第17話 ケースバイケース
♢ケース1 赤子にスマホを契約した母親
以下は、幻人の小説サイトのひとつのエピソードだ。
私が児童養護施設にお金を振り込むようになったきっかけであるエピソードを書こう。
赤子が生まれてしまった未婚の母親がいた。まだ18歳くらいで、高校にも通っていなかった。その母親の親も中卒で、ひとり親家庭のようだった。実家は貧乏で収入は少なかった。貧困は連鎖する。つまり、逃れられない負の連鎖だった。どうすればいい収入の仕事に就けるのか誰も周囲で助言できるものはいなかった。
貧しい状態で妊婦だったこともあり、働くことができなかった。彼女はお金に困窮していた。しかし、どうしても呪いのアプリを入れたいという相談があった、メールでのやりとりだったが、彼女は子どもを育てることが難しいと言っていた。
『いらない子どもなのに、生まれてしまった』と書いてあった。
『子どもの名義でスマホを購入した。子どものスマホに呪いのアプリを入れてほしい』というねがいだった。
いらない子ども、という非人道的であり、身勝手な言い分だが、私はアプリを提供してやった。母親はとても喜んだ。でも、呪いのアプリは両方にインストールした。赤子にインストールされれば、言葉を発することができないし、呪いの子どもとのコミュニケーションは不可能だ。14日後に死ぬことは明白かつ確実だ。
だから、フェイクアプリをインストールしておいたんだ。母親は子どもの死を14日間待ちわびていた。その間は、なんとか慣れない育児をして、今後の人生を殺人者というレッテルに縛られないように精一杯世話をしていたようだよ。フェイクな愛は私は割と好きなんだ。自分が犯罪者にならないように精一杯取り繕うなんて最高にかっこ悪くて人間らしいよね。
私はいつでも偽善者でありたいと思っている。それは、アプリを創造した理由だ。
呪いの子どもにはあえて、生まれたばかりの赤子に契約をするかのように仕込んでおいた。だから、本当は若い母親に呪いについて説明をしていたのだが、彼女は契約についての説明は赤子に言っているものだと思い、快諾していた。
「呪いの子、契約するよ。いらないから、呪い殺してね」
聖母のような微笑みだった。アプリの開発者は呪いの契約時や重要な話は、基本幻人が直接行う。普段の話は既に入っているアプリの機能で行うことが多い。しかし、最初は肝心だから、創造主が呪いの子として直接話しているんだ。
呪いの子どもは無表情で契約を交わす。
「契約成立」
若い女は、新しい出会いを期待しているようで毎日が楽しそうだった。もうすぐ、赤子から解放される。母親を子どもを殺すことなく辞められるって。マッチングアプリでチャットを通して次なる男を探しているようだった。馬鹿な女だよ。
その母親にお金を振り込むように指示をした。
なけなしのお金、10万円を振り込ませたんだ。
20万円も持っているようには思えなかったからね。
指示したのはある地域にある大きな児童養護施設の口座番号にした。親がいない子どもを育てる施設だった。親に捨てられたり、親が死んだり、親が何らかの事情で育てられない子どもが集う場所。
その施設にしたことには、理由があった。というのも、そこは特別な施設だと聞いていたからだ。国では表沙汰にしていないが、極秘に親のいない優秀な子どもを全国から集めているという話を聞いたからだ。
実際にそこの施設で育った子どもは、日本一偏差値の高い東王大学に入学する生徒は8割らしい。あとは、国立の芸術系大学や留学して海外の大学に進学する者しかいないと聞く。施設育ちで高校を出て就職するとか中卒で就職する子どもが皆無なんて不思議だと思わないか。でも、国が100%負担して国の未来を創るであろう優秀な人材を育てる子ども予算が極秘予算としてあるらしい。まぁ、結構噂になっているから知っている者は多いとは思うけれどね。
親がいない場合、大学に進学する子どもは全国的に見てとても低い。なぜならば、進学のためのお金を出す親がいないし、親がいなければ奨学金を得る必要がある。しかし、優秀でなければ奨学金は難しい。塾代や学費にお金を費やせない現実があるからだ。奨学金はのちに返還しなければいけないものが多い。返還義務が進学率を低めている背景にあるとも思える。
