見出し画像

愛子天皇についての国会議論を求めるもうひとつの理由              元週刊文春・月刊文藝春秋編集長 木俣正剛

天皇家の存続を考えるとき、国民との紐帯の意識がどれだけ生まれるかが重要な要素になります。そして、それは象徴天皇制になってから、ますます天皇個人の性格・資質に負うことが多くなりました。まことに申し訳ないことをしています。

象徴天皇のご負担は、大変厳しい。だからこそ資質が大事なのです。



 だからこそ、次期天皇については、密室ではなく、きちんと周辺から調査をして、象徴天皇制を背負っていかれる方なのか、考えなければいけません。
 今回,国会で悠仁殿下(正式には悠仁親王殿下)への流れはゆるがせにできない,と最初から決めつけています。殿下は、象徴として、本当に機能するのか。国民が皇室との紐帯を感じ、国民統合の象徴となるような振る舞いができるのか、私には、疑問が多々あります。➀父親の秋篠宮自身、若いときに皇籍離脱騒動をおこしたほど、帝王学を学ぶにはほど遠い人物であったこと。②長女の真子さまは、誰がみてもおかしい金銭関係トラブルを起こした女性を母親とする人物と結婚し、皇籍は離脱したものの、悠仁殿下が天皇になられたあかつきには、天皇の縁戚として海外では通用してしまうことなど不安が数々あります。
それだけではありません。悠仁殿下の生活ぶりや、学業に関して、疑問がありすぎるのです。。
秋篠宮家の子供たちは、皇族が普通通学する学習院にまったく通っていません。ICUの自由な学風で楽しい学生生活を送られているように思われました。
 

皇居

しかし、悠仁殿下については、厳しい報道管制が敷かれています。。
そもそも、御茶の水付属から筑波大付属という推薦ルートも、受験通でも、あまり聞いたことがないルートだといわれていますし、筑波大付属高校に入学するときは、東大への推薦制度があるという目標が話題になっていたましたが、ほとんどのお受験家族も知らないようなルートを、悠仁殿下がとられたのは、なぜなのか、理由がわかりません。いや、ひとつだけ想像させる言葉がありました。報道では、「悠仁さまは幼稚園から中学校までをお茶の水女子大学の付属属校に、そして「提携校高校進学制度」を利用して筑波大学付属高校とその研究施設に通われました」とされていたのです。なぜ御茶の水中学は付属校で,筑波大付属校は研究施設にも通われと報道があったのでしょうか。

筑波大学付属の研究施設に通う」とは


この施設というものが何を意味するか、不明ですが、御茶の水には帰国子女のための、特別教育はありますが、特別な施設といえるものはなく、筑波大付属には、特別な研究施設はHPに掲載されず、むしろ、特別支援学級など、いろんな問題を抱える高校生を支援する施設が複数あるのです。そして、御茶の水大学には、A元教授という子供の学習支援を専門とし、日本では権威視されている教授がおられたことがあります。。
結局、悠仁殿下は、結局東大への推薦入学はかなわず、筑波大学に通うことになりました。東大については推薦に必要な成績がえられなかったのです。。科目によって成績にムラがあったされていますが、私は、この成績にムラがあったという説明と、筑波大学付属の施設に通われていたという表現にきわめて深い意味があると思っています。

筑波大付属高校


もうひとつは、悠仁殿下への警備や報道管制が、厳しすぎる点です。筑波大学の敷地は大変広いので、警備はかなり困難です。しかし、まったく警備をしないわけにいかない以上、警備車がついているのですが、悠仁殿下は、この護衛車に対して10メートル以上は近づかないでほしいというルールを警備に対して伝え、少しでもそれ以上に近づくと、自分で注意しに護衛車までやってくるそうです。今後、公務をなされるにあたって警備車が10メートル以内にははいれないようなら、とても警備はできません。また、筑波大学も学生全体に対して、箝口令を敷き、殿下の行動をみたり、聞いたりしても、他大学や大学以外の知人に話すことは厳禁とするという指示がでているとのこと。これは、私の後輩にあたる筑波学生数人に聞かせたので、マスコミ相手に箝口令を敷くのは、わかるとしても、友人同士まで箝口令は異様です。

殿下の大学での箝口令は異様


御茶の水、筑波、筑波大学での箝口令。この流れには、いろんな解釈がありえますが、もちろん現状は仮説でしかないので、この記事に書くことはしません。しかし、通学する学校での様子や、警備車の様子だけでも、政治家たちは聞き取りをして、殿下が国賓に接することはできるのか。あるいは海外で、警備は海外の警察組織である場合、10メートルルールなど通用しないということを調査しなくてはならないと思います。本人に聞かずとも、宮内庁に、聞けばわかることだからです。男系男子という結論ありきで決めると、あとで取り返しがつかないことにならないか心配になります。また、悠仁殿下は青年皇族となられてから、度々、公務にでておられますが、青年、つまり成人した社会人なのに、いつも、母親紀子さまが同行している点も気になります。同じ年頃のときの現天皇は一人で公務にゆかれていました。原稿を棒読みして、臨機応変の対応がみえないことも気になります。本当に、国民の象徴たりえるのか、そのための調査も有識者諮問会議も開かないまま(有識者を一人ずつ招き、正副議長だけが聞くというシステムをとっているという説もありますが、それでは報告書もでないでしょう)密室で決めて、取り返しがつかないことがおこることを、皇室の存在を大事にしたい私にとっては、きわめて憂慮すべき国会の態度と感じます。


ロシアのロマノフ王朝、フランスのブルボン王朝は、国民の民主主義への熱望を理解できず革命によって処刑されて亡びました。ドイツのホーヘンツォレルン家は、戦争に敗れて、亡命しましたが、それは、国内で暴動がおきて革命状態となったため、亡命したのであって、いわば国民に捨てられた形の王室崩壊でした。国民の意識からはなれた王室は亡びる。この法則を今こそ、真剣に考えるべきではないでしょうか。逆に、男系男子が途絶えた神聖ローマ帝国のハプスブルグ家は、その後女帝マリア・テレジアによって、さらなる隆盛期を迎え、第一次大戦のオーストリア・ハンガリー帝国が敗北するまで続いたことも参考にすべきだと考えます。

は、今回の記事をあえて、多言語翻訳で配信されるnoteという形式にしました。ただ、先の大戦に対する反省は、日本人が自分を見つめることでしか、本当の意味がないと思います。どうか、被害を受けたか国々の方も,過激な意見で、かえって日本の排外主義者を助長するような言動を避けていただき、静かに見守るっていただきたいとお願いしたいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!