私は秋に来た人だった〜転園して気づいた幼稚園のあたたかさ〜
幼稚園の父母会があった。
保護者の方が、子どもの成長を振り返りながら話したり、涙を流しながら先生に感謝を伝えていた。
その時間の中で、私はふと気づいた。
「あれ、私、この先生のことも、この保護者の方のことも、この子のことも、ほとんど知らないな。」
転園してきたのは6月。
バス通園で、係や委員もしていない。
だから当たり前と言えば当たり前なのだけれど、
同じ空間にいるのに、思い出の輪の外側に立っているような感じがして、少し胸がチクっとした。心がぎゅーっとなって苦しかった。ちょっとだけ切なかった。
その時、ふと思い出したのは、長女の幼稚園のこと。
初めての子育てで、わからないことだらけ。
情報を知りたくて、行事のお手伝いをしたり、幼稚園に足を運んだりしていた。
今思えば、前の幼稚園は保護者を孤立させない工夫がたくさんあった。
たとえば、あまり話したことがない先生でも
「〇〇さん、おはようございます」と名前で呼んでくださったり。
子どもだけじゃなくて、保護者のことも気にかけて見守ってくれていた。
そしてもう一つ、印象に残っていることがある。
誕生日月の保護者が集まって話をする時間があった。
しかもそれが、各学年ごと。
園長先生が、保護者のために時間をとってくださり、
話を聞いてくださる時間だった。
今思うと、それって気力も時間も使うし、なかなかできることじゃないと思う。
でも、初めての子育てだった私は
それが「普通のこと」だと思っていた。
転園してみて初めて、
あれは当たり前じゃなくて、とてもありがたい環境だったんだなと気づいた。
でも、これは前の幼稚園が良くて、今の幼稚園がそうじゃないという話ではない。
ただ、私の立っている場所が違うだけなんだと思う。
ふと、畑のことを思い浮かべた。
春から畑を耕して、種をまいて、水をあげてきた人たちがいる。
その畑に、私は秋に来た人みたいなもの。
みんなが「こんなに大きくなったね」と話している作物を見て、
私はその育ってきた時間を知らない。
でも、それは畑が悪いわけでも、作物が悪いわけでもない。
ただ、私が来た季節が違っただけ。
少しだけ寂しさを感じたのは、
本当は私も、人との縁や子どもたちの成長を一緒に見守る時間を大切にしたいからなんだと思う。
もう年長。あと一年。
大きなことはできなくても、
この畑に少しだけ手を入れてみようかな。
…とは思うけれど、
正直なところ、できれば畑の端っこで静かに見守っていたい気持ちも、まだある。笑