つまり、親がいないだけで、子どもは経済的な困窮者が多く、将来の選択肢が非常に狭くなってしまうのが現実だ。だからこそ、国は親のいない優秀な子どもを集めて、将来の国を作る者を育てていると聞いた。非常に面白い試みだと思ったよ。わくわくするよね。
もちろん、私はそこの施設に縁もゆかりもない。ただ、好奇心があった。親がいなくても子は育つというシステムを確立するために資金を提供できないかと思ったんだ。賢い人間を育てることは、この国の未来につながる。
生まれたばかりの赤子を殺そうとした母親は14日後に死んだよ。施設には連絡しておいた。母親が死んでいたので、その子どもはどこかしらの施設に預けられた。でも、残念ながら、のちに知能指数が高い子どもたちの集まる噂の施設には入れなかったと聞いたよ。まぁ、馬鹿な親の子どもは馬鹿なのかもしれないね。それが現実だ。
私は世の中が面白くなればいいと思い、このアプリを開発したんだ。このアプリを使いこなし、完全犯罪を遂げるものが現れたら色々な意味で面白いと思う。逆に、このアプリを使って人助けをすることだってできる。自分が幸せになることもできる。使い方次第で幸運のアプリになると思ったんだ。
♢ケース2 リベンジポルノの被害者
『リベンジポルノの被害にあっているので、呪いのアプリを入手したい。私、死にたいの』
幻人のサイトに連絡が入った。よくある話なんだけれど、ちょっと珍しいのは、少しばかりの傲慢な理由だったんだ。
最初は自殺をしたいと願う女子高校生の美沙(仮名)が呪いのアプリを入手したいという案件だった。その後、幼馴染の男子高校生の青空(仮名)が別件で依頼してきた。
『美沙がアプリの入手を申し入れてきたら、受け入れないでほしい』
基本、受け入れるのが常なんだけれど、何か別に抱えたものがあるのだろうと、双方の様子を見ていたんだ。もしかしたら、片思いの青空が美沙に対する純愛のために美沙を守るのかもしれないと思ったからだよ。少しばかり私に刺激と感動を与えるに値するだろうか。見極めようと思ったんだ。
呪いのアプリの仲介は私の匙加減ひとつ。つまり、私が面白いと感じたり、仲介したくなった場合に限るんだよ。それは、正しくない行いでも構わないと思っている。つまり、殺したいとか個人的な欲望での仲介も行うけれど、つまらない場合は仲介しない主義なんだ。趣味だからね。こちらの利益は人間ドラマを見せてもらうことでアプリの仲介をしているだけ。全くお金が入るわけでもなく、誰かのためでもない。
仲介の理由は私欲に尽きる。ただ偽善者でありたいと私は願い続けるだけだ。
ここに書くのは、私がなぜ仲介なんかしているかということを世間の皆様にお伝えしたいからだ。なぜならば、私は、ただ死にたいとか殺したいというだけでは仲介はしていない。ちゃんとした理由とアプリによってどんな結末を望むのかを聞いてから私は判断する。そのことだけはわかってほしい。
『なぜ美沙に渡してほしくないのか?』
そう尋ねると、青空は返信して来た。
『美沙は家庭教師の男に脅されている。だから、その家庭教師を殺してほしい。彼女には生きてほしいんだ』
まるで殺人仲介人にでも依頼しているかのような文章に戦慄を受けたよ。
実際殺人仲介人なので、納得したものの、意外と殺してほしいと正直にストレートに書く人は珍しいんだ。
だから、自殺をしたいと美沙は言ったのかと納得したよ。
本当でも嘘でもいい。面白い話が聞きたい、それだけなんだよ。
皆さんも小説や漫画を読むのは、本当ではない話だと知っていて読むよね。
まさか、本当にあった話じゃないから読まないなんてことはないはず。
私の感覚はそれと同じだよ。
『脅しというと?』
『最初は軽い気持ちで交際したんだ。でも、裸を動画に撮られていて、それをネタに今も揺すられている。相談されたのは俺だけだから親たちは知らない。美沙は死のうとしている』
『裸の姿をネタに脅されているということですね』
美沙の方に確認をする。
『私、脅されていて……私が死ぬか、彼を殺したいという衝動で悩んでいるんです。そうしないと、世界に裸を拡散するって言われてます。お願いします』
必死そうな文字だったけれど、本人に会っているわけでもないから、本当かどうかなんてわからない。どの程度苦しんでいるかなんてわからない。
美沙がどうなろうと私が知ったことではないが、とりあえず、家庭教師の連絡先を聞く。お互い連絡先は入っているので、通常通り呪いの子どもを発動させてほしいとのことだった。
