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その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第6話

第6話「なりゆきアイドル、始めます!?」


### 【前半】


海野アヌスが「アイドルをやる」と決めてから、海野家にはどこかそわそわとした高揚感が漂っていた。


とはいえ、現実としてアイドルになるには、まず芸能事務所の面接(オーディション)を突破する必要がある。幸いにもここなが所属する事務所が新しい才能を探している真っ最中で、彼女の推薦により書類審査免除でいきなり面接を受けられることになった。


オーディションでチェックされるのは、歌やダンスの技術はもちろんのこと、第一印象の愛嬌や自分の言葉で明るく話せるコミュニケーション能力だ。


「……なぁ」


リビングで一人、腕を組んで唸っていたのはハルトだった。


アヌスには、普通の人間とは明らかに違うほどの観察力と学習能力があった。テレビや映像で見たアイドルの動きを分析し、幼い頃から培われた模倣能力によって一度見た動作を高い精度で再現し、独学でハイレベルな歌とダンスを身につけていた。持ち前の整った容姿や中性的な雰囲気も相まって、ビジュアルやパフォーマンス面は文句なしでクリアできるだろう。


だが——最大にして致命的な問題があった。


「こいつ……俺たち以外の人間に対して、信じられないレベルの人見知りなんだよな……」


ハルトは頭を抱えた。スーパーのレジで店員に話しかけられただけで、頭の中で必死に返答を探しているうちに完全に固まっていたアヌスの姿が記憶に新しい。知らない相手を前にすると緊張して、何を話せばいいか分からなくなってしまうのだ。知らない人とまともに会話が成り立たなければ、面接官とコミュニケーションが取れずに落とされてしまうかもしれない。


(っていうか……なんで俺たちとは普通に打ち解けられてるんだ? 出会ってまだ数日だぞ?)


ハルトはふと疑問に思った。


アヌスは昔から人と関わることが少なく、基本的にかなりの人見知りだった。知らない相手を前にすると緊張して言葉が出なくなってしまうことも珍しくない。


それなのに、ハルトたちとだけは不思議と最初から自然に話すことができた。理由はアヌス自身にも分からない。ただ、海野家にいる時だけは『失敗しても大丈夫』と思えるような、不思議な安心感があった。


「アヌス。お前……コミュニケーション、本当に大丈夫か?」


ハルトが恐る恐る尋ねると、アヌスは自信なさげに指をいじもじと絡めた。


「あ、あのね……大丈夫。多分……挨拶くらいなら……」


「……だんだん声が小さくなって自信失くしてきてないか!?」


このままでは面接当日に自滅するのが目に見えている。ハルトは意を決して立ち上がった。


「よし、特訓だ。アヌス、今日は俺と出かけるぞ」


「お兄ちゃん、アヌスとデートに行くの!? 私も行きたい!」


目を輝かせるここなに、ハルトは即座にツッコミを入れた。


「バカ言え、デートじゃねえよ! そもそも誰と誰だと思ってんだ、こいつは男だぞ!」


「だってアヌス、すっごく可愛いじゃん!」


「可愛いけど男だ! ……いや、女にもなれるけど……あーもう、ややこしい!」


一人で頭を混乱させて顔を赤くしているハルトを見て、妹のあいりがクスクスと笑いながら口を挟んだ。


「ハルト、もしかしてコミュニケーションの練習でもさせようと思ってるの?」


「そうだよ。こいつは会話すら危ういんだからな。知らない人とある程度喋れるようにならないと、面接にもならない。というわけで出かけるぞ、アヌス」


「どこへ行くの……?」


不安そうに見上げてくるアヌスに、ハルトは「それはだな……」と言葉を濁した。


(まずは基本的な『挨拶』から慣れさせるか。緊張して口が動かないだけだろ)


ハルトが考え込んでいると、アヌスが上着の裾をキュッと掴み、上目遣いで呟いた。


「お兄ちゃん……」


「っ!? そんな照れながら呼ぶな!」


「だって……お兄ちゃんって呼びたいんだもん」


(くっ……なんだこいつ、寂しがり屋の子犬かよ……!)


