癒しの空間
昭和のまま時が止まったような市場の中程に、その整骨院はある。夫とそろって通うようになるとは夢にも思っていなかった。
夫が胃癌で余命半年と宣告されたとき、自分たちにできることは何かと考えた。
油分をできるだけ避けた食事にくわえて、近距離しか歩けなくなった夫の体力回復のために整骨院に通うことにした。
最初は、行きたくないとグズる夫に「なんもせんと、家でじっとしとったらアカン!」と恫喝し、週に二回、通いはじめた。
店内にはじめて足を踏み入れたとき、受付の親切な女性はべつにして、若いイケメン男性ばかりが施術していることにまずときめいた。
全員マスクをしているが、彫りの深い顔立ちの男子が一人、目にとまった。しばらく見ていると、声で女性だとわかった。ヅカオタの私は、あの子にやってもらいたいと思った。夫のために通いはじめたはずだったが、夫の癌が誤診だと判明してからは、「行きたないんやったら、行かんでもええでぇ」と言い放ち、夫より足繁く通うことに――。
夫は、ゴキゲンで通う私に「しゃべりすぎて肝心なことを忘れて、他の人に迷惑をかける」と心配する始末。
夫の危惧は的中し、通いはじめて間もない頃、ヨソ様のスニーカーを履き違えて帰り、次回、訪れるまでまったく気づかなかった。いざ整骨院に行こうと、靴入れ用の棚を開けたところ、見知らぬスニーカーが一足。で、自分のスニーカーがない。
なんでやねん!?
娘たちに、「あたしの靴がない! あんたらが履いたンとちゃうか」
「なんで、あたしらが、ママの靴を履くんよ。サイズがちがうのに」
この過ちがどこで起きたのか、しばし考える。靴を脱ぐのは、限られた場所しかない。自分のものでないスニーカーを持ち、べつのスニーカーを履いて恐る恐る出かける。
運のわるいことに、被害を受けた方がちょうど来院されていた。お詫びし、なんとかことなきを得たが、娘に「自分の足より小さい靴を履いて、なんの違和感もなかったン? 色もゼンゼンちがうのに」と呆れられたが、履き心地の悪さをまったく感じなかった。
幼い頃から、同種の失敗をあまた重ねてきた。ご遺族を先頭にした長い葬列に自転車でつっこむとか、学校でマフラーを編む授業に腹巻の長さにも達しない穴だらけのしろものを編み、教師に点数のつけようがないといわれたとか――。
映画を見るか漫画を読む趣味しかなかった私が、三十半ばで文章をつづるようになったのは、驚天動地の出来事だった。
思わぬ出来事はいまもつづき、週三回、長身美人に鍼灸治療をしてもらっている。
前世はモテない男性だったと信じて疑わない私は、女性として再生したことで、長身美人と親しく話し、目の保養ができる幸運にめぐまれた。
おかげさまで、どうしても治らなかった逆流性胃腸炎がラクになった。食欲が以前にもまして旺盛になり、腹まわりに脂肪がさらに蓄積するという後遺症はさておいて、胃を治すツボが足首にあるとはじめて知った。肩凝りも改善した。当初は半信半疑だったが、効果があると知ったいま、東洋医学も捨てたものじゃないと思うようになった。
にしても、余命宣告されて、誤診だとわかるまでの四ヵ月はなんだったのか!
いずれやってくる日のための予行演習だったと、いまは思っている。人生はつかのまにすぎない。時は止まってくれないが、整骨院で治療を受けている、つかのまは〝憂き世〟を忘れさせる。
スタッフのみなさん、どうもありがとう!!
物忘れがひどく騒がしいババァに辛抱してくださって、感謝しています。