私は、美沙を呪い主にして、呪いのアプリを家庭教師である大学生の山内に入れた。その男は、なぜ美沙が付き合ったのかわからないほど、容姿は醜かった。アプリを入れると私には相手の様子が見えるんだ。だから、はじめて山内という男を視覚的に知ったんだ。彼と話していると色々な話が聞けたよ。
山内は彼女がいたことがない地味で冴えない大学生だった。大学もFランクと言われるあまり有名ではない大学の学生だった。大人しそうな男が、女子高生を脅しているのか興味が出たんだ。そこで、呪いのアプリを一通り説明した後、個人的に聞いてみたんだ。呪いの子どもを通じてだけどね。
「君は、彼女はいないの?」
「彼女もいないし、バイトもクビになるし、最近いいことないと思ったら呪われたよ。俺なんかよりずっといい生活している人間を呪えばいいのにな」
脂ぎった髪の毛の艶が哀愁を漂わせていたよ。さらに、呪いの子どもを通して話してみたんだ。
「怨まれるような記憶もないの?」
「ないよ。女子と話したのも家庭教師を急遽辞める人が出たからって代理で教えた女子高生が最初で最後だな」
「家庭教師はもうやっていないの?」
「以前、家庭教師会に登録だけはしていたけれど、Fランクと言われる偏差値の低い大学卒業じゃあ依頼もなくて、忘れてたんだよ。そんな時に、急に有名な秀英大学の学生が辞めたから急遽代理で頼むと家庭教師会に頼まれたんだ。かわいい子だったけど、1回きりで断られちゃってね。やっぱり大学のネームバリューが悪いのかな」
私は察した。多分、この男は、はめられたのだろうと。
後に、美沙にも聞いてみたが、どうにも被害に遭ったという説明が二転三転することもあり、整合性が取れていなかった。この年頃特有の、なんかムカつく、生理的に無理ということが理由なのかもしれない。この年頃というよりは、人間特有のと言ったほうが正確かな。
「家庭教師に一回だけ来た山内ってどこが苦手だったとかある?」
呪いの子どもを通して聞いてみたよ。
「しいて言えば、口臭かな。あとは脂ぎった髪の毛と顔」
生理的に受け付けないっていうのはよくあることだけど、きっとそういうのが許せなかったのかもしれないね。
青空と美沙は実は密かに付き合っているらしく、スマホの履歴には愛を語るメッセージが飛び交っていたよ。こういう幸せな奴ってある意味ムカつくよね。リア充感満載でさ。
そういうの嫌いじゃないからね。依頼するほうも命の重さとか微塵も考えていないクズだし、そういう奴が呪いのアプリに群がる確率は非常に高い。
もちろん、ちゃんとした許せない感情をかかえた真剣な者もいるけれど、全てがそういうわけじゃあない。
ただ、ムカつくとか生理的に受け付けないとかそういう類で呪われたと思われる男をただ、私は傍観することにした。
「呪いの子どもと話していると、孤独が癒されるよ」
山内は友達がいなかったし、慕われたこともない様子だった。
一人暮らしの山内は弁当屋のバイトをしていたが、そこでも失敗して怒られてばかり。人間関係が円滑に行えない典型的な人間だった。見た目も性格もとても惨めで賢さはない。こんな奴でも大学に入ることができる世の中なのだなと思えたくらいにね。
そんな顔も髪の毛も脂ぎった彼には、もっと惨めで長い長い人生を送ってほしくなった。真面目に働いてもたいして収入を得られないだろう未来も見えていた。きちんとした会社に就職もできないだろう。結婚もできないだろう。彼女もきっとできないだろう。――でも、彼は死にたいと言わなかった。
呪われても誰に呪われたのか気づきもしなかったんだ。賢くない人間は割と好きだ。
ただ、偽善者でありたいからね。
「山内さん、呪い主のことわかったの?」
呪いの子は聞いたよ。
「わかんないよ。俺、みんなに嫌われているからね」
苦笑いで当然のように言う山内に心が揺らいだんだ。動かされた感じがした。これは、私の基準だから、ヒントを出したんだ。
「君のスマホに入っている連絡先で女子っている?」
「いたかなぁ?」
鈍臭い山内はスマホを確かめる。連絡先は一般の人よりもかなり少なかった。友達が少ないからね。
「そういえば、家庭教師を一度だけやった美沙っていう子の連絡先が入っていたけど、あとはいないよ。彼女には一度きりで断られちゃってね。教え方が悪かったのかな」
