「思ってたより、ずっとしんどい」ブラジルから来た愛犬コリンが教えてくれた、ペットロスの現実
ペットロスという言葉は知っていた。
知っていたし、自分もペットを失う時、ロスだなぁ、辛いだろうなぁとは思ってた。
でも現実にその時が来ると、思ってたより辛いな。しんどいな。って言う気持ちを書き記しておきたいと思い、超久しぶりにnote書いてます。
「7月4日に生まれて」
じゃなくて
7月4日に天寿を全うした、我が家の愛犬コリン。
ブラジルで2010年に生まれて、あと20日で16歳だったコリン。

病気知らずで、晩年はほんとうに、枯れるように命のともしびを消してゆきました。
でも、最後の24時間は、苦しかったなぁ。
いつまでこの苦しそうな呼吸を続けなければならないのかな、って思った。
息してるけど、表情は亡骸のようで。
その様子に私は、
「生きてて欲しいけど、苦しませ続けたくない…じゃあ何が出来る?この子の最期に、私は何が出来る?」
すごく、複雑で、言い表せない感情。
亡くなる24時間前、私は広島にいた。
仕事でね…出張でね。
コリンはここ1ヶ月ほど、
特に亡くなる2週間前くらいから、急激に弱っていて。
とても心配な状況には変わりなかったけど、次男が献身的に介護してくれてて、そんなにすぐにどうにかなるような感じではなかったから、次男に任せて広島へ向かい、無事に仕事を終えてきた。
広島の友人宅で一息ついていた夜に、次男から連絡。バイトから帰ってきたら玄関でコリンが倒れてた。もう自力で立てない。
ご飯を3日食べてない。
リアルタイムでその様子を動画で送ってくれた。これはもう、今夜が山だ。直感的に私は思ったから、翌朝の始発の新幹線で帰宅した。
コリンはちゃんと私を待っててくれて、抱きしめたら、すこしぬるいけど温かい体温があった。だから耳元で伝えた。待っててくれてありがとうと。
それが午前11時の話。

それから、口呼吸で、水も飲まずに苦しそうな息を続け、夜8時。私が晩ご飯の準備でキッチンに立つ。その間コリンのことを見ていられないから、家族に「コリンから目を離さないで」とキッチンから伝えた。その数分後に次男が叫んだ。早く来て!
次男が見守る中、体が大きく震え、下顎をガクガクさせてこの上なく苦しそうだ。
駆けつけて抱きしめて
「コリンもういっちゃうんだね。しんどいね。頑張ったね。ごめんね。ありがとう。大好きだよ。」
一応、伝えたいことは、伝えられたかな。
夫と次男と私、三人で、コリンって大声で呼んだら、最期に大きく反応して、最後の呼吸を終えました。
生き物たるもの、必ず命に終わりが来ることは、さだめ。
頭では分かってるけれど、その瞬間は、辛すぎるな。でも、その瞬間に家族で見遅れたことは、とても大きくて尊い経験になりました。
宮崎にいた長男は、残念ながら間に合わなかったけれど、翌日のセレモニーには間に合いました。日曜日の夕方、誰の仕事も邪魔せず、みんなが集まれるタイミングのセレモニー。1日でも違っていたら、こうは行かなかった。こんなタイミングで旅立ったコリンは、最後の最後まで立派なビーグルでした。

私はブラジルで暮らしている時、なぜか無性に「女の子」を育てたくなり、メスの赤ちゃん犬を育てたくなっての。なんでか分からないけど。
生き物を飼うのは反対だった夫が、何故かその時は許してくれて、コリンを迎えることが出来た。
ブリーダーのところで、この子って決めて、後日迎えに行ったら、違う子が来て。思ってたのと違う子で、なんなん!?って思ったけど(もう一回り小さい子を選んでた)それが縁の始まり。
24時間超えのロングフライトを耐え、ブラジルから日本に来たコリンの、15年と11ヶ月の犬生。
どうでしたか?
うちに来てくれてありがとうしかないけれど、コリンの犬生としては、どうだったかな?


確認するすべもないけれど、
あの無垢な瞳は、真実だと思う。
抗がん剤が辛くて、ソファに横たわってた時も
排便障害でトイレにこもってた時も
ストーマトラブルで長らくお風呂にいる時も
いつもそばで見守ってくれてたんだよね
圧倒的に家にいる時間が長くなっちゃった私の、ほんとに、伴奏者。パートナーだったんだよね

これから何か辛いことがあって、家に一人でいるとしても、もうそのパートナーがいないという事実
ああもう。
想像するだけでしんどすぎるけど
きっと私も強くなれるとは思う
コリンが見ててくれるから
頑張れるって思う
だからコリン
安心して
虹の橋のふもとで駆け回っておいで

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