その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第1話
第1話:世界がまだ、色を知らない
その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第1話
漆黒のセカイと、二つの異彩
この世界において、人々の髪には多様な色があり、青や赤といった色鮮やかな瞳を持つ者も決して珍しくはない。瞳の色が異なること自体は、この社会においてごくありふれた日常の一部に過ぎなかった。
だが、そんな普遍的な光景から、残酷なほどに切り離された少女がいた。

名は、冥路(めいじ)アヌス。15歳の少女である。
「……ふぅ。今日も、ちょっとうるさいな」
春休みの穏やかな午後。アヌスはスマートフォンの画面に映る自身の姿を見つめ、小さく息を吐いた。
画面に映るのは、月光をそのまま紡いだような、腰まで伸びた美しい銀色の髪。思わず目を奪われるほどの、幻想的で息をのむような美貌だった。
しかし、衣服の下にある肉体は一見すると華奢だが、その実、ふくよかな柔らかさは一切なく、無駄な脂肪を削ぎ落とした、芯の通った鋼のように引き締まっている。身寄りがなく、ずっと一人暮らしをしてきた影響か、ふとした瞬間にどこか幼い雰囲気が零れ落ちることがある。それを裏付けるように、彼女の身長は160cmに満たない小柄なものだった。
アヌスは前髪を軽く払い、左右で色の異なる双眸(りょうぼう)を覗かせた。
右の目は、澄み渡るような青【蒼眸(そうぼう)】。
左の目は、燃え盛る火炎のような赤【紅眸(こうぼう)】。
ただ瞳の色が違うだけなら珍しくはない。しかし彼女のそれは、左右で色が異なる「オッドアイ」だった。
オッドアイ自体は約5万人に1人と言われるほど十分に希少なものだったが、彼女の本質はそこにとどまらない。そもそも、瞳に強力な異能を宿している人間自体が10万人に1人と極めて稀有な存在であり、その確率だけでも途方もない壁だった。
さらに――「両目ともに異能を宿す」「二つの異能を同時に扱う」「二つを組み合わせて『無効化』を発動する」。このすべての条件を満たす者は歴史上ただの一人も確認されておらず、アヌスだけが前人未到の領域に達した唯一の存在だった。
アヌスの右目は、万物に宿る魔力の流れを完全に視覚化し、自身の魂を強力に強化することで魔法の威力を爆発的に増大させる。左目は、肉体の奥底にある「魂」そのものを捉え、相手の術式を乱して威力を激減させる。
そして、この二つの異能を同時に駆使することで発動する最大の特徴――それこそが、あらゆる魔法や能力を完全に掻き消す『無効化』の力だった。
相手の肉体に直接触れるか、あるいは遠距離からの攻撃をその身に受けることで、術の根源を断ち完全に掻き消す。この状態の彼女を傷つけることは、いかなる攻撃であっても不可能だった。
ただし、両目を同時に引き出す負荷は凄まじく、連続して使えたとしてもせいぜい10分が限界だ。もっとも、発動時間を一瞬に絞るなど短く区切れば、省エネとして効率よく運用することもできた。
――そして、この世界における魔法の真理と、彼女の強さの背景には確かな理論があった。
一流の魔法使いとなるための条件は、自身の「魂」と正しく向き合うことにある。
「魂」には魔法が深く刻まれ、「肉体」は魔力の塊そのものだ。本来、魔法発動の際は魔力を消費するが、肉体に宿る魔力は消費されることなく常に循環し続けている。つまり、魔法の威力や発動速度を高める本質とは、いかに自分の魂を認識し、肉体と完全に同調・調和させられるかという点にあった。魂を知り、肉体と一体化させること――それこそが魔法の威力を爆発的に引き上げる唯一の手段なのだ。
だが、アヌスは並の者とは次元が違った。
彼女は自身の左目を使って自分自身の魂を完璧なレベルで視覚化し、寸分狂いなく肉体と調和させていた。さらに日々の実践と積み重ねた経験によって磨き上げられた精密な魔力のコントロールを組み合わせることで、最高効率での魔法発動や身体強化を無意識に成し遂げている。
また、戦闘における剣術についても、他者の扱い方を見て完璧に記憶し、そこから自身の身体能力や戦い方に合わせて徹底的に昇華させることで、完全にオリジナルのスタイルを独学で完成させていた。
頭脳明晰な彼女は一度見たものはだいたい何でもこなすことができた。もっとも、すべてが完璧というわけではなく苦手なものも存在するが、一人暮らしを長く続けてきたことで一通りの家事や掃除はそつなくこなし、料理についても一般的な水準を大きく超えるほどの腕前を持っていた。
かつて世界を滅ぼさんとした6人の最悪の悪魔――『六禍天魔(ろっかてんま)』が封印されて以降、この世界の様相は一変していた。世に残されているのは実力の低い端れの悪魔や、ひ弱の悪魔 けど倒しても倒しても次々から出てくる悪魔がなぜ生まれるのかも 未だにわかっていない
この世界には防衛最精鋭組織『ネザーヘイヴン』と、対魔特務独立部隊『オブリビオン』という二つの特殊部隊が存在するが、アヌスが身を置いていた『オブリビオン』は、年齢や経歴、素性すら一切関係なく、ただ「強ければ誰でも入れる」という極端な実力至上主義の場所だった。
そして何より、アヌスは圧倒的に強すぎた。そのため、彼女は誰ともパーティーを組むことなく、すべての討伐任務をたった一人でこなしてきたのだ。
アヌスが戦う道を選んだのは、天涯孤独の身で生きていくための学費と生活費を稼ぐためだった。他の者にとっては命懸けの危険な現場であっても、絶対的な力を持つアヌスにとっては、ただ淡々と依頼をこなす日々に過ぎない。中学校を卒業するまでの約3年間で得た報酬を、彼女はその明晰な頭脳を活かして堅実に運用し、学生生活を余裕で送れるだけの蓄えはしっかりと作り上げていた。
中学の卒業と同時に討伐の仕事も完全に辞め、元から平穏で普通の生活を強く望んでいたアヌスにとって、これからの人生は自分のために時間を使える輝かしい場所になるはずだった。
春の街角、交錯する視線
中学の卒業式を終え、すっかり春休みに入った街は、満開の桜吹雪に包まれていた。
魔法とは完全に無縁の、念願の普通の生活を満喫するべく、お気に入りの黒を基調としたストリートモード系の私服に身を包み、お洒落なショップの袋を手に歩いていたアヌスは、ふと足を止めた。
満開の桜が舞い散る並木道。その美しい光景の中で、アヌスの並外れた観察眼が、ある二人組を捉えた。
前方から歩いてくる、二人の人影。

