その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第2話
第2話:禁忌の儀式と、再誕の残り香
## 墓標の前の誓い
満開の桜が舞い散る街外れの墓地。静寂に包まれたその場所で、海野ハルトとここなの双子は立ち尽くしていた。

墓石を見つめるハルトの背中は、まるで冷たい鋼のように硬く強張っている。その黒い瞳の奥で燃えているのは、祈りなどではなく、最愛の姉『あいり』を奪った黒い悪意への、やり場のない憎悪と復讐の炎だった。
一方、隣に立つここなは、抱きしめたファイルを指が白くなるほど強く握り締め、肩を微かに震わせていた。アイドルとして笑顔を振りまく裏で、心は崩壊寸前の悲しみに蝕まれていた。
(……あんなに悲しそうな顔、見ていられないよ。ふたりが背負っているものが重すぎて、胸が痛い……)
物陰から見つめていたアヌスの胸に、しめつけるような痛みが走る。
根底にある温かく優しい性格ゆえに、誰かが深く傷ついている姿を放っておくことができない。たとえ初対面の相手であっても、今のふたりを置き去りにして立ち去ることなど、アヌスには絶対にできなかった。
アヌスは意を決し、静かに足を踏み出した。
「あ……えっと」
不器用な第一声。双子が弾かれたように振り返る。ハルトの黒い瞳が、鋭い刃のようにアヌスを射抜いた。
「何の用だ。……さっきからついて来ていただろう」
「っ、えっと……そうだ、僕もお墓参り。たまたま同じ方向だったから」
咄嗟についた下手な嘘。ハルトは疑念を隠さず目を細めるが、ここなは涙に濡れた眼差しでアヌスを見つめた。
「さっき街ですれ違った人ですよね。もしかして、私達に何か……? 失礼かもしれないけど、少しだけ聞いていいですか?」
ここなの切迫した声に、アヌスは真摯に向き合うべく、伏せていた視線を上げてふたりの目を見つめた。
「もしかしてだけど……ご家族は、誰かに殺されたの?」
「——ッ!?」
その場の空気が一瞬で凍りつく。ハルトの顔が激しい怒りに染まり、拳が壊れるほど強く握り締められた。見ず知らずの人間が、土足で家族の死に触れてきたのだ。
(なんだ……こいつは? なぜそれを知っている……!?)
ハルトの体から怒りと警戒の震えが伝わってくる。だが、ここなは溢れ出る涙を堪えきれず、静かに頷いた。
アヌスはハルトの怒りを受け止めながら、どこまでもまっすぐで、温かな眼差しでふたりに問いかけた。
「……もし、その人生き返らせるとしたら、どうする?」
「……は? お前……中二病か? 初対面の相手に、いい加減にしろ!」
ハルトが呆れと怒りを交えて言い放つ。だが、アヌスは一切の揺らぎなく言い返した。
「中二病じゃない。……本当のことだから」
冗談や嘘などではない。アヌスの声に宿る圧倒的な真剣さに、ハルトの言葉が詰まる。ここなは藁にもすがる思いで、声を絞り出した。
「本当に……本当にお姉ちゃんを、生き返らせることができるの……?」
「うん。確率は、すごく低い。……それでもやる?」
ハルトの胸中で葛藤が渦巻く。(あり得ない。死んだ人間が生き返るはずがない。だが……もし、万が一にも可能性があるなら……姉さんが戻ってくるなら……!)
ふたりは迷いを振り払うように深く頷いた。
「お願い……します!」
「……ああ、頼む。お前が何者でも構わない。姉さんが戻るなら……!」
「うん、了解……その代わり、もし生き返らせることができたら、僕の願いをひとつだけ叶えてくれないかな?」
「何でもする! 私にできることなら何でも言うこと聞くから!」
「……俺も同じだ。どんな条件でも呑む」
覚悟を口にするふたりに、アヌスは「そんな大層な願いじゃないんだけどな」と内心で苦笑しながら、優しく微笑みかけた。
「じゃあ、ふたりの家に向かおう。お姉さんの肉体……最低でも『骨』が必要なんだ」
## 禁忌の権能
双子の案内で向かったのは、奇しくもアヌスが暮らすアパートのすぐ近くにある一軒家だった。
廊下で憔悴しきった母親とすれ違い、アヌスは気まずさを抱えつつも丁寧にお辞儀をして「お邪魔します」と挨拶を済ませる。ここなが「友達と勉強するね」と誤魔化し、ハルトの部屋のドアが固く閉ざされた。
部屋の中央、大切に保管されていた遺骨を前に、アヌスは静かに息を整える。
「じゃあ、蘇生を始めるね。……僕の魔法は、すごく特殊だから驚かないで」
アヌスの集中が高まり、その左右の双眸が輝きを放つ。右の蒼眸、左の紅眸が同時に開放された。
「【光創聖典(メタトロン)】——【光輝の聖翼】!」

