六本木ヒルズでNHK記者がやったら出禁になる話 (At a Loss for Words 感想文)
「自由を求める民が独裁者を礼賛する」
「真実をフェイクニュースだと言い張れば真実ではなくなる」
いったい、なぜ、こんな世の中になってしまったの??
…という疑問を、カナダのジャーナリストがじっくり考えたエッセイ、At a Loss for Words: Conversation in an Age of Rage を読みました。
題名の at a loss for words は、「困惑して言葉も出ない」という意味の慣用句です。「自由」も「真実」も、もはや全員が同じ意味で使っていない。まさに今の世界状況そのものです。
この本では、「いまどきの困惑を代表する6つの言葉」をテーマに論じながら、混乱の正体を探っていきます。
Freedom (自由)
Democracy (民主主義)
Truth (真実)
Woke (ウォウク - 定義の揺らぎそのものがテーマ)
Choice (選択 - 中絶問題)
Taxes (税金)
いずれのテーマも、カナダ社会の歴史と現状を踏まえ、世界的な右傾化(日本も例外じゃないね?)と交差する道筋を追っています。
Taxes (税金)の章、冒頭のエピソードが最高だったので、紹介します。
大富豪リバタリアンの本音
舞台はトロント。あるNGO代表の友人が、寄付金を受け取りに行くというので著者(キャロル・オフ)も同行し、富裕な篤志家が集う晩餐会に出席します。トロント超富裕層の話題といえば、どこに投資すべきだの、ヨーロッパに所有している別荘の話だの。
友人に「猫かぶっててよ!」と釘を刺されたキャロル、「言われなくても富裕層の話題になんかついていけないし」と、大人しくひたすらワインを飲んでいたところ、話題は「節税(脱税)」方面へと。
「連邦政府が税法の抜け穴をふさぐつもりらしい。国税庁の裏をかくにはどうしたらいいかな?」そんな話で盛り上がる大富豪たちを前にして、CBC(カナダ国営放送)ジャーナリスト魂が暴発、キャロルは立ち上がって啖呵を切ります。
「みなさん、今日の朝うんこしましたよね?そのうんこどうなるか知ってます?トイレのパイプを通ってオンタリオ湖の下水処理施設まで流れて浄化されて、明日の朝みなさんがコーヒーを淹れる水になるわけですよ。魔法みたいですよね。なんでこんな魔法が可能なのか?みんなが税金払ってるからです。」
この場面は、東京の大富豪が集まった六本木ヒルズのパーティで、NHKのドキュメンタリー記者が説教をかましたようなものです。「オンタリオ湖の下水処理施設」を「芝浦水再生センター」にして読み返してみて。あっぱれすぎて涙出るわ。
晩餐会の後、とある富豪がキャロルに言います。「自分のうんこを処理してもらうために金を払うのは全然かまいませんよ。でも他人のうんこの処理に金を出せっていうのは勘弁してほしいですね。」
つまりこれが、リバタリアンの本音です。自分の金は自分だけのもの、他人に楽をさせるためにあるんじゃない。富の再分配の否定です。
People who are able to pay their taxes without the slightest impact on their lifestyles will go extra length to make sure that no one else benefits from their money, whether that wealth is earned through work, the reward of dividends or received as inheritance.
(税金を払っても痛くも痒くもない生活をしている層ほど、「自分の金で他人が得しないように」驚くほどの努力をする。)
世界一自由な国とは?
「富の再分配の否定」こそ自由なのだ、という言説は、富裕層だけでなく中間層からも湧き上がっています。カナダ右傾化の顔、ピエール・ポワリエーブルは「減税減税減税減税」とお経のように唱えることで「カナダを世界一自由な国にする」と主張しています。
世界一自由な国とは、「他人のうんこの処理なんか誰がするか」がまかり通る国のことなのか?ティモシー・スナイダーの説く「他者の自由を促進することで得られる自由」とは真逆の方向です。
スナイダーはイェール大学からトロント大学に移ってきた歴史学者。彼ならば、「他者のうんこを処理する人間こそ自由」というでしょう。自由とは、自分の財産を守るために壁を作ることではなく、より多くの人の「自由な生活」を支えるインフラに参加することなのだから。
すべては金が解決する(金がない奴のことなど知らん)というリバタリアン的想像力の欠如は、いつか彼らの首も絞めることになるでしょう。
#1 National Bestseller の文字は本物か?
この本の表紙には、#1 National Bestseller のマークがついています。全国ベストセラー?ホントかなあ?「学識者限定ベストセラー」だったり何かカラクリがありそうですが、もし本当にベストセラーになったのであれば、この国には健全な言葉を求める読者が数多く存在しているということ。
怒りの時代にあっても、静かに問い続ける文章に価値を感じる人たちがいる。カナダという国にはまだ希望があるかもしれません。Support CBC!!