一人は、前髪の隙間から冷徹で鋭い刃物のような黒い瞳を覗かせる、端正な黒髪の少年、海野(うみの)ハルト。
もう一人は、ハルトの横で、深い黒い瞳を揺らしながらも、全身から天真爛漫なオーラを放っている、腰まで伸びた美しい金髪ロングの美少女、海野(うみの)ここな。
一目で双子だとわかる二人がすれ違いざま、アヌスはその優れた頭脳によって、彼らの全体の雰囲気やふとした仕草にある奇妙な引っかかりを覚えた。ハルトのあまりにも冷めきった、何かを強く警戒するような態度。あるいは、ここなが放つ独特の「人前に立つ者」としての完成された華やかなオーラ。
それもそのはず、妹のここなは芸能界で本物の「アイドル」として活動している少女だった。元々は3人組として活動していたグループだったが、ここなが新人として加入した後にベテランの先輩メンバー1人が引退。現在は人数が足りず、活動を本格化させるためにあと1人の新メンバーをどうしても必要としていたのだ。彼女は「新メンバー募集!」と書かれたチラシが覗くクリアファイルを大切そうに抱え、満開の桜を見上げて無邪気な笑顔を浮かべている。

天真爛漫に見えるここなの笑顔。しかし、アヌスは隣を歩くハルトの纏う空気が、どこか不自然に重いことを見逃さなかった。
(……気のせい、かな?)
最初はそう思ったものの、人並み外れた高い知性を持つアヌスだからこそ、ハルトの漂わせる微かな違和感をロジカルに拾い上げてしまい、どうしても見過ごすことができなかった。一度気になってしまうと、確かめずにはいられない。
アヌスは歩みを止め、振り返って二人の背中を見つめた。
その視線に気づいたのか、ハルトがピクリと足を止め、妹を守るように少し前に出て、冷ややかな黒い瞳でアヌスを鋭く睨み返してきた。
その並外れた警戒心の強さは、かえってアヌスの純粋な知的好奇心を刺激した。ハルトは、かつて赤色の髪を持っていた最愛の姉を人間の悪意によって殺されており、その犯人を突き止めるために動いていたが、その事実を他人に明かすつもりは一切なかった。ここなが切実にアイドルメンバーを探している横で、ハルトはただ一人、暗い復讐の炎を宿している。
アヌスはハルトの頑なな視線や、横でチラシを抱えるここなの仕草を詳細に観察し、直感的に察してしまったのだ。
(あの男の子……何か、もっと深く傷つくような事情を隠してる……)
確信までは持てない。けれど、自身の頭脳と目が捉えたその違和感の正体が知りたくなってしまう。子供っぽい素直な好奇心が、彼女の足を動かした。
二人はいつもの大通りから外れ、少し寂れた方向へと歩き出していく。
(よし、ちょっとだけついて行ってみよう……)
足音を立てずに、気配を周囲に完全に溶け込ませる。圧倒的な実力と類まれな知性を持つ少女・冥路アヌスは、あの双子の先にある真実を確かめるため、静かに足を踏み出す。
彼らの向かう先には、一体何が待ち受けているのか。あの二人はいったい何を抱えているのか――。
アヌスが抱いた違和感の答えが明かされるのは、そう遠くない未来の話だった。
