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48歳、「教える」じゃなくて「一緒に遊ぶ」のが最強。高1の娘と数学の問題を解きまくった話

夜の10時。48歳のオッサンが、高1の娘と並んで数学の参考書を広げている。

客観的に見ると、かなり地味な光景だと思う。でも、これがめちゃくちゃ面白い。

最近、娘が高校に入学したことをきっかけに、僕も一緒に数学のやり直しを始めた。今日解いていたのは、式の展開の工夫問題。「$(a+b+c)^2」とか、「置き換え」を使って解くやつだ。

最初は「うわ、面倒くさそう…」と思った。でも、パズル感覚で「どうやったら最短ルートで答えに辿り着けるか?」を考えていくうちに、気づいたら二人で何問も解きまくっていた。

これが、驚くほど楽しかった。

■ 「勉強」を「攻略ゲーム」に変える

今回気づいたのは、数学の問題って「計算の訓練」じゃなくて「パターンの発見」なんだということだ。

力技で展開しようとすると、計算が複雑になってミスをする。でも、ある公式や置き換えのパターンに気づくと、一瞬で答えが出る。

これって、仕事も人生も同じかもしれない。

何か問題にぶつかったとき、真正面からド根性で立ち向かうのもいいけれど、「もっと楽に、スマートに解くための構造はないか?」と視点を変えるだけで、難易度はグッと下がる。

数学の問題を解いているとき、娘と「お、ここが共通してるから、こう置けばいいんじゃない?」なんて言い合っている時間は、ただの勉強を超えて、「いかに効率的に世界を攻略するか」という共同作業になっていた。

■ 「教える」という上下関係を捨てる

面白いのが、親が「教える」というスタンスだと、どうしてもギスギスするということだ。「なんでわからないの?」という空気が出てしまうと、そこで思考は停止する。

でも、「あ、これ難問だ!どうやって解くんだろ?」と親が一緒に悩んで、一緒にひらめく瞬間を共有すると、一気に「チーム戦」になる。

「解けた!」という快感を、親と子で共有する。

たったこれだけのことだけど、すごく贅沢な時間だった。

■ 抽象化して、楽しむ

コーヒーの焙煎もそうだし、株の分析もそうだけど、結局どんな分野でも「本質的な構造」を見抜く力がある人は強い。数学は、その構造を見る目を養うための、一番手軽で安上がりな「脳の筋トレ」なんだと思う。

「勉強しなさい」と言わなくても、親が楽しそうに難問を解いていれば、子どもも自然と「あ、これパズルとして面白いかも」と思い始める。

結局、何事も「やらされている」か「楽しんでいる」か。

そこにすべての差がある。

今夜もまた、娘と参考書を開くのが楽しみだ。

さて、次はどんな「攻略」が待っているだろうか。

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