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春分点を超えて。感謝の状態で生きること

こんにちは。なぎのともしびです。

昨日、春分点を超えました。

昼と夜の長さが等しくなるこの節目に、
ふと、自分の願いについて考えていました。

私の願いは、
自分も含めて、多くの人が
「感謝の状態で生きられること」です。

そして今は、こうも感じています。
本来の私たちは、
その「感謝の状態」にあるのではないか
、と。

では、感謝の状態とは、どんな状態なのか。

私にとってそれは、

誰が何をしていても、していなくても、
寛容な気持ちでいられること。

自分や相手を、自然と尊重できること。

そして、
非難や批判という発想自体が
そもそも出てこない状態です。

きっとそれは、
無理にそうしようとするものではなく、

「こうあるべき」という前提が緩み、
そのままを受け取れるようになったときに、
自然と現れてくるものなのだと思います。

ただ、人はいつもその状態でいられるわけではありません

余裕がないとき、疲れているとき、
気づけば誰かをジャッジしていることもある。

でも、それも含めて人間らしさです。

大切なのは、
「常にそうあろう」と力むことではなく、

気づいたときに、
「あ、今ちょっと違ったな」と
やさしく戻ってこれること

その繰り返しが、
少しずつ、感謝の状態でいられる時間を
増やしていくのだと思います。

そしてもうひとつ感じるのは、
本当の意味で寛容でいられる人は、
きっと「NO」も大切にしているということ。

相手を否定しないけれど、
自分も犠牲にしない。

そのバランスの中にこそ、
無理のない優しさがあるのだと思います。

まずは、自分から。

その在り方が、
静かに周りにも広がっていくことを願って。

昨夜はさとうみつろうさんの
純正律のピアノを聴きながら、
春分の瞬間を迎えました。

その音は、心にすーっと染み込んで、
ただ静かに調和していく。
聴いているうちに、自分自身も
整っていくような感覚がありました。

気づけば、深く眠っていました。

もしかすると、
本来の私たちも、この音のように
すでに調和した存在
なのかもしれません。

ただ、少しずつズレたり、
緊張したりする中で、
それを忘れてしまうだけで。

そこには、すでに感謝があるのだと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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