「翻訳のズレが帝国を揺るがす」夏休み読書感想文:You Dreamed of Empires その4
アルバロ・エンリケ著 You Dreamed of Empire 感想文、最後です。
いけないおばさんが好きそうな「アステカふんどし」の件はともかく、この本が私への「オススメ」である理由として、「ポスト構造主義的なカオスが好きな人向け」「言葉遊びと意識の迷宮にハマる」とAIに予言されたことは、「その1」に書きました。
両方とも当たっていました。
「帝国の物語」といえば、勃興から衰退までの年代記もの、「文明 vs 野蛮」という侵略する側の正史、あるいは最近の「入植者(加害者)vs 原住民(被害者)」というストーリーを思い浮かべますが、この小説はどれにも当てはまりませんでした。
スペイン側もアステカ側も、お互いを野蛮人だと思っているけれど、通訳の勝手な忖度で伝わらないおかしさ。スペイン人が連れてきた「下半分が鹿、上半分が人間」という珍しい動物(= 馬)が気になりすぎて軍議が耳に入らないアステカ皇帝。「ふんどしとサンダル」のアステカコスプレでなぜか「アマディス・デ・ガウラ(スペイン騎士道ロマンス小説のヒーロー)」になった気分でいるスペイン人。カオスな笑いの中に、近代の「帝国の物語」が解体されていきます。
終盤、通訳を介してコルテスとモクテスマが語り合う場面は、抱腹絶倒もの。コルテスは神聖ローマ帝国の名代としてイエス·キリストについて語るのですが、「神なのに生贄になった Xeetzus」の話を聞いてモクテスマが思い浮かべているのは、明らかにアステカっぽい神様の一人。
Xeetzus は、もちろん Jesus(ジーザス)をナワトル風に表記したものです。
日本にキリスト教が入ってきたときも、こういう「自文化に引き良せる解釈」はあったようですね。「デウス=大日如来」「マリア=観音」みたいに、自分の宗教語彙に当てはめるやつ。帝国の文化は、土着文化を「侵略」しているようで、実は土着文化に絡め取られもする。
神聖ローマ帝国とアステカ帝国は、皇帝が「血統+選挙」で選ばれること、実態は「権力者の派閥戦」で決まるあたりがよく似ています。神聖ローマ皇帝(コルテスの上司)に自分の姿を重ねて「お互い苦労しますなあ」みたいになっちゃってるアステカ皇帝。いやそいつ、お前んとこ征服に来てんだけど??
ポストモダン的に解釈すると、通訳というフィルターが生成する言葉のズレを笑う構造が、帝国主義的言説の権威を解体し、侵略者は悪魔で原住民は被害者であるという言説も、笑いの中に溶解していくのです。
と、偉そうにまとめましたが、やっぱり難しい小説でした。アステカ帝国は、選挙による皇帝はいたものの、日本の戦国時代と一緒で、けして天下統一された状態ではなかった。信長・秀吉・家康の名前を知らずに戦国ものを読んだような感じで、アステカの勢力分布図が最後までよくわからなかった…
しかし大きな収穫もありました。ナワトル語の固有名詞の嵐に、最初のほうで挫折しそうになりましたが、気がついたらXで始まる言葉に慣れて、言語感覚がアップデートされていました。tlatoani Xalx が「神聖ローマ皇帝カール5世」のことだ、と瞬時に分かった時は、この夏最大の「私って天才?」モーメントでありました。
アステカ版戦国武将については無知だったけど、チューダー朝ドラマが大好きなので、カール5世は割とお馴染み。ヘンリー8世の最初の奥さんの親戚でスペイン王と神聖ローマ皇帝を兼任してたあの人だ!
これはもう、自分の翻訳能力がいかに優れているかアピールできるってことで、履歴書に書けるわね?「文化的コードを読み解き、歴史的背景に即した翻訳を可能にする直観力」とかさ!
カタカナを解する日本語学習者の方々には鼻で笑われそうですが。まあこの歳になると、「私って天才!」って思える瞬間は貴重なのですよ。自分を褒めてやりたい夏休みの読書体験でした。