教え方だとか大学の偏差値が悪いとしか思っていない馬鹿な山内が少しばかり愛おしく思えたよ。容姿が生理的に無理というだけで断られたなんて微塵も思っていないんだ。
「もう、連絡しないんでしょ。消してみたら」
「それもそうだな」
消去ボタンを押したが全く消去できない。
「あれ、おかしいな。呪いのアプリが入っていると消去できないのかい?」
「呪い主じゃなければ、消去できるとは言ったよね。連絡先が変わっている場合も消去してもいいよ」
気づいたら、だいぶ山内という男に加担していたよ。自分とは全く違う物事を理論的に考えられない山内は自分とは異質な存在故嫌いじゃなかった。
「まさか、城崎美沙が呪い主じゃないよね」
冗談ぽく山内が口にしたんだ。
「当ったりー」
「え……? そうなの……? ということは、城崎美沙は……?」
「今、死んだよ」
呪いの子どもは抑揚のない声で伝える。
その時の、戦慄した山内の表情が忘れられないよ。彼は無意識のうちに人を殺したんだから。呪った美沙が悪いけどね。青空っていう男も、すぐに新しい彼女ができたし、美沙の死をずっと心に引きづっていたのは山内だったなぁ。人は見かけで判断しちゃいけないのかもしれないけれど、きれいごとだけじゃ世の中回らないよね。
私は、心に闇を引きずったまま生きる人間を応援したくなるときがある。平気で殺人する人間よりも、ずっと人間臭くて、すごく素敵だって思うんだ。
闇を潜ませた負け組決定な人間に少しでも長く生きてほしいんだよね。辛く苦い人生を味わい苦味を舐めて生きてほしいと願うんだよ。
♢ケース3 生命保険と二重の呪い
生命保険の勧誘の仕事を始めた主婦の森園子(仮名)っていう女性の話をするよ。もちろん全て仮名だけど実話さ。
仕事を始めた動機はよくあるパターンだ。大手会社の正社員という甘い誘惑に乗って、育児をしながら両立できるとママ友の斉藤に勧められたらしい。友人を社員として紹介すると友人には大きなメリットがあるということも知らずにね。世間知らずなんだよね。園子は友人と共に働くという安心感から専業主婦を脱することを決めたんだ。
実際は友達はカモになることをのちに知る。セミナーやイベントに誘っただけで誘った人には報酬が入る。そんな園子にはたまらなく憎い相手がいた。一番身近であり、愛するのが一般的であるはずの夫の存在だった。彼女のように一番身近な存在に対して憎悪を浴びせるという行動はとても崇高で当たり前だと思うんだよ。私が森園子に協力したいと思った動機だったよ。
園子は命保険会社に入社して保険について様々な知識を得た。勧誘すると、冷たく断られるのはしょっちゅうだ。人間不信になり、心が折れることも多々ある。友達もなくしてしまう。最近、話題になっている呪いのアプリと生命保険を組み合わせたら、どうなるのだろうと園子は思う。大金が入れば、こんな仕事をしなくてすむ。何よりモラハラ夫から解放されると園子の目つきが変化していた。そういう変貌は大好物だよ。
結婚して、園子は非常に後悔していた。後悔先に立たずという言葉を噛み締める。園子はモラハラという言葉を知ったのは最近だった。知識が足りないと、人生選択で馬鹿を見ることは多いね。夫の女性を馬鹿にした言動と傍若無人な振る舞いは、園子の心に闇の灯を静かに灯していた。それは、少しずつ、まるで水道から水滴が落ちるかのように少しずつ心に闇が積もっていた。塵も積もれば山となるとはまさにこのことかもしれないね。
あの人さえいなければ、自分は自由になれる。離婚は絶対にしないというモラハラ夫となんとか離れたい。でも、殺人をするには現実的にはリスクと精神的にも計画的なハードルが高い。そんな時、呪いのアプリを特集した記事を見かける。
「保険金をかけた人に呪いのアプリを入れたら、お金が入るってこと? あのアプリって死ぬと自然とアプリが消える。つまり証拠も消えるってことだよね」
営業では一応先輩となるママ友である斉藤に何気なく言う。一応というのも、斉藤自体そんなに営業経験があるわけではなく、半年ほど先に入っただけのキャリアだった。しかし、しっかり者で、いつも親切丁寧な斉藤のことは信頼していた。
「一緒に仕事をしたいから、誘ったんだよ。友達だよね」といわれていた。友達という響きは園子にはとても心地のいいものだった。
園子はあまり友達が多い方ではなく、斉藤のように気軽に何でも話してくれる友達は大人になってから初めてだった。友達という響きに多少喜びを感じていたことは否めない。
