その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第11話
第11話「温かな朝と、広がる日常」
朝日がカーテンの隙間から差し込み、海野家の部屋に穏やかな光を投げかけていた。

「――あらあら、朝から仲良しねぇ」
ガチャリと音を立ててドアを開けたのはサクラだった。
ベッドのほうを一瞥すると、アヌスがハルトに寄り添うように眠っている姿を見て、一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。
しかし、すぐに優しい笑みへと変わった。
「ふふ……ハルト、よかったわね。あなたが誰かをこんなに大切に思えるようになって」
まるで息子がようやく大切な居場所を見つけたことを喜ぶように、サクラは温かな目で二人を見つめる。
そして、二人を起こさないよう静かにドアを閉めた。
事件後、アヌスは海野家の一員として暮らすようになっていた。かつて孤独に生きることがすべてだった彼にとって、家族と同じ屋根の下で眠る夜は、まだ少し不思議で、それでも何よりも温かいものだった。
ベッドの上では、アヌスがハルトの服の裾をしっかりと掴むようにして寄り添い、微動だにせず眠っていた。
昨夜、ハルトから向けられた真っ直ぐな優しさと、「ここにいていい」という確かな許し。それがどれほど凍てついたアヌスの心を溶かしたのか。その穏やかな寝顔が、言葉以上にそれを物語っていた。
誰かの体温を感じながら眠るという、今まで知らなかった日常。それはアヌスにとって、生まれて初めて手に入れた「安心できる居場所」だった。
しばらくして、今日はアヌスを迎えに来る約束をしていた九条エリナが、両親からきちんと許可をもらった上で海野家へとやってきた。玄関でサクラから「ハルトの部屋にいるわよ」と聞き、ここなと一緒にハルトの部屋へと向かう。
「お兄ちゃんたち、まだ起きてないのかな? 私が入って呼んであげるね!」
ここなが元気よくドアノブを回し、勢いよく部屋へと踏み込んだ。その後ろから、エリナも静かに続く。

「お兄ちゃーん、朝だよ……って、えっ!?」
ここなの弾んだ声は、部屋の中央を見た瞬間にピタリと止まった。
そこには、アヌスがハルトの服の裾を掴んだまま、ぴったりと寄り添って眠る姿があった。そして、その後ろから部屋に入ってきたエリナもまた、その予期せぬ光景を目の当たりにする。
突然の出来事に、エリナは一瞬言葉を失って立ち尽くした。
しかし、彼女はそこで驚くだけにとどまらない。目の前にある光景の奥底に流れる空気を静かに見極めると――孤独の中で生きてきたアヌスが、初めて誰かに甘えることを覚えたのだと、エリナにはすぐに分かった。荒立っていた感情がスッと落ち着き、エリナはふっと柔らかく上品な微笑みを浮かべる。無遠慮に覗き込むのはよそうと、そっと視線を逸らして二人を温かく見守る姿勢をとった。
「お兄ちゃん、朝から何してるの!?」
ここなが天然らしい呆れ声をあげる中、飛び起きたハルトは、自分が無意識のうちにアヌスをしっかりと守るように抱き寄せる格好で眠っていたことに気づき、顔を真っ赤にして跳ね起きた。
(あ、そうか……。俺、昨日は……)
昨夜の温もりと、自分が零した言葉を思い出して、ハルトの耳まで一気に赤く染まる。
家族として、大切な存在であるアヌスに安心してもらいたいという一心からの行動だった。
もちろん年頃の男子として恥ずかしさはある。
しかし、それ以上に胸に広がっていたのは、自分を必要としてくれる存在ができたことへの嬉しさはもちろんのこと、この小さな温かな居場所を、何があっても守り抜くという決意だった。
かつてすべてを一人で背負い、孤独に戦っていたアヌスが、今こうして自分を頼り、安心して眠っている。その事実が、兄としての責任感と、この日常を守りたいという強い想いをハルトの胸に深く刻み込ませていた。
「まさかお兄ちゃん、本当に……」
「なわけねぇだろ!!」
「じゃあその顔は何? まるで何かあったような、めちゃくちゃ恥ずかしそうな顔してるけど……」
ワタワタと必死に弁解するハルトをよそに、布団の中でアヌスが小さくモゾモゾと動く気配があった。
「……ん?」
まだ眠そうに目をこすりながら起き上がってきた。そして、ボーッとした意識のまま、目の前にいたハルトの体にスルスルと寄り添い、再びギュッと抱きついてしまったのだ。
「お、おい、アヌス……? 朝からいきなりなんだよ……」
「……お兄ちゃん、本当にありがとう。昨日、本当に嬉しかったんだ」

