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ハンカチを出す側になりたい

俺の小4の時の担任は、怒るとメチャクチャ怖かった。
ドッシリした体型の、ハンバーグみたいな男の先生。
当時30代くらいだろうか。

普段は物静かでおもしろいが、怒ると授業中だろうが、クラス全体に大声で怒鳴る。
いわゆる昭和の先生だった。

その先生で特徴的なのは、怒ると、怒ったことに関係ない話を始めることだ。

たとえば。

その日も何で怒られたのかは覚えてないけど、先生はメチャクチャ怒った。
授業中、先生の大声が教室に鳴り響いた。
いつものように、関係ない話が始まった。

その内容。

先生は、電車に乗っていた。
電車はそこそこ混んでいた。
キレイな晴れ着を着た、若い女性が立っていた。

その近くに、危なっかしい年配の酔っ払い男性が立っていた。
電車が揺れるたびに、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
見るからに気持ち悪そう。

そう、勘のいいみなさんは、最悪の事態を予想したはずだ。
その最悪の事態が起こった。

吐いた。

晴れ着に。

今にも泣き出しそうな若い女性。
先生を含めて、乗客の誰もが酔っ払いをギロリとにらみつける。
青ざめる酔っ払い。

次の瞬間。

若い男性が現れた。
その男性は「大丈夫ですか」と言って、酔っ払いにハンカチを差し出した。

酔っ払いは泣き出した。
誰もが敵になって当然の状況で、突然味方が現れた。
安堵、感謝、申し訳なさ、後悔、色々な気持ちが入り乱れたのだろう。

次の駅。

酔っ払いが「あの、これ…」と言って汚れたハンカチを返そうとする。
若い男性は「いいです、いいです」と手を振りながら降りる。

その後、電車内がどうなったのかは知らない。

先生はその内容を怒鳴った後、「俺もその若い男性みたいになりたいよ! 自分もにらんでしまったけど、ハンカチを出す側になりたいよ!」
と怒鳴った。

先生の意図は分からない。
意図なんてないのかもしれない。
でも40年以上経っても、教え子のひとりは強烈に覚えている。

望ましい教育なのかも分からない。
でも俺は電車内を克明に想像し、「ハンカチを出す側になりたい」と思った。
40年以上経った、今でも。

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