まんまと心撃ち抜かれたハルトは、「たくっ……」と照れくささを誤魔化しながらアヌスの頭を雑に撫でた。なんだかんだ言いつつも、可愛くて仕方がないのだ。


表へ出ると、春の温かな風が吹き抜けていた。


「とりあえず、近所の人に軽く挨拶してみろ。分かったな?」


「うん。それくらいなら……」


「ほら、向こうから人が来たぞ。挨拶してみろ」


近所の人が通り過ぎようとしたその瞬間、アヌスは口を開いた。


「……っ(こんにちは)」


蚊の鳴くような、口パクに等しい音量。当然、すれ違った人物は気づかずに通り過ぎていった。


「お前、それじゃ相手に全然聞こえてないぞ!」


「だ、だって……口が勝手に言うことを聞いてくれないんだよ!」


「口のせいにするな!」


頭を抱えるハルト。緊張でガチガチになっているアヌスを見かねて、一つの提案をした。


「……なぁアヌス。人を見て緊張するなら、街にいる人全員を『俺』だと思えばいい。俺たちと話す時みたいにやれば、絶対に大丈夫だから」


「本当……? ハルトたちと喋ってる気持ちになればいいの……?」


「そうだ。ほら、また人が来たぞ。やってみろ!」


アヌスは深呼吸をすると、向かいから歩いてくる人物へ向けてまっすぐに声を張った。


「こんにちは!」


すれ違いざまのお姉さん風の女性が足を止め、嬉しそうに振り返った。今度は小さすぎる声ではない。ハルトの教え通り、ハッキリとした通る声で挨拶ができたのだ。たったそれだけのことなのに、ハルトは胸が熱くなり、思わず涙が出そうになった。


「あら、可愛い子ねぇ! もしかして、デート中かしら?」


「え!? い、違います!」


ハルトが慌てて否定すると、テンパる彼の横で、アヌスは照れくさそうに顔を真っ赤にしながらハルトの背中に隠れるように呟いた。


「そう、です……お兄ちゃん、です……」


消え入りそうな声とリンゴのように赤くなった顔に、お姉さんは楽しそうに目を細めた。


「ふふ、本当可愛いわねぇ。よかったわね、こんなに可愛い妹さんがいて!」


「あ……まあ、妹みたいなものです……」


(正確には男なんだが……絶対に信じてもらえないだろうな。ていうか俺だって未だに信じられないし! どう見ても男に見えねえんだよ、こいつは!)


ここなが一目でスカウトを決めたのも頷ける圧倒的な愛らしさである。アヌスは恥ずかしさが限界に達したのか、完全にハルトの背中に身を隠して縮こまっていた。お姉さんが去っていった後も、服を掴んだまま離れようとしない。


そんな様子を見ているうちに、ハルトはある場所を思い出した。


「そういえば、この近くにゲームセンターがあったな。……アヌス、行ってみるか?」


「ゲーセン……? 行ってみたい! 僕、あんまり行ったことないから……」


ぱっと目を輝かせるアヌスを見て、ハルトは微笑んだ。




二人はゲームセンターに向かい、クレーンゲームでぬいぐるみを狙ったり、メダルゲームで遊んだりと時間を忘れて楽しんだ。


「そろそろ帰るか。……最後に何か一つやってから帰るか」


そう言ったハルトの目に留まったのは、店内の一角にある体験型の『ホラーアトラクション』の筐体だった。モニターと立体音響、振動シートで恐怖体験を味わうゲームだ。


「あれやって帰ろうぜ」


「ホラーゲーム……? うん、分かった!」


ホラー作品に触れたことがないアヌスは、不気味な洋館が映し出された画面を見ても「ふむ、暗い建物を探索するゲームなんだね」と、実に冷静で余裕のある表情を見せながらシートに座った。


