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レシートに【シロクマ文芸部】 パンケーキ物語

レシートに噓はつけない。

日曜日の朝
奈美は、洗濯機に放り込まれた夫、健のチノパンに手を入れた。
指先に触れたのは、紙一枚
『もうーーだから一度は確かめないと』
『ーこれ、』
ルフランのパンケーキ屋
4月15日 12時50分
ハワイアンパンケーキ 1800
×2
ブラッドオレンジのアイスティ
800×2
合計5720円(税込み)
「は?」
声が乾いた。
その店は、健の会社の近くに最近出来たばかりだ。
奈美が行きたいと言った時、健は笑って首を振った。
「パンケーキより、母さんの作ってくれたホットケーキの方が絶対旨い、第一値段高すぎだよ」

あれは、噓だったのか
奈美はレシートをもう一度見た。
二人分…、
『…男同士で行く?』
指先に力が入る。
紙は正確だ
時間も、金額も、人数も
レシートに、噓はつけない。

奈美の中で、怒りがわき上がってきた。

「ねぇ、健、パンケーキ美味しかった?」
健は一瞬、言葉の意味を図りかねた顔をした。
それから視線をそらす
「あぁ…まぁ」
気のない返事
奈美は、指先でレシートを挟みひらひらと揺らした。
健の視界に、紙が揺れる。
「これ、何」
健はわずかに腰を浮かせ、距離を取った。
「それ…あぁ、今度入った新人の女の子のご機嫌取りで」
「ごきげんとり?」
声に力が入る。
「俺、教育係任されててさ、ちょときつく言ったら泣き出しちゃってーーそれで、まぁ」
「ほんとに?」
 間
「ほんとに」
奈美は、レシートを一度だけ、折り曲げて
「ふ~ん」
奈美の怒りは、まだ消えていなかった。
それを察したのか、健は言った
「飛鳥を塾に送ったあとさー行こうよ ルフラン」
「健のおごりで?」
「もちろん」
その一言で、怒りの炎はあっけなく形を変えた。
「──パンケーキ、パンケーキおしゃれしちゃおうかなぁ」

───────
二人は窓ぎわのテラス席に座った。若葉の匂いが柔らかく風に混じる。
運ばれてきたのは、ふわふわのパンケーキ。
「わぁーかわいい、写真撮っちゃお」
健は、ダージリンの紅茶だけを頼んだ。
「健、それだけでいいの?」
「奈美が嬉しそうなら、それで充分」
少し照れて、奈美は笑う。
「でも、あげないよ」
健は、ふっと笑った
遠い日のことを思い出したらしい。

十年前
同じような店で、ぎこちなく差し出した指輪。
落として、転がして、店内の人を巻き込んで──
拍手の中で、ようやく奈美の指に収まった。
奈美も思い出したのか少し顔を染める
「たまには、いいよねこういうの」
「たまにはね」
健は間を置いて、軽く言った。
「その代わり、こずかい増やしてくれる?」
奈美は吹き出しそうになるのをこらえて
「調子に乗らないの!」
と、笑った。
──────
レシートには噓はつけない。
奈美はテーブルの端にそれをそっと置いた
「……せいぜい気を付けて」
健は、視線を落とし
「以後、気をつけます」
と答えた。

奈美は頷き、パンケーキにフォークを入れる。
甘い香りの向こうで、紙一枚の沈黙が残る。
奈美の中で、まだ火はくすぶっていた。
──小娘に、五千円
それどうなの、
せめて会社の缶コーヒーくらいにしときなさいよ
心の中で呟く

奈美は健に、やさしすぎる笑顔を向けた。

テーブルの端で、レシートが風で微かに揺れる。

レシートは、噓はつかない


終わり

シロクマ文芸部 今週のお題【レシートに】からのお話しです。どうぞよろしくお願いします。ここまで読んでくださり
「ありがとー!」
感謝!




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