我が家の第3次カレー大戦(ショート・ショート)
我が家の歴史を語るうえで、
避けては通れない
3つのエピソードがある。
それは
第1次カレー戦争、
第2次カレー戦争、
そして、
現在、親戚を巻き込むまでに発展中の
第3次カレー大戦である。
人はどうして愚かな戦いを繰り返すのだろう。
後世に平和の大切さを語り継ぐため、
あえて今日は、
我が家の紛争の歴史を
振り返ってみたいと思う。
第1次カレー戦争:らっきょうの乱
私がまだ幼かった頃、
父と母の間で勃発した最初の戦争は、
一見些細な「漬物」の違いから始まった。
年の離れた兄によれば、
母がカレーライスに添えた
「らっきょう」が原因だったという。
父の中では、
「カレーには福神漬」
という信仰にも似た真理があり、
その場所に「らっきょう」が鎮座していたことは、
世界秩序を揺るがす事件だったらしい。
この争いは
「母が実家に帰る」という事態にまで発展し、
家庭は一時、
冷戦状態に突入。
祖父母によれば、
最終的には、
父が言い過ぎを謝罪し、
母が「今後は福神漬を添える」と約束することで、
終戦を迎えたそうだ。
なお、我が家において
「カレーには福神漬」という不文律は、
現在でも有効である。
第2次カレー戦争:「で」の悲劇
次なる戦争は、
父の不用意な言葉が引き金となり、
始まった。
ある日曜日、
母が「今晩何が食べたい?」と尋ねたところ、
父は軽く「カレーでいいよ」と答えた。
その「で」という言葉が、
母の逆鱗に触れた。
「で? でって何よ!」
父は事態の深刻さに気づかず、
再び「だから、カレーでいいよ!」と繰り返した。
私はこの現場に居合わせ、
その後1ヶ月間、
食卓からカレーが消えるという
深刻な被害を受けた。
この戦争もまた、
離婚危機にまで発展したが、
なんとか終戦を迎えた。
父は献立を考え、
料理をする大変さを
1ヶ月間、身を持って学んだそうだ。
第3次カレー大戦:カツとタブー
そして今週、
我が家は再び戦火に巻き込まれた。
久々に帰省した大学生の兄が、
「カツカレーが食べたい」と言い出したのだ。
我が家のカレーライスは、
第1次・第2次カレー戦争を経て、
極めて保守的な構成となっていた。
ルーの銘柄も固定。
具材も変わらず。
肉は豚肉。
付け合わせは福神漬。
それ以外は「異端」とされていた。
このため、
兄の「カレーにカツを乗せよう」という提案に、
リビングの空気は凍りついた。
さらに兄は、
うかつにも
「例のあの人」の名を口にしてしまった。
「母さんも作るの大変そうだからさ、
ココイチから出前取ろうよ。
ココイチ、
うちのカレーよりずっと美味しいよ。」
この発言が火種となり、
現在、
親戚をも巻き込む
紛争へと発展中である。
兄の仕送りは停止され、
今後、バラ色のキャンパスライフは、
バイト漬けの日々に変わる見込みだ。
この戦争は、
後に「第3次カレー大戦」と
呼ばれるようになるだろう。
大人げない人たちにより、
沈静化の道筋は未だに見えない。
終章:戦争と平和
人はなぜ、愚かな戦いを繰り返すのか。
結論から言おう。
原因は、
人々のカレーに対する愛が
深すぎるためだ。
父もカレーでなければ
福神漬で怒らなかったはずだ。
母もカレーでなければ、
お店の味の方が美味しいと言われても、
怒らなかったはずだ。
人々がカレーをあまりにも愛したために
結果的に紛争を招いている。
カレーとは、
家庭の平和の象徴であると同時に、
紛争の引き金にもなり得ることを
私たちは知らなければならない。
また本来、
カツカレーは
我が家に幸福をもたらすはずだった。
しかし、不用意な発言により、
我が家では目下、
第3次カレー大戦中である。
無関係の私も巻き込まれ、
大いに迷惑している。
カレーのスパイスの香りは、
平和の香りでもある一方、
危険な紛争の香りでもあることを
皆さんには、ぜひ知ってほしい。
カレーは深く愛されているのだから。
そして
我が家の歴史を教訓として
皆さんはぜひ、
バランスの取れた
平和な食卓を維持してほしいと
心から願う。
2025年10月19日
1人のカレー好きとして
※この作品はフィクションです。
実在の人物とは一切関係ありません。
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チップをいただけるような素敵な雑記が書けたらなぁ~(遠い目)。