#シロクマ文芸部 [祈ること] [母へ]
祈ること
私は祈ることしか出来ません。
無力で無能な私は、かけがえのないあなたが余命六ヶ月と医師から告げられても、どうする術も持たず、ただ祈ることしか出来ませんでした。
緩和病棟の窓から手を振るあなたの瞳は、深い悲しみに沈んでいました。外は晩秋の涼やかな風に、病室のカーテンが緩やかに揺れていました。
それでも私は、笑みを作って手を振り返すしかありません。遠ざかる電車の窓越しに、あなたの姿が小さくなっていく
「生きていて」と、祈るしかありませんでした。
やがて痩せ細り、虚ろな目で私を見るあなた
枕元には小さな花瓶と、淡い色のスィートピィーが病室を明るくしていた。
緩和病棟は、死を待つだけの部屋です。優しい看護師や医師に囲まれていても、もう心の底から笑うことはありません。
時計の秒針が時を刻み、時間はゆっくりと、けれど確実に過ぎていきました。
大晦日、あなたは医師からの一時帰宅を許され久しぶりに三人で紅白歌合戦をみました。二人並んで最初から最後までテレビに向かって、あなたとの思い出を織り交ぜながら見ましたね。開けて正月、お屠蘇を少し雑煮は吸い物だけ、横になるだけではありましたが静かな時間が過ぎました。
夕方になり病室に帰る時が来ました。
その時初めてあなたの涙を見ました。
もうあそこには帰りたくないと泣きました。
私はどうすることも出来ず
二人で抱き合って泣きました。
夫に促され無言のまま車に乗って病室へと帰って行く姿が今でも私を責めます。
あなたがくれた愛情の万分の一も返せないまま、逝ってしまうのです。
たわいもないことに笑い合った日々も、悲しみに打ちひしがれ互いに泣いたことも全て終わりにして逝ってしまう。
「今までありがとう」はどうしても言えなかった。
私が病室を離れたほんの数分後にーーあなたは逝ってしまいました。消毒液の匂いと、遠くでなるナースコールの音だけが、静まり返った病室に残っていました。
「おかあさん」
祈りは呆気なく終わりを告げました。
最後に渡されたあなたの遺書には
こう書いてありました
『心を残してゆきます
あなたと、あなたの家族が末永く幸せでありますよう、祈ります』
震える手で書かれた文字に涙が滲みます。
私は最後まで、母の愛に包まれて
そしてーー、
祈られていたのです。
終わり
初盆を迎え心の整理をと、書かずにはいられませんでした。
愛する人の死を受け入れないままで見詰めるだけしか出来ないでいたわたし、こんな私を許してくれますか、
答えは見つからないままです。

