研修医たちの恋愛事情
僕が初期研修医二年目として、総合病院の小児科をローテーションしていた頃の話だ。
僕は一つ下の研修医だった彼女と、ひっそりと親しくなっていた。彼女も、同じ小児科で研修中だった。
ある日、彼女は指導医と共に小児科外来にいた。指導医が紹介状の内容をちらっと見て、彼女にこう伝えた。
「先生、この初診の4歳の男の子、話聞いて一通り診察してみて。終わったら一緒に診るから、カルテ回して。」
その紹介状は、地元の古い小児科クリニックからのものだった。
「診断名:fever
経過:平素より……に……なっております…
3日前……fever…メイア…トp.o.…
精査……お願いしま…」
──達筆すぎて、読みにくい紹介状だった。
彼女は、男の子の母親にこう尋ねた。
「症状は、いつからなんですか?」
「4日前の夜くらいから不機嫌で、おかしいなと思って熱測ったら40度あって、かかりつけの先生にみてもらって薬もらったんですけど、全然下がらなくて……
なんか発疹も出てきたから、先生に大きい病院でみてもらってって言われて…ご飯もほとんど食べれてなくて…」
彼女はカルテに所見をまとめた。
『川崎病を疑い、鑑別は溶連菌、アデノ、薬疹…』
その頃、僕は病棟にいた。
PHSが鳴った。指導医からだ。
「もしもし、いま大丈夫?紹介で来た4歳の男の子、たぶん川崎病で入院になるから、指示出しといて。体重は17キロね。」
──川崎病、か。
まもなく、患児が彼女と一緒に上がってきた。全身の発疹、目も赤い気がする…なるほど、たしかに川崎病っぽいな、と思った。
病棟の看護師が僕に声を掛けてきた。
「先生、メインの点滴どうします?」
「…フィジオ140に、50プロツッカー。いつものやつで、お願いします」
僕は看護師さんにそう伝えながら、点滴のオーダーを電子カルテに入力した。
点滴の処置は医師5年目の後期研修医の先生と、
僕と彼女の三人で、することになった。
少しプニプニとした体型で血管がとても見えにくく、後期研修医の先生が二回、失敗してしまった。僕のほうを見て、こう言った。
「ルート取るの、代わりにやる?」
「……やってみます。」
僕は駆血帯のゴムのチューブを受け取り、反対の腕に巻き直す。
血管が透けるライトを男の子に握らせると、手の甲にうっすら赤紫色の筋が見える。そこへ向かって細い針を、浅い角度で進めていった。
──運良く、点滴が入った。
それだけで、
処置室内の雰囲気が、明るくなっていた。
その日の夜、
いつものように彼女が僕の部屋に来ていた。
「上の先生が失敗したルート、一発で取れてて、すごくかっこよかった」
「いや、それは…ラッキーだっただけだよ」
──本当にたまたまだとは思うが、
彼女にそういわれると、心が少し浮ついた。
「それよりさ、川崎病を初診で疑ったことのほうが凄いよ」
「え?」
彼女は目を見開いた。
「川崎病は難しいからね…っていうか、疑うだけでも凄いって、上の先生も褒めてたよ」
「ほんとう?小児のことなんか全然わからないし、処置もうますぎて、絶対かなわないなーなんて、思ってた」
初期研修医二年目なんて、小児科医の卵ですらない。でも、彼女からは違った景色が見えていたのだろう。
そんな話をしながら、
彼女は何事もないみたいに僕の膝に頭を乗せた。
──急にそういうことするのは、ずるい。
「なに」
「いや……仕事の話、してたはずなのに」
「してたよ?」
そう言って、彼女はにやっと笑った。
もう、否定する気も起きなかった。
(注:筆者は小児科医ではありません。医療描写は約10年前の初期研修での経験・記憶をもとに再構成しています。)
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