ベテランになったからこそ、私の看護はもっと自由になった
もうすぐ49歳になります。
今年、
学会で発表して、
ご家族に向けて書き続けたnoteの連載を完結させて、
日本経済新聞に取り上げていただく機会もありました。
でも、
数年前の私は、
そんなこと、
想像もしていませんでした。
若い頃の私は、
経験を積めば積むほど、
選択肢は減っていくと思っていました。
責任は増える。
体力は落ちる。
新しいことを始めるには、
もう遅い。
そんなふうに思っていました。
ふと、
数年前の自分を思い出しました。
あの頃の私は、
夜勤明けの更衣室で、
ロッカーの鏡をぼんやり見ながら、
こう思っていました。
「このままで、いいのかな。」
病棟で、
長く働いてきました。
看護の軸は、
できていたと思います。
後輩に教えられることも増えました。
任される仕事も増えました。
でも、
この先の景色が、
見えませんでした。
10年後も、
同じ廊下を走っているのだろうか。
体力は、
いつまでもつのだろうか。
新しいことなんて、
今さら始められない。
そう思っていました。
「遅すぎる」って、
自分で自分に、
言っていたんです。
数年前、
私は在宅看護の世界に移りました。
正直に言うと、
怖かったです。
長く積み上げてきた場所を離れること。
慣れた仲間と離れること。
「今さら環境を変えて、
やっていけるのか。」
何度も迷いました。
でも、
私には、
どうしても挑戦してみたい理由がありました。
病院には、
専門看護師や認定看護師がたくさんいます。
でも、
地域には、
まだ十分とは言えません。
病気を抱えながら、
家で暮らす人がいます。
その人を支える家族がいます。
そこにも、
私たち看護師の経験は、
必要なんじゃないか。
そう思いました。
だから、
大きな決断だったというより、
怖さを抱えたままの、
小さな一歩でした。
その一歩の先で、
今年、
いろいろなことが起きました。
立ち上げた在宅緩和ケアチームは、
2年目に入りました。
学会で、
チームの活動をポスター発表しました。
ご家族に向けて書き続けたnoteの連載を、
完結させました。
そして、
活動を日本経済新聞に
取り上げていただく機会もありました。
こうして並べると、
なんだか立派に聞こえるかもしれません。
でも、
数年前の私に教えたら、
きっと信じないと思います。
「それ、本当に私?」
って、
笑うと思います。
夜勤明けの更衣室で、
ため息をついていたあの私と、
今の私は、
同じ人間です。
特別な才能が生えてきたわけでも、
急に体力が戻ったわけでもありません。
変わったのは、
一つだけ。
「遅すぎる」と
決めつけるのを、
やめたことです。
そして、
気づいたんです。
ベテランになるということは、
可能性が減ることじゃありませんでした。
これまで積み重ねてきた知識。
経験。
出会い。
失敗。
患者さんから教えていただいたこと。
40代の私には、
20代の私が持っていなかった
「経験の引き出し」
が、
こんなにたくさんありました。
病棟で積み重ねた経験は、
病棟だけのものではありませんでした。
地域でも。
在宅でも。
教育でも。
誰かに伝える場でも。
経験があるからこそ、
選べる道が増えていたんです。
だから今、
私は思います。
ベテランになったからこそ、
私の看護はもっと自由になった。
もちろん、
全部が順調なわけではありません。
疲れて何もできない日もあります。
迷う日もあります。
落ち込む日もあります。
次の夢も、
まだ仕込んでいる途中です。
それでも、
一歩ずつ、
進んでいます。
もしあなたが今、
「このままでいいのかな」
と思っているなら。
あなたが積み重ねてきた看護は、
病院だけで終わるものではありません。
その経験を、
必要としている場所があります。
その気持ちは、
終わりの合図ではなく、
始まりの合図かもしれません。
実は私、
病院を辞めてすぐに在宅へ来たわけではありません。
次回は、
大学教員として過ごした1年のこと——
遠回りに見えたあの時間が教えてくれたことを、
書きたいと思います。
※個人の経験に基づく内容です。