アヌスは顔をハルトの胸元に埋めたまま、ぽつりぽつりと飾らない本音を零す。普段の戦闘で見せる冷徹な面影は微塵もなく、そこには年相応のあどけない少年としての素直な感情があった。
「だから僕も、ハルトや家族のみんなを守る。でも……ハルトにも、僕が帰ってこられる場所を守ってほしい」
どれほど圧倒的な戦闘力を持っていても、アヌスが心の底から欲していたものは、戦うための力ではなく、安心して帰ってこられる暖かい居場所だった。その切実で真っ直ぐな願いが、ハルトの胸を強く打つ。
その素直すぎる言葉に気恥ずかしさを覚えながらも、ハルトはもう迷わない。力強くアヌスの背中に腕を回し、包み込むように抱きしめ返した。
「……あー、約束だ。お前が安心して帰ってこられる場所は、俺が絶対に守ってやるよ」
――ぎゅっ。
「お兄ちゃん、朝からエリナの前で何やってるの〜?」
呆れ顔で笑うここなの声に続いて、あいりもひょっこりと部屋に入ってきた。
「朝から二人ともなんだかいい雰囲気だねぇ。……ふふ、見ていてほっこりしちゃう」
「あいりもやってきた! お兄ちゃんがすっごくかっこよかったの、世界一のお兄ちゃん。すっごく優しかったの」
「ここなの言う通り! ……って、エリナが待っててくれたんだから、いつまでも甘えてる場合じゃないよ!」
「甘えてない……これは家族としての純粋な愛情表現だよ」
「どっちでもいいから早く離れてあげてよー!」
アヌスが真顔で謎の反論をしつつも、ここながすかさずキレのあるツッコミを入れる。
「ずるい! 私も私も!」
あいりも笑顔で輪に加わり、二人を包み込むように抱きしめた。
「私もやっぱり、アヌスに抱きつきたい!」
ここなも飛び込み、流れるようにサクラまで「もう、みんな朝から甘えん坊さんねぇ」と笑いながら加わり、気づけば部屋の中は、全員がアヌスを中心に集まり、笑い合う温かな空気に包まれていた。

温かな体温に包まれるこの穏やかな時間が、アヌスにとって何よりも大切な日常となっていた。
### 九条家での朝食、そして新たな約束
賑やかな朝食を終えたあと、アヌスはここなと一緒に、改めてエリナの自宅へと向かっていた。
豪奢な門をくぐり、メイドに案内されて通された応接室には、エリナと彼女の両親が待っていた。
「はじめまして。私がエリナの父の九条誠司(くじょう せいじ)です。どうぞよろしく。この度は、娘を助けてくれて本当にありがとう」
「母の九条美月(くじょう みづき)です。本当にありがとうね。噂で聞いていたけれど……あなたは本当に優しく、誠実な子なのね」
そして改めてアヌスの姿を見ると、美月は上品に、しかし心からの温かさを込めて柔らかく微笑んだ。
「それにしても、本当に愛らしい子ね。エリナがあなたを大切な仲間だと認めた理由が、今ならよく分かる気がするわ」
上品な笑みを浮かべる両親に対し、アヌスは少し緊張しながらも、きびきびとした礼儀正しい身のこなしで頭を下げた。

