カスタマージャーニーと自由の終わり
「自由とはなんぞや」という、ちょっと難しい本を読んでいます。(On Freedom by Timothy Snyder)
スナイダーによると、unpredictable human being つまり「予測不能な人間」が「自由な人間」なのだそうです。
これはですね、気まぐれな人間が「自由人」という話ではなくて、「人間を完全に予測・制御できる社会は、すでに自由を失った社会だ」という政治哲学的メッセージらしいです。
人間を「予測可能な存在」にする最たるものが、ソーシャルメディア。例えば、私なんかは「こいつは猫の動画を見せれば反応する」とすっかり読まれています。
今の時代、国家も企業も、テクノロジーを通じて「あなたの行動を先読みし、誘導、管理」してくる。アマゾンはあなたが買う前に何を欲しがるかを予測し、YouTubeはあなたが次に見たい動画を予測する。
「自由意志」がアルゴリズムに吸収され、予測可能な人間=「扱いやすい消費者」「従順な有権者」になっていくという、よく考えると怖い話。
日食観測メガネ、間に合ったのに返金
昨年、地元で皆既日食がありました。アマゾンで日食観測メガネを購入したところ、予定配送日よりも1日遅れで到着しました。
日食には間に合ったのですが、アマゾンから「日食に間に合わなくてごめんなさい」と全額返金されました。
1日遅れた時点で、アマゾンは「タイムセンシティブな購入物に遅延が出た。客は怒っているに違いない」と予測して、自動的に返金してきたのです。
これを「神対応」と感じるか、「そこまで予測しなくていい、気持ち悪い」と感じるか。
スナイダー的に考えると、私たちは「アマゾン、気持ち悪い」と感じるべきなのです。
カスタマージャーニーと人間の自由
テックでマーケティングの仕事をしていたころ、お勉強会で「カスタマージャーニー」という言葉をよく聞かされました。
カスタマージャーニーとは、顧客が「商品を知り、購入し、再度買う」までの一連のプロセスを「旅(ジャーニー)」になぞらえたコンセプトです。
あの頃、マーケティング業界では「カスタマージャーニーを制するものが市場を制する!」みたいなセミナーが大流行していました。顧客が何を求めているかを、あらゆる段階で予測できる会社が生き残るのだ、という説教をさんざん聞かされたものです。
カスタマージャーニーの先駆者はもちろんアマゾンで、みんなアマゾンに追いつけ追い越せって感じだったわね。
そして今、おばさんは悟りましたよ、マーケティングが必死こいてやっている「カスタマージャーニー設計」は、まさにスナイダーが考えている「自由の喪失」への道だったと。
「顧客の望みを先回りして叶えることが成功の鍵」という思想は、一見顧客中心のようでいて、実は「人間を予測可能に設計し直す思想」ですから。
欲望する自由、逡巡する自由
スナイダーが言いたいのは、「もしすべての欲望が予測され、満たされる社会になったら、人間はもう欲望する自由を失う」ということ。この「欲望する自由」こそが、彼のいう「予測不可能な人間」の核なのです。
「自分でもまだ知らない自分を発見する余地」がなくなると、人間は「予測可能なデータ」という存在に固定される。
マーケティングはこのプロセスを効率化し、「最適化」という名のもとに、不確実性(=人間らしさ)を削除していくわけね。
つまり、マーケティングの成功とは、「自由の死の成功モデル」であり、それを「イノベーション」と呼んでしまうのが今の時代。
あの日食メガネが、1日遅れで日食に間に合わなかったとしましょう。「ギリギリまで注文しなかった自分が悪いのよね」と反省するか、「配送が遅れたんだからクレームすれば返金されるかな?」と思案するか….この人間くさい「逡巡する自由」を、アマゾンのカスタマージャーニー設計は奪っているというわけです。
絡め取られた世代の自由
だからアマゾンもソーシャルメディアも使ってはいけない、という話ではありません。
若い世代は、資本主義の中で「最適化されること」を前提に生きていらっしゃるかもしれない。不自由を創るマーケティングの片棒担がないと子育てするだけの給料がもらえなくて困るわって人もいるでしょう。
わたすらおばさん世代も、資本主義に絡め取られないと生きていけない現実を身に染みて知っています(ちなみにスナイダーと私は同世代)。しかし「あれはおかしかった」と振り返り、「資本主義のヤバいところ」を指摘していくのは年寄りの努めではないかと。
スナイダー風にいうと、自由とは、予測の手口に気づけること。ソーシャルメディアで怪しげな買い物をしてしまっても、釣られた自覚がある人間は自由なのです。
というわけで、アマゾンの至れり尽せりぶりは、「気持ち悪い」ということにしておきます。(日食メガネ、間に合ったのに返金されて「儲けた、ラッキー」と思っていることは内緒)