「呪いのアプリなんて、本当にあるわけないじゃない」
斉藤は都市伝説のような話に興味を示さない。
少し変なことを考えてしまった園子は後悔する。
仕事で疲れて帰宅しても、育児に家事にとても忙しい。
夫は当たり前のように妻が作った夕食を食べる。まるで、ロボットが勝手に作った夕食でも食べるかのように、当たり前に口に運ぶ。機械作業のようだ。
「大して収入もないくせに、一人前の顔をしやがって」という。
夫は収入がいい。妻が頑張って働くことに賛成していなかった。
女は黙って家事をやっておけというタイプだ。共働きだとしても絶対に家事をやらずに上から目線なのは変化がない。帰ると夫の面倒な愚痴を聞くことも、命令口調なのも全てが面倒になる。
「生命保険なんて俺は絶対に入らない。奴らはただ保険に入る人間を集めてくれるロボットがほしいだけだろ。身内を勧誘してノルマを達成できずに終了するのが関の山だ」
薄々そういう仕事だということは気づいていた。人を使い捨ての駒にして、ごみのように捨てられるような気もしていた。でも、成功している人もいる。この仕事が悪いと決めつけるのは時期尚早だと園子は思う。
手に職がない園子は、子どもがまだ小学校の低学年ということもあり、できる仕事が限られていた。子どもの行事、子どもの体調不調、子どもの学校関係で休まなければいけない。その点、保険の仕事は融通が利く。さらに、家族の協力はないのでまさにワンオペ育児という状態だった。
普通の会社の正社員になるのは果てしなく難しかった。しかし、年中正社員を募集している保険の外交員は不景気のあおりを受けずに求人があった。事務職はなかなか空きがないし、若い人を取ることが多い。歳を重ねた子持ちよりは独身で子どもの都合で休まない吸収力のある人間を求める。販売職は土日勤務を求められる。子どもが休みの土日は避けたかった。夫はどうせなにもしない。園子は期待することを辞めた。
子供と仕事にだけ向き合おう。
最初だけはみんな優しかったけれど、契約が取れなくなってくると当たりが強くなるのが目に見えてわかる。
パソコンを開くと呪いのアプリの特集が目に付く。呪いのアプリと検索してみる。
夫は妻が勤める会社の生命保険に入ってくれない。でも、独身時代に入っていた生命保険があった。受取人は妻になっている。
幻人に連絡をするとアプリを譲ってくれるらしい。
その書き込みがとても気になった。
仕事は全くうまくいかない。元々引っ込み思案でしゃべりが下手な園子は会社に居づらくなっていった。このままこの仕事をつづける自信はない。
意を決して送ってくれたメッセージはじんわり響いたよ。
『幻人さんへ。
ネットではじめてあなたのことを知りました。呪いのアプリを譲ってください。呪い殺してしまえば、全てハッピーエンドになれると思えるのです』
突然の胸を打つメッセージに驚いたよ。まぁ、こんなことはしょっちゅうだけれど、彼女からは真剣な気配を感じたんだ。初対面の相手に呪い殺してしまえば全てハッピーエンドになれるなんて普通送る? 結構クレイジーなタイプだなって強烈なインパクトを与えたのは確かだったよ。
『あなたのハッピーエンドはどういった結末ですか?』
私はそう返信してみる。
『ただ子供と幸せに暮らしたい』
実にシンプルだと思ったよ。
『呪いたい人の名前と連絡先を教えて。相手にはあなたの連絡先は入っている?』
『入っています。私の夫です』
その後、夫の本名と連絡先を教えてきた。
相当行き詰っていたみたいだから、少しばかりメッセージでなぜここにたどり着いたのか経緯を聞いたよ。
夫を殺して保険金をもらい、今の仕事を辞めたい。生命保険の外交員は思った以上に辛い。自分には向いていない。そんな内容を素直に書いてきた。モラハラ夫の愚痴もあったね。誰かに聞いてほしいみたいだね。それが殺人仲介人だとしても存在しない人間だとしても、そんなことは関係ないみたいだったよ。
『もう一人、呪いのアプリを入れたい人間がいます』
同時に二人申し込みたい人は珍しいから、ますます耳を傾けたくなったよ。
『生命保険の外交員に誘ってきた斉藤ゆきえに呪いのアプリをどうか入れてください。彼女がママ友に話していることを聞いたのです。森さんは暗いし外交員に向いてないけれど、ノルマのために誘ったら、すんなり入ってくれたのよ。でも、向いてないと思うの。早く辞めた方がいいと思うのよって。森園子を見てるとイラつく。死ねばいいのにって言ってました』
