その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第3話
第3話:再開の輪郭と、解き明かされる過去
微かに耳をくすぐる規則的な寝息と、温かな誰かの話し声。
重い瞼をゆっくりと開けると、見慣れない天井が視界に飛び込んできた。
「あ……目が覚めたみたい!」
ここなの弾んだ声に反応し、傍らにいたハルトと、そして——確かに息を吹き返した姉のあいり、さらには目元を赤くした母親が、一斉にアヌスを覗き込んできた。
(そっか……僕、倒れちゃってたんだ)
壁の時計に目をやると、術が終わってから約1時間が経過していた。
【光創聖典(メタトロン)】と【天冥権能(サマエル)】の同時展開。両目を同時に解放した際の負荷は、想像を遥かに超えていた。脳へ叩き込まれる莫大な情報量と、根こそぎ奪われる体力。基本的に10分以上の使用は不可能であり、今回が人生初の限界突破だったのだ。
実戦で使えば一発で隙を晒す致命的な諸刃の剣。だが、何とか身体が耐え切ってくれたことに、アヌスは心底安堵していた。

「お前……大丈夫か? 1時間も意識を失っていたんだぞ」
ハルトが気まずそうに、けれど深く心配した様子で声をかけてくる。
「いや、まずは……本当にありがとう。姉さんを生き返らせてくれて、本当に……っ」
「アヌスさん、本当にありがとう……! 私、私……っ」
「本当に……何とお礼を申し上げたらいいか……ありがとうございます……!」
母のサクラも涙を流しながら何度も頭を下げてくる。
あまりの感謝の嵐に、アヌスは少し戸惑ってしまった。人に感謝されたことも、心から必要とされたこともない人生だったのだ。上手く作れない不器用な笑顔を浮かべ、小さな声で応える。
「あ、えっと……ううん、無事でよかった。本当に……良かったね」
一息つき、アヌスは気恥ずかしさを誤魔化すように言った。
「そういえば……まだちゃんと自己紹介をしてなかったね。僕は冥路(めいじ)アヌスだよ」
「俺は海野ハルトだ。……さっきは怒鳴ったりしてすまなかった」
「私はここな! こっちが生き返ったお姉ちゃんの、あいりだよ」
ベッドの上で身体を起こした赤髪の少女——あいりが、どこか夢心地のような表情で穏やかに微笑んだ。
「はじめまして、アヌスちゃん。助けてくれて……本当にありがとう」

「そして、私がこの子たちの母親の、海野サクラです。……本当に、感謝してもしきれません」
サクラは茶髪のセミロングがよく似合う、まだまだ若々しさを残した優しい雰囲気の女性だった。
一通り挨拶を終えると、ハルトが真剣な面持ちでアヌスを見つめた。
「……なぁ、アヌス。なぜ俺たちにここまでしてくれるんだ? 見ず知らせの俺たちのために、命を懸けるような真似をして……」
「なぜ、かぁ……」
アヌスは少し首を傾げ、記憶を辿るように呟いた。
「しいて言うなら、助けたかったからかな。墓地の前で二人を見ていたら、胸がギュッと苦しくなって……見ていられなかったんだ。だから、僕の気まぐれだと思って気にしないでいいよ」
「気まぐれだなんて……そんな! あいりお姉ちゃんを家族の元に戻してくれたんだよ? 感謝してもしきれないよ!」
ここなが身を乗り出して言う。
誰かに感謝され、温かく認められる感覚。アヌスは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じ、自分でも驚くほど自然な笑みを浮かべていた。
「……そっか。喜んでもらえてよかった。……あ、もう夜も遅いし、僕はそろそろ帰るね」
身体を起こして立ち上がろうとすると、ハルトが不意に頭を下げた。
「……すまなかった」
「え?」
「最初、お前のことを不審者扱いして、疑って……酷いことを言った。本当に、すまん」
「あはは、無理もないよ。気にしないで。……本当に良かったね、あいりさんが戻ってきて」
アヌスは消え入りそうな声で、ポツリと付け加えた。
「……うらやましいな。家族がいるって」
「……アヌス?」
「あ、そうだ! 俺たちにしてほしい事って何だ?」
ハルトの言葉を引き継ぐように、ここなも身を乗り出す。
「そうそう! 忘れたの? お姉ちゃんを生き返らせてくれたら、願い事をひとつ何でも聞いてくれるって言ってたじゃない!」
「あはは、忘れちゃった! だからもういいの、気にしてないから。……じゃあ、遅くなるしそろそろ帰るね」
アヌスは照れくさそうに頭を掻いた。
(……本当はちょっと遠慮しちゃって、言えなかっただけなんだけどね)
「おい、アヌス!」
「どうしたの?」
「……また、暇ならいつでも来いよ」
ハルトの不器用な優しさに、アヌスは「うん!」と満面の笑みで頷いた。
(こんな風に、ちゃんと笑えたの……生まれて初めてかもしれないな)