**ドサッ……!** と空気が跳ね上がり、アヌスの背中に眩い光の翼が展開する。圧倒的な魔力の奔流が部屋を満たし、彼女の魔法出力と性能が200%へと跳ね上がる。
本来、魂を識別する両目と超精密な魔力制御を持つアヌスであっても、死者を蘇らせる【魂魄再誕(リ・インカーネーション)】の成功率は「20%以下」という絶望的な賭けだった。だが、『メタトロン』の極限バフによって、その成功率は限界値である**「40%」**にまで押し上げられた。
それでも、60%は失敗する。やり直しは効かない一発勝負だ。
「【天冥権能(サマエル)】——【サマエル・生極】!」
古代の禁忌術式が起動し、光の粒子が遺骨を包み込む。
「ふたりとも、絶対に離れないで! なるべくお姉さんのことを強く思って近くにいて! 愛する家族の想いが、あの世から魂を引き寄せる『目印』になるんだ!」
「……! わかりました!」
ハルトとここなは遺骨のすぐ傍に寄り添い、祈るように強く目を閉じた。
(姉さん……帰ってきてくれ! 俺達を置いていかないでくれ……!)
(お姉ちゃん……もう一度声を聞かせて……お願い……!)
ふたりの胸を焦がす強い想いが、目に見えぬ「光の糸」となって冥府へと伸びていく。
## 限界のカウントダウン
**【経過時間:5分】**
【サマエル・生極】の極限修復力が働き、残された骨を触媒にして、筋肉、神経、皮膚が超高速で再構築されていく。やがて、そこには生前と寸分違わぬ、美しく横たわる赤髪の少女——海野あいりの肉体が完成した。
しかし、ここからが真の難所だった。
両目を同時に開き続けられる時間は、最大で**「10分」**。1秒たりとも超えることは許されない。もし10分に達してしまえば、脳と肉体への負荷により、術が完了する前に確実に意識を失ってしまう。
「っ……ふぅ、ふぅ……! 肉体は戻った……あとは『魂』だ……!」
アヌスの額から滝のように汗が吹き出す。
蒼眸で次元の隙間に漂う魂の軌跡を捉え、紅眸で「あの世」へ引きずられそうになるあいりの魂を強引に引き留める。
激しい頭痛と疲労感が身体を襲う。両目の展開維持が、着実にアヌスの体力を削り取っていく。
**【経過時間:8分30秒】**(残り1分30秒)
「ハッ……ガハッ……!?」
激しい負荷により視界がブレ始める。目の前が暗転しかけるのを、アヌスは気力だけで繋ぎ止めた。
「アヌスさん!? もうやめて……! あなたの体が持たないよ!!」
ここなが悲鳴を上げた。アヌスの限界が近いのは誰の目にも明らかだった。ハルトもまた、必死に耐えるアヌスの姿に息を呑む。
(この子は……見ず知らずの俺達のために、ここまで追い詰められながら……!?)
「だ……大丈夫……! ふたりを……笑顔にするって……決めたんだから……っ!!」
アヌスは唇を噛み締め、薄れかける意識を繋ぎ止める。10分を超えてしまえば、意識を失って蘇生は失敗する。絶対に10分以内に魂を定着させなければならない。
**【経過時間:9分30秒】**(限界まで残り30秒)

視界が急激に黒く染まっていく。意識の途切れ——気絶の兆候がすぐそこまで迫っていた。
(頼む……間に合って……! 意識が切れる前に……!!)
アヌスは残された最後の魔力を絞り出し、ハルトとここなが放つ「想いの糸」を力任せに手繰り寄せ、あいりの魂を肉体へと押し込んだ。
「——戻ってきてぇぇぇーーーッ!!!!」

**ドォンッ!!!!**
**【経過時間:9分45秒】**
限界時間まで残り15秒を残し、激しい光とともに術式が完了した。
## 奇跡の産声
次の瞬間、アヌスの背中の翼が霧散し、彼女は糸が切れた人形のように床へ倒れ込んだ。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ、はぁ……!」
両目の解放を解いた瞬間、襲い来る圧倒的な疲労感。気絶寸前のところで持ち堪えたものの、指一本動かすことすら困難なほどの状態だった。

ふたりが青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「アヌスさん! アヌスさん!!」
アヌスは荒い息のまま、心配そうに見下ろすふたりに向けて、優しく弱々しく笑ってみせた。
「……はぁ……大丈夫……。よかったね……また、お姉さんに……会えるよ」
アヌスが指さした先——ベッドの上。
ハルトとここなが弾かれたように視線を向ける。そこには、穏やかに横たわる赤髪の少女がいた。
そして——
「……ふぅ……っ……」
微かに、けれどはっきりと、あいりの胸が上下し、温かな呼吸が部屋に響いた。
「「……あっ……」」
時が止まったかのような静寂の中、あいりの長いまつ毛が微かに震え、ゆっくりとその瞳が開かれた。澄んだ黒い瞳が、泣きじゃくる双子の姿を映し出す。
「……ハルト……? ここな……? わたし……」
「「お姉ちゃぁぁぁぁあん!!!!」」

ハルトとここなは、感情を爆発させてあいりの身体に飛びつき、クシャクシャの泣き顔で強く抱きしめた。

絶望に染まっていた部屋は、溢れんばかりの歓喜と涙で満たされていた。
ハルトは涙をぬぐいながら、ベッドの傍らで力尽きている銀髪の少女を見つめた。
自分たちの命を救い、家族を取り戻してくれた、あまりにも優しく、圧倒的な存在。
部屋の隅でそっと目を閉じたアヌスは、ふたりの泣き声を聞きながら、心の中で満足そうに呟くのだった。
(……ああ、よかった。ふたりが笑ってくれて……本当によかった……)
神の理を侵す「蘇生」という奇跡。
この温かな奇跡が、やがて世界を揺るがす大きな運命の渦へと繋がっていくことを、今の彼らはまだ知る由もなかった。
