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その「謎の少女」は最強、二つの目で世界の視線を釘付けにする』 第7話

第7話「前途多難? はじまりの合格通知」


### 【前半】


ハルトとの特訓を始めてから三日の時が流れた。


その成果は、少しずつだが目に見える形となって現れ始めていた。ハルトとの反復練習の甲斐あって、アヌスはある程度人と会話ができるようになっていたのだ。見知らぬ相手であっても、基本的な挨拶くらいなら詰まらずに返せる。背筋を伸ばし、相手の目をまっすぐ見て「よろしくお願いします」と言えるようになっただけでも、出会った頃から見れば雲泥の差だった。


かつて神話の時代に世界を震撼させたような底知れぬ力を秘めているとは、到底誰も思いもしないだろう。人との関わりにおいてあまりにも不器用で、まっすぐで、純粋すぎる——その大きなギャップこそが、今の彼という存在そのものだった。


とはいえ、挨拶から一歩踏み込んだ日常会話となると、未だに言葉に詰まってしまう。気まずそうに視線を泳がせ、白い指先をもじもじと絡めながら俯いてしまうのが現状だった。


そして最悪なことに——オーディションの日は、まさに「今日」だった。


脱退メンバーの穴を埋める急募とはいえ、いくらなんでも展開が早すぎる。アイドル業界の事情に疎いハルトだったが、ここな曰く「メンバーが抜けて一ヶ月くらいで補充オーディションをやるのは珍しくない」らしい。


(……って言ってもな! そういう大事なことはもっと早く教えろってんだ。前日にサラッと言うやつがあるか!)


ハルトは心の中で妹への愚痴を盛大に吐き捨てた。


だが、どれほど文句を並べたところで時計の針は戻らない。今の状態でも、最低限の挨拶くらいなら何とかこなせるはず……そう自分に言い聞かせるものの、正直ハルト自身も胃が痛む思いだった。


当の本人はといえば、会場へ向かう電車の中からすでに限界を迎えていた。極度の緊張のあまり顔色を失い、借りてきた猫どころか金縛りにでも遭ったかのようにガチガチに固まっている。膝の上で固く握りしめられた手は微かに震えており、浅い呼吸を繰り返していた。


「あ、アヌスちゃん、大丈夫!? ほら、深呼吸! 吸ってー、吐いてー!」


「大丈夫だって! ね? 私たちの特訓を思い出して、自信持って!」


必死に励ますここなとあいりだったが、アヌスがぎゅっと唇を噛み締めたまま動かないのを見て、次第に二人の言葉も途切れがちになっていく。サクラも心配そうにアヌスの手をつつみ込んでいるが、下手にプレッシャーをかけてはいけないという焦りが周囲にも伝わり、海野家全体に重苦しい空気が漂い始めていた。


(胸が痛ぇ……。出会った時は会話すら危うくて、正真正銘の無理ゲーだと思ってた。面倒事に巻き込まれたとしか思ってなかった俺が、今じゃこいつの努力が報われてほしいと本気で願ってんだから笑えねえよな……)


緊張で青ざめるアヌスを見つめながら、ハルトは深く息を吐き出した。自分が今さら不安がってどうする。柄にもない格好つけたことなんて言えないが、かけるべき言葉はひとつしかなかった。


ハルトは力強く一歩を踏み出すと、強張ったアヌスの肩をぽんと叩いた。


「アヌス」


「ひゃいっ……! あ、ハルト……僕、やっぱり……声が出なくなったらどうしよう……」


怯えた瞳で自分を見上げてくるアヌスに対し、ハルトは逃げ場を作らないまっすぐな視線を受け止めた。


「お前なら大丈夫だ」


「え……?」


「この三日間、お前がどれだけ必死に練習してきたか、俺が一番よく知ってる。練習に付き合った俺が保証してやる。だからそんなに肩の力を落せ。お前なら絶対いける」


根拠なんてどこにもない、ただの気休めかもしれない。けれど、自分を心から信じてくれたハルトの温かい手と強い言葉に、アヌスの瞳に強い光が戻ってきた。浅かった呼吸が整い、震えていた手からすっと力が抜けていく。


