わからない、と言われた日
大学三年生の春。僕が初めての彼女と別れる、その少し前の話をする。
僕たちは交際を始めて一年半近く経っていたが、大学のある平日は必ず一緒に帰って、お互い予定のない週末は必ず会っていた。
たぶん、周りから見たら、とても距離の近いカップルに見えていたに違いない。
僕の彼女に対する愛情は、付き合いはじめの頃から何も変わっていなかった。
とある週末、僕はバスと電車を乗り継いで、
彼女の下宿先を訪れていた。
合鍵を使って、静かに彼女の部屋に入った。
「ただいま」
彼女が飼っているジャンガリアンハムスターが出迎えてくれた。指を近づけると、近づいてきてクンクンと匂いを嗅ぎにくる。
ジャンガリアンはすぐに離れて、バサバサッとケース内のおがくずで遊び始めた。
「お昼、焼きそばの麺、買ってきたよ」
「ありがとう」
──彼女は、寝間着のままだった。レポートが忙しくて、夜遅くまで起きていたらしい。
すでにお昼が近かったので、
僕は上着を脱いで、準備に取り掛かった。
チルドの麺をフライパンにかけて、水で蒸らす。冷蔵庫にあったハム、人参、キャベツも炒めて、具にした。粉のソースをかけて馴染ませたら、二枚の皿に取り分ける。
彼女の分はキャベツ多め、麺少なめにした。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
食べ終わると、僕は食器を片付けた。
彼女の実家から送られてきた、緑茶を淹れた。
「このお茶、うまいね」
「そうだね、家の近くのお茶屋さんのやつだよ」
彼女はそう言いながら、ジャンガリアンに目を向ける。それ以上の言葉は、続かない。
僕はお茶を飲みながら、
彼女のすぐ隣に腰掛けた。
右手で彼女の背中をゆっくり撫でる。腰に軽く手をかけると、彼女はそのまま僕に体重を預けてきた。
「……やっぱり、好きだな」
──そんな言葉が、スッと浮かび上がる。
彼女の存在を確かめるかのように、そのまま抱きしめる。彼女の匂いが、鼻を抜けていった。
初めての頃とは、全然違う。触れてはいけない場所なんて、多分もうなかった。
背中に回した手が、細いワイヤーに触れた。金具が外れると、彼女の身体がほんの少しだけこちらに沈む。
彼女の息遣いや体温を感じながら、
少しずつ身体の中心に向かっていった。
「……本当に、好きだな」
──その言葉に、
何かを返してくれたっていいのに。
そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、そのまま進めていくと、彼女の身体は少しずつほどけていった。
一番深いところで繋がる。
ほとんど抵抗感もなく、受け入れられる。
そのうち、腰のあたりに彼女の足が回った。
彼女との距離が、さらに近づいた。
それをされると、もう止められない。
──僕だけが知っている声が、どこか遠くで、揺れていた。
「どうだった?」
少しでも動くと軋むシングルベッドの上で、
そんな野暮なことを、彼女に聞く。
「………わからない」
彼女の一瞬の沈黙が、やけに長く感じた。
「…そうか。でも、本当に、ずっと、好きだよ」
そう言って僕は、
埋めるようにもう一度、抱きしめた。
彼女のジャンガリアンはおがくずの中で、
ただ、丸くなっていた。
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