よくある女同士のトラブルってやつだと思ったけれど、面白そうな案件だから、斉藤という女性にアプリをインストールしてみたんだ。同時にアプリをインストールはできるんだ。呪い主のリスクは高くなるけれどね。二重に入れることができることは案外知られていない。リスクを高めてまで呪いたい相手がそんなにたくさんいる人は割と少ない。
もっと言えば、創造主としては二人以上に入れることもできるけれど、今まで無作為に入れたいという人はあまりいない事実。そういう人は、無作為に誰でもよかったという殺人事件を起こしたりするからね。アプリに頼る必要がないんだと思うよ。
森園子はどうなったと思う? 彼女はすぐに死んだよ。1日くらいであっという間にね。誰が当てたかというと、二人ともすぐに正解しちゃったんだ。
元々二人とも呪いのアプリに興味を持つように、わざと森園子に仕組んだんだよ。
どうしてかというと――園子の夫とママ友の斉藤ゆきえは不倫関係にあってね。邪魔な園子に死んでほしかったんだよ。だから、あえて呪いのアプリについて園子興味を持つように、呪いのアプリを特集した雑誌を見えるところに置いたのは斉藤。パソコンの画面に幻人のことを紹介しているページが見えるように仕組んだんだのは夫だ。
斉藤とモラハラ夫の二人は今でもきっとラブラブだと思うよ。もう、邪魔者はいなくなったのだから。でも、モラハラって死んでも治らないっていうよね。馬鹿は死んでも治らないっていうのと同じで、誰かを馬鹿にしないと生きていけない人間もいるんだ。きっと、斉藤からそのうち呪いのアプリの依頼が来るんじゃないかと確信しているんだけどね。
それと、すっかり本人は忘れていたのだけれど、森園子は結婚した頃に生命保険に入っていたんだ。もちろん受取人は夫だった。つまり、夫はお金も女も手に入れてハッピーエンドだったということだよ。
因果応報という言葉はあるけれど、これは、宛てにならないと思う。アプリ経由で色々な人の人生を見て来たけれど、悪人が不幸になる理由はない。善人が幸福になる理由もない。
因果応報という言葉は、善人が自分が損をするはずがないと思い込みたいという思想から生まれた言葉のような気がするな。少なくとも、その言葉を使っている人は、悪人や罪人は不幸になるべきだという倫理観で使っているとしか思えないんだよね。
♢ケース4 主婦過干渉の母 春川さくらの場合
最近、実話小説の読者の反応が良いから、今日は本当にあった泥沼親子愛を紹介するよ。ある意味純愛だね。
今回は、呪いのアプリ関連で亡くなった主婦で母親である春川さくら(仮名)。典型的な溺愛系教育ママっていう感じだよね。春川さくらは50代主婦で子供は20代の大学生の一人息子がいたんだ。夫は大手企業の会社員。教育熱心で大学生になった今も過保護すぎるくらいの愛情を注いでいるという近隣の人の噂もあったんだ。
春川さくらは筆まめで、毎日日記をつけていたんだ。日記に呪いのアプリについて書き記していた。創作ではない恐怖感が感じられるゾクゾク感がたまらないね。その内容について説明しよう。彼女はスマホこそもっていなかったけれど、パソコンでのブログ執筆はかなり熱心だったよ。これは、抜粋だよ。死人に許可は取れないから無断で掲載させてもらったよ。
♢♢♢
春川さくらの日記
6月1日 呪いのアプリがインストールされていた。操作方法がわからず、ケータイショップに行くが、アンインストールできない。購入したばかりの機種だったので、仕方なくそのまま使用することとする。すると、アプリが勝手に動き出した。名前はないが、呪いの子どもと自称する少年が現れる。「14日以内に呪い主を探さなければ死ぬ」と宣告される。
きっと何かのいたずらだろう。スマホの電源を切ろうとしたが、切れない。
「連絡先一覧に呪い主がいる。言い当てれば、あなたは助かる。しかし、3人までしか当てる権利はない」と言われた。夫に言っても信じてもらえない。何かの詐欺だろうと言われてしまう。
息子は今日は5時には帰宅するという。夕食を一緒に食べるのが我が家の掟だ。最近、遅い帰宅が多く、掟を破ることが多い息子。でも、今日は愛息子のためにシチューを作ろう。
