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その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第4話

第4話:家族という絆、そして温かな居場所


## (前編)


夕闇が静かに街を包み込み、街灯がポツポツと灯り始める時間帯。アヌスはスマートフォンの画面を見つめながら、深呼吸をひとつ吐いた。


画面に表示されているのは、ハルトの連絡先。


(うん……ちゃんと言わなきゃな。みんなに、もう安心して笑ってほしいから)


意を決して発信ボタンを押し、耳に当てた。数回のコール音の後、少し疲れた様子のハルトの声が聞こえてくる。


『……もしもし、アヌスか?』


「ハルト。あのね……もう一人で無理しなくていいからね」


『え……?』


「お姉さんの件……あいりさんの事件のこと。全部、解決したよ。だからもう無理して一人で背負い込まないで、毎日を笑って過ごしてね」


一瞬の静寂の後、受話器の向こうでハルトが息を飲んだ気配がした。


『……お前、まさか……警察でもずっと手放し状態で、事件は闇の中に消えかけてたんだぞ……!? どうしてそんな……っ』


「僕を信じて。ハルトたちが前に進むために、どうしても必要なことだったんだ」


絶対的な安心感を込めて、アヌスは優しく答えた。ハルトたちを苦しめていた黒い悪意の全貌を暴き、しかるべき報いを受けさせること。それはアヌスにとって、大切な人たちの笑顔を取り戻すために必要なことだった。


「……ハルトたちには、家族を大切にしてほしいんだ。もし、君たちの穏やかな生活を脅かすものがまた現れるなら、僕が絶対に守るから。だから本当に大丈夫。安心してね」


熱を込めて伝えるアヌスに対し、ハルトは受話器越しにぐっと言葉を詰まらせた。そして、途方に暮れたような小さな吐息を漏らす。


『……お前さ、どこまで俺たちを助ければ気が済むんだよ。普通の生活か……。そうできたら、どんだけいいか……』


「ハルト……?」


『……無理なんだよ。俺たちには、普通の生活なんて来ない。ずっと重い鎖が、首に括り付けられたままなんだ』


ハルトの声には、若い身空にはあまりにも不相応な絶望と疲弊が滲んでいた。アヌスは事件の裏データを洗い出していた際、一つの強い違和感を抱いていたことを思い出していた。あいりがかつて、限界を超えてバイトを掛け持ちしていたこと。家族のために命を削るようにして働いていた理由。


「……お金のこと……だよね?」


『つっ……! なんで、それを……』


「事件のデータを調べている時、あいりさんのバイトの入れ方が異常だったんだ。だから、もしかしたらって……」


電話越しに、ハルトの浅い呼吸音が聞こえる。


男手のない家で、長男として母や妹たちを守らなければいけない。弱音を吐けば家族が崩れてしまう——そうやって一人で肩肘を張り、誰にも言えずに抱え込んできた生々しい痛み。だが、命がけで姉を救い出してくれたアヌスにだけは、これ以上強がる術が残っていなかった。


ハルトは震える声で、絞り出すように言葉を繋いだ。


『……そうだよ。お金だ。どれだけ頑張って働いても、返しても返しても終わらない……俺たちの未来を縛り付けるような借金があるんだ』


「……教えてくれてありがとう。ハルト、いくらか聞いてもいいかな? 今の僕にどこまで力になれるかは分からないけれど、一人で抱え込むよりずっといいはずだから……僕に頼ってほしいんだ」


アヌスの声に背中を押されたのか、ハルトは堰を切ったように語り始めた。


『……3000万円だ』


その数字の重みに、アヌスは黙って耳を傾ける。


『俺たちを捨てた、父親が残した借金だ。今どこで何をしてるかも分からない。……昔は真面目に働いてたんだよ。でも、不景気でクビになってから、すっかり変わっちまった。ギャンブルに狂って、闇金から金を借りまくって……。7年前、あいりが高校を中退してバイトを始めた。それから6年前、親父は俺たちに3000万の借金を押し付けたまま、失踪したんだ。……俺たちを、捨てて逃げたんだよ! あんな奴が……親父だなんて……っ!』


