう…、たくさん、人形のままでいることは
もう耐えられない!」
私はゆっくりと顔を上げた。
黒い瞳に、涙がにじんでいる。
胸が締め付けられて、思わずポケットに手を入れた。
取り出したハンカチをそっと差し出した。
私は少女の顔をはっきりと見た。
「大丈夫、もうそれだけ分かっているなら…、あなたの信じる道を進んで、ぶれないでいれば道は開けるから」
少女は、こくりと頷いた。
「ひとりごとが聞こえるなんて誰にも言えない能力だと思ってた、でもー、初めて分かり合える人がいて、嬉しくて…、つい泣いちゃった」
「あっ、ハンカチ…、」
私ははにかみながら
「また、お会いしましょう、それ差し上げます」
少女は頭を下げ、次の駅で降りていった。
私は、ふぅーと長い息をはいた。
それぞれの人が、それぞれのひとりごとを吐きながら
沈黙の箱が揺れる。
扉が開く
言葉と一緒に、人が吐き出されていく。
ジ…、ジジジ…。
ノイズが遠ざかっていく。
私は腰を上げ
ひとりごとと共に、家路へと急いだ。
また、あの少女に会える
そんな予感がした
その時は
晴れやかな ひとりごとを
聞かせて、
終わり