翌日。春休みの街は穏やかな陽気に包まれていた。
アヌスは私服姿で普段通り街を歩いていた。
普段の生活では仮面などつけず、素顔のまま過ごしている。基本、魔力は専用の装置で測らないと外からは見えないものだが、オッドアイという非常に珍しい左右異なる瞳を持っているため、素顔のままでも通りすがりの人々が思わず振り返ってしまうほど目を引いていた。
(あの家族の笑顔を守れたのは良かった。……でも、根底にある『問題』を解決しないとね)
アヌスが向かったのは、かつて自身が所属していた特殊部隊『オブリビオン』の基地だった。
アヌスは最近この組織を辞めたばかりだった。しかし、在籍時は数々の不可能を可能にし、伝説的な成果を打ち立てて**組織内No.1の実力とトップの地位**に君臨していた絶対的存在。組織に入り無用な注目を避けるため、現役時代と同じトレードマークの仮面を装着し、受付へ向かう。
「アヌス様……! 辞められたばかりですが、本日はどのようなご要件でしょうか」
突然現れた元トップに緊迫する隊員に対し、アヌスは事情を簡潔に説明した。本来、部外者のデータ閲覧は厳しく制限されている。だが、**『あの冥路アヌス』**からの直々の要請であり、彼女が打ち立ててきた功績と圧倒的信頼ゆえに、上層部は即座にデータベースへのアクセスと調査を特例で許可したのだった。
アヌスは仮面の奥の瞳を走らせ、組織の秘密資料室で未解決事件の裏データへと深くアクセスしていく。

蓄積された情報を洗い出し、アヌスは頭の中で事実を整理していく。
* **判明した事実①:** 事件が起きたのは5年前。当時、あいりは19歳だった。
* **判明した事実②:** 犯行日はアルバイトの帰り道。あいりは相当な頻度でシフトを入れていた。
* **判明した事実③:** 犯行現場は住宅街だが、目撃者がおらず、現場から少し離れた場所に血のついたナイフがそのまま捨てられているなど現場の粗さが目立つ。
(計画的な犯行のくせに、殺害現場の手際が雑すぎる……。それに、警察の捜査データが不自然に伏せられている。まるで『誰か』が情報を隠蔽しているみたいに)
アヌスは思考を巡らせる。
あいりのバイト先のコンビニ。事件当日、シフトに入っていた従業員たち。
当日の状況を洗っていくと、不自然な動きを見せる人物に行き着いた。
あいりが仕事を終えて退勤した直後、同じくシフトに入っていた**男性店員**がすぐさま自分の業務を急いで片付け、店を飛び出していたのだ。彼はそのまま車の元へと急ぎ、あらかじめ犯行グループと打ち合わせていた待機場所へと向かい、エンジンをかけたまま待機していた。
(もし、犯行時間を知っていた人物が別にいて、情報を犯人に流していたとしたら……?)
さらにデータを掘り下げると、不自然なパズルのピースが一気に繋がり始めた。
当時シフトに入っていたもう一人の**女性店員**。
その女性店員の『当時の交際相手』を調べ上げると——正解だった。
男の父親は、**警察幹部**。
「警察が情報を隠蔽していた理由はこれか……」
全貌はこうだ。
バイトの女性店員には、密かに想いを寄せる男性がいた。しかし、その男性があいりに好意を寄せていることを知ると激しい嫉嫉を抱いた。
そこで彼女は、自身に好意を寄せていた『警察幹部の息子』を利用し、あいりの殺害を計画。
警察幹部の息子は、金に困っていたコンビニの男性店員を脅迫・買収した。買収された男性店員は、あいりが退勤した後に急いで仕事を終えると、あらかじめ打ち合わせておいた場所へ車を回し、逃走用のドライバーとして待機・協力したのだ。
つまり、**「情報を流した女」「実行犯の男(幹部の息子)」「逃走用の車を用意し待機していた男」の3人による計画的犯行**だったのだ。
権力者の親を持つ男は「どうせ親が揉み消してくれる」と高を括り、防犯カメラの対策すら怠り、現場から少し離れた場所に血のついたナイフを安易に投げ捨てて逃走していた。
アヌスは事件現場周辺の防犯カメラ映像の控えデータを極秘裏に復元。
そこには、現場近くにナイフを捨て、急いで車を回して待機していた男の車両へ乗り込む一部始終が鮮明に記録されていた。
(本当に雑な犯行……。親の権力を盾にして油断したのが運の尽きだね)
(……でも、ただ警察に渡しただけじゃ、幹部の親にまた揉み消されたり隠蔽されたりするかもしれない)
アヌスは一思案し、冷ややかな手回しを行った。
警察のしかるべき機関へとデータを送信すると同時に、**大手マスコミ各社へも全く同じ証拠と事件の全容を一斉送信・告発した**のだ。公のメディアに世間へ提示されてしまえば、いくら幹部といえども揉み消すことなどできず、絶対に言い逃れはできない。
アヌスによって隠蔽が完全に暴かれ、逃げ場を完全に塞がれた警察幹部の息子、手引きをした女、そして車を出した男の計3人は、即座に身柄を拘束され、逮捕された。
夕暮れ時。用件を終えて仮面を外し、基地を出たアヌスは夕日に染まる街を歩きながら、静かに息を吐いた。
(よし……これで本当の意味で、あの家の問題は解決したかな)
あいりを奪った「黒い悪意」の正体は裁かれた。これでハルトの心にくすぶっていた憎悪の炎も、消えてくれるはずだ。
「……最後に、もう少しだけ助けてあげようかな」

アヌスはポケットの中で、ハルトから貰った連絡先が書かれた紙切れをギュッと握りしめた。
柔らかな春の風が、少女の銀髪を優しく揺らしていた。