——しかし、静寂に包まれた画面に突如、おぞましい化け物が爆音とともに画面いっぱいに飛び出してきた次の瞬間。


「きゃああああああああっ!?」


ゲームセンター中に響き渡るほどの甲高い悲鳴が上がった。


そう、運動神経抜群で普段はクールな少年・アヌスの意外すぎる弱点——それは**「霊的なものや、予想できない突然の驚かし演出が大の苦手」**ということだった。


「え!? 予告なしで出てくるの!? 反則だよ!」


それまでの余裕は一瞬で吹き飛び、完全なパニック状態に。画面に恐怖の演出が入るたびに「ひいっ!」「来ないで!」と絶叫しながら必死にボタンを連打し、結局ゲームはあっという間にゲームオーバー。


筐体から出てきたアヌスは、半泣きで目を潤ませていた。そして、よほど怖かったのか、ハルトの手をぎゅっと力いっぱいに握りしめてきた。


(うわ、相当怖かったんだな……。まあ、俺も一瞬ビビるくらいの迫力だったしな……)


男同士で手を繋ぐのはやっぱり照れくさい。だが、ここで手を振り解けばアヌスは今にも泣き出してしまいそうだった。


「……はぁ。しょうがないな。今日の特訓はここまでだ。帰るぞ」


ハルトは諦めたように溜息をつき、アヌスの手をしっかりと握り返して家路についたのだった。


### 【後半】


「ただいまー……」


帰宅した途端、海野家のリビングに緊張感が走った。


半泣きでハルトの手を握りしめたまま帰ってきたアヌスの姿を見て、家族全員の視線が突き刺さるようにハルトへ注がれたのだ。


「お兄ちゃん……アヌスに何したの?」


「ハルト、あなたまさか……」


「待て! 誤解だ! 俺は本当に何もしてない!」


蜂の巣をつついたような騒ぎの中、ハルトは必死に事情を説明した。ホラーゲームで予想以上にアヌスが怯えてしまったのだと伝えると、家族は「なるほどね……」と胸を撫で下ろした。


「ふふ、アヌスちゃんにも苦手なものがあったのね」


サクラが温かな笑顔でアヌスの頭を撫でる。


あいりはニヤニヤしながらアヌスを覗き込んだ。


「アヌスってば、怖いのが苦手なんだ〜? かわいー!」


「うぅ……だって、急に出てくるから……」


「おい、その辺にしてやれ」


ハルトは泣きじゃくるアヌスの頭を、自然な動作で撫でてやった。家族全員に甘やかされ、アヌスは少し照れくさそうに、けれど安心したように表情を緩ませていく。


ひと通り騒ぎが落ち着いたところで、ここながハルトに向き直った。


「でお兄ちゃん! 今日のコミュニケーション特訓の成果はどうだったの!?」


ハルトは腕を組み、フッ……とドヤ顔を浮かべた。


「フフン! 今日の成果は──挨拶成功だ!」


「「「…………え?」」」


リビングに沈黙が流れた。全員が「え、数時間かけてそれだけ……?」という表情でハルトとアヌスを見つめている。


「な、なんだよその目は! 一歩前進だろ!」


「まあまあ。人慣れさえできれば、面接なんて絶対に受かるわよ」


サクラが優しくフォローすると、ここなも「そうだよね!」と元気よく頷いた。


「アヌスはすごいもんね! 明日も特訓だね!」


「うん……! 僕、頑張るよ!」


アヌスは力強く頷き、ハルトの顔を見て嬉しそうに微笑んだ。


世間話すらできなかった少年が、大切な家族のために、そして自分の新しい夢のために少しずつ歩みを進めている。


——だが、この時の彼らはまだ知らなかった。


温かな笑い声に包まれる海野家。その平穏な日常を、遠くから静かに見つめる存在がいたことを。



そして、これから受けるオーディションが、ただの芸能界への入り口ではなく、彼らの日常と世界の運命をも大きく変えていく巨大な渦の始まりになるということを——。


(つづく)



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