「僕はとんでもありません。当然のことをしたまでです」
「ははは、謙虚だな。それに、本当にありがとう。君は本当に素晴らしい心を持っているね。何かお礼がしたいんだが、何か希望はあるかい?」
誠司の問いかけに、アヌスは少しだけ考え、まっすぐな瞳で答えた。
「特に個人的な望みはありませんが……もしよろしければ、1つだけお願いします」
「おや、なんだい?」
「最初は、人前に立つことも苦手でした。でも……ここなやエリナと一緒に過ごす時間は、僕にとってかけがえのないものになりました。だから、これからもエリナと、みんなと一緒にアイドルとして活動していきたいです」
その言葉を聞いた瞬間、美月はパッと花が咲いたような笑顔になり、両手を合わせた。
「まあ……やっぱり。あなた、本当に優しい子なのね。エリナがあなたを大切な仲間だと言った理由が、よく分かりましたわ。もちろんです。これからも一緒に活動しましょう」
「そうだそうだ! アヌスと一緒に、3人でアイドルもっともっと頑張ろうね!」
ここなも満面の笑みで明るく付け加える。
「あら、いいわねぇ……こういうの。青春だわぁ。私たちの娘が、こんなに素敵な人たちに囲まれて幸せそうで何よりだわ」
もちろん、最愛の娘の身に何が起きたのか、親として詳しく知りたい気持ちはあった。
しかし、誠司と美月が最初に伝えたかったのは疑問や追及ではなく、娘を救ってくれた相手への心からの感謝だった。
詳しい事情はいずれ聞くこともできたが、今は何よりも、無事に帰ってきてくれたエリナと、その命を救ってくれたアヌスへの感謝を伝えることが最優先だったのだ。
誠司と美月は満足そうに目を細め、事件の細かい詮索はあえてせず、最後まで温かい感謝の言葉をかけてくれた。
### 残り少ない春休みを満喫する日
家に帰り、ハルトやあいりに九条家での出来事を報告したあと、いよいよ高校入学を控えた「残り少ない春休みを満喫しよう」という話になった。
サクラは残念そうにしていたものの、「せっかくの春休みなんだから、いっぱい楽しんできなさい」と笑顔で送り出してくれていた。
「じゃあ、4人でとりあえずどこかに出かけよう!」
あいりの提案で、街へ繰り出すことになった。
「どこに行く?」
「とりあえず服屋さんに行って、その後ちょっとご飯食べに行こうよ!」
「それでいいんじゃないか。俺も異存はない」
「うん、じゃあ決まりだね」
「じゃあ、さっさと服屋にレッツゴー!」ここなが元気よく先頭を歩き出す。
しかし――二人はまだ知らなかった。穏やかな日常の中にも、時として戦いとは別の意味で試練が待っていることを。
「はい、アヌス、次これ着てみて!」
「……ここな?」
なぜかここなは、アヌスを「着せ替え人形」のように扱い、次々と奇抜で派手な服を差し出してきた。
フリルのついた可愛い服や、普段のアヌスなら絶対に選ばないような華やかなワンピース、まるでアイドル衣装のような服など、アヌスは今まで自分から選ぶことのなかったような服を、次々と試着させられていた。
本人は戸惑っていたが、ここなたちが楽しそうに服を選んでくれる姿を見ると、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。似合う服を探していることよりも、こうして誰かと一緒に時間を過ごしていること自体が、アヌスにとっては嬉しかった。
世界を揺るがすほどの莫大な力や、過酷な戦いなどこの街には存在しない。ただの、ありふれた平和な日常。
店内の椅子にどっかりと座り、遠い目をしながらアイスをかじっているハルトが、苦笑いを浮かべながら声をかけてくる。
「力や能力なんて関係ない、ただの平穏な日常か……。お前も、なかなか大変だな」
「……うん。でも、こうして誰かと一緒に服を選んだり、笑い合ったりするのって……なんだか新鮮で、すごく楽しいんだ」
アヌスは少し照れくさそうに笑いながら、そう返した。
かつてのアヌスにとって、生きるとは孤独に耐えることだった。明日がどうなるかも分からない日々の中で、戦うこと以外の意味を知らなかった。
しかし今、こうして他愛のないことで笑い合い、時間を誰かと共有できる。その一つひとつの温もりこそが、アヌスにとってかけがえのない宝物となっていた。
その後、4人で大盛り上がりの夕食を食べ、ネオンがきらめく街をぶらぶらと歩きながら、買い食いしたアイスやクレープの甘さを楽しんだ。

くだらないことで笑い合い、何気ない時間を共有する。
かつてのアヌスには存在しなかった、当たり前の日常。
しかし今、その当たり前こそが、かつて何よりも欲しかった「帰る場所」であり、これから何があっても守りたい大切な日常になっていた。
そんな温かな気持ちを胸に抱きながら、一行はこれからも続いていく大切な日常へ向かって、家路へとついたのであった。
◇
第12話へつづく