6月2日 呪いの子どもという少年は、日々恐怖を与えてくる。死へのカウントダウンが表示される。なぜ、こんな風に私を追い詰めるのかわからない。誰が私を呪っているのだろう。心当たりがない。もしかしたら、ママ友だった人だろうか。カルチャー教室の友人だろうか。でも、誰とももめることがなかったので、怨まれる筋合いはない。カルチャー教室やママ友に息子の大学名を言うとみんなすごいと称賛する。素晴らしい息子を持ったと思う。私に似た真面目で頭のいい子だと心の中で自慢する。
6月3日 町内会の若者にごみの出し方を注意した時に舌打ちされたことを思い出す。あの人かもしれない。でも、双方の携帯に連絡先は入っていない。
コンビニの店員に間違いを指摘した人だろうか。でも、その人の連絡先はわからない。考えるときりがない。呪いの子どもは、このアプリに支配されると、全てが敵に見えると言って来る。
たしかに、あちらが勝手に怒っていることもあるかもしれない。怖くなって外に出たくなくなる。連絡先一覧を消去できなくなっている。怖い。息子はスマホに詳しいだろう。聞いてみようかと思うが、心配をかけたくない。
でも、今日はサークル活動で帰宅が遅くなるという。我が家の掟を破るとは、子どもは思った通りには育たない。しかし、何歳になっても子どもは子どもだ。しつけはやめるべきではないだろう。
6月4日 最近、息子が反抗的だ。なぜ愛情が伝わらないのだろう。とりあえず、誰にでも優しく接してきたつもりだ。誰が私を怨んでいるのだろう。呪いの子どもは本当に不気味だ。呪いのアプリの相談しても誰も信じてくれない。もしかして、夫が私を呪っているのだろうか。みそ汁がしょっぱいだの、ほこりがついているなど、家事に文句を言ってくる。身近な人ほど不満が募るという話は聞く。
呪いの子どもに言ってみる。
「呪い主は私の夫の和男ではないだろうか」
「違うよ。これであと二人しか当てる権利はなくなっちゃったね」
無表情で抑揚のない声はとても恐怖を与える。
「当てちゃったら呪い主は死んじゃうから、結構な怨みを持っているんだろうね。自分の命を懸けた殺人でしょ」
「これで、私が殺されても呪い主は殺人犯にはならないってこと?」
「そうだね。この世界はアプリや呪いで殺した場合、実証が難しいから刑罰は問われないよね」
「そこまで、私を呪っている人って、もう関わりのない誰かかしらね? 昔の同級生とか」
「さあね」
そう言うと子どもは消えてしまった。不思議な存在だ。
6月5日 息子に夕方5時までには帰宅するように言う。最近はどこかに泊って帰ることも増えてしまった。誰か悪い女性にたぶらかされているのかもしれない。その女性が私を呪っているのだろうか。息子は従順でいい子だった。今も心根は変わらない。もしかして、悪い男友達ができたのかもしれない。アルバイトをする必要がないくらいお小遣いも渡しているのに。なぜうまくいかないのだろうか。きっと反抗期だ。
その後も日常の日記が書かれている。主に息子に関して、反抗的な息子に親としてしつけをするべきだということが主だった。
そして、彼女の日記の内容は夫への不満が本当に多い。あまり、カルチャー教室や友達関係のことは書かれていなかった。というのも、カルチャー教室があるのは月1回程度で、特定の誰かと深い関係を持っていなかったからだよ。
彼女は、店や町内会の人の連絡先をスマホに入れていなかったんだ。なぜならば、彼女は最近、息子に勧められてスマホを購入したばかりで、使いこなせていなかった。そして、彼女は14日後に急死した。心臓が急に止まったらしい。
最期に大量の息子の写真に埋め尽くされて死んでいたとネットのニュースに書かれていたよ。愛する息子に囲まれて死ねてよかったよね。とは言っても、写真だけどね。
結局、彼女は呪い主を特定できなかったんだと思う?
実は……彼女のスマホに入っている連絡先は夫、息子、実家の番号しか入っていなかったんだ。彼女は主に自宅の電話を使っていて、カルチャーセンターの友人などには宅電で連絡していたんだ。それまで、ガラケーすら使っていなかった。夫が携帯電話を持つことに反対していたらしい。しかし、息子に勧められて突然スマホを購入した。実家は自宅の電話だった。高齢の両親は、自宅の電話機能についている電話帳を使っていなかったんだ。
つまり――呪い主は息子しかいないということなんだよね。
でも、なぜ言い当てなかったのだと思う?
