【創作大賞2025】He don′t like cats⑫ (終)

 「おはよう」

 「ああ、先生」

 「よく寝ていたね。腹は減っていないか」

 「うん、大丈夫です。そうか、もう今日なんですね」

 私は黙って頷いた。泣きはらした後、クィルトは丸一日寝込んでいた。起き抜けの彼女の目は昨日よりも呆然としており、一人分の魂の不在をより強調させていた。

 「クィルト、これから国の役人と軍人が君を処刑しにやって来る。」

 「ああ、そうですね。」

 「逃げるかい。私と一緒に」

 「逃げませんよ。私も、もう充分です。」

 「そう、だな。充分か。」

 「先生」

 「うん」

 「私ね、夢を見たんです。」

 「夢、どんな」

 「鳥になったり、狼になったり、魚になったりしました。それぞれの人生は一瞬ですぎるんですけど、大体どんな動物の時も幸せな気持ちで死にました。」

 「うん」

 「おなかがすいた時においしいご飯をたくさん食べたような幸せな気持ち。それで、私は初めて気が付くんです。ああ、これって幸せだったんだなって。魚になった時には人間も食べてました。おいしいおいしいって」

 「ははは、それはなによりだね」

 「先生」

 「なんだい」

 「インタビューは終わりですか」

 「君が望むなら、続けよう」

 「じゃあ最後に一つだけ質問に答えます」

 「分かった」

 最後の質問は決まっていた。彼女は少し逡巡してから笑顔で答えてくれた。その時の顔は、少女のようでもあり、狂気を孕んだ殺人鬼のようでもあったが、どこまでも人間的に私には見えた。
 その直後、彼女は軍に連れられて行ってしまったが、私はクィルトが最後に残した言葉と表情を忘れることはついぞできなかった。

 

 

   以降はインタビュー記録には残さない、私のただの筆遊びである。公式な記録ではもちろんないので、学者はもとより、犯罪心理学を研究しようとする志を少しでも持つ物の閲覧は推薦しないのであしからず。

 

 彼女の処刑は、あの都市のさらに地方にある小さなスーパーの大きな駐車場跡地で執行された。処刑の際に抵抗した彼女が巨大化して街を焼き尽くすことでも想定されているかのような厳戒態勢が、街頭モニターに映し出されていた。

「世紀の大虐殺犯の意外な素顔」

「平和への供物 最後の化け物退治」

「裁きの執行・悪魔の一週間終幕」

などという下世話な見出しが新聞に踊り、世間は安堵のため息と同時に歓喜の渦に包まれた。
 一方で、熱狂的な『彼』の支持者たちはかつての私のように落胆し、憤りをあらわにしたし、そうでなくても海底での造られた安全神話に陰鬱とした退屈さを感じていた連中も、悪魔断罪によって再び訪れる平和に唾を吐いていた。

 処刑はそんな人間たちの汚い思惑とは裏腹に、非常にシンプルに終わった。彼女が巨大化することなど勿論なかったし、少しの抵抗をもみせずにスムーズに進行した。
 大小様々なモニターの前で固唾をのんでみていた人々は、淡々とした映像に大小様々な文句を述べたが、私にはその雑音は聞こえなかった。
 

 演奏は彼女の受け入れた一発の弾丸が、無機質な銃口から発射される瞬間から始まった。彼女の肉体と魂とを通過した時、指揮者がタクトを振り、終焉を迎えた。
 汚い銃声は終わりの始まりを告げると同時に、この世からの出発のファンファーレの役割も担った。この刹那の一曲の間に、彼女が浮かべた微笑を見て、私は天を仰いだ。


 彼女の処刑と時を同じくして、止まっていた悪魔の時間が動き出した。規模は彼女の比ではなく、一週間で十万人以上の人々が殺された。そしてそれは二週間、三週間と続き、ついに人類は海底から姿を消した。あの日から数年を経た今となって、当時は話題にもならなかった彼女の処刑上での最後の言葉が思い出される。

 「先生、ありがとう。そして、ごめんなさい。」

 彼女の探し求めた愛の答えは、七七七七人分の魂の中で反響を続け、やがては世界を取り込む巨大な雨雲になるだろう。それが世界にとって、毒になるのか恵みになるのか、私には皆目見当もつかない。

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