バスと待ち時間(ショート・ショート)
「遅いよ。遅刻だよ。遅刻。」
男は待ちくたびれたという様子で、
バスに乗り込むと、
前方の席に腰を下ろし、
運転手に向かって
笑みを浮かべながら声をかけた。
「申し訳ありません。
でも、こちらにも事情がありまして……」
運転手は静かに答えた。
「でもこんな田舎じゃ、
タクシー呼ぼうにも
なかなか来てくれないし、
お金もかかっちゃうからね。
バスは本当に助かるよ。」
無事にバスに乗れたことで、
男の表情は晴れやかだった。
「でも、よっちゃんも、しんちゃんも、
一足先に
待ち合わせ場所に
到着したんだろうなぁ。」
「お友だちですか?」と運転手は尋ねた。
「そう。高校時代からの腐れ縁だよ。
ほとんど家族みたいなもんさ。」
男は懐かしむように笑った。
「バスをお待ちの間、
何をされていたんですか?」
運転手は再び尋ねた。
「最初は小説を読んでたんだよ。
退屈だったからさ。」
「でも、読んでいるうちに
『これならオレでもかけるかも』って思ってさ。
気づいたら、自分で書くようになってた。
しかも、意外と売れたんだよ。小説。」
「それは素晴らしいですね。」
運転手は感心したように頷いた。
「まあね。楽しかったよ。
読者からの反応もあったし、
小説を書いていると
時間が少しだけ早く流れる気がしてね。
いい暇つぶしになった。
いや、本当に楽しかったよ。」
「それは何よりです。」
運転手はやさしい表情でそう答えた。
男はふと、
窓の外に目をやりながらつぶやいた。
「でもね……それでも、だいぶ待ったよ。
待ちくたびれた。」
男の声には、
少しだけ寂しさが滲んでいた。
「ただ、ものには順番というものが
ありまして。
バスはタクシーではありませんから、
希望したからといって、
すぐに乗れるわけではないんです。」
運転手は申し訳なさそうに説明した。
「妻のサトコも、息子のタカシも、
私を置いて先に行くなんて……
せっかちすぎるよ。」
男は目を細め、
窓から遠くを見つめた。
「まあ、でも、こうして今日、
バスでお迎えに上がったわけですから。」
運転手は
前方をまっすぐ見つめながら答えた。
「いや、それでも長かったよ。
バス停で……
もう20年以上も待ったんだからね。
正直、寂しかったよ。」
「そうですね。20年は長いですね。」
運転手は静かに言った。
二人だけの車内には、
長い沈黙が流れた。
バスのエンジン音だけが、
一定のリズムで時を刻んでいた。
しばらくして、
運転手が男に声をかけた。
「さあ、そろそろですよ。
左手前方に大きな橋が見えてきました。
あの先で、ご家族やご友人がお待ちです。」
男は穏やかな表情で橋を見つめた。
「でも、なんだかんだで
楽しい人生だったよ。
待った甲斐があったってものだね。」
「そうおっしゃっていただけると、
こちらとしても幸いです。」
バスは静かに橋を渡っていく。
対岸には、
一面の花畑が広がっていた。
風に揺れる花々が
懐かしさと安らぎを運んでくる。
長い待ち時間のはてに、
ようやく訪れた約束の場所。
それから男は、
背もたれに深く身を預け、
そっと目を閉じた。
車内には、
ほのかに花の甘い香りが漂っていた。
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チップをいただけるような素敵な雑記が書けたらなぁ~(遠い目)。