息子を溺愛していたから、息子を失うことを避けたかったのだろうね。溺愛ゆえ、かなりしつけとした罰を与えたり、言葉の暴力も多かったらしい。それにずっと息子は耐えていた。しかし、成人して、友人宅に逃げるようになった。それを母親は良からぬことと、友人宅へ乗り込んだという記載もある。
呪い主が息子だと気づいていたのに、それでも気づかぬふりをして自らの死を選ぶ。愉快だよね。そういう純愛は大好きだ。
大切な人を失ってまで生きることが辛いということは彼女は理解していたのだと思うよ。どんなに束縛や過干渉をしていても根底は愛情があったのだろうね。
しんみりした気持ちになるよ。
呪い主を心の中で特定していても呪いの子どもに言わなければ、相手は死ぬことはなく自分が死ぬだけ。そして、14日後にぴったり死ぬことだ。シンプルなルールは必ず発動するということだよ。恐ろしき、現代の呪いの方法は実にリスクが高く、しかしながら簡単に実行できるということだよ。
♢♢♢
春川さくらの息子視点 狂気への変貌
これは、息子の秘密の書き込みを見つけたものだよ。本人の許可は取っていないけれど、契約の条件は面白さだから、私と契約するときは、個人情報がある程度公開される覚悟をすることも必要だよ。
毎日毎日母親と名乗る女がうざい。生まれた時から、母親だと名乗る人間を選ぶことはできない。それは俺以外の誰でも同じだろう。気づいたら親はいる。いることがこんなに窮屈だということ、親孝行はやるべきであるという世間の風潮の圧迫に耐えかねた俺はどうにも、心を静める場所を得られなかった。親不孝という形は様々あるが、この大学を卒業をするということは自分自身へのメリット以外感じていない。犯罪者になれば、大学を卒業していい就職先への道は閉ざされる。そして、俺は、この家から通える職場でなければいけないという制約をかけられている。
なぜ、あの女はそんなに俺を制圧威圧をするんだろう。支配することであの女は生き甲斐を感じているのだろうか。もしかしたら、父と名乗る男に逆らえない鬱憤が俺の方に向いているのだろうか。俺の成功が自分の成功だと勘違いしているようにも思える。自分が勉強してもいないくせに、やたら自慢気だ。俺が頑張った成果をあたかも自分の成功かのような言動には虫唾が走る。
俺はずっと母親の敷いたレールの上を歩いてきた。この先もずっとそれは続くだろう。逆らうと暴言と無視の毎日。仕舞いには、手を上げてくる。俺は暴力で物事を片付けるのが嫌いだ。だから、理路整然と片づけられる何かを探していた。物事はスマートに最短でやり遂げるということを幼少期から叩き込まれてきた。
髪型も服装もカバンも進路もあの女が決めてきた。きっとこの先の就職や結婚相手や孫さえも決めていくのだろう。あの女の手中で俺は生き続けていかなければいけないのだろうか。きっと全てが自分のおかげであり自分が成し遂げたと頭の中で変換するのだろう。俺は自由になりたい。いや、自由になるんだ。そのためにあの女を消す。
一番いい方法を知った。呪いのアプリだ。これこそ、法律を掻い潜り、自らの手を汚すことなく消すことができる最短の手段だ。己の死を引き換えにという代償なんて俺にはあってないようなものだ。なぜならば、あの女は本物の母親であり、俺を失ったら生きていけないことを知っているからだ。俺なしでこの世に価値を見出せない、そんな人間が自分だけ生き残るという手段を得るだろうか。100%ありえない。絶対にな。
体に残ったあざも心の傷も支配から逃れればきっと忘れられる。父親に関して言えば、母親ほどの干渉はない。面倒な場合はそのうち父親を消せばいい。俺は最強のアプリを知ってしまった。呪いの子どもとの契約はとても簡単で、最短で遂行できるということに気づく。
面倒なこと、嫌なことは消去する。これは、俺の中に宿る呪いの力だ。どんなカウンセリングもどんな説得も道徳も俺に通用はしないと今は自覚している。俺の中の狂気と怨念が駆り立てる衝動は誰にも抑えられない。もう抑えられないところまで来てしまったのだ。血縁も恩義も俺に通用はしない。なぜならば、ずっと耐え続けてきたからだ。
どんな理不尽なことも強要も全て呑み込んで自分の中に抑え続けていた。でも、人には我慢の限界がある。いつかコップの水は溢れるかのように俺の中の怨念が溢れていた。それは、もう自分の力で止めることはできないし、決して許すことはしないだろう。
以上が書き込み内容だ。凍るような思いを感じたよ。一番愛している人、一番近くにいる人が恨みを抱いている。なんて複雑で面白いのだろう。人間って面白いよね。
