母とTシャツと私(エッセイ)
昔々の物語。
中学1年のある日、
母がワゴンセールでTシャツを買ってきた。
買った理由は
「安くてサイズがちょうどよさそうだったから」
とのこと。
1枚300円。
だいぶ安い。
Tシャツの胸元には
「selfish personality」
と大きくプリントされていた。
セルフィッシュ・パーソナリティー。
響きだけ聞けば、
ちょっと洒落ている。
小学生の頃までは、
英語が書かれたTシャツを
なんとなく「かっこいい」と思っていた。
でも、中学に入ると少しずつ変わってくる。
自意識が芽生え、
人からどう見られているかが気になり始める。
それに中学からは英語の授業も始まり、
知らない英単語を
辞書で調べる習慣もついていた。
そこで当時の私は、
さっそく「selfish」の意味を調べてみた。
selfish:自己中心的な、利己的な
次に「personality」の意味を調べてみた。
personality:性格
つまり、
この300円のTシャツの胸元には、
デカデカと「自己中心的な性格」と
書かれていたわけである。
今の言葉で言えば、
「自己中」である。
その言葉が自分の胸に掲げられると思うと、
急に恥ずかしくなった。
このTシャツを
私は本当に着るのか?
もちろん、
母には悪気なんてまったくない。
ただ安くて、
サイズが合いそうだったから買っただけ。
デザインの意味なんて、
きっと気にも留めていなかったのだろう。
でも、私はそのTシャツを着ることをためらった。
それまでの私は、
母が選んだ服を疑うことなく着ていた。
けれどその日を境に、
「自分が何を身につけるか」
「それが他人にどう見えるか」
を考えるようになった。
そしてだんだんと
服は自分で選ぶようになっていった。
言葉の意味を知ることは、
世界の見え方を変える。
そして、
自分自身をどう定義するかにも影響を与える。
今思えば、
あの300円のTシャツは、
私にとって「自分で選ぶ」「選択する」
という意識の始まりだったと思う。
ほんの小さな、ちょっとした事件。
でも、そのちょっとしたことが、
少しずつ「自分」を形づくっていくのだと思う。
あれから数十年が過ぎ、
今ではどんなTシャツを着ても、
あまり恥ずかしいとは思わなくなった。
ナイーブな季節は、
とうの昔に過ぎ去ってしまった。
Tシャツなら、安ければそれでいい。
よほどひどい言葉が書かれていない限りは、まあOK。
それでも、
ふとした瞬間に思い出す。
あの「selfish personality」とプリントされたTシャツを。
母の無邪気さと
私の思春期の繊細さが交差した、あの1枚を。
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チップをいただけるような素敵な雑記が書けたらなぁ~(遠い目)。