「……うん! 僕、頑張ってくる……!」


アヌスはパッと表情を明るくし、照れくさそうに、でも嬉しそうに小さく飛び跳ねて頷いた。



パイプ椅子が並べられた静まり返る面接室。アヌスがドアを開けて足を踏み入れた瞬間、審査員たちの視線が一斉に注がれた。


部屋の空気を一変させたのは、その洗練された容姿だった。光を反射して輝く柔らかな銀髪と、左右で異なる神秘的な輝きを放つオッドアイ。深くお辞儀をする丁寧な所作や、緊張で固まりながらもまっすぐに審査員を見つめ返してくる真面目な瞳が、第一印象として強く心に残る。


(——ほう、見栄えや雰囲気、カメラ映えの素質は文句なしだが……)


審査員たちが手元の資料とアヌスを交互に見つめる中、質疑応答が始まった。


「海野アヌスさんですね。まずは志望動機を教えてくれるかな?」


「あ……えっと……その、僕は……」


緊張のあまり声が裏返り、言葉が途切れてしまう。それでもアヌスは逃げ出さず、指先を強く握りしめながら必死に言葉を紡ごうとした。


「みんなと一緒に……歌ったり、踊ったりして……たくさんの人を、笑顔にしたいからです……っ!」


「なるほど。緊張しなくていいよ。……では、特技や自己PRはあるかい?」


「……う、歌うことと……体を、動かすことです……!」


質問されるたびに言葉に詰まり、しどろもどろになってしまう。だが、どれほど時間がかかっても審査員の目を逸らさず、一生懸命に自分の気持ちを伝えようとする誠実さがヒシヒシと伝わってきた。審査員たちの手元のメモには『コミュニケーション能力・トーク経験に大きな課題あり』『極度の緊張が見られるが、姿勢はきわめて誠実』という評価が書き込まれていった。


だが、審査の潮目が完全に変わったのは、歌とダンスの実技に入ったその瞬間だった。


音楽が鳴り響いた途端、アヌスの纏う空気が一変する。


一発目の歌声が部屋に落ちた瞬間、審査員たちのペンが止まった。


透き通るような美しいソプラノ。音程や正確なリズム感は極めて安定しており、声質も素晴らしい。独学ゆえに感情を乗せる表現力にはまだ未熟な部分を残しているものの、それを補って余りある素直で澄んだ響きが、広い面接室の隅々にまで波紋のように広がっていく。


続いて披露されたダンスでも、審査員たちは目を見張った。驚異的な吸収力と体幹の強さが、動きの端々から溢れ出ている。跳躍の軸はぶれず、手抜きなく全力で踊りきる姿勢からは血の滲むような努力の痕跡が見て取れた。


そして何より——不器用で必死なその姿には、誰もが無意識に目を奪われてしまう天性の輝きがあった。一度パフォーマンスが始まれば、指一本、視線ひとつ動かすだけで、周囲の空気を自分色に染め上げてしまう。人を引きつける圧倒的な雰囲気を、その身に纏っていた。


パフォーマンスが終わり、荒い息を整えながら深々と礼をして面接室を出ていったアヌス。残された審査員たちの間で、すぐさま熱を帯びた議論が始まった。


「会話があれじゃ現場に出せないぞ。トークも表現力も発展途上で、即戦力を求める今回の急募オーディションの趣旨に反する」


「だが歌のリズム感とダンスの吸収力は本物だ。この顔立ちとカメラ映え、それにあの存在感も捨てがたい」


「緊張しやすい性格を克服できるか? リスキーすぎる」


「待ってください。独学でここまで仕上げてきた素直さは本物です。それに……あの惹きつける力は教えられて身につくものじゃありません」


「……確かに。今すぐ主力を張らせるのは無理でも、育成枠として抱える価値はあるんじゃないか?」


慎重派と推進派の議論が真っ向から拮抗する中、圧倒的なポテンシャル、努力の痕跡、そして何より原石としての将来性が決め手となり、最終的に「育成枠としての採用候補」に選ばれたのだった。


面接室から戻ってきたアヌスは、緊張の糸が切れたように肩の力を抜き、ハルトの顔を見てそっと胸を撫で下ろした。


「ハルト……僕、ちゃんと頑張れたかな」


不安そうに、けれど清々しい目で問いかけてくるアヌスに、ハルトは笑ってその銀髪を豪快に頭を掻き回すように撫でてやった。


「おう、よく踏ん張ったな。完璧だったぞ。あとは果報を寝て待つだけだ」


アヌスは嬉しそうに目を細め、安心したようにふにゃりと頬をゆるめて笑った。



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