受話器から伝わる、痛切な怒りと悔し涙の気配。幼い身で家族を守る看板を背負わされ、理不尽な絶望に耐え続けてきたハルトの苦闘が、アヌスの胸を深く刺す。


「……そうだったんだね。ずっと一人で戦ってきて、苦しかったよね、ハルト」


『アヌス……』


「話してくれて、本当にありがとう。……じゃあ、また連絡するね」


アヌスはそっと電話を切ると、静かに街の灯りを見上げた。


(3000万円……。僕にとっては、用意できる額だ)


アヌスが向かったのは、一般人が利用する銀行ではなかった。


特殊部隊『オブリビオン』時代、過酷な極秘任務の報酬を管理するために作られた専用口座。命を削り、誰にも頼らず生き抜くために貯め込んできたその資金は、アヌスにとって孤独の証明でもあった。


本来なら、自分の将来のために残しておくはずだったお金。


けれど、大切な人たちが苦しんでいるなら、迷う理由などアヌスには存在しなかった。


厳重な本人確認を経て手続きを済ませると、担当者は静かに3000万円を用意した。


重いアタッシュケースを手にした瞬間、アヌスは改めて決意する。


(これで……少しでも、ハルトたちが笑えるなら)


アヌスは机に向かってメモ用紙にペンを走らせる。


『私は神です。


あなたたちが今まで耐えてきた苦しみを、もう終わらせたいと思いました。


優しい心を持つあなたたちには、幸せになる資格があります。


どうか遠慮せず、これを受け取ってください。』


正体を隠そうと思い詰めるあまり、どこか浮世離れした大げさな文面を勢いで書いてしまったアヌス。


だが、アタッシュケースと手紙を海野家の玄関前にこっそり置いた直後、我に返ったように後悔が襲ってきた。


(……しまった。焦って、変な文章になっちゃった……!)


頭を抱えて顔を真っ赤にするアヌス。



一方その頃、帰宅したハルトは玄関前に置かれたアタッシュケースと手紙を見つけて絶句していた。


中を開ければ、信じられないことにギッシリと詰まった3000万円の札束。


「な、なんだこれ……!? 3000万……!? 誰がこんなものを……」


ハルトは混乱する頭を必死に回転させた。


我が家の借金の正確な額を知っている人物。


これほどの大金を即座に用意できる人物。


常識では考えられないほどの速さで自分たちを助けようとしてくれている人物——。


(借金の額を知っていて……3000万を用意できて……俺たちを助けようとしてる奴……)


脳裏に、ついさっき電話で話したばかりの少女の顔が浮かぶ。


(……まさか、アヌスか!?)


ハルトは震える手でスマートフォンを取り出し、アヌスへ電話をかけた。



ブーッ、ブーッ、とスマートフォンの振動音。画面には「ハルト」の表示。


アヌスがおそるおそる応答すると、受話器越しに開口一番、困惑と驚きが混ざったハルトの怒鳴り声が飛んできた。


『アヌス! どういうことだ、あの金は!! それに「私は神です」って何なんだよ!!』


(やっぱり変に思われちゃったぁぁ……!!)


己の不器用さに、アヌスは顔を真っ赤にして心の中で叫んだ。


「え、えぇっ!? なんのことかな……? 僕は何も……」


『とぼけるな! 借金の額とぴったり同じ3000万なんて置く奴が、お前以外にいるかよ!! 嘘だろお前、本当にどうやってそんな金用意したんだよ……。とにかく、今すぐ行くからな! 断固として受け取れるかこんなもん!』


「あ、ハルト、ちょっと待っ——」


ツートン、と途切れる通話。アヌスは顔を真っ赤にしたままため息をつき、足早に海野家へと向かうしかなかった。


(……受け取ってもらわなきゃ困るんだ)


アヌスは胸の奥に秘めてきた願いを思い出す。


3000万円を渡したかった本当の理由は、ただ借金を消すためだけではない。


ずっと一人だった自分が、初めて見つけた居場所。


それを失わないために——。


アヌスは静かに海野家の扉を叩いた。


**(後編へ